VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2021年01月

満月写真

わが裡の狭量を知りてとまどへる夜をしらじら満月照らす


子どもたちに人気の作家さんをはじめ著名人が全国の学校を訪問、

特別授業を行いその模様を紙面で紹介するという企画が

毎年朝日新聞で連載されています。

 

授業をしてほしい希望の学校が応募して抽選で決まるという。

 

ちなみに2020年度はジャーナリストの池上彰さん、作家の今村翔吾さん、

宮下奈都さん、教育評論家の尾木直樹さん、絵本作家の宮西達也さん、

教育研究者の山崎聡一郎さんの6人でした。

 

以前現役医師であり作家の海堂尊氏がある中学校で授業をしたときの話。

 

中学生に自分の体のなかの臓器の地図を描かせたところまともに

描ける生徒はほとんどいませんでしたが、2時間の授業後に

再度描かせたところほとんど正しい地図が描けたという。

 

その中学生たちを笑えない"(-""-)"

 

わたしも中途半端な知識で肺だの肝臓だのと口にしていますが、

白地図に正しく描けといわれたらきっと描けなかった・・・

本書を読む前までは。

 

 



トリセツ・カラダ41RuOGrjWzL__SX356_BO1,204,203,200_堂尊氏著&ヨシタケシンスケ氏絵『トリセツ・カラダ』
 

 

作家で医師の著者が、カラダの“トリセツ(取扱説明書)"を作りました。
肺と心臓の位置、肝臓の大きさ、小腸と大腸の関係、すい臓のかたち、腎臓の数……。
一生付き合っていくものだからこそ、知っておきたいカラダのひみつ。
読み終われば、東大生でも描けなかった「カラダ地図」が誰でも描けるようになっている、楽しくてもっとも簡単な医学の本です。

『りんごかもしれない』『あるかしら書店』等で大人気の絵本作家
ヨシタケシンスケ氏によるイラストも満載で、内容もさらに深まります。

さあ、カラダのミステリーを解き明かそう!(「BOOK」データベースより)

 

 

以前、海堂氏の作品に嵌って読み継いでいた時期があります。

 

4回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した『チーム・バチスタの栄光』
をはじめとする医学系小説。

 

ご自身も外科医、病理医を経て現在は国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
放射線医学総合研究所の勤務医であられます。

 

本書の絵を担当しているのはヨシタケシンスケ氏。

 

手術で体を開いたとき、どのように臓器が並んでいるか、絵に描ける?

という問いから始まる本書。

 

東大生でも描けなかったというからだ地図。

 

自分の大切な持ち物なのに知らずにいることの恐ろしさ。

 

ひとつひとつは現代科学の知を集めても出来ないほどの超精密機械の

ようなものがお互いに連携と取りながらそれぞれの役目を

一秒の休みもなく担っているという体。

 

あだやおろそかには出来ないなと思う。

 

人は生まれたからには死ぬまで生きるのが義務

 

当たり前のことだけど再確認。

 

人のカラダの70%は水

 

大脳は約120g、血流の約20%を独占する贅沢な臓器

 

重さ300gの心臓・・・右側は肺に血液を送る小ポンプ、

左側は全身に血液を送る大ポンプ、よって左側が少し大きい

 

現役医師がタッグを組んだ相手がヨシタケシンスケ氏でよかった!

 

説明するには四角四面になりがちな臓器もヨシタケ氏のイラストによって
かわいらしくユーモラスになってとても取っつきやすい。

 

そのヨシタケ氏のつぶやき・・・

 

からだの中って血まみれでグチャグチャでこわいって言うか

キモチわるいよね。

それぞれ頑張ってくれているのに 「キモチわるい」なんて

なんだか申し訳ないよねえ

 

ほんと、その通りです。

 

一家に一冊、ぜひどうぞ!!

ばらの大輪

家での巣ごもりが長引くと必然的に売れる商品があるという。

 

食料品や食材は別にして、書籍とかDVDとか・・・あと意外にも日記帳。

 

この歴史的非常時を記録しておくという目的か、ただ単に在宅時間が増えて

日記をつけるという習慣に目覚めたのでしょうか?

 

新聞などの読者の投稿欄を見ていると、日記をつけ始めた人が

多いのがわかります。

 

そんな流れに逆行するようですけど、わたしは昨年末から長年続けていた

日記と手帳をやめました。

 

短歌やレビューなどはすべてPCwordを活用、予定はスマホに入れているのに加えて、

日々の予定などは日記&手帳&カレンダーに重複して書いていたのが

煩わしくなったのが一因。

 

日記は10年連用や5年連用を用いていましたが、何気なく過去の日記を

パラパラ捲ってみたとき、懐かしさというより失くしたものの多さに

切なくなって閉じてしまったことに加え、自分の死後

誰にもみせたくない個人的なものという考えに至って

大掃除の折、今までの日記をすべてシュレッターにかけました。

 

長く介護していた母とヘルパーさん、看護師さんとの連携の

大量の介護日記も未だに見られないし・・・

過去はふり返りたくないと決めてすっきりしてる現在です。

 

わがめぐり断捨離すればわが裡の思ひ出のみが礎(いしじ)となりぬ

 

 

怪盗ニック

エドワード・
D・ホック氏著&木村二郎氏訳『怪盗ニック全仕事1
  

人から依頼されて動くプロの泥棒、怪盗ニックが盗むのは「価値のないもの、もしくは誰も盗もうとは思わないもの」だけ。
そんな奇妙な条件にもかかわらず、彼のもとには依頼が次々舞い込んでくる。ターゲットはプールの水、プロ野球チーム、恐竜の尾…それらをいったいどうやって盗む?

短編の名手ホックが創造したユニークな怪盗の全仕事を発表順に収録した文庫版全集第1弾(「BOOK」データベースより)

著者について

1930年ニューヨーク州生まれ
1955年死者の村』でデビュー
以降50年以上にわたり短編ミステリの第一人者として活躍し続け
2001年アメリカ探偵作家クラブ(MWA)生涯功労賞受賞
2008年没

以前早川書房から出されていた単発の短篇を読んだことがあり、とても軽妙でおもしろかったので
手に取った本書、既に全
6巻が刊行されているという。

ユニークな怪盗ニックを主人公の第1作が発表された1966年から
最後の第
87作が上梓された2007年。

ほぼ40年にわたってのロングラン、見事です!

まずは第1巻。

「斑の虎を盗め」
「プールの水を盗め」
「おもちゃのネズミを盗め」
「真鍮の文字を盗め」
「邪悪な劇場切符を盗め」
「聖なる音楽を盗め」
「弱小野球チームを盗め」
「シルヴァー湖の怪獣を盗め」
「笑うライオン像を盗め」
「囚人のカレンダーを盗め」
「青い回転木馬を盗め」
「恐竜の尻尾を盗め」
「陪審団を盗め」
「革張りの柩を盗め」
「七羽の大鴉を盗め」

長篇が主体の欧米ミステリ界で異端ともいえる短篇ミステリを発表し続けた著者。

さすが飽きのこない筋書、巧みなプロット。

短篇なのでナイトキャップ用にもってこいの作品群です。

主人公は、価値のない物、誰も盗もうとしない価値のないものだけを
依頼されてターゲットとするプロフェッショナル
怪盗ニック・ヴェルヴェット。

その報酬は一律2万ドル。

依頼の対象は上に羅列した数々の奇妙極まりないもの。

依頼者はなぜこのような価値のない奇妙なものをほしがるのか?

ニックは依頼品をどのようにして盗むのか?

この謎を追うだけでもなんとも楽しい小品の数々。

個人的には「プールの水を盗め」や「陪審団を盗め」が秀逸でした。


ニックの生い立ちやのんびりした日常にも触れられてちょっと楽しい作品。

 

ヒマの手慰みにどうぞ!

おぼろおぼえお

はじめからなかつたものを手放したもののごとくに惜しみてゐたり


はるか昔の学生時代のこと。

 

ぼーとした学生だったので将来を見据えることなくなんとなく専攻した英語学。

 

中高教員免許はとったものの、卒業年になって自分なりに何をやりたいか

と考えたとき社会福祉士という目標が見つかりました。

 

当時社会福祉課の所長をされていた方を訪ねて相談。

 

国家試験を受けるには専門大学に行くという道を示唆してもらい、名古屋にあった
福祉大学に学士入学したいと親に伝えたところ親戚一同あげての猛反対。

 

今とちがって、女の子は適当なところに就職して
早い段階で適当な結婚をする、というのが親世代の考え方の定番。

 

学費も出さない、という強硬姿勢にあえなくダウン、という根性なしが露呈した話。

 

果たして社会福祉士になっていたとしたら・・・とよく考えますが・・・

自分のようなヘタレには続かなかったかも・・・

きっとすぐ辞めていたかもしれません。

 

社会の片隅の恵まれない人々への理不尽な環境に対する義憤が

いくら強くてもどうにもならないという現実。

 

いまならよくわかる理想と現実の大きな隔たり。

 

結果として結婚して当地を離れるまで、ある企業で特殊な業務に携わりました。

 

その仕事についてはまた機会があればこのブログに残しておきたいと思います。

 

さて本日は福祉にちなんだ物語のご紹介です。

 


パレートの誤算

柚月裕子氏著『パレートの誤算』
 

ベテランケースワーカーの山川が殺された。
新人職員の牧野聡美は彼のあとを継ぎ、生活保護受給世帯を訪問し支援を行うことに。
仕事熱心で人望も厚い山川だったが、訪問先のアパートが燃え、焼け跡から撲殺死体で発見されていた。
聡美は、受給者を訪ねるうちに山川がヤクザと不適切な関係を持っていた可能性に気付くが…。
生活保護の闇に迫る、渾身の社会派ミステリー!(「BOOK」データベースより)

 


脚光を浴びた『孤狼の血』の前哨戦のような形で雑誌連載
されていた本書。

 

至る所に『孤狼の血』への導入の跡がみられます。

 

舞台は瀬戸内海に面した人口20万人ほどの架空の港町・津川市・・・

きっと呉市。

 

『孤狼の血』の舞台も広島県呉市を連想させる呉原市。

本書に登場する強面の刑事・若林警部補もそのまま『孤狼の血』に当てはまる造形。

さて『孤狼の血』との比較はこれくらいにして、本書に移ります。

まず表題の見慣れない「パレート」・・・わたしは最初「パレード」と読み違いをして、
いつ行進が出てくるのだろうか、などと見当違いなことを
思いながら読んでいました"(-""-)"

ここに挙げられているのはヴィルフレド・パレートというイタリアの経済学者だそうです。

そのパレートの導きだした「パレートの法則」に則ってつけられたタイトル。

80対20の法則とも呼ばれていて、ある分野における全体の約8割を、
全体の一部である約2割の要素が生み出している

これは日本で度々引き合いにだされるところの「働き蟻の法則」と同じ。

ある一定数のよく働く蟻と働かない蟻のうち、働かない蟻を取り除いたところ、
よく働く蟻の中から約
2割程度の働かない蟻が出現するという。

この理論からするとその2割以外は不必要・・・社会的弱者は切り捨てるという安易な結論に
つながりやすいという警告が本書の大きなテーマの支線ともなっています。

テーマの柱は生活保護というものを表とするとその裏側にある貧困ビジネスについて。

このコロナ禍でも政府の給付金や支援金を巡り、様々な裏ビジネスが横行している

という記事を目にしている昨今。

社会的弱者と呼ばれる人々・・・それは生活保護受給者のみならず、
介護が必要な高齢者や大人の手が必要な子どもたち。

それは個人の見解によっても変わってくることを思えば、
弱者と位置付ける定義というのはとても難しいと思う。

例えば、直接社会的弱者と接触する県や市の福祉関係の職員個人の見識の相違によって
その弱者といわれる人のその後の運命が決められるかもしれない。

 

そんなことを思うと、つい運不運という思いが巡ってきて先に進めない。

 

しかし本書のように、見えないところで悩み、もがき、そして奮闘している
ケースワーカーをはじめとする方々がいらっしゃるという確信できる現実を
垣間見たりするとき、しみじみありがたいと思うのであります。

月と夕焼け

そばにゐてだまつて聴いてほしだけ寒空に浮く上弦の月


 

東京都内でコロナに感染し自宅療養していた女性が自殺したというニュース。

 

夫と子どもとの4人暮らしの中、全員感染していたという。

 

女性は生前、「学校でコロナを広めてしまった可能性がある。娘の居場所がなくなるかもしれない」と夫に悩みを打ち明けていたという。

 

感染したことが原因で自殺したこの女性のような例だけでなく、

水面下にはもっと多くの追い詰められて亡くなられた人々がいるのは

想像に難くないと思うと、つくづく恐ろしいと思う。

 

まるで村八分の世界に戻ったように、近くに罹患者が出れば詳しい情報を

知りたくなってしまう。

 

当地でもエリザベス号以外の第一、二号患者として、フランスに次いで既に多くの罹患者の
出ていたスペインに旅行に行き罹患してしまった母娘のニュースが流れたとき、
「この時期になぜ?」という疑問とともに非常識という非難の気持ちを
わたしを含め誰もが持ったことは否めませんでした。

 

罹患したことは気の毒だけど・・・

 

この言葉にならない「・・・」の無言の圧力や家のドアへの貼り紙、投石、

避難の電話などがその後の母娘を苦しめ、その一家は

引っ越しを余儀なくされたそうです。

 

これではハンセン病の隔離の歴史に憤りを抱く資格などありません。

 

自分をしっかり戒めなければ。

 

 

 

あるかしら書店
ヨシタケシンスケ氏著『あるかしら書店』

 

“ちょっとヘンな本ってあるかしら?”“これなんてどうかしら!”
いよいよ「本の時代」がやってくる!!
「りんごかもしれない」の絵本作家、ヨシタケシンスケが描く妄想書店、本日開店! (「BOOK」データベースより)

 

最近図書館に行くと目につくヨシタケシンスケ氏の本。

 

ネットでも花ざかり。

 

ヨシタケシンスケ氏、ただいまブレイク中。

 

たしかにこの閉塞感に満ちたコロナ禍のなか、ナイトキャップや

コーヒーのお供にぴったりかも、と思いながら手に取りました(^^)/

 

 

ある町のはずれの一角にある「あるかしら書店」

 

「本にまつわる本」の専門店。

 

ジャムおじさんのような太っちょの好々爺といった印象の店主が

訪れる人のどんな無茶振りの要求にも快く応じて探し出してくれる一冊。

 

店の棚は店主の工夫によってそれなりに本にまつわる専門書が

分類されています。

 

〈ちょっとめずらしい本〉

〈本にまつわる道具〉

〈本にまつわる仕事〉

〈本にまつわるイベント〉

〈本そのものについて〉

〈図書館、書店について〉

 

「読書履歴捜査官」・・・身近に迫ってきているamazonのよう。

 

過去の検索や購入本の追跡によって個人の人となりや好み、果ては性癖などを
把握していて「これなんかどう?」なんて勧めてくる様子、

自分以上に自分を知っているようで恐ろしい。

 

納税の追跡マイナンバーより恐いかも。

 

「カリスマ書店員養成所の1日」・・・ 

もう少し若かったらカリスマ書店員なんていいな、と密かに憧れていたけれど、
この
1日のハードワークをみるとすぐ退所しそう"(-""-)"

 

「本の降る村」なんていいな~。

雪のように空からどんどん降ってくる本。

 

わざわざ図書館やbookoffに行かなくていいし、amazonやメルカリで買う必要もない・・・

ただあまりに積もるので、さすがに速読でも読むスピードがついていけない、

雪崩、いや本崩に遇って命が危うそう。

 

最後の「ヒットしてほしかった本」・・・

きっと掃いて捨てるほどあるヒットしてほしかったけどヒットしなかった本。

 

作家も編集者も出版社も、そして書店員もヒット祈願して売り出しても

ヒットしない本の山の前できっと腕組みして唸っていることと思う。

 

それでも最近のネット社会ではSNSなどのツールを通して思いがけず
ブレイクや再ブレイクを果たす作品もあってちょっとおもしろい。

 

そんなヒットに大いなる貢献をしている書店員さんの店頭のポップなどを見ると
それぞれの書店員さんたちの工夫やセンスが光ってつい手が伸びてしまう。

 

こうした涙ぐましい努力が2004年から始まった「本屋大賞」というものを生み出して、

今では押しも押されもしない賞として輝いていることは

とても喜ばしいこと。

 

わたしも歴代の「本屋大賞」受賞作を楽しんできました。

 

今年も10作がノミネートされているという。

 

今から楽しみにしています。

 

ろうばい

ろうばい2
また日本の歩むべきまっとうなゆく手を照らす羅針盤のような方が亡くなられました。

半藤一利氏。


『日本のいちばん長い日』、そして『ノモンハンの夏』を読み継いで以来、
日本の突き進んだ戦争前後の歴史を徹底的に調べて
冷徹に理性的に追及するその姿勢に心を射抜かれていました。


『ノモンハンの夏』では日本軍の自己過信や優柔不断を徹底的に描き、それらの検証もなく次の太平洋戦争へとなだれ込んだ軍部の責任を忖度なく追及された姿勢。


気骨ある方々が次々に旅立たれていく心もとなさ。


「証言の垂れ流しは罪」として精査を重ねて信用できるものだけを資料として使っていた、
と長年交友のあった保阪正康氏は書いておられました。


やはり尊敬する吉村昭氏と同じ姿勢。


吉村氏もひとりの証言がどのようにすばらしくとも安直に取り上げることなく、
何人もの証言や史実と照らし合わせて念には念を入れて真実を追求して
ノンフィクションを仕上げておられたのでした。


「自分は〈絶対〉という言葉は原稿では使わない」という信念は

度々紙上でお見かけしたが、唯一使うべき〈絶対〉についても

言及されていた半藤氏。


「戦争だけは〈絶対〉はじめてはいけない」

 

心よりご冥福をお祈りいたします。




半藤

半藤一利氏著『世界は回り舞台』
 

 

文壇華やかなりし、昭和三十年代。

文士劇の黒子として活躍した若き半藤さんが、舞台裏で見た錚々たる作家の姿を、演劇歴史その他幅広い知識を惜しみなく発揮しながら、ユーモラスに描いたエッセイ集。同時にTRILOGY(三題噺)でまとめた「なんでもTRILOGY」
(1992)と直近の「それからのTRILOGY」(2010)を収録。
時代と歴史的人物を直接目撃した半藤さんならではの視点を堪能できる珠玉の1冊(「BOOK」データベースより)

 

第1章 世界はまわり舞台(「花咲かば」の巻;「杜鵑血になく」の巻;「月はくまなき」の巻 ほか)
第2章 なんでもTRILOGY(新年;松本清張;国際性 ほか)
第3章 それからのTRILOGY(芥川賞;金沢;酒を呑むこと ほか)

半藤氏といえば日本の過去の歴史を精査したノンフィクション作家というイメージが先行していますが、

本書は墨田区出身の生粋の江戸っ子の軽妙洒脱ぶりが

うかがえる楽しい読み物となっています。

 


遠藤周作氏や佐藤愛子氏、北杜夫氏などのエッセイでよく目にしていた文士劇。

 

その黒子として文士劇を支えられていたときのエピソードなど、

ユーモラスに描かれていて、それぞれの作品と乖離した当時の作家さんの

ユーモラスな実像が垣間見られて興味深かったものの、そこのところもう一歩、
いやもう百歩踏み込んでほしかった、と思う読者はわたしだけでしょうか?

 

文士劇のことを一つの記録として残しておこうと思ったが、書き進めていく

うちに、裏ばなしは結局のところ、出演された作家先生たちの

すっぱ抜きや悪口に近くなることに気づかされた。

職業上のモラルは、やはり守らねばならぬ。

それで文士劇と関係のない余計な芝居噺がどんどん入り、

意気込んだ前口上は、かくて羊頭をかかげて狗肉を売るようなものとなった。

 

上記は著者の文藝春秋新社の社員時代のお話。

 

 

話は変わりますが、昨日芥川賞&直木賞が発表されましたね。

 

本書第3章「それからのTRILOGY」に出てくる芥川賞&直木賞制定

に至る話もとても興味深かった。

 

長年、同級のよしみで深い信頼関係にあった芥川龍之介と菊池寛。

 

芥川の自殺に深い衝撃を受けた菊池寛が自ら創刊した「文藝春秋社」の賞

として1935年に設立したというのが始まり。

 

大衆文芸の新人作家に直木賞を、純文芸の新進作家に芥川賞を贈るという

「芥川・直木賞制定宣言」はこうして『文藝春秋』誌上に掲載されたという。

 

第一回芥川賞に選ばれたのが当時まったくの新人・石川達三氏。

 

有名な太宰治氏落選についてのエピソードなどの文壇内輪話が事細かく

綴られていて作家マニアには垂涎もの。

 

現在の芥川賞&直木賞に対する世間的な評価が

当時菊池寛氏が思い描いたものに近いのかどうかはわかりませんが、

少なくとも太宰治氏にとっては生きる手立てとして命に掛けて

獲りたかった重みのある賞だっただろうことがわかります。

 

それらのいきさつなど興味ある方はぜひどうぞ!

 

何店

今日1月17日。


26年目の阪神淡路大震災の記念日。

 

連日のコロナ禍のニュースに埋もれて忘れていましたが、崩れた阪神高速の

突先に引っかかって九死に一生を得たトラックの運転助手の方の

インタビュー記事を新聞で読んで当時のことをまざまざと思い出しました。

阪神橋げた

1995年1月17日午前8時、兵庫県西宮市迫和義様の写真をお借りしました。


その阪神高速の切断場所から六甲山の方へ上がったJRと阪急のちょうど

中間地点のマンションが住まいだった我が家は築年数の浅い

マンションだったので建物こそ大丈夫でしたが、

各部屋の電化製品や家具はほとんど壊滅、

玄関ドアも歪んでしまって脱出に苦労しました。

 

当時の状況は過去ログでも書いていますので、よかったら読んでいただければと思います
→  

 

校舎が半壊したため当面通学もなくなって仲間同士喜んでいた
小学校
6年生だった次男もいまでは一児の父親。

 

光陰矢の如し

 

思えばあっという間の半世紀でした。

 

 

さて本日は久しぶりにとても読み応えのあった作品のレビューです。

 

 

革命前夜

須賀しのぶ氏著『革命前夜』
 

バブル期の日本を離れ、東ドイツに音楽留学したピアニストの眞山。
個性溢れる才能たちの中、自分の音を求めてあがく眞山は、ある時、教会で啓示のようなバッハに出会う。
演奏者は美貌のオルガン奏者。
彼女は国家保安省の監視対象だった…。

冷戦下のドイツを舞台に青年音楽家の成長を描く歴史エンターテイメント。
大藪春彦賞受賞作!(「BOOK」データベースより)

 

著者について

 

1972年埼玉生まれ

1994年『惑星童話』でコバルト・ノベル大賞読者大賞受賞

2010年『神の棘』で第13回大藪春彦賞候補

2013年『芙蓉千里』三部作で第12回センスオブジェンダー賞大賞受賞

2016年『革命前夜』で第18回大藪春彦賞受賞&第37回吉川英治文学新人賞候補

2017年『また、桜の国で』で第156回直木賞候補&第4回高校生直木賞受賞

2017年『夏の祈りは』で「本の雑誌が選ぶ2017年度文庫ベストテン」1位&「2017オリジナル文庫大賞」受賞

 

いかに速読乱読のわたしでも読了に思わぬ時間がかかってしまった作品。

 

その間、疲れたら並行して別の本を読み・・・を繰り返してやっと読了。

 

舞台はベルリンの壁が崩れた1989年前後の東ドイツ。

 

1989年というと・・・平成元年。

 

それまで西へ大量出国の事態に晒されていた東ドイツ政府が対策として

旅行&国外移住への規制緩和を発表したことで、その日の夜ベルリンの

壁に市民が殺到、翌日ベルリンの壁の撤去作業がスタートして

東西分断の歴史は終結。

 

第二次大戦の置き土産となっていた分断の歴史は

こうして一滴の血も流さず終わったのでした。

 

この劇的ニュースに躍動するような衝撃を受けたのを覚えています。

 

平成のはじめとおわりに〈壁〉ふたつスクラップアンドビルドというにはあらねど

主人公は昭和から平成に年号が変わったバブル期全盛時に日本から

東ドイツのドレスデンの音楽大学に入学するためにやってきた眞山柊史。

 

敬愛するバッハが今なお息づく国として高校生のころから夢見ていた東ドイツ。

 

想像上輝く新天地だったこの地に一歩足を踏み入れた彼の目に

映ったのはなにもかも灰色の世界。

 

そこからヘア・マヤマこと眞山柊史の視点を通して東ドイツの実情が

さまざまな人間模様とともに語られています。

 

密かに西ドイツへの移住を渇望する人々。

 

それに比すように存在する密告者たち、そこここに張り巡らせた監視の目。

 

東ドイツを愛する人々は祖国をDDRと誇り高く言うという。

 

DDR・・・すなわちドイツ民主共和国。

 

対して西ドイツはBDR・・・ドイツ連邦共和国。

 

そのDDRで出会ったマヤマと同世代の音楽家の卵たち・・・

ハンガリー出身のヴァイオリニスト・ヴェンツェル、東ドイツ出身のイェンツ、
ピアノ科の北朝鮮出身の李とヴェトナムからのスレイニェット、

そしてこの物語の核になる美しいオルガニスト・クリスタ。

 

練習や独奏、ヴァイオリンとの協奏を通して描かれる音の世界。

 

現実にピアノを弾いた経験もないという著者から紡ぎ出された音の表現の
すばらしさにただ驚くばかり。

 

音楽小説としてまず思い浮かぶのは恩田陸氏の『蜜蜂と遠雷』ですが、

音楽的要素は甲乙つけがたいほど。

 

しかしその音楽を通してとてつもない大きな主題を構築しているところ、

すごい小説だったという他、レビューの言葉が見つからない。。

 

本書を前半と後半に大きく分けると、

前半部分は音楽大学で学ぶ音楽家の卵たちの持つ音楽に対する

それぞれのプライドや感性、

後半部分はDDRの暗部での密告、裏切り、逃亡などが

描かれていてミステリー的要素もかなり。

 

 

ナチスのゲシュタボを連想させるようなシュタージという存在を通して、

いままで構築してきた家族関係や夫婦関係、友情などが

いとも簡単に崩れていく様が描かれていてまるでスパイ小説のようでした。

 

そして最後に圧巻のラストが用意されていて・・・感服の作品でした。

 

ぜひどうぞ!!!

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