VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2020年11月

銀杏の落葉2

およそ惨めなものは、将来のことを不安に思って、

不幸にならない前に不幸になっている心です。(セネカ)


困難を予期するな。

決して起こらないかも知れぬことに心を悩ますな。
常に心に太陽を持て。(ベンジャミン・フランクリン)

 

 

いま逆境の風が吹いていると感じても、心配してもはじまらないことは心配せず、自分の力の及ばないことは天に任せて、平穏を保つ・・・

字面では簡単そうだし、自分以外の他人にはまず示したい言葉。

 
しかし明日を煩わず生きるのはなかなか難しい。

将来、最悪の事態になるかもしれない、、そんなことになったらどうしよう・・・最悪の事態になったときに少しでも慣れておくように、前もって保険を掛けておく。

その瞬間瞬間を享受して生きている動物たちを見ているとなんと愚かな人間と思ってしまう。

      1コハル5歳ももと枯葉
コハルもモモも一日一日を精一杯生きている。

 


レプリカの鯨

野上卓氏著『レプリカの鯨』
 

市井の片隅で短歌をやっているわたしたちの間では有名な方。

新聞歌壇やNHK短歌などでもよくお見かけする名前。

キリンビールに35年勤務後物流子会社社長を勤め退職。

在職中に劇団櫂を中心に、小劇場ジャン・ジャンなどの舞台用戯曲を書かれていたという異色の経歴が目を曳く・・・多分古希を迎えられたくらいの年齢だろうと推察。

退職後の時間つぶしにと始められたという短歌。

その年の出詠歌がいきなり歌会始の詠進歌に選ばれたという。

あをあをとしたたる光三輪山に満ちて世界は夏と呼ばれる

なんと器の大きな歌だろう。

主な発表の場を新聞やコンクールと定められているとか、短歌だけではなく俳句でもときどき名前をお見かけするほど活躍していらっしゃいます。

本書は新聞歌壇などに掲載された370首余りをまとめたもの。

ちなみに本書は60歳以上の作者による第1歌集を対象とする「第15回筑紫歌壇賞」に選ばれています。

加えてこのうちの300首が「第4回現代短歌社賞」の佳作となったという経緯もあります。

歌人としての滑り出しのなんとも爽快な、もっともかねてからの堅牢な文學的地盤の上に才能というものが加えられているからこそのご活躍なればこそ、まぶしいほどです。

友情は具体的なる行為にて佐々木主浩法廷に立つ

元プロ野球選手・清原の覚せい剤事件を扱った歌。

歌人・小池光は栞の中で次のように述べていらっしゃいます。

かつての仲間、チームメイトの誰もが尻込みして法廷に出るのを避けた。

大魔神佐々木主浩だけが法廷に出て証言した。

友情は具体的な行為を伴うものでなければならぬ、という主張が強い。

強くて、説得力がある。

いい歌だ

退職直後の歌・・・

ゴンドラに窓拭く男と目の合いぬ退職届に印を押すとき

わたくしの失業保険切れる日もなにも変わらぬ一日である

平穏に職を退きたる過ぎ行jきに解雇を告げし痛みもありぬ


ワイマール、大正デモクラシー、アラブの春、生みおとしたるはいずれも鬼子

テレビ見ずラジオ聴くこと多くなりここに反骨かすかに残る

大学の解体などを唱えしがOB会で校歌うたえり

語りたき死者は語れず語るべく残りし人も老いて去りゆく

国防をまともに論ずることもなくそれを平和とわれら思いき

  「この国」と吾が祖国さえ呼び棄つる気分になりしこの頃のこと

 

独特のユーモア漂う家庭での立ち位置・・・

退職をせしのち日ごとに気楽だが妻には強く出られなくなる

わが妻の絶対的なイノセンスこれは結構怖いものです

わが妻は命の綱だがこっちにも意地があるから偉そうにする

嫁がざる娶らざる子の二人いて血の絶えゆくもよき暑熱かな

ざっくりと包丁入れて父なりき西瓜大きく二つに割けり 

酒煙草のまずギャンブル浮気せず揚げ物ぐらいは好きに喰わせろ

心惹かれる歌・・・最後の歌が特に好き

道端に花と酒とが雨にぬれ吾は知らざる死をすぎゆきぬ

「花は咲く」に罪はなけれど放送に繰り返されれば偽善のかおり

言いたきは言わねばならぬうつむきて口を開きし蛍袋よ

古書店に買いし詩集に赤線が引かれておりぬ死を願う個所

いいたきをいえる仲でも他愛なき言葉にときに深く傷つく

思い返せばあれが最後だったねと人との別れは凡そそうなる

千年の隠れ銀杏のひこばえが千年ののちの空めざしゆく

レプリカの鯨のあおく輝ける冬の晴れ間の上野公園

水族館に生まれて終わる一生のほかは知らずにペンギンの群れ

この世からキタシロサイの消える日も居酒屋与平は満席だろう

万華鏡
1816年にスコットランドのデビッド・ブリュースターという物理学者が開発したという万華鏡。

その後アメリカからイギリスに伝わって玩具として広がったそうです。

 

驚くことにその3年後の1819年に日本に伝わり、明治に入ってからは〈ひやくいろめがね〉〈ばんかきょう〉〈にしきめがね〉などの愛称で広く浸透していったという。

 

〈ひゃくいろめがね〉なかなかステキなネーミング。

 

万華鏡ひとつ廻してあざやかな藍のうらがは過去となしたり(三島麻亜子)

万華鏡が好きで積極的に集めていた時期があります。

 

自分でも作ってみたり・・・ビーズワークのために溜めていた山ほどのビーズの中から海色や枯葉色、緋色などを組み合わせたら思わぬアートの世界が広がってしばし現実を忘れてしまう・・・。

 

万華鏡から広がる景色は不思議に未来というより過去の記憶の世界。

 

過ぎし日はなべてうつくし秋色のビーズを入れてまはす万華鏡

 

久しぶりに思う存分過去の記憶を呼び出してみました。

 

 

 

痣 

さて今日は伊岡瞬氏著『痣』のご紹介です。

 


平和な奥多摩分署管内で全裸美女冷凍殺人事件が発生した。
被害者の左胸には柳の葉のような印。
二週間後に刑事を辞職する真壁修は激しく動揺する。
その印は亡き妻にあった痣と酷似していたのだ!
何かの予兆?
真壁を引き止めるかのように、次々と起きる残虐な事件。
妻を殺した犯人は死んだはずなのに、なぜ?俺を挑発するのか―。去と現在が交差し、戦慄の真相が明らかになる!(「BOOK」データベースより)

 

 

著者について

1960年東京都武蔵野市生まれ

2005年『いつか、虹の向こうへ』で第25回横溝正史ミステリ大賞&テレビ東京賞

2010年ミスファイアで第63回日本推理作家協会賞(短編部門)候補

2011年『明日の雨は。』で第64回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)候補

2014年代償』で第5回山田風太郎賞候補

2018年『痣』で第20回大藪春彦賞候補

2020年『不審者』で第41回吉川英治文学新人賞候補


5回山田風太郎賞候補作品『代償』を読んで以来気になっていた作家さん。

 

警察小説ファンの評判がよかったので本書を手に取りました。

 


結婚記念日に
妊娠中の妻が何者かに刺殺され以来生きる力を失なった真壁刑事が主人公

 

失意の中事件の少ない奥多摩分署に遊軍的な要員として移されたものの気力が戻らないまま辞職を決意、辞職まで残り2週間というところ起きた猟奇的な連続殺人事件。

 

1年前に起きた妻の事件との関連性を示す酷似に激しく動揺する真鍋を軸に相棒である後輩刑事・宮下、分署長の伊丹、そして元の古巣である捜査本部の上司・久須部などを配置して、丁寧に書き込まれた人物描写もさることながら、お馴染みの署内での署員同士のつばぜり合い、捜査1課との軋轢など読ませどころ満載。

 

特に年若いバディの宮下の造形に躍動感があって猟奇殺人の捜査中の一条の光となっています。

 

宮下刑事の伸びやかな成長ぶりがまぶしい。

 

筋書としては、ラスト近く明らかになる凄惨な連続殺人の動機に無理矢理感があって、共感に乏しい因になっていることは否めませんが、充実した書きっぷりに次の作品を期待したいというところで★3.5でした。

 

次には『悪寒』を読んでみようと思っています。

銀杏の落葉1

木枯らしに落葉逃げゆく吹きだまり踏めば足裏のかすかにぬくし

 

アメリカの心理学者ミハイ・チクセントミハイ氏の言葉につぎのような一文があります。


為し得ることが非常にたくさんあるように思えるから不安なのであり、

できることが何もないから退屈なのである。

 

したいこと、すべきことがありすぎると疲弊、混乱して夜になるとやり残したことのもやもやが不安というカタチで跋扈してくるし、やりたいと思うことが浮かんでこないときのもやもやは〈退屈〉という言葉では表せない無力感や虚無感があったりして・・・いくつになっても生きることはやっかいだなって思ってしまう。

 

そういえば茨木のり子さんの詩にこんなのもあります。

 

廃屋

人が 棲まなくなると
    家は たちまちに蚕食される
    何者かの手によって
    待ってました! とばかりに

    つるばらは伸び放題
    樹々はふてくされていやらしく繁茂
    ふしぎなことに柱さえ はや投げの表情だ
    頑丈そうにみえた木戸 ひきちぎられ
    あっというまに草ぼうぼう 温気にむれ
    魑魅魍魎をひきつれて
    何者かの手荒く占拠する気配

    戸さえなく吹きさらしの
    囲炉裏の在りかのみ それと知られる
    山中の廃居
    ゆくりなく ゆきあたり 寒気だつ
    波の底にかつての関所跡を
    見てしまったときのように

    人が家に 棲む
    それは絶えず何者かと
    果敢に闘っていることかもしれぬ

 

家でさえ役目を終えるとたちまちこんな状態になる・・・。

 

人間だって必要とされなくなっても何かしら役目を探し出して自分に課し生きていく、ということをやっていかないと廃屋、ではない廃人となるのもすぐかなと思うこの頃。

 

虚無感をなるべく寄せつけないように。

 

今回はちょっと癒しの作品を。

 


人生はワンチャンス!

水野敬也
氏&長沼直樹氏著『人生はワンチャンス!』

夢をかなえるゾウ著者らによる、1年半ぶりの新刊。犬のカワイイ写真で癒されながら、人生で役立つ「大切な教え」が学べ、さらに1ページ1ページが切り離せるので部屋に貼ったりプレゼントしたりできる、まったく新しいタイプの自己啓発書です(「BOOK」データベースより)



youtubeで動物の動画を観るのを愉しみのひとつとしている自分にとっても、動物好きにとっても見逃せない一冊。

人生をより積極的に楽しむツールとしての一言アドバイスとともにかわいい犬たちの写真が次々と目を愉しませてくれる作品。

一日一項目で65の「仕事」も「遊び」も楽しくなる方法。

偉人たちの名言―といっても短いシンプルなセンテンスにエッセンスが詰まった文―がユーモラスな犬たちの写真とぴったりとコラボしていてとても癒されます。

猫派の人たちにも同じ著者の方々の『人生はニャンとかなる!』が出ていますよ(^^)

鴨

鴨あまた思ひ思ひの水脈(みを)を曳く小春日和の赤松池に


コロナ罹患者が日に日にうなぎ登り。

 

日本全国津々浦々罹患者が広がって・・・

政府の打ち出した
GoToトラベルがやっと見直されることになりました。

 

個々に感染予防対策をしてどんどん旅行に行こう!

経済活性化しながらコロナに打ち勝つって???


国民のほとんどがこうなるだろうという結果になって、切羽詰まった医師会などの突き上げもありやっとやっと重い腰をあげて方向転換した政府。

 

PCRの検査数もオリンピックのために抑えたりと水面下での操作が囁かれているけれど真実はいかに?

 

ただ全国旅行業協会会長の座に二階氏がいることを思えば、何がなんでもGoToキャンペーンをやりたかったのだろうし、二階氏の支えで首相に就任した菅氏もなかなか中止できなかっただろうというのが頷けます。

 

一度決めたことの方向転換はそのときに応じて勇気をもってやっていただきたいし、私たち国民に利権云々の憶測を抱かせないように風通しよい政策をやっていただきたいというのが願いです。

 

 

 

雨のなまえ

さて本日は
窪美澄氏著『雨のなまえ』のご紹介です。 

 

妻の妊娠中、逃げるように浮気をする男。
パート先のアルバイト学生に焦がれる中年の主婦。
不釣り合いな美しい女と結婚したサラリーマン。
幼なじみの少女の死を引きずり続ける中学教師。
まだ小さな息子とふたりで生きることを決めた女。

満たされない思い。
逃げ出したくなるような現実。
殺伐としたこの日常を生きるすべての人に―。

いまエンタメ界最注目の著者が描く、ヒリヒリするほど生々しい五人の物語(「BOOK」データベースより)

 


著者について

1965年東京都生まれ
2009年ミクマリで第8回女による女のためのR‐18文学賞受賞
2011年受賞作を所収した『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞
2012年『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞受賞

図書館の棚でよく目にする作家さん。

初読みです。

本書には次の5篇の短篇が収録されています。

「雨のなまえ」「記録的短時間大雨情報」「電放電」「ゆきひら」「あたたかい雨の降水過程」

想像を超えたヘビーな内容。

どの小品の背景にも雨が絡んでいてかなりの湿度と重量感のある読後感。

なるべく雨に濡れないよう、傘を差したり、部屋に籠ってみたり・・・しかし逃げ込める場所もないときは?

人生にはいくつもそんな場面に遭遇しますが、本書には逃げ込める場所をあえて捨ててしまったり、シェルターから出てこなくなったりという選択をする登場人物たちが描かれていて、それぞれ救いようのないラストを提示して読者に委ねているところ、読了にはかなりの体力がいる作品となっています。

人間はひとりでは生きていけない。

自ら求めて友人になったり恋人になったり家族になったり親子になったり・・・始まりは能動的でキラキラした関係性も時を経て捻じれを生じてくる・・・

自ら選択しようとしている行動によって破滅が始まるというのがわかっていながら何かに突き上げられるようにそれをせずにはいられない・・・人間の毀れるときの脆さにやり切れなさがこみあげてくる・・・そんな内容です。

人間の心の裡に埋もれている生き辛さだったり、孤立感だったり、不安感といった負の感情が著者の手によって容赦なくえぐり出されて暴かれる・・・読者はそんな人間の裸の姿を突きつけられて目を背けながらも直視してしまう。。。

 

そんな後ろめたさが暴かれていく小説、加えてセックス描写も容赦なく描かれています。

そんな中、最後の「あたたかい雨の降水過程」は珍しくハートウォーミングな物語です。

つい二度読みしてしまうほど。


興味ある方最後の小品おススメです。
 

柿の実実

晩秋の里のゆふぐれそこここに柿の実朱き(ともしび)となる


このところ11月とは思えない小春日和が続いています。

 

リビングに差すやわらかな秋の陽だまりに椅子を引き寄せて座っているとつい眠くなってしまうほど。

椅子と新聞

めったに昼寝をしないわたしですが、ついうつらうつらしてしまいそう。

 

このところ溜まっていた新聞を読んでは片寄せ、読んでは片寄せ・・・。

 

つい忙しくしていたら溜まってしまう新聞。

 

 

しばらく次男のbabyとお嫁ちゃんが来ていて新聞どころではなかった・・・。

 

初お目見えのジンジン6か月。

手形足型
泣いても笑っても可愛くてぐにゅっとしたいほど。

仁とママ

いつもほがらかなbabyで、こんなジジババにもうんと笑いかけてくれる・・・。

 

お嫁ちゃんの大変さが身に沁みたけど、待ちに待っていた幸せな時間でした(^^♪

 

 

 


前進する日も

さて本日は
益田ミリ氏著『前進する日もしない日も』のレビューをちょこっと。

 

着付け教室に通ったり、旅行に出かけたり、引っ越ししたり。
仕事もお金も人間関係も自分なりにやりくりできるようになった30代後半から40歳にかけての日々。
完全に「大人」のエリアに踏み入れたけれど、それでも時に泣きたくなることもあれば、怒りに震える日だってある。
悲喜交々を、きらりと光る言葉で丁寧に描く共感度一二〇%のエッセイ集(「BOOK」データベースより)

 

ジンジンの日課のリズムに合わせて生活しているとベッドタイムの読書も捗らず・・・つい気軽なエッセイに手が伸びて・・・。

 

今まで何冊も網羅してきたミリさんのエッセイ。

 

何気ない日常の谷間のような一瞬を掬い上げて微妙に可笑しみというエキスをプラスして活写する・・・疲れたときに最適の読み物。

 

四十代に差しかかったミリさんのゆったりした日常が描かれた短いエッセイ集。

 

このエッセイで発見して驚いたこと・・・別に驚くに値することではないんですけど、読者のわたしが勝手に独り者と思っていただけ・・・

 

共棲みの男性がいること。

 

どうやら正式に結婚という形式には則ってはいないようだけど、ずっと慣れ親しんでいる感じのパートナー。

 

だからどうした?

 

なんですけど、のどかなゆるやかな日常の中にときとしてちょっとした皮肉を入れていたりする文章や意外にしっかりと世間に物申すミリさんのエッセイを読んだときと同様、ちょっと意外性を感じてしまった・・・勝手にミリさんのイメージを作ってしまった自分がちょっと・・・なんですけど。

 

それでも日常の、こんなことあるよね、という小さな小さな感じ方をこんなに素朴なやさしい文章で表現するなんて、ミリさん流才能がすごい!

 

よかったらどうぞ。

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底ごもるグレコのこゑに和すやうにひそと弾きゐる秋夜の〈枯葉〉


朝日新聞土曜版beで連載されている小池真理子氏の「月夜の森の梟」。

 

ご夫君・藤田宜永氏に先立たれてからの日々の心情を描かれたエッセイ。

毎週、楽しみに・・・という表現はちょっと似合わないけれど、心で掬いとるように味わいながら読んでいます。

 

実父母や養父母、義父母、そして義姉兄、実弟姉などをつぎつぎに喪った寂しさは味わってきたつもりですが、きっとまだまだ甘い自分。

 

子どもたちに先立たれたりとか長く人生を共にしている夫の死はまだ未経験。

 

でも近い将来それは必ず訪れること必至。

 

夫が先かもしれないし、私が先かもしれない。

 

そんなことを想像しながら毎回このエッセイを読むと、小池氏の深い喪失感に胸を衝かれてしまう。


ご夫妻とも直木賞作家。


都会のバーのカウンターに向かう椅子が似合うようなスタイリッシュな美男美女のお二人。


お二方の小説も何冊か読んでお二人のちょっと甘めなスタンスも知ったつもりになっていたわたし。


お互い作家同士というのは想像だにできないほどに大変そうで、きっと長続きしないだろうな、というのがお二人の結婚発表のときのわたしの感じたこと。


しかしそんな失礼な感じ方もこのエッセイを通して大きく覆った印象。


伴侶に先立たれる、というのは、等しく巡ってくる人生の共通イベントである。

ふたりが同時に死を迎える確率はきわめて低い。宝くじにあたるようなもの、と言った人がいるが、言い得て妙だと思う。

どちらが先かは誰にもわからず、ある程度の年齢になれば、自然の摂理として受け止めるしかなくなるのだろう。

 

俺が死んだあとのお前が想像できる。友達や編集者相手に
俺の思い出話をしながら、おいおい泣いて、そのわりには凄い食欲で、
パクパク饅頭を食ってるんだ・・・だから俺は自分が死んだあとの
お前のことは全然心配してない・・・

先日、ひとりで大きなどら焼きを食べているとき、
 この言葉を思い出し、可笑しくて可笑しくて ひとしきり笑いながら、
 気が付くと嗚咽していた


膨大な蔵書の置き場に困って都会から移住した長野。

自然の樹々や鳥たちに囲まれた終の家でがん再発後の短い余生についてご夫婦で何度も何度も語り合う。


そこには何の隠し事も衒いも装飾もなく、2人の間にただ自然の風が流れる・・・

 


小池氏という類まれな伴侶を得て、藤田氏は最後までお幸せだったのだなぁとしみじみ思ったことでした。

 

 

午後の音楽

小池真理子氏著『午後の音楽』
 

 

父や母、妹との距離感がつかめなかった少女時代。
夫に別の女性がいたとわかったときの喪失感や娘に与えてしまった心の傷。
胸の中にそっととどめておいた様々なことを、いつのまにか打ち明けてしまっていた。
音楽をふたりで奏でるようにメールで言葉を紡ぎ合う。
こんなにも共鳴し合える人に出会ったことの驚きと喜び。
それなのに相手は義弟、妹の夫…。
メールで綴られる新しい形の恋愛長編(「BOOK」データベースより)

 

 

男女のメールのやり取りに終始した物語。



男は女の妹の夫。

 
女は男の妻の姉。

 

小池真理子氏の描く恋愛モノに漂う甘やかな、そして切ない雰囲気満載の内容。

 

すべての文章がメールという形式に甘んじているゆえか、メールでありながら状況説明的な文章が続くのは否めないとしても、ちょっと生理的に受けつけ難かった作品でした。

 

良識ある知的な男と女が最後の一線を踏みとどまったから不倫ではない、といった論理はなりたたないと思えるほどの交流。

 

肉体的な交わりがあることだけが不倫の定義とは思えない・・・

良識ある・・・と思っているのは当人同士、打ち明け話もここまで来るとルビコン川を渡り切ってしまった感あり。

 

小池流のピアノの流れに乗って共鳴し合う男と女の甘やかな一時をメールというツールを通して美しく描いてはいますが、酔いしれている2人という像が浮かぶばかり。

 

宮本輝氏の『錦繡』に似ている設定でありながら似て非なりというところ。

 

ラストは女が良識ある大人として男から一時的に去る、ということで結ばれていますが、お互いに心の内を打ち明ける相手を間違えてしまった2人という印象で後味の悪い物語でした。

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