VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2020年12月

添人ソーラーIMG_5572

陽の恵みをうけて点れるランタンに棲みたる精の微笑む聖夜


娘からのXmasギフト!

 

ソネングラス。

 

瓶型ソーラーライトだという。

 

充電方法は2つ・・・太陽光マイクロUSB


太陽光に当てておけば勝手に充電、満充電には夏場で
9時間、

春秋で12時間、冬場は12時間以上。


一方
マイクロUSBで満タンになるまでの時間4時間。


満充電で
24時間点灯させることが可能だそう。


上部にあるマグネットスイッチを蓋
の銀の印に触れさせるとスイッチオン!


簡単な操作で
白色のLEDライトが点灯する仕組み


ガラス瓶の中にドライフラワーや百均のかわいらしい造花、海辺の貝殻など

入れるとすてきなインテリアにもなります。

 

わたしはビーズワーク用の比較的大きなビーズを入れてみました(^^♪

 

昼にスマホで撮ったのでちょっと映えない画像になってしまいましたが

けっこう強い明かりで防災に役立ちそう。

 

 

 

文豪たちの悪口本

彩図社文芸部編『文豪たちの悪口本』
 

 

文豪と呼ばれる大作家たちは、悪口を言うとき、どんな言葉を使ったのだろうか。
そんな疑問からできたのが、本書『文豪たちの悪口本』です。
選んだ悪口は、文豪同士の喧嘩や家族へのあてつけ、世間への愚痴など。

随筆、日記、手紙、友人や家族の証言から、文豪たちの人となりがわかるような文章やフレーズを選びました。

これらを作家ごとに分類し、計8章にわたって紹介していきます。
川端康成に「刺す」と恨み言を残した太宰治、周囲の人に手当たりしだいからんでいた中原中也、女性をめぐって絶交した谷崎潤一郎と佐藤春夫など、文豪たちの印象的な悪口エピソードを紹介しています(「BOOK」データベースより)

 


まあ、なんという罵詈雑言!

 

卑屈で僻みっぽく、しかもプライドは天井知らずという作家というと、わたしの中では石川啄木が真っ先に候補に挙がりますが、本書ではそれを上回る文豪が出るわ出るわ。

 

代表格は中原中也、太宰治。

 

なかなか崩せないほどの堅牢な双璧。

 

芥川賞を阻まれたとして川端康成を悪口雑言を駆使して罵倒し続けたり、「小説の神様」といわれている志賀直哉への憎悪にも似た嫉妬も極まれりという感じ。

 

以下は志賀直哉の『暗夜行路』に対する太宰の罵詈雑言。

 

「大袈裟な題をつけたものだ
いったい、この作品の何処に暗夜があるのか…自己肯定のすさまじさだけである」

 

その上をいくのが中原中也。


太宰と初めて会ったときの中原の放った言葉。

「何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔しゃがって」

 

酒癖の悪さもピカ一という定評、「殺すぞ」と言ってビール瓶で殴る中原中也。

 

一歩間違えば殺人者。

 

それを咎められ、「俺は悲しい」と泣き叫ぶ中原中也

これほど作品と人柄に乖離のある人も珍しいほど。

それに比べれば『断腸亭日乗』における永井荷風の菊池寛への非難などかわいいものと思ってしまう。

また、谷崎潤一郎と佐藤春夫の千代夫人をめぐるあの有名ないきさつも2人の手紙を通して言及。

女癖の悪い谷崎とあまりに世間知らずの純情な佐藤の対比がちょっと笑えます。

 

それにしても現代の作家さんのおとなしいこと!

 

というより当時は感情の思うに任せて書いた悪口抗議文を出版社に送りつければ掲載されていた、
ということにも驚き。

 

ツイッターでちょっと呟いただけで大炎上する現代と比べて
いかに言論の自由を重んじていたとはいえ、
自由奔放な時代だったのだなぁとしみじみ感じます。

 

芥川賞と並んで作家の実力の重石となっている直木賞で知られる直木三十五が作ったといわれる
文壇諸家価値調査表〉というのも驚きあきれる代物。

 

これが堂々と「文藝春秋」に掲載されているのも仰天。

 

直木がその時代に活躍していた作家を多項目で点数をつけているのですが、
その項目たるや・・・風采欄あり性欲欄、好きな女欄、人気欄、将来性欄、腕力欄・・・。

 

 

これを読むだけでも本書を手に取る価値あり。

 

ぜひどうぞ!

土馬と

傷つけ合ふ人らの言葉に倦みし日は心地よきかな鳩のででつぽ


自粛期間中減少していたという自殺者が7月より増加に

転じているという記事が出ていました。

 

女性と子どもの増加率が特に顕著だという。

 

子どもの自殺予防に詳しい精神科医・松本俊彦氏によると

 「仕事といった外との交流から傷つくことが多い中高年の男性と比べ、女性と若者は身近な人間関係にストレスを感じる」傾向があるという。

 

女性の職域が人との接触を伴う医療・福祉、小売り、飲食サービスなど感染リスクに
さらされる産業に偏っているとも指摘。

 

これらの職業に従事する女性たちに相当な心理的負担が生じている

可能性をも指摘されています。

 

また休校やテレワークが実施され、「ステイホーム」が叫ばれた結果、
子どもたちが家庭内の葛藤に追い込まれたとも。

 

日頃から家庭内不和のなか、綱渡りのような日々を過ごしている子どもたちにとって、
この降ってわいたようなコロナ禍という現象によって

ますます荒廃していく親世代の環境や心の影響が計り知れないほど

色濃く反映しているのは想像に難くありません。

 

自分の非力を思い知るのはこんな時です。

 

 

理由のない場所

リー・イーユン氏著&篠森ゆりこ氏訳『理由のない場所』
 

16歳の息子が自殺した。
もう存在しない子供との対話を続ける母―底なしの喪失感を実体験に基づいて描く衝撃作。
PEN/ジーン・スタイン賞受賞。
PEN/フォークナー賞最終候補作(「BOOK」データベースより)

 

著者について

1972年北京生まれ
北京大学卒業後渡米、アイオワ大学に学ぶ
2005年『千年の祈り』でフランク・オコナー国際短編賞PEN/ヘミングウェイ賞受賞


全篇、自死した
16歳の息子と作家である母との対話からなる16篇の物語。

そこには此岸側にいる母と彼岸側にいる息子とを隔てる川も谷も何もなく、
ただ平らな世界に2人だけが存在し、2人にしかわからない膨大な言葉を交し合う
・・・そんな親子の会話が延々と続くだけ。

愛する息子を喪って永遠にハグすることも傷つけあうこともできない母の、
置き所のない底なしの喪失感が溢れていて、
こうしてレビューを書くことさえ戸惑ってしまうような内容。

訳者によるあとがきを見ると、
これは著者イーユン・リーが実際に体験したことだという。
 

過去にうつ病で2度の自殺未遂をしたことのあるイーユン・リーが

息子を自死で喪って、その数週間後に書き始めたという小説。

 

愛する者を喪った人がその深い悲しみから立ち上がるための
グリーフワークというプログラムがありますが、
これもグリーフワークの一環というべきか。

 

かつてご次男を自死というかたちで亡くされた柳田邦男氏が

その喪失までの道のりを書かれた『犠牲 わが息子・脳死の11日』と

それに続く『「犠牲」への手紙の中で記されていた一文。

 

「時間が悲しみを癒してくれる、とよくいわれる・・・
グリーフワーク(悲しみの癒しの作業)における時間の要素は絶大である。
しかし、グリーフワークとは決して悲しみを遠い過去のものとして忘れることではない・・・
連れ合いやわが子を喪った読者からの手紙には、
悲しみは何年たっても消えるものではありませんという心情がしばしば綴られている。

私自身、洋二郎の幼き日の姿や心を病んで精神科に通っていた頃の姿が
突然目の前に現れて、目まいがするほど打ちのめされることが、いまだに時折ある。

悲しみは心の深いところに根をはっているように感じる。
それでも日常は虚飾でも虚勢でもなく笑ったり泣いたり怒ったり感動したりして生きている。

悲しみをかかえながらも、フツーの平凡な日常を過ごせるようになるというのが、
グリーフワークの大事な到達点ではないかと、
この『「犠牲」への手紙』をまとめる作業を終えて、あらためて感じている」

 

言葉にできないほど深い悲しみを癒すのに

これほど膨大な言葉を必要とするのか。

 

それでもどんなに言葉を積んでも癒すことはできないだろうことは

この作品全体を通してまっすぐに伝わってくる。

 

今はもういない息子との繰り返される壮絶な口論・・・

母親のわずかな言葉尻や言葉の解釈の違いを捉えてやり込める息子。

 

こういう場ですら母親は亡き息子との甘美な思い出として

離しがたく胸に抱きしめて一日一日を生きる糧にしているのだろう・・・

 

 

「言葉は不十分。
それはそうなんだけど、言葉の影は語りえぬものに触れられることがある」

 

たとえ言葉の辿りつく先が混沌とした世界であったとしても

亡き人の何かに触れることができるかもしれない・・・

 

取り留めのない口論。

 

落としどころのない口論。

 

小さな場所を起点としてとめどなくくるくる回りつづける

回転木馬のような目的も目的地もない空間。

 

とめどなき悲しみ乗せてきしみつつ回転木馬は頭蓋を巡る


 

このひとつの場所で回り続ける儀式が著者のグリーフワークになるとは

到底思えないけれど、この喪の儀式なしではきっと

生きてはいられなかったのだと思う。

 

もはや死者から「なぜ?」という問いに対する答えは得られないと

わかっていても遺された人は生きているかぎり

空しい問いを繰り返さずにはいられないのでしょう。

 

ずっと昔読んだ宮本輝氏の『幻の光』。

 

直前まで普通に会話していた夫に鉄道自殺というかたちで先立たれたヒロインの
繰り返し繰り返し心に渦巻いていた「なぜ?」を思い出して切なかった。

 

どんなにか生き返らせて「なぜ?」の問いを投げかけて、
そしてその答えを得て納得しないと前に進めない・・・

けれどその答えは永遠に得ることができないという絶望。

 

その哀しみはきっとどんなに前進しても消えることがない・・・

そんなことを思うと自死というのは

遺された人の心も永遠に殺してしまうのだと思ってしまう。

 

子どもに先立たれるという悲しみを経験していない自分には

どのように想像しても到達できない心の深淵だけど、

ちょっと覗いただけで苦しくて切ない読後感でした。

さざんか

山茶花の花心に蜂の骸ありたまゆらの命われも持つなり


年賀状のシーズンですね。

 

転勤が多かった我が家は先々の赴任地で親しくなった人々や、

夫の職場の方々など、年一度の年賀状交換で細い糸を

繋いできていました。

 

お互いに「また会いたいですね」を常套句のように付け足す年賀状。

 

きっともうお会いすることもないだろうな、という方々も結構いらっしゃって、3年前思い切って2種類の賀状を作って整理したつもり。

 

一種類は今まで通り。

 

もう一種類はこれで賀状を止めます宣言のもの。

 

半数くらいは整理したつもりだったのに、一年置いた今年、

やめます宣言の方々からもけっこう来ていてびっくり。

 

はてさてどうしたものか???

 

 

出さねば来る

 

出せば来ない

といわれている年賀状。

 

スマホなどの普及で年賀状ハガキを購入する若者が急激に減少したという現状。

 

我が家ではこの一年間に描いた夫の油彩画を貼り付けた賀状を通して夫の元気のバロメーター、
というかゲン担ぎにしているので、

やはり今年も少しでも見栄えのいいのを選んで作ろう

と思ってはいるのですが・・・

 

時間はあるのに拍車がかからない。。

 

怠惰な日々を過ごしています。

 

 


ふがいない僕

窪美澄氏著『ふがいない僕は空を見た』

 

高校一年の斉藤くんは、年上の主婦と週に何度かセックスしている。
やがて、彼女への気持ちが性欲だけではなくなってきたことに気づくのだが―。


姑に不妊治療をせまられる女性。

ぼけた祖母と二人で暮らす高校生。

助産院を営みながら、女手一つで息子を育てる母親。

それぞれが抱える生きることの痛みと喜びを鮮やかに写し取った連作長編(「BOOK」データベースより)

R‐18文学賞大賞受賞

山本周五郎賞受賞

本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10第1位

 


先日アップした『雨のなまえ』に刺激をうけて遅まきながら

著者の代表作を読んでみました。

 

それぞれの登場人物がバトンのように次へと繋いでいく5話の連作短篇集。



コスプレが趣味という主婦と高校生の生々しい性描写からスタート。

 

容赦ない著者のセックス描写に思わずたじろいでしまいましたが、それ止まりではないところに著者の作品の妙味があって、

今回も最後まで一気に読むことができました。

 

一見官能小説と見紛うような一篇目の「ミクマリ」の際立った描写の関門を

くぐり抜けると、登場人物たちがそれぞれ与えられた環境の中において

人生を痛みなく生きることの難しさや切なさが

そこはかとなく漂ってきてずしんと胸に響きます。

 

高校生を中心とした物語。

 

誰もが自分という存在を持て余していて、負を引き込んでは

独りキリキリ舞いしてもがいていた・・・

思春期というものを総括すればそういうことになるかもしれないけれど、

とても持ち重りのする内容の中に、ときに光るセリフがあって

一条の救いを感じてほっとする個所もあったり・・・。

 

 

「悪いことはずっと悪いままではないですよ。

ずっと抱えていればオセロの駒がひっくり返るように

反転するときがきますよ」

 

この言葉のように一生懸命に生きている登場人物たちにも、

そして厳しい現実を生きている人々にも反転するときがくればいいな、

と思わせた作品、よかったらどうぞ。

 


雪だるま

物心ついたころより本を読むのが大好きだったわたしは


勉強そっちのけで手あたり次第に読んできました。

 

あまりに読みすぎて、これは少し整理整頓したほうがよさそうと

思い立って始めた読書の備忘録。

 

それが20年ほど前。

 

最初は拙いHPを作って拙いレビューを挙げていたけれど、

そのうちブログという箱が少しずつ出始めたのを機に

yaplogという入れ物を選んでスタートしてほぼ15年。

 

途中、母の介護やそれに続く死、夫の重篤な病気、

yaplogのブログサイト撤退などでやめようかな、

と思ったことも幾度かありますが、

一部の温かい人々の応援に支えられて

いまも牛の涎のような繰り言を恥ずかし気もなくアップしています。

 

20年の間には年間300冊近く読んでいた本も200冊程度にダウン、

アップする冊数もその半分くらい・・・かなり減りました。

 

かなりの速読、乱読、斜読であるわたしの読書は褒められたものではなく、

夫にはいつも「だからお前は言葉知らず・・・」などと

半ば軽蔑されているのが現状ですが、事実なので反論もできず・・・

 

夫が一週間で一冊読む本を一日で読んでしまうわたしの

荒々しい読書は読書ともいえず・・・

いまだ難しい言葉や事象について夫に教えを乞うている日々です。

 

歌集もかなり読んではいるのですが、小説をアップするのに忙しく、

なかなか鑑賞をアップできずにいるという事情。

 

 

本日ご紹介するのはわたしが所属する小さな歌会の短歌誌。

 

 

3月8月12月・・・年間3回刊行となっていてすぐ巡ってきます。

 

 

樹林 林



「樹林第
23号」

 






[タイトル「届かぬ言葉」]

 

闇の中にうごめく無数の言葉たち信じたときだけ光る幾ひら

 

いくたびを人と出会ひて別れゆく尽くせぬままに消ゆる言の葉

 

生真面目に生き来ていまだ憧憬の〈不良少女〉といふ言葉の響き

 

響きあふ言葉をさがすひと日なり読書好日雨の日なれば


「そうじゃない」継ぎたき言葉のしぼみゆく
ジャイアンに対ふのび太の心地

 


言ひ訳はしないでおかう公園の桜の花芽もいまだ固くて

 


「満てる」とふ言葉のありて土佐弁は無機質な死にあかりを

 


地に落ちる前に消えゆく雪花は伝へても伝へても届かぬ言葉

 


張りつめた
言葉の前の沈黙をただ聴いてる「いのちの電話」

 


友と会ひ友とハグして夜を明かす再見
ツァイチエン希望のことば

 

 

  

[題詠一首]

 

女子会の今日のテーマはおはぎなりつぶあんこしあん議論は尽きず

 

 


[岡井隆追悼一首鑑賞]

 

光あればかならず影の寄りそふを肯ひながら老いゆくわれは            
岡井 隆

 


二0一0年の歌会始のお題「光」への詠進歌である。

 

このとき宮内庁御用掛という要職にあられた岡井氏八十二歳。

 

前衛短歌の旗手としてのナショナリズムの思想性の片鱗や際立った技巧、

そして燃え滾るような愛憎などのすべてを削ぎ落したような、

なんというなだらかな境地の歌だろう。

 

世の些事に対する超越が感じられる大らかな歌である。

 

「ゲルニカ」を描いたピカソの、反体制思想や鋭角的な輪郭を内包しつつも

表面的には削り取ったような晩年の作品にも通底するものがあるが、

生涯反体制を貫いた画家との対極の生き様を

思うと感慨深いものがある。

 

「人間は考える葦である」という名言で有名なパスカル。

その名著『パンセ』は今読んでもなかなかおもしろい読み物。

たくさんの人生訓が詰まっています。

人間の不幸などというものは、
どれも人間が部屋にじっとしていられないがために起こる。
部屋でじっとしていればいいのに、そうできない。
そのためにわざわざ自分で不幸を招いている。

まるでコロナ禍での人間の右往左往を言い当てているよう。

政府がついに1228日から111日までの間、全国一斉にGoToトラベル停止を決断しました。

支持率の低下と医療関係者や国民からの突き上げに抗しきれなかったのかな?

GoTOが感染上昇のすべてではないのは承知しているけれど、ロックダウンを表明したメルケル首相のように真摯に国民に対峙する姿勢が見えないのが遠因のような。

この決定も菅首相はまるで官僚の用意した原稿をそのまま読まれていて、とても迫っている危機に関して国民に訴えかけるような姿勢はみられず残念だった。。。

一昨日の11日、衆参両院の予算委員会で政府が「GoToトラベル」に3119億円の追加支出を閣議決定、
予備費で執行するという。

野党が感染拡大で疲弊している医療機関などへの支援策の方を優先すべきと見直しを求めたものの、
既に
3兆円を支出したことを踏まえて「十分支出している」と突っぱねたそうですが、
実際に医療機関に届いているのは6千億円と聞いています。

日に日に圧し掛かってくる超過労働とそれに見合わない賃金、
ボーナスなどの一時金も出ないという医療関係者の声も聞こえてきます。

このGoToトラベル一斉停止でそれぞれの業界への支援金を
いま練っているようですけど、どうなるか?

ニュースを観るたびに付け焼刃のような政府の対応への失望が積み上がっていきます。

家族 小杉 双葉文庫

さて今回は
小杉健治氏著『家族』のご紹介です。 

ホームレスの男が盗み目的で住宅に侵入し、認知症の老女を殺害したとして逮捕された。
男はこの事実を認め、裁判員制度での裁判がはじまった。
裁判員のひとり谷口みな子は、自身の経験から、この事件を老女の息子の依頼による殺人ではないかと疑っていた…。
大いなる家族愛を描く、感動の法廷ミステリー(「BOOK」データベースより)

2009年5月から始まった我が国の裁判員制度

裁判員制度が始まってもう11年。

誰もが裁判員になる可能性があるとは思いますが、
未だ他人事のように思っている自分にとっては勉強になる内容でした。

本書はこの裁判員の何人かに光を当て、同時に事件の加害者や被害者家族の心情を丁寧に描くことで、社会的な問題点である認知症やそれを介護する家族、そして人生のちょっとした躓きから家族を捨てホームレスになった男の悲哀などを浮き彫りにして秀作でした。

アメリカ映画史に残る名作として名高い『十二人の怒れる男』の
ヘンリー・フォンダを彷彿とさせるような一人の裁判員を核に
被告の過去に光を当て真実に迫っていく様子は
興味深いものがありましたが、
一介の裁判員がそこまで踏み込むのはありなのかとか、加害者が捨てた子どもたちの加害者に対する心情に違和感は残りました。

 
感動ものにする著者の手法がちょっと透けてみえたのも事実。

しかしあえて「家族」としたタイトルの意図がしっかり組み込まれた作品。

胸に染みました。


シクラメンの鉢

自然淘汰人為的に行って人類の進歩を促そうという優生発想。



いちばん顕著な例はナチス・ドイツによるユダヤ人大殺戮。


人類の歴史の中で繰り返されるウイルスなど感染症との闘いは人為的でない自然淘汰と一応は言えるでしょう。


が、しかし現政府のやり方を見ていると・・・ついつい人為的な優生思想がちらついてしまう。

 

連日東京都での感染は600人を超え、全国の感染者数も毎回更新。

 

分科会長のあの尾身さんですら危機感を以ってGO TOキャンペーンの一時停止を強く提言しているにもかかわらず、政府は方向性をチェンジしないという。

ニコニコ生放送で開口一番

「みなさん、こんにちは。ガースーです」とにこやかに挨拶したという菅首相。

「いつの間にかGoToが悪いことになってきちゃったんですけど、移動では感染しないという提言もいただいていた」と何やら笑いを含んだ顔( ;∀;)

為政者〉をつひ〈偽政者〉と読みちがふまぶしき陽の射す活字の中に

ドイツのメルケル首相の渾身の演説との雲泥の差。

現場で命を賭している医療関係者の必死の訴えに対するガースー氏のかくもの構えに怒りを通り越してただ驚くばかり。

そして自国民としてただ恥ずかしい。

穿った見方かもしれないけれど、この際高額な医療費の対象となる高齢者や病気を抱えている生産性のない人々の一掃を通して経済的な安定ができれば、などという深謀遠慮があるのではないかとまで思ってしまう。

二階氏との政治的な軋轢もあるのは想像に難くありませんが、ここはひとつすべてを取り払ってコロナ終息に向けて医療従事者や国民の真摯なお願いに耳を傾けてほしい。


あってはならない命の選別・・・医療崩壊とともに起こりうるというその可能性を誰が一笑に付すことができるでしょうか?

菅さん、機会を失しつづけているとはいえ、潔く方向転換して、さすがという勇気を見せてほしいと願っています。




となりのセレブたち

篠田節子氏著『となりのセレブたち』


どこが優雅?
だれがゴージャス?
マダムのお茶会、犬のヒモになったオトコ、回春ペット―何でもありのセレブ生活。
となりの小金持ちたちの喜悲交々を笑い飛ばす、痛快短編小説集!(「BOOK」データベースより)


1999年
2011年にかけて小説新潮連載した5つの中編小説集を一冊にまとめたもの

◆ドライトマトと思って料理したものを食べて自分の心の奥に潜む真の欲望が叶う夢をみる「トマトマジック」

 

◆猫嫌いであるヒロインが拒否するも猫を飼い始めた家族を後目に家族からどんどん遠ざかった挙句家族に見放されて猫とともに家を出る羽目になる様子を描いた「蒼猫のいる家

 

◆吹き流しという深海の奇妙な生物に若返りや性処理を求めて殺到する男女のを描いた「ヒーラー

 

◆老化のため委縮してしまった脳にチップを埋め込み再生をはかるという近未来を描いた「人格再編

 

◆借金取りに追われ世捨て人のように山小屋に逃げ狩猟犬と共に暮らす元カメラマンが次第に飼い犬に翻弄されていく姿を描いた「クラウディア

 

 

「となりのセレブたち」というタイトルから連想させるお気軽なセレブたちのゴージャスな暮らしが垣間見える物語かと思いきや、そのほとんどがホラー。


セレブからは遠い距離にいるのでセレブとはどんな日常を過ごしているのだろうか、という物見遊山でつい手に取ってしまった・・・。 


社会のひずみなどに題材を置いた最近の著者の作品傾向の続きを期待して手に取った作品でしたが、著者本来の回帰というか、元来はホラー作家であったことを久々に思い出してしまいました。

 


5篇のどれも内容的には力作ではありますが、自分の好みとしては遠ざけたいような作品ばかりでした。

 

口コミを検索してみるとかなりの高評価でしたが、元来ホラーやSFは苦手なので読後感はかなり悪かった作品群、もう思い出したくない"(-""-)"

近未来SF小説読みしあと喫茶モナコのレトロに憩ふ


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