VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: その他

添人ソーラーIMG_5572

陽の恵みをうけて点れるランタンに棲みたる精の微笑む聖夜


娘からのXmasギフト!

 

ソネングラス。

 

瓶型ソーラーライトだという。

 

充電方法は2つ・・・太陽光マイクロUSB


太陽光に当てておけば勝手に充電、満充電には夏場で
9時間、

春秋で12時間、冬場は12時間以上。


一方
マイクロUSBで満タンになるまでの時間4時間。


満充電で
24時間点灯させることが可能だそう。


上部にあるマグネットスイッチを蓋
の銀の印に触れさせるとスイッチオン!


簡単な操作で
白色のLEDライトが点灯する仕組み


ガラス瓶の中にドライフラワーや百均のかわいらしい造花、海辺の貝殻など

入れるとすてきなインテリアにもなります。

 

わたしはビーズワーク用の比較的大きなビーズを入れてみました(^^♪

 

昼にスマホで撮ったのでちょっと映えない画像になってしまいましたが

けっこう強い明かりで防災に役立ちそう。

 

 

 

文豪たちの悪口本

彩図社文芸部編『文豪たちの悪口本』
 

 

文豪と呼ばれる大作家たちは、悪口を言うとき、どんな言葉を使ったのだろうか。
そんな疑問からできたのが、本書『文豪たちの悪口本』です。
選んだ悪口は、文豪同士の喧嘩や家族へのあてつけ、世間への愚痴など。

随筆、日記、手紙、友人や家族の証言から、文豪たちの人となりがわかるような文章やフレーズを選びました。

これらを作家ごとに分類し、計8章にわたって紹介していきます。
川端康成に「刺す」と恨み言を残した太宰治、周囲の人に手当たりしだいからんでいた中原中也、女性をめぐって絶交した谷崎潤一郎と佐藤春夫など、文豪たちの印象的な悪口エピソードを紹介しています(「BOOK」データベースより)

 


まあ、なんという罵詈雑言!

 

卑屈で僻みっぽく、しかもプライドは天井知らずという作家というと、わたしの中では石川啄木が真っ先に候補に挙がりますが、本書ではそれを上回る文豪が出るわ出るわ。

 

代表格は中原中也、太宰治。

 

なかなか崩せないほどの堅牢な双璧。

 

芥川賞を阻まれたとして川端康成を悪口雑言を駆使して罵倒し続けたり、「小説の神様」といわれている志賀直哉への憎悪にも似た嫉妬も極まれりという感じ。

 

以下は志賀直哉の『暗夜行路』に対する太宰の罵詈雑言。

 

「大袈裟な題をつけたものだ
いったい、この作品の何処に暗夜があるのか…自己肯定のすさまじさだけである」

 

その上をいくのが中原中也。


太宰と初めて会ったときの中原の放った言葉。

「何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔しゃがって」

 

酒癖の悪さもピカ一という定評、「殺すぞ」と言ってビール瓶で殴る中原中也。

 

一歩間違えば殺人者。

 

それを咎められ、「俺は悲しい」と泣き叫ぶ中原中也

これほど作品と人柄に乖離のある人も珍しいほど。

それに比べれば『断腸亭日乗』における永井荷風の菊池寛への非難などかわいいものと思ってしまう。

また、谷崎潤一郎と佐藤春夫の千代夫人をめぐるあの有名ないきさつも2人の手紙を通して言及。

女癖の悪い谷崎とあまりに世間知らずの純情な佐藤の対比がちょっと笑えます。

 

それにしても現代の作家さんのおとなしいこと!

 

というより当時は感情の思うに任せて書いた悪口抗議文を出版社に送りつければ掲載されていた、
ということにも驚き。

 

ツイッターでちょっと呟いただけで大炎上する現代と比べて
いかに言論の自由を重んじていたとはいえ、
自由奔放な時代だったのだなぁとしみじみ感じます。

 

芥川賞と並んで作家の実力の重石となっている直木賞で知られる直木三十五が作ったといわれる
文壇諸家価値調査表〉というのも驚きあきれる代物。

 

これが堂々と「文藝春秋」に掲載されているのも仰天。

 

直木がその時代に活躍していた作家を多項目で点数をつけているのですが、
その項目たるや・・・風采欄あり性欲欄、好きな女欄、人気欄、将来性欄、腕力欄・・・。

 

 

これを読むだけでも本書を手に取る価値あり。

 

ぜひどうぞ!


雪だるま

物心ついたころより本を読むのが大好きだったわたしは


勉強そっちのけで手あたり次第に読んできました。

 

あまりに読みすぎて、これは少し整理整頓したほうがよさそうと

思い立って始めた読書の備忘録。

 

それが20年ほど前。

 

最初は拙いHPを作って拙いレビューを挙げていたけれど、

そのうちブログという箱が少しずつ出始めたのを機に

yaplogという入れ物を選んでスタートしてほぼ15年。

 

途中、母の介護やそれに続く死、夫の重篤な病気、

yaplogのブログサイト撤退などでやめようかな、

と思ったことも幾度かありますが、

一部の温かい人々の応援に支えられて

いまも牛の涎のような繰り言を恥ずかし気もなくアップしています。

 

20年の間には年間300冊近く読んでいた本も200冊程度にダウン、

アップする冊数もその半分くらい・・・かなり減りました。

 

かなりの速読、乱読、斜読であるわたしの読書は褒められたものではなく、

夫にはいつも「だからお前は言葉知らず・・・」などと

半ば軽蔑されているのが現状ですが、事実なので反論もできず・・・

 

夫が一週間で一冊読む本を一日で読んでしまうわたしの

荒々しい読書は読書ともいえず・・・

いまだ難しい言葉や事象について夫に教えを乞うている日々です。

 

歌集もかなり読んではいるのですが、小説をアップするのに忙しく、

なかなか鑑賞をアップできずにいるという事情。

 

 

本日ご紹介するのはわたしが所属する小さな歌会の短歌誌。

 

 

3月8月12月・・・年間3回刊行となっていてすぐ巡ってきます。

 

 

樹林 林



「樹林第
23号」

 






[タイトル「届かぬ言葉」]

 

闇の中にうごめく無数の言葉たち信じたときだけ光る幾ひら

 

いくたびを人と出会ひて別れゆく尽くせぬままに消ゆる言の葉

 

生真面目に生き来ていまだ憧憬の〈不良少女〉といふ言葉の響き

 

響きあふ言葉をさがすひと日なり読書好日雨の日なれば


「そうじゃない」継ぎたき言葉のしぼみゆく
ジャイアンに対ふのび太の心地

 


言ひ訳はしないでおかう公園の桜の花芽もいまだ固くて

 


「満てる」とふ言葉のありて土佐弁は無機質な死にあかりを

 


地に落ちる前に消えゆく雪花は伝へても伝へても届かぬ言葉

 


張りつめた
言葉の前の沈黙をただ聴いてる「いのちの電話」

 


友と会ひ友とハグして夜を明かす再見
ツァイチエン希望のことば

 

 

  

[題詠一首]

 

女子会の今日のテーマはおはぎなりつぶあんこしあん議論は尽きず

 

 


[岡井隆追悼一首鑑賞]

 

光あればかならず影の寄りそふを肯ひながら老いゆくわれは            
岡井 隆

 


二0一0年の歌会始のお題「光」への詠進歌である。

 

このとき宮内庁御用掛という要職にあられた岡井氏八十二歳。

 

前衛短歌の旗手としてのナショナリズムの思想性の片鱗や際立った技巧、

そして燃え滾るような愛憎などのすべてを削ぎ落したような、

なんというなだらかな境地の歌だろう。

 

世の些事に対する超越が感じられる大らかな歌である。

 

「ゲルニカ」を描いたピカソの、反体制思想や鋭角的な輪郭を内包しつつも

表面的には削り取ったような晩年の作品にも通底するものがあるが、

生涯反体制を貫いた画家との対極の生き様を

思うと感慨深いものがある。

 

ついに安倍首相が辞任されましたね。

 

中学卒業あたりから潰瘍性大腸炎を患い、半世紀近くを病気をコントロールしながら政治家としての激務をこなされるのは傍からは想像もできない苦しみがあったと推察します。

 

どんな病気でもそうですが、自己免疫疾患もご多分に漏れずストレスが大敵、さぞストレスフルな日々だったことでしょう。

 

すべては健康あってのこと、治療に専念され一日も早い快復を祈っています。

 

7年8か月という連続在職日数過去最長の期間、震災、原発、拉致問題、憲法改正、そして新型コロナなど様々な難局と向かい合ってこられましたが、これほど評価の揺れ幅の大きい政権はなかったように思います。


特に後半になっての森友、加計問題や桜を見る会などに伴っての隠蔽、改ざん、捏造などの強権手法、そして現在の新型コロナへの対応は決して見逃せるものではありません。


病気が理由での退陣には国民のほとんどがお気の毒と思うのは人間として当たり前の感情でありますが、それとこれとは別・・・しっかりと線引きして理不尽なこと、無体なことに対する批判の目と追及の姿勢は常に持ち続けなければと思います。



しかし、立憲民主党の石垣議員が辞意表明直後に
Twitterで
「大事な時に体を壊す癖がある」と非難したという記事は見逃すことはできません。


上に立つ人にとっては体調管理はとても大切なものではありますが、どれほど細心の注意を払っていてもコントロールできない病勢というものがあることをご存じないのでしょうか。


無知もはなはだだしいかぎりです。



長年切れ味のよかった治療薬アサコールが徐々に効かなくなっていく不安はどんなものだったか。


わたしも括りは同じ自己免疫疾患を抱えているのでよく理解できます。



安部首相は最新の治療として
血液を体外循環させ、末梢血液中の炎症や免疫機能の悪循環に関与する白血球(顆粒球、単球、リンパ球)や血しょう板を白血球除去フィルターにより除去するCAP療法(白血球除去療法)を受けておられたようですが、どれほどの効果が持続するのか。


知人で数年前これを受けた人を知っていますが、目覚ましい効果の持続はなかったと記憶しています。

首相も現在は生物製剤を試されているようですが、効果のほどはいかに。


とはいえ予想をはるかに超えて医学は進歩しています。

極力ストレスを回避して小康状態に戻られるのを心からお祈りしています。

さて本日はわたしが同人である短歌誌が出来上がったのでその中から記録のために出詠歌10首とエッセイをアップして本レビューの代わりとします。

樹林


短歌誌『樹林
22号』










◆出詠歌10首

タイトル「大ゆふやけ」        

 

 

城壁のやうにウィルス積みてゆく人のからだと人のこころに

 

咳ひとつすれば視線が飛んでくる監視社会のやうな街なか

 

花冷えのひと日籠りてマスク縫ふ指を巡れるラヴェルのパヴァーヌ

 

靴音に怯えつつかの隠れ家に潜みしアンネの二年を思ふ

 

人間の裡なる暗部を現)しだす新型コロナといふは炙りゑ

 

三密のまぶしかりけり初夏)のひかりなかに白き小手毬

 

「平穏は有難き仮象」余光なることばを遺して古井由吉

 

夕闇に集ふ数多の白マスク サイレントデモのしづかな怒り


憂きことの続く日日なり〈サンドウィッチマン〉の首相ネタなど思ひて眠る

生きてゐればいいこともある雨上がり大ゆふやけがこの世を包む

 

題詠「コロナが終われば」

 

仲間らと集ふ明日をひた希ふ一期二会や三会を重ねて

 

「お薦めの一冊」

 

竹西寛子氏著『五十鈴川の鴨』 (幻戯書房)

 

幼い頃より読書が何より好きだった私は
今でも年間を通して二百冊ほどの本を読むのを習慣としている。 


そんな読書歴の中から今回は八月に相応しい一冊を挙げてみたい。

 

「原爆を扱ってこれほど静謐な小説を今まで読んだことがない」

五木寛之氏が記した一文だがこの一行に凝縮されたような作品。

 

本書には八篇の短篇が収録されているが、
今回は表題作に特化してレビューを少し記してみたい。

 

一九二九年広島生まれの著者は原爆投下の際、
学徒動員先の工場をたまたま体調を崩して休み、
爆心地から二・五㎞の自宅にいたため大きな被害を免れることができたという。


本篇はこの体験が色濃く投影された作品となっている。

 

二人の建築家の十数年にわたる交友を中心に描かれた表題作。

 

語り手の男の追想によりもうひとりの男の孤高の生が浮かび上がるという構成。 

 

二人で訪れた伊勢神宮の内宮を流れる五十鈴川に遊ぶ鴨の親子を、
家族というものを持つ幸せの象徴として見つめる男の、
背負わざるを得なかった運命というものの哀しみが胸に迫り、
深い余韻を残す作品となっている。

 

生涯家族をつくらないという強い意志の下、
静かに生を閉じた男が生前愛する女性に語った言葉の重さには胸を衝かれる。


「我儘かもしれないが僕だけの一生で終わらせてほしい」

 

戦争の爪跡が名もなき市井のひとに与えた苦しみを
著者の清澄な視線を通して一枚の美しい絵のように切り取った小品。

 

機会があれば手に取って読んでほしい一冊である。

 

原爆忌巡りくるたび浮かびこしわが胸奥の『五十鈴川の鴨

はたはた

夏至近き梅雨の晴れ間のベランダにハタハタ干してキノコを干して


 

梅雨に入ったとたんに梅雨明けを待たれる気持ち。

 

中医学的にいうと湿邪という体質のわたしはなんとなく体が重く気怠い日々。

 

夏近くになると漢方医に清暑益気湯を処方されて飲んでいますが、エキス錠なのでいまいち効果のほどはわかりません。

 

真青なる空に積雲襲ひくる熱暑に負けじと服む益気湯

 

それにしても最近は様々な分野の医師が手軽にツムラのエキス錠を処方されているのを見てきましたが、患者さんの個々の体質を診ないでそんなに気軽に出していいのかな、と思うこともしばしば。

 

生薬ではなく顆粒の小パック入りなので大した害もないのだから気休め程度でいいのかもしれないけど。

 

問診、望診、聞診、切診を通して部位のみでなく丸ごとで判断する中医学。

 

切診には腹診、舌診、脈診などがあります。

 

問診のあとパソコンの画面を見つめるだけではとうてい下せない診断を総合的に判断する中医学診察方法。

 

過去に異常値を示していた炎症数値がある生薬で正常値になったことがあり、漢方薬がぴたり体質に合うと効果てきめんというのを身を以って経験しているわたし。

 

娘もストレス性の劇症アトピーをステロイドなしで漢方で治したこともあって百パーセント信奉者とはいえませんが、できたら化学薬品より漢方をチョイスしたいな、と思っている派。

 

漢方薬にも副作用はつきものではありますが、調整は化学薬品に比べてしやすい感があります。

 

とはいえ今は化学薬品の恩恵を受けている日々、ときどき補強程度にエキス錠を服用する程度。

 

梅雨をうまく乗り切って夏を乗り切って、やっと秋冬・・・でも今年はファッションのように秋冬の流行が予想されるコロナ禍、なんだか先行きの安堵感がないな~。

 

とはいえ生きなければならない・・・年々歳々乗り越えが億劫になってきます・・・これではいけないと思いながら。

 

 

さて本日はときどき読み返しては知識を入れる漢方に関する入門書のご紹介です。

 

 

わかる中医学
邱紅梅氏著『わかる中医学入門』
 

 

「日本で多くの臨床家に中医学を講義すると同時に臨床の指導にあたってきた著者が、その経験を十分に生かして書いた簡明な中医学入門書」

 

 

1995年刊行の古い書ではありますが、現在もロングランで読まれているようです。

 

あるSNSでお知り合いになった中医学の医師の方にご紹介された本書。

 

今から10年ほど前のこと。

 

以来、漢方とはなんたるか、という未知の分野を本書によって学んできました。

 

他にもいくつか漢方に関する本を読んできましたが、本書はわたしのような超初心者にとって基礎理論から実践までをわかりやすく、症別にかみ砕いて解説してくれている書。

 

自分の症というものを知ったのも本書を通してです。

 

日本に出回っている漢方薬のそれぞれの効用、どんな症の人に効くかなど具体的に書かれているのでとても参考になります。


漢方は自分とは縁がない、とはいえないほど、最近はどのかかりつけ医も気軽に保険適用で処方してくれる漢方薬。


ほんとうに自分に適しているかを知る足掛かりになるのではないでしょうか。

緊急事態宣言がこれからも続きそうな日々。

 

皆さんどのようにお過ごしでしょうか?

 

Stay homeがけっこう好きなわたしですが、少々停滞気味、シニアでさえこんな具合なので、遊び盛りの子どもたちはどんなにか外で思いっきりはしゃぎたいことでしょうね。

 

とはいえ散歩で公園を通りかかると、子どもたちが一団となって遊んでいました。

 

遠巻きにマスクのパパママがやはり一団となっておしゃべり。

 

子どもたちはノーマスク・・・いいのかしら?

 

 

夫と2人暮らしの我が家ではいつもなら、買い物がてらお昼はおそばやうどんなど気楽にお店で食べたりしていましたが、今はひたすら家で食事・・・食事時間はすぐやってきます。

 

夕食はそれなりの覚悟で臨みますが、昼食はとにかくの余分感・・・でもこれではいかんと発想を転換、いろんなパスタやお好み焼き、各種麺類、そして今日はたこ焼き。

 

2人きりのたこパはちょっと・・・としり込みしていましたが、そうも言っていられない現状・・・少しでも楽しまなければ・・・ということで。

たこやきIMG_4393
 

 


そんな中、わたしが属している短歌誌の最新号が出来上がって送られてきました。


 

樹林

『樹林
21号』



メンバーの方々の歌10首やそれぞれの歌の鑑賞、さまざまな歌集の鑑賞、短歌誌主宰による当地の著名人へのインタビュー、エッセイや有名歌人の詠われた歌の中から選んだ好きな一首など、盛りだくさんな内容の冊子です。

わたしも苦手ながら毎号、依頼されて歌集鑑賞やエッセイを書いています。

 

今回もエッセイ一本。

 


記録として記しておきます。

 


◆出詠歌10首

 

タイトル「歳晩の雲」

 

ゴーヤの実はぢけて朱き種の出づ辺野古の海の叫びのごとし

 

核廃絶の祈り届かぬ原爆忌 元安川に万燈ゆれて

 

水無月の雨に濡れたる慰霊碑をぬぐふ人あり抱く人あり

 

十五夜の月は昇りぬロヒンギャの難民キャンプの屋根のうへにも

 

権力に抗ふことのきびしさを〈シネマクレール〉の闇に観てゐる

 

床を拭くおそうじロボの健気さはわたしのなかの失せたるひとつ

 

ほめられも叱られもせず風まかせスローライフの独りのピアノ

 

アフガンに持てるすべてを捧げゐし中村哲氏銃弾に死す

 

憤りが諦めに変わるまでの間をフォルテッシモで鍵盤叩く

 

喜びや悲しみの記憶あまた乗せ歳晩の雲ながれゆくなり

 

 

◆エッセイ

 

タイトル「一玉のスイカ」

 

先日、アフガニスタンで生まれた男の赤ちゃんが、昨年十二

月に殺害された「ペシャワール会」代表の中村哲医師にちなん

で「ナカムラ」と名付けられたという記事を目にした。

父親は氏の活動に深く感謝し「心を受け継がせたい」と命名理由

を語ったという。

「干ばつに苦しむ村人たちを助けてくれたのは、外国の軍隊

でも武器でもなく、現地の中村医師でした・・・

国籍や宗教の違いを越えて、命がけで救いの手を差し伸べてくれ

た日本人がいたことを、私たちは決して忘れません」

 

中村哲氏は私が最も尊敬するおひとりである。

ペシャワール会の活動に深く共鳴して以来、一会員としてほん

のわずかではあるが支援して数年になる。

 

ペシャワールの荒野に育つ一玉のスイカとなれかしわたしの募金

「どの場所、どの時代でも、いちばん大切なのは命です」

「道で倒れている人がいたら手を差し伸べる。それは普通のこ

とです」

あらゆる苦難を乗り越え、砂漠化した〈死の谷〉を〈緑の大地〉

に変えてゆく様を知ることは私にとって大きな喜びとなっていた。

 

四十年にわたって、戦乱の地で現地の人々の信頼のみを武器に医

療援助や灌漑水利事業に持てる力を尽くされていた途上で銃弾に斃

れた氏の理不尽な死をいまだに受け入れ難い自分がいる。

 

氏の座右の銘であったという〈照一隅〉を噛みしめながら、今

一度何ができるか自分なりに考えてみたい。

さくらみち

この世のことしばし忘れてほろほろとさくら(いき)れにまみれて歩く


病院の桜
先日
3か月に一度の健診のため大学病院予防歯科に行ったときのこと。

担当医とコロナ禍について話していると・・・

 

診察時は必ず着けておられるサージカルマスクの在庫が心細くなって、なくなれば診療を休まざるをえないと仲間うちで話しているとのこと。

 

わたしたち国民に莫大な費用を投入して布マスクを配布する前に、とにかく医療現場が心おきなく防ウイルス対策できるシステムを整えてほしいと思いました。

 

 

診察を終えて会計を待っている間、何気なく入口に目を向けていたら、エントランスの横に置かれている除菌スプレーの前にひとりの女性が長く立っておられました。

 

うしろに並んでいた人たちはあまりの長さに諦めたのか立ち去ったあともずっと立ったまま。

 

何をしているのかよく見たら、手持ちのありったけのポケットティッシュを数枚ずつ広げてスプレーしてはビニール袋にしまい・・・を繰り返していたのでした。

 

 

災害や急病、その他の不測の緊急事態では普段おおらかに構えていた人たちも自分を護るためつい我を忘れて思わぬ行動をするといわれています。

 

きっとパニック状態の買いだめも同じような心理状態ゆえでしょう。

 

きれいごとを掲げるつもりはありませんが、われ勝ちは戒めなければ、と思える一コマでした。

 

心しなければ。

 

 

 

わたしの失敗

産経新聞文化部編集『わたしの失敗』

  

事業破綻で2億円の借金を抱えた作家の山本一力さん、ギャンブルの借金で自宅を競売にかけられた囲碁棋士の藤沢秀行さん、咽喉の疲労で声が出ず、ライブハウスで土下座したジャズシンガーの綾戸智恵さん、NGを19回出して芸人引退まで考えたタレントの萩本欽一さんなど、数々の失敗から学び、立ち直った40人の人生


産経新聞での連載を一冊にまとめた本。

十数年前刊行されたもの、その後シリーズとして『わたしの失敗』も刊行されているようです。

 
歴史作家・山本一力氏を筆頭に、曲がりなりにも成功者として世に出た人々の失敗の数々。

これが名もなき市井の人々の失敗だったら、きっと命とりになるだろうな、と思えるような数々の失敗談。

どん底の失敗時に心ある人たちの救いの手があったり・・・人を惹きつける人徳も持ち合わせた人が這いあがることができる、ということもあるような。

寒空の下、段ボールを塒のホームレスの人々から聴き取った失敗談だったら、こんなにゆったりとほほえましく読めるだろうか、と思えました。

 

失敗を糧の努力に加えてそのときの運も加勢して再び新たな一歩を踏み出せた人。

 

そしてそれが成功したときに初めて失敗は過去のものとなりえるのではないでしょうか。

 

一時流行語になった「勝ち組」「負け組」の、いわゆる「勝ち組」に属することのできた40名の失敗談。

 

一談一談は短く、ベッドで読むには最適、機会があればぜひどうぞ。

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