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カテゴリ: か行ー その他

ガーデンシクラメン
第一次世界大戦中の1918年に米国とヨーロッパで始まった第一波スペイン風邪。

第二波、第三波となるに従って致死率が上がり、短期間で死に至ったため、
初めはインフルエンザとは考えられなかったそう。

患者数は世界人口の約3分の1にあたる約5億人、死亡者数は全世界で
4000とも5000万人ともいわれているそうです。

日本の内務省統計では、日本で約2300万人の患者と約38万人の死者数と報告されています。


当時は抗生物質も発見されてなく、インフルエンザウイルスが初めて分離されたのは
1933年になってからだったという。


そんなわけで当時の対策は患者の隔離、接触者の行動制限、個人個人の消毒、
集会の禁止、外出時のマスク着用など。


こんななかでオーストラリアでは厳密な海港における検疫によって国境を閉鎖することで
スペイン風邪が国内に入ってくるのを遅らせることに成功したと言われています。

こうして見ると、かなり医学が発達したと思われる百年後の現在も当時と大差ないような(-.-)

本日はそんな100年前のスペイン風邪当時の世相を描いた作品のご紹介です。

 

マスクスペイン

菊池寛氏著『マスク』
 

スペイン風邪が猛威をふるった100年前。
作家の菊池寛は恰幅が良くて丈夫に見えるが、実は人一倍体が弱かった。
そこでうがいやマスクで感染予防を徹底。
その様子はコロナ禍の現在となんら変わらない。
スペイン風邪流行下の実体験をもとに描かれた短編「マスク」ほか8篇、心のひだを丹念に描き出す傑作小説集(「BOOK」データベースより)

著者・菊池寛氏といえば1923年に「文藝春秋」を創刊、その後芥川賞、直木賞を創設、文芸家協会初代会長として後進の育成にも尽力された文壇の大御所。

本書には9篇の短篇が収録されていますが、表題作「マスク」にはそんな文壇の重鎮である著者の等身大の主人公のスペイン風邪(本書では「流行性感冒」の名前で登場)に対する右往左往振りが描かれていて、真摯な動揺であればあるほど喜劇的な風合いになっているのが興味深い内容となっています。

医師により心臓に難があることを指摘されて消沈した著者に襲い掛かる流行性感冒。

医者の言葉に従えば、自分が流行性感冒に罹ることは、即ち死を意味して居た・・・

自分は感冒に対して、脅え切ってしまったと云ってもよかった。

自分は出来る丈予防したいと思った。

最善の努力を払って、罹らないように、しようと思った。

他人から、臆病と嗤われようが、罹って死んでは堪らないと思った。

自分は、極力外出しないようにした。

妻も女中も、成るべく外出させないようにした。

そして朝夕には過酸化水素水で、嗽をした。

止むを得ない用事で、外出するときにはガーゼを沢山詰めたマスクを掛けた。

そして、出る時と帰った時に、丁寧に嗽をした・・・

毎日の新聞に出る死亡者数の増減によって、自分は一喜一憂した。

見開きには著者の黒マスク姿の写真もあり、臨場感溢れた小品となっています。

現在わたしたちの置かれている状況、そして心情とあまりにも一致するところが多いこと・・・
自分の身を護るためにマスクを着けることを最大の武器としていた著者の心の機微など、
今の人々の心情にそっくり当てはまることに驚いてしまいました。

著者は細心の予防が功を奏したのか感冒からは免れられましたが、
1948年、59歳で狭心症のため逝去されました。

     近くの道端にいたハクセキレイ

ハクセキレイ 公園

先日銀行に用事があって提携の駐車場にパークしたときのこと。

 

街中にある機械式の駐車場、係の方がパネルを操作して扉を上下するものですが、そ
の係の方の横に見習いと思しき方が指導を受けていました。


そのベテランの方も
70代前半という感じでしたが、見習いの新人の方はもっと高齢、
杖をつかれていました。

 

何度も何度も質問しては覚えようとしている姿を見ていると切なくなりました。

 

生涯現役を生きる支えとして体が動くかぎり働きたいという人は多いと思いますが、
生活のためにどうしても働かなければならない高齢者も多いと聞きます。

 


夫は中学校の卒業文集に将来の夢として「隠居になること」と書いて
先生や父兄、仲間たちのもの笑いの種になったという体たらくの輩。

 

夫にあの涙ぐましい姿を見せたかった!

 

そんなことを思いながら街中を見回すと、あちらにもこちらにも働く高齢者の姿が・・・。

 

身近なところではマンションの管理人の方もかなりの高齢者。

 

常勤で11階建てのマンション内を隈なく巡回して清掃してくださっています。

 

通路側に置いている我が家のエアコン室外機も毎日きれいに拭いてくださるという丁寧ぶり。

 

車で走っていてよく目にするのは交通誘導員。

 

たいてい工事中のため通行止めのところに立ち迂回路への誘導などに頭を下げ続けたり、
複雑な交差点の真ん中で渋滞にならないよう誘導されています。

 

ヘルメットから真っ白な髪が出ていて腰が曲がった人も・・・
雨の日や真夏、真冬などの苛酷な条件の中で立ちっぱなしでの仕事ぶりに、
車に乗っていてラクしてごめんなさいと思ってしまう。

 

人はいろんな事情を抱えながら精一杯生きているんだなぁ。

 

こんなときわたしはなんと甘えた傲慢な人生を送っていることかと思ってしまう。

 

 

 前置きが長くなりましたが、今回はそんな高齢の交通誘導員のドキュメンタリーです。

 

交通誘導員ヨレヨレ日記 柏
柏耕一氏著『
交通誘導員ヨレヨレ日記 

「誰でもなれる」「最底辺の職業」と警備員自身が自嘲する交通誘導員の実態を、悲哀と笑いで描き出すドキュメント、警備員の生活と意見(「BOOK」データベースより)

著者について
1946年生まれ
出版社勤務後、編集プロダクションを設立
出版編集・ライター業に従事していたが、ワケあって数年前から某警備会社に勤務
73歳を迎える現在も交通誘導員として日々現場に立ちながら、本書のベストセラー化により、警備員卒業の日を夢見ている

図書館で手に取った時、タイトルや表紙を通してもっとコミカルな内容を期待していましたが、仕事現場の厳しい現実を羅列した真面目なお仕事本でした。

これから交通誘導員になろうという人が手に取れば出鼻を挫かれること必須の内容。

一日中立ちっぱなし、トイレにも行けずおまけに低賃金、工事関係者や運転者からは
苦情をいわれることはあっても褒められることはない・・・「最底辺の職業」という。

加えて知性も良識も意欲もない同僚たち。

「当年72歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます」という
軽めのキャッチフレーズに似合わないはみ出しのない文章。

元編集者でありライターでもあったという経験ならこの得難い経験を
もっと軽妙におもしろおかしく描くことだってできただろうに。

きっと根は真面目な人なんだなぁ。

本書がベストセラーになったあかつきにはこの仕事を卒業することを夢みているそう
でしたが、無事に抜け出せていたらいいな~。

朝日が昇る

毎年の恒例となっている子どもたちの帰省がコロナ禍の中なくなって
何だか気が抜けたような年末年始。

 

2か月ほど前、娘から無農薬のおいしそうなおせちを見つけたので送る

という連絡を受けていたので例年のように

大わらわの食材準備をしなかったところ、

コロナ禍の大波が押し寄せてきて、

直前で子どもたち3家族がそれぞれに帰省を断念したのでした。

 

子どもたちがそれぞれ独立してからは誰かが必ず帰省していたので、

夫婦2人きりは思い出せないくらい昔にあったきり。

 

箱根駅伝の大ファンであるわたしにとってはまたとないTVかじりつき

チャンスではありましたが、何だか半分物足りないような・・・。

 

というわけで手持ち無沙汰のまま2日3日と朝からテレビ漬け。

 

お昼ご飯は2日はラーメン、3日はお雑煮・・・

どちらも呆れ顔の夫がたまりかねて作ってくれました( ;∀;)

 

狂というほどスポーツならどんなものでも観戦が大好きななのに、

箱根駅伝に関してはわたしほど熱心ではなく・・・。

箱根駅伝を語るとき、いつも口にする不満は関東の大学限定ということ。

関西の大学も参加できる全日本学生駅伝はあるものの、箱根駅伝ほどの

盛り上がりがないのが不満だいう・・・

故郷は関西だし、関西の大学出身だものね。


伝統ある箱根駅伝へのエントリーに関西の大学も入れるべき、

というのが夫の主張

わからなでもないけど・・・

 

きっとわたしがあまりにも好きなので、

妻への反発心がなせる技だろうと睨んではいるのですけど。

 

それはともかく今年もたくさんのドラマがありました~。

 

主力選手が故障のため離脱、前半思わぬ順位を落として往路十二位に沈んだ優勝候補・青学の復路での健闘ぶりも目を瞠るものがありました。

 

結果堂々の四位、さすがの青学。

 

初の往路Vを飾り復路でずっと首位をキープしていた創価大学が

追い上げてきた駒澤大学に残り2.1km付近でラストスパートを掛けられ抜かれ
二位に甘んじるという大逆転劇、特に応援していたわけではなかったものの

力尽きて倒れた創価大学のアンカー小野寺くんの心情を思うと

可哀そうで泣いてしまった

3回生の小野寺くん、レース後に自らの失墜を謝り来年に向けて
全力を尽くす旨ツイートしていました。

健気だなぁ。

創価大のバックを指摘して、応援できないなどというコメントを
あちこちで見かけましたが、選手たちの真摯でまっすぐな走りを見て、
そんなことを思う人たちがいることがさみしい。

なるべく早く気持ちを切り替えてほしい。

 

勝負の世界は苛酷です。


たまほこの険しき箱根路ひた走るランナーの襷に初陽の射せり

 

もっともっと書きたいことは山ほどありますが、

新年早々長くなるのでこの辺で。

 

 

諦めない女
桂望実氏著『諦めない女』
 


母親がスーパーで買い物をするわずかの間に、六歳の少女が忽然と姿を消した!
十二年後、フリーライターの飯塚桃子は、事件についての本を書き上げるため、当事者や関係者たちへの取材を重ねていく。
それぞれの人物の言葉から浮かび上がってくる驚くべき真実、そして少女と母親を待ち受ける運命とは?
一章ごとにがらりと変貌を遂げてゆく極限のミステリー! (「BOOK」データベースより)

 


以前読んだ著者の『嫌な女』が思わぬよかったので、

他の作品も読んでみたいなと思っていたところ、

図書館の棚で目に留まったので借りたもの。

 

想像をかなり超えた内容でした。

 

フリーライター・飯塚桃子12年前に起こった少女の行方不明事件

を題材にノンフィクションを書くために取材をする過程を通して

事件の実態を浮き上がらせていくという構成。

 

当時小学校一年生だったわが子・沙恵を誘拐された母・京子。

 

事件の発端からの章立て。

 

章が進むにつれて、ひとりの少女が消えたことによって崩壊して

いかざるをえなかった家族の実態や、行方のわからないわが子に対する

父親と母親の温度差などが描かれていて切ない。

 

そんななかでただ一人決して諦めない母親・京子。

 

頑ななまでに諦めないという強い気持ちゆえ、周囲からどんどん孤立して

追い詰められていく京子。

 

焼け野原に放り出されたたった独りの戦士の残党のよう。

 

やがて7年という歳月が流れ、突然、人身臓器売買のため
某国に拉致されていた沙恵が身柄を保護ざれて帰ってきます。

 

母親・京子の中では沙恵は誘拐されたときのままの幼い少女。

 

一方まともな教育も受けず世間を知らなかったゆえに、
帰国後の教育で瞬く間に乾いた砂地が水を吸収するように
知識や世情を吸収していく沙恵。

 

もう二度と娘を離さないとする京子の沙恵に対する束縛はどんどん厳しさを

増し、それにつれて沙恵と京子の心の距離がどんどん離れていく・・・

 

 

これらのことがライター・飯塚桃子や母・京子、娘・沙恵の視点から

描かれていて、やがて驚愕の結末へと雪崩れていくという構成。

 

著者の「諦めない女」というタイトルに託した思いの複雑さを

思い知るような結末。

 

地獄のような喪失を経験した母・京子の、それゆえの狂気にも似た束縛も   娘の自立への渇望も、どちらも心情的には共感できて切ない作品でした。

さざんか

山茶花の花心に蜂の骸ありたまゆらの命われも持つなり


年賀状のシーズンですね。

 

転勤が多かった我が家は先々の赴任地で親しくなった人々や、

夫の職場の方々など、年一度の年賀状交換で細い糸を

繋いできていました。

 

お互いに「また会いたいですね」を常套句のように付け足す年賀状。

 

きっともうお会いすることもないだろうな、という方々も結構いらっしゃって、3年前思い切って2種類の賀状を作って整理したつもり。

 

一種類は今まで通り。

 

もう一種類はこれで賀状を止めます宣言のもの。

 

半数くらいは整理したつもりだったのに、一年置いた今年、

やめます宣言の方々からもけっこう来ていてびっくり。

 

はてさてどうしたものか???

 

 

出さねば来る

 

出せば来ない

といわれている年賀状。

 

スマホなどの普及で年賀状ハガキを購入する若者が急激に減少したという現状。

 

我が家ではこの一年間に描いた夫の油彩画を貼り付けた賀状を通して夫の元気のバロメーター、
というかゲン担ぎにしているので、

やはり今年も少しでも見栄えのいいのを選んで作ろう

と思ってはいるのですが・・・

 

時間はあるのに拍車がかからない。。

 

怠惰な日々を過ごしています。

 

 


ふがいない僕

窪美澄氏著『ふがいない僕は空を見た』

 

高校一年の斉藤くんは、年上の主婦と週に何度かセックスしている。
やがて、彼女への気持ちが性欲だけではなくなってきたことに気づくのだが―。


姑に不妊治療をせまられる女性。

ぼけた祖母と二人で暮らす高校生。

助産院を営みながら、女手一つで息子を育てる母親。

それぞれが抱える生きることの痛みと喜びを鮮やかに写し取った連作長編(「BOOK」データベースより)

R‐18文学賞大賞受賞

山本周五郎賞受賞

本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10第1位

 


先日アップした『雨のなまえ』に刺激をうけて遅まきながら

著者の代表作を読んでみました。

 

それぞれの登場人物がバトンのように次へと繋いでいく5話の連作短篇集。



コスプレが趣味という主婦と高校生の生々しい性描写からスタート。

 

容赦ない著者のセックス描写に思わずたじろいでしまいましたが、それ止まりではないところに著者の作品の妙味があって、

今回も最後まで一気に読むことができました。

 

一見官能小説と見紛うような一篇目の「ミクマリ」の際立った描写の関門を

くぐり抜けると、登場人物たちがそれぞれ与えられた環境の中において

人生を痛みなく生きることの難しさや切なさが

そこはかとなく漂ってきてずしんと胸に響きます。

 

高校生を中心とした物語。

 

誰もが自分という存在を持て余していて、負を引き込んでは

独りキリキリ舞いしてもがいていた・・・

思春期というものを総括すればそういうことになるかもしれないけれど、

とても持ち重りのする内容の中に、ときに光るセリフがあって

一条の救いを感じてほっとする個所もあったり・・・。

 

 

「悪いことはずっと悪いままではないですよ。

ずっと抱えていればオセロの駒がひっくり返るように

反転するときがきますよ」

 

この言葉のように一生懸命に生きている登場人物たちにも、

そして厳しい現実を生きている人々にも反転するときがくればいいな、

と思わせた作品、よかったらどうぞ。

 

鴨

鴨あまた思ひ思ひの水脈(みを)を曳く小春日和の赤松池に


コロナ罹患者が日に日にうなぎ登り。

 

日本全国津々浦々罹患者が広がって・・・

政府の打ち出した
GoToトラベルがやっと見直されることになりました。

 

個々に感染予防対策をしてどんどん旅行に行こう!

経済活性化しながらコロナに打ち勝つって???


国民のほとんどがこうなるだろうという結果になって、切羽詰まった医師会などの突き上げもありやっとやっと重い腰をあげて方向転換した政府。

 

PCRの検査数もオリンピックのために抑えたりと水面下での操作が囁かれているけれど真実はいかに?

 

ただ全国旅行業協会会長の座に二階氏がいることを思えば、何がなんでもGoToキャンペーンをやりたかったのだろうし、二階氏の支えで首相に就任した菅氏もなかなか中止できなかっただろうというのが頷けます。

 

一度決めたことの方向転換はそのときに応じて勇気をもってやっていただきたいし、私たち国民に利権云々の憶測を抱かせないように風通しよい政策をやっていただきたいというのが願いです。

 

 

 

雨のなまえ

さて本日は
窪美澄氏著『雨のなまえ』のご紹介です。 

 

妻の妊娠中、逃げるように浮気をする男。
パート先のアルバイト学生に焦がれる中年の主婦。
不釣り合いな美しい女と結婚したサラリーマン。
幼なじみの少女の死を引きずり続ける中学教師。
まだ小さな息子とふたりで生きることを決めた女。

満たされない思い。
逃げ出したくなるような現実。
殺伐としたこの日常を生きるすべての人に―。

いまエンタメ界最注目の著者が描く、ヒリヒリするほど生々しい五人の物語(「BOOK」データベースより)

 


著者について

1965年東京都生まれ
2009年ミクマリで第8回女による女のためのR‐18文学賞受賞
2011年受賞作を所収した『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞
2012年『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞受賞

図書館の棚でよく目にする作家さん。

初読みです。

本書には次の5篇の短篇が収録されています。

「雨のなまえ」「記録的短時間大雨情報」「電放電」「ゆきひら」「あたたかい雨の降水過程」

想像を超えたヘビーな内容。

どの小品の背景にも雨が絡んでいてかなりの湿度と重量感のある読後感。

なるべく雨に濡れないよう、傘を差したり、部屋に籠ってみたり・・・しかし逃げ込める場所もないときは?

人生にはいくつもそんな場面に遭遇しますが、本書には逃げ込める場所をあえて捨ててしまったり、シェルターから出てこなくなったりという選択をする登場人物たちが描かれていて、それぞれ救いようのないラストを提示して読者に委ねているところ、読了にはかなりの体力がいる作品となっています。

人間はひとりでは生きていけない。

自ら求めて友人になったり恋人になったり家族になったり親子になったり・・・始まりは能動的でキラキラした関係性も時を経て捻じれを生じてくる・・・

自ら選択しようとしている行動によって破滅が始まるというのがわかっていながら何かに突き上げられるようにそれをせずにはいられない・・・人間の毀れるときの脆さにやり切れなさがこみあげてくる・・・そんな内容です。

人間の心の裡に埋もれている生き辛さだったり、孤立感だったり、不安感といった負の感情が著者の手によって容赦なくえぐり出されて暴かれる・・・読者はそんな人間の裸の姿を突きつけられて目を背けながらも直視してしまう。。。

 

そんな後ろめたさが暴かれていく小説、加えてセックス描写も容赦なく描かれています。

そんな中、最後の「あたたかい雨の降水過程」は珍しくハートウォーミングな物語です。

つい二度読みしてしまうほど。


興味ある方最後の小品おススメです。
 

われもこう

想ひ出はつねに光を纏いゐる幾多の永劫の別れの場さへ


誰にもきっとあるだろう大切な思い出。

賑やかだった子ども時代の団欒だったり、兄弟げんかの末、しばしむくれてしまったことだったり、自分だけがのけ者にされたような疎外感を味わったことだったり、着飾って出かけたデパートで迷子になったことだったり。

わたしの思い出の多くを占めているのは5歳離れた今は亡くなってしまった姉との思い出。

中高一貫校だったので姉が高校三年のときわたしが中学一年で入学。

優しかった姉は先生の受けがよかったので、わたしもその恩恵を受けて優しい注目を浴びていました。

本が大好きで図書委員長だった姉の影響でわたしも図書館に入り浸っていました。

中学二年になって京都の大学に進学して実家を離れた姉。

さびしくて大学の休みをひたすら指折り数えて待っていたっけ。

お土産に必ず買って帰ってくれたのがヘッセの詩集。

本はパラフィン紙に包まれていてまるで異次元の読み物のような印象で、それはそれは大切にしていました。

何冊も何冊も増えた宝物の本。

今では手元にありませんが、思い出のなかではいまも輝いています。

姉が京都に旅立ったときと同様、結婚した時もさびしくて泣いてしまった。

お別れのオルゴールをもらって、そっとふたを開けると姉の手紙が入っていました。

「結婚してもいままでどおりのお姉ちゃんだから悲しまないで」 

そんな姉が亡くなって丸4年。

数限りない思い出をなるべく思い出さないように記憶に蓋をして過ごしてはいますが、街を歩いているとき、本屋に行ったときなどふとしたきっかけでつい思い出しては切なくなってしまうことを繰り返しています。

さて今日はそんな幼いころの大切な思い出のお話。

 

図書室岸

岸政彦氏著『図書室』
 

 

定職も貯金もある。

一人暮らしだけど不満はない。

ただ、近頃は老いを意識することが多い。

そして思い出されるのは、小学生の頃に通った、あの古い公民館の小さな図書室――大阪でつましく暮らす中年女性の半生を描いた、温もりと抒情に満ちた三島賞候補作。
社会学者の著者が同じ大阪での人生を綴る書下ろしエッセイを併録(「BOOK」データベースより)

 

著者について

 

1967年大阪生まれの社会学者

2013年『同化と他者化―戦後沖縄の本土就職者たち』

2014年『街の人生』

2015年『断片的なものの社会学』で紀伊國屋じぶん大賞受賞

2016年『ビニール傘』で第156回芥川賞候補&第30回三島由紀夫賞候補

2019年『図書室』で第32回三島由紀夫賞候補

 

本書には2篇の中篇―表題作である小説『図書室』と自伝的エッセイ『給水塔』―が収録されています。

 


どちらも舞台は古き時代の大阪の下町。

 

例えば、古い箱のなかに長い間しまわれていたセピア色の写真を見つけたとき、あまりの懐かしさに半世紀前に思わずワープしてしまう、そんな作品といったらいいでしょうか。

 

本当に自分が大切にしていたものをやっと記憶の底から見つけ出したような・・・。

 


表題作『図書室』には子どものころのノスタルジックな切ない思い出が詰まっています。

 

子ども時代には何気なく見過ごしていた取り立てて取り上げることではないようないくつもの些細な出来事が、長い時を経て熟成されて大人になった自分の目の前に再びひかりを纏って現れるというふうな。

 

きっと誰にもそんな思い出があると思う・・・ただ見つけられていないだけで。

 


表題作は、パートナーとの
10年間の共棲みを解消して、独り暮らしになった50歳の美穂が、記憶の底よりふと浮き上がって来た小学校時代の思い出を辿る物語。

 

スナック勤めの母との2人暮らしの10歳の美穂が公民館の図書室で少年と出会い、ぎこちなさを越えて少しずつ親しくなる過程が2人の子どもらしくもほほえましい会話を通して描かれています。

 

2人で世界の終わりを想像したり、淀川の河川敷の秘密基地へと冒険したり・・・。

ただそれだけの内容ですが、不思議なノスタルジーを醸し出していてじっくりした作品になっています。

子ども時代に感じていた不安や希望、かたちになる前の雲のようなつかみどころのない浮遊感などにまた再び、対峙しているような不思議な感覚。

いまは埋もれているけれど、わたしにもきっとそんな懐かしい思い出がある・・・急いで記憶の箱をひっくり返さなくても、時がくれば自然に目の前に飛び出してきてくれそうな、そんな小さな期待感を抱かせる内容でした。

 


お薦めです。

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