VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

PVアクセスランキング にほんブログ村

カテゴリ: 曽野綾子

SNSの友人の娘さんのブログで知ったピエンロー鍋を作ってみました~。

国際中医薬膳管理師である彼女のブログはこちら  

覗いてみるとおいしそうな料理が目白押し、中医学の観点からそれらの効用などとともに掲載されていてとても勉強になります。


感想はごま風味が効いたあっさり鍋。
fd0e25d7.jpg

私はごま油をあまり好まず、料理の風味づけにはほんの少し入れるだけですが、ピエンロー鍋にはけっこうな量を回し入れるのでどうかな、と思っていましたが、マイルドでおいしかったです。

あとのお雑炊が最高でした!

[ピエンロー鍋のつくり方]
�@大きめの鍋に水を入れ、干し椎茸を一晩つけて、だしをとる。
�A汁を絞りながら干し椎茸を取り出し、食べやすい大きさに切る。水を足した鍋を強火にかけ、椎茸を投入。
�B白菜を縦半分に切り、5cm程度の幅でザク切りにして、白菜の下半分の硬いところから先に鍋に入れていく。
�C豚バラ肉を6〜7�p幅に、鶏もも肉は一口大に切る。
�D鍋が沸騰してきたら、肉をほぐしながら入れ、胡麻油を1周半、“の”の字にかけ回す。
�E残りの白菜を山盛りに入れ、ギューっと押さえるようにして蓋をする。(汁が足りなければ湯を足すが、白菜から水分が出るので、ひたひたである必要はない。)
�F食べる直前に、もう一度胡麻油をタラリ。
�G各自が自分の器に塩と好みで一味唐辛子を入れる。
�H鍋の汁を入れて塩を溶く。
�I〆めの粥が絶品 好みで塩を少し足す。





さて本日は曽野綾子氏著『アバノの再会』のご紹介をしたいと思います。

「妻を亡くした元大学教授と、名家に嫁いだ中年女性。
家庭教師とその教え子だった2人が、イタリアの温泉地アバノで30年ぶりに偶然再会する。
虚無感のある男と、不毛な夫婦関係に疲弊した女との運命の7日間。
静謐かつ鮮烈な大人の純愛小説」

週刊朝日に連載していた作品を一冊にまとめたもの。


久しぶりの曽野綾子氏の小説・・・著者好みの登場人物2人を配した著者らしい描き方の作品でした。


へそ曲がりの私は読み始めてすぐに登場人物2人が好きになれないことがわかりましたが、それでも最後まで読まずにはいられない、というか、反発しながらも深く味わう、という相反する読後感でした。


元大学教授の戸張友衛が、北イタリアの温泉保養地・アバノで、昔家庭教師をしていた山部響子と再会、32年という歳月を超えて、お互い惹かれあいながら元の人生の続きに戻っていくというもの。


妻の介護で早期に大学を退職し、2年の介護の末、妻を見送った戸張友衛と、モーター経営者の一族の次男と結婚している山部響子。


著者は2人の再会の舞台にアバノを選んでいますが、これが例えば秋田辺りの玉川温泉だとどうか、などと意地悪に考えてしう私。

少なくとも日本だと軽井沢辺りでないと2人の知的な会話は似合わない、そんなところが狭い心の私の反発の単純な理由のような・・・。


2人の交わす会話が何とも知的・・・でもとても作為的・・特に女性側。

響子の選択も物事に対する感じ方も相通じるところがありすぎて共感するには何かが邪魔する・・・

 「私、虹はいつでも好きだわ。すぐ音もなく消えるから、しつこくないでしょう?」

 「自分が生きているのか、死んでいるのかが分からないような思いになったことはありませんか?」

「人を深く愛するには、愛する人と遠くにいることが必要だという矛盾です。 
人は近くにいるから、絶望し、最後には憎み合うことさえあるのです。  
私にわかっているのは、そんな形で、大切な愛を失いたくないということです」


こうして理性ある2人はそれぞれの家に戻っていくというラスト。


小説的には、2人が東京で再会したのでは成り立たない、きれいに終わりを用意したと思える作品でした。

8350127b.jpg
長年オーダーメイドの漢方生薬を服用していましたが、リウマチの炎症数値が限りなく上昇してきたのに業を煮やしてというか、家族の後押しもあり、ついに一大決心して化学薬品に切り替えて約半年。


徐々に膝と股関節の痛みが和らいだのと並行して両肩の痛みが再燃、特に右肩の痛みが半端なく、フローズン・ショルダーをひどくした状態で寝返りも苦戦していたのが、ここ数回の鍼灸で少しずつ腕が上がるようになりました。


ステロイド注射も効かない肩の骨の根本的変形ということで整形外科医がさじを投げていた痛みと可動範囲の狭さが、長年お世話になっているスポーツ鍼灸師の先生の施術とトレーニング指導で少しずつ楽に、広くなってきたのが嬉しい!


自分の手はレントゲンよりMRI程度かな、と言われるスポーツ鍼灸師のM先生はなるほど触るだけで整形外科医のレントゲン解読より詳しく骨と筋肉の状態を解説してくれます。

神の手ならぬMRIもどきの手!


まだ可動範囲は限られていますが、昨日の施術後、久しぶりに卓球をしてもよいとのこと。


長らく球が打てず、というか腕を少しでも上げようとすると激痛のため、球拾いに徹していたのですが、来週あたりから少しずつ打ってみようかなと思っています。


でもって家事、特に力仕事の掃除が疎かになっていたのが、お嫁ちゃんのユカちゃんが徹底的にお風呂場やシンクの排水口、ガス台をピカピカに磨き上げてくれたり、アスカと共に家中の拭き掃除をしてくれたので清々しい夏になりました(*^。^*)


踏み台に上がっても中々外すのが難しかった洗面所の天井の換気扇も長身を利用して外して洗ってくれました~。

持つべきはヨメ!


曽野綾子氏著『この世に恋して 曽野綾子自伝』

「両親の不和に心を痛めた幼少期、中高校生時代の戦争体験、作家デビューを果たした後の不眠症に苦しんだ日々、五十歳を前に仕事のし過ぎとストレスから失明しかけたこともあった。
家族の問題も戦争の体験も病気も、なければないほうがいいに決まっています。
でも、病気も不幸も人生で与えられたことにはすべて意味がありました。
無駄なことは一つもなかったと思っています。
いま思えば、私はずっとこの世に恋し続けてきたんです
作家・曽野綾子が自らの人生を余すところなく綴った感動の自伝!」


80歳を過ぎた今も月に400字詰め原稿用紙120枚は書いているという著者。


本読み人にとって著者ほど好き嫌いの分かれる作家さんはいないのではないでしょうか。


笹川良一氏の死後、日本船舶振興会(のちの日本財団)の会長職を引き継いだ行為や会長時代に知り合ったフジモリ元ペルー大統領の日本亡命時の宿提供などの行為を批判する方も多いと思います。


私もご他聞に漏れず若い頃は独善的ともいえる著者独特の現世感を著した文章に勝手に偽善を嗅ぎつけた気持ちになって、「もうけっこうです」と拒否していた長い時期を経て、ここ10年ほどは好き、というより一貫した物の見方、過度の期待も絶望もしない来し方が納得だらけ、共感だらけになりました。


偉大な作家と同じ目線というのも厚かましい話ですが、自分の幼少の頃よりの人に対する見方と相通ずるものがたくさんあったからです。


無冠の作家といわれながらのほぼ60年にも及ぶ執筆活動で書かれた原稿は15万枚以上に及ぶという作家人生を振り返ったのが本書です。


一貫した偽善を一刀両断に切る姿勢。


「私は人道主義者でもないし、人道主義を押し付けるのも嫌い」

「悪い人と言われるのはまだいいけど、偽善者にだけはなりたくない」

「今の世の中が幼いと思うのは、すぐ善(よ)い人か悪い人かに分けたがるところ。
すべての人間はその中間だという認識がないと、私は不安でしょうがない。
善くて悪い、悪くて善い人間を描く」


最終章「友達運に恵まれた八十年」では次のように語っていらっしゃいます。

「私が一番恵まれていたのは、たくさんの個性的な魂に出会えたことです。

人脈という言葉は好きではありませんが、人脈は作ろうとせず、利用しようとしないとできるものかもしれません」

「『平和は願いさえすれば実現する』と考える人もいるようだけれど、それも全く絵空事ですね。
内戦の国を見れば、そんな空疎なことは言えなくなる。
血を流す覚悟をするか、辛くなるほどの大金を出すか、どちらかの現実的な行為を担保に手に入れるものです。
つまり、現在の日本人は勇気と信念がないんです。
自分の身を守ることで精一杯です。
自分に災難が及ぶかどうかが最大の気がかりでその貧乏くじさえひかなければ、日本の将来なんて考えないんでしょうね。
もちろんその気持ちはよくわかりますけれど、その程度の人物と思われて死んでいいものかどうか、私はまだ未練を残しています」


「なんて私の生涯は豊かだったのでしょう」というような意味のイタリア語のCome stata rica la mia vita(コーメ スタータ リッカ ラ ミーア ヴィータ)’という言葉を引き合いに出しての総括。

「私は感動的な人生をたくさん見せてもらった。
何よりの贅沢でしたね。
様々なことを体験したし、小説のように面白い人生を歩ませてもらえましたから」

「アフリカでは、五歳まで生きられない多くの子どもたちがいるんです。
アフリカの人たちは、貧困のなかで生きるから、人間の悲しみと苦しみを日本人より色濃く知ってきました。
ひょっとすると、彼らのほうが、物質的に恵まれた社会に暮らす私たちよりも、人間として豊かなのかもしれません。
思えば、私はずっとこの世に恋し続けてきたんです」

毎年私の誕生日&以前の母の日頃は急速に秋の気配が濃くなりながらもまだまだ秋には負けられませんと夏が最後の余力を振り絞って自己顕示するという端境期、いつも半袖で過ごしている記憶があります。0ea1e809.jpg




ここ4、5日朝夕の風の心地よさにほっとしていたら突然湿気を含んだ重い風がどんより停滞していたりと中途半端な状態に戸惑う毎日。



9月末の引越しに向けて今狭い我が家は大変なことになっています。


といっても1日のうち、ほんの短い時間いくつかのダンボールを作るのみですけど



そんな中欠勤中の娘がちょっとした病後療養をしている隙間だけは確保しなければならないので何だか妙な空間があって、しかも時間がゆったりと過ぎていくというアンバランスな状態で時が過ぎていきます。



しばらくレビューのアップも滞りがちですが、ナイトキャップ用の読書は欠かさず行っている毎日、アップ用積本(こういう造語があれば)は増える一方ですがアップする時間とエネルギーがないのが現状です。


というわけで今日は細々と1ヶ月ほど前に読んだ本のレビューを。



曽野綾子氏著『観月観世 或る世紀末の物語』


「会員制のテニス・クラブを経営する宇佐美は仕事の傍ら、観月観世の会を開いていた。
デザイナー、易者、ホテルマンなど、世代も職業も異なる者たちが集まるその会に、決まりごとはなく、ただ月を眺めながら酒を飲み交わして他愛もない話をする。
不幸にあった友人や海外で出会った女のこと。
真偽のほども分からない話を目当てに人々は満月の下に集う。
四半世紀にわたり書き続けられた人生の終盤を迎えつつある人間たちの魂の遊蕩を描く、大人のための連作短編集」




主催者・宇佐美の思いのまま満月の夜にだけ開く「観月観世の会」のメンバーは年齢も社会的地位も性別もまったく考慮に入れない数名の集まり、宇佐美の都合で毎月開かれたり何年も開かれなかったり。


月を愛でるという口実の下、質素な酒と肴を背景に真意のほどが定かでないメンバーが提供する話に耳を傾けその中からそれぞれの人生観を味わうという趣向になっています。



交わされる会話に決まりごとはなく、メンバーの友人の秘密だったり性に淫らなキリスト教国の話だったり異国の宮殿の話だったりと脈絡も規律も何もなし。



主人公・宇佐美は人生で起こる様々な出来事を達観する目を持っているという設定で過去にも著者が好んで小説に取り入れる人物像、宇佐美を通して語られる著者の人生観がいたるところに散りばめられています。



「宇佐美は誰の記憶の能力も信じなかった。
記憶だけでなく、誰のどんな能力も、信じたり、当てにしたり、それを利用して便利な思いをしようとは思わなかった。
当てにしなければ、裏切られることもなく、したがって怒る理由もないわけである」


「人生真剣にならないといつでも楽しいね。つまり不純が一番大切なんだよ」


会で話す内容は真実でも嘘でも問わないという会則の中で「常識のない人と外部へ喋りたがる人」は入れないという暗黙の了解の下での会話には主たる骨子もなければ結論もないのに読者である私を挽きつける曽野ワールドがゆったりと展開しています。


じっくりした滋味が味わえる作品、よかったらどうぞ

いよいよあと3日で新しい年を迎えます。36964de3.jpg



今年は日本にとって大変な年でしたが、派生した様々な困難な課題がほとんど解決されないままの年越しとなりそうです。



今朝の情報番組で福島・双葉高校・野球部の険しい道のりのドキュメンタリーを報道していました。



福島第一原発から3キロのところにある双葉高校、部員が各地へ避難して野球部自体の存続が危ぶまれる中、苦肉の策で他高との寄せ集め合同で出た地区大会で敗退した前後を部員と田中監督中心にカメラが追っていました。



試合での悔しい敗退後、涙する部員たちに泣きながら言った田中監督の「ありがとう!」の4文字はどんな言葉の羅列より重みを持って胸に響きました。



離れたところに避難する妻と幼い子どもに会うこともままならない環境の中、野球部存続のために東奔西走する監督の一念に後押しされて各地に避難していた野球部員たちがポツポツと戻ってきたときの「戻ってきてくれてありがとう!」の言葉も部員たちの活動の前向きなエネルギーを生みました。



震災で傷ついた被災者たちとそれを気遣う全国の人々がそれぞれの数だけ発した重みのある深い言葉が被災者たちや被災していない私たちにも大きな生きる希望を与えてくれています。


言葉の力は本当に偉大ですね。



反対に怒りを誘う負の言葉もたくさんありました。



いまだに私の中で不消化で燻っている言葉の代表格2つ。


復興対策担当相を辞任するきっかけになった松本元復興対策担当相の不用意な言葉。


「あれが欲しいこれが欲しいはだめだぞ、知恵を出せということだ。知恵を出したところは助けるけど、出さないやつは助けない。それぐらいの気持ちを持って」


松本龍氏のお人柄など詳しく知らない私が簡単に決めつけることは危険だというのは承知していますけど、私にとってとても不快な言葉として今も頭から離れません。



ご本人は躁状態からの思ってもいない発言と庇う向きもあるようですけど、不用意な言葉には平時精一杯の理性で隠してた素の人柄が映し出されるというのはよく聞きます。


上記の言葉に含まれている2つの意味に二重の憤りを感じます。


1つはこれほどの有事にゆっくり知恵を出して冷静な計画を作成できる人がどれくらいいるかという点。


更に松本氏はいい意味で言われたのでしょうが「知恵を出す」という言葉には二面性があり、悪知恵を働かせて上層部に訴えることのできる人に救助の第一義を置くというとらえ方ができます。



震災で肉親や家、家財道具、仕事をなくして生きる意義をも見出せない人にそんな知恵を出せる余裕があるでしょうか。


ここでの対象は県知事などのリーダーに向かっての発言だとは思いますが人々の牽引力になるべきリーダーの方々もまた被災者である点をどんなに考えていらっしゃるのでしょうか。



更に更に「・・・助けない」発言は権力者の驕りを象徴していると捕らえるのは私がへそ曲がりで穿った見方をしているのでしょうか。


国民の税金で成り立つところの大きい支援を国民の代表として松本氏にこのようにかぶせられたのでは私たちはたまりません。


生家の松本組が私財を投げ打って「助ける、助けない」という場合のみ松本氏の発言が受け入れられるのではないでしょうか。



日頃はこのブログで政治色の強いコメントは極力差し控えることを旨としていますが、今年最後のストレス解消発言、年末で慌しい中、私も料理を作りながらなので皆さんも忙しさに紛れてスルーされることを願って書きました。



そして最後は先日の東京電力・西沢社長の電気料金値上げに関する発言。


「料金の申請は我々事業者としての義務というか権利だから会社の経営が成り立たないという状況に陥ったのが見通せるのに何もしないというのはこれは、経営者として株主に対しても代表訴訟の対象になるのでこれはきちっとした対応をしていかなければなりません」


利潤追求なくしては成り立たない企業ということではその通りかもしれませんが、この時期に!!



東電・社長には言葉を選ぶ知恵もなかったのでしょうか???






さてとても長い前文になってしまったので本日のレビューは簡単に!



曽野綾子氏著『人生の第四楽章としての死』


「『老いの才覚』、『戒老録』、『晩年の美学を求めて』など、生老病死に対する深い思索に定評ある著者が、老いの次の段階を洞察した〈死に仕度〉〈心の死出の準備〉の書」



クリスチャンであり、海外邦人宣教者活動援助後援会代表としての活動、最貧国での実際的な援助など社会奉仕活動を通してヴァチカン有功十字勲章をはじめ日本芸術院賞恩賜賞、吉川英治文化賞、読売国際協力賞など数々を受賞していらっしゃる著者と平凡な主婦の私では比較するのもおこがましいですが、あまりに共感部分が多くて、図書館に返却後は購入して手元に置いてこれからの死への準備期間の糧としたいと思う作品でした。



著者が若い頃より心に刻んでこられた「世の中のことは、すべて期待を裏切られるものである・・・実にこの世で信じていいのは、死だけなのである」というフレーズは私がずっと密かに感受していたことでもあります。



すべての人に平等に訪れる「死」は人間の最後の大切な任務であり老いた命は新しい命に席を譲るという自然の摂理に備えてこの世に醜い未練を残さないという訓練がこれからの私に与えられ課題であることをしっかり認識させてくれます。



エンタメ本以外の読書ではポストイットを貼ることがよくありますが、この作品はポストイットだらけ、ご紹介したい箇所てんこ盛りですが、長くなるのでここまで凝縮して現世を捉えている文章はないと著者が挙げていらっしゃるパウロの言葉を記して終わります。



「わたしはこう言いたい。定められた時は迫っています。今からは、妻のある人はない人のように、泣く人は泣かない人のように、喜ぶ人は喜ばない人のように、物を買う人は持たない人のように、世の事にかかわっている人は、かかわりのない人のようにすべきです。この世の有様は過ぎ去るからです」(コリントの信徒への手紙 7・29~31)

bcd7f6c5.jpg


ずっと若い頃はいわれなき反発心を持って敬遠していた作家さんでも年齢と共に考え方に共感部分を多く見出すという作家さんがいます。

その1人が曽野綾子氏です。



いわれなき反発がどこから来るのかを省みると、自らの狭量を晒すようですが、田園調布や三浦半島、シンガポールに家があり温和なご主人ともども築かれている物質的精神的に豊かな家庭を土台にした種々発言に鼻持ちならないものを感じていたというのが正直なところでしょうか。



カソリックとプロテスタントの違いはあるもののクリスチャンの女流作家の双璧をなす曽野綾子氏と三浦綾子氏の作品を通して本気でクリスチャンになろうかと思った若い時代がありましたが、曽野綾子氏には感じられなかった三浦綾子氏のひたむきな宗教心に影響されたことが大きかったと思います。


そんなこんなで自分の中で長く反発しながらも読んでいた作品やエッセイにだんだん心惹かれるようになったのはここ10年というところ。



ここから曽野氏と関係あるような無関係のような私事をちょっと。


曽野氏といえば息子さんを題材にした『太郎物語』が有名ですが、その太郎氏が大学を卒業後文化人類学の教官として西宮の英知大学にいらっしゃった頃、その息子さんの太一君と私の次男が小学校で同じクラスだった一時期があります。


住まいも同じ学区で仲良くお互いの家を行ったり来たりの毎日、我が家にもよく遊びに来ていたのでお母さんでありエッセイストとして何冊もの本を出されている三浦暁子さんとも親しくランチをしていました。


当時小学校低学年の太一君を通して語られる曽野綾子氏と太郎氏との親子関係は作品から読み取れる理想的な親子像というより、有名な作家である母親に対する抑圧の見え隠れする息子という感じでかえってほほえましく思ったことでした。



その後同じように阪神大震災を経験して同じ中学校に進み卒業後、次男は父親の関係で東京の高校へ進学、太一君は地元の有名な進学校・神戸高校に進まれたことまでが知っていることです。


当時からテレビタレントのウエンツを幼くしたような日本人離れした美少年だった太一君、現在どんなかっこいい青年に成長したか見てみたいものです。



こんなことを思い出したのは本日ご紹介する作品に懐かしい太一君の名前を発見したからです。



曽野綾子氏著『自分の始末』


本書は昨年単行本として出版された比較的新しいものですが書き下ろしではなく、これまでの曽野作品のうち小説やエッセイからタイトル「自分の始末」に添った内容の名言などを選んで編集したものです。



従って著者の作品に精通している読者の方々には目新しいものではありませんが、やがて必ず来る終末への心構えの糧として読めばとても濃い抽出液のように感じられる作品となっています。



本書の中で私なりに感銘を受けたり深い共感を得た言葉は思いがけなく多くあり、それらの多くは私が深く感じた小説の主人公の言葉だったり、著者ご自身の考え方だったりしますが、いくつか記してレビューの代わりとしたいと思います。



「内心はどうあろうとも、明るく生きて見せることは、誰にでもできる最後の芸術だ。地獄に引きこまれそうな暗い顔をしてグチばかり言い、決して感謝をしない老人に親切にすることは、相当心の修行をした人でないとできにくい面もある。優しくしてもらいたかったらまず自分が明るく振る舞って見せることだ」(晩年の美学を求めて)


「『人の世にあることはすべて自分の上にも起こり、人の中にある思いはすべて私の中にもある』と私は思っているから、なにごとにも、悲しみはしても驚かないのである。なにものにもおおっぴらで、なにが起きても仕方なくそれを受け入れる、という姿勢は、いわゆる『ネアカ』と言われる人の特徴である。それに対して、襲いかかる運命をすべて不当なものと感じ、その不運に襲われた自分を隠そうとする人が『ネクラ』と言われる人になる。私のほんとうの『地』はネクラなのだが、私は意識的に、後天的に、ネアカになる技術を覚えたのである」(晩年の美学を求めて)


「修道者たちはほとんど、お互いの死を悼まない。それどころか、『おめでとう』という言い方さえするのである。それは、すでに充分に来世に行くための準備をして、苦しみからも逃れ、神のもとにいられるのだから、生きていたころの寂しさからも、苦痛からも、憎しみからもすべて解き放たれている。そのような状態に対して、どうして悲しんだり、悼んだりする必要があろう、という考え方である」(時の止まった赤ん坊 下)


「年をとれば、ますます性格は偏場になるのは当たり前なのだが、私は最近さまざまなものに疲れるようになった・・・世の中ですべてのものが過剰で、無意味に濃厚になったように思われ、それで疲れてしまうのである・・・ものの過剰は人間を疲れさせるし、もの一つ一つの存在の意義も見失われる。人間が一つのものを欲しいと思ったら、それを手に入れるまでに、ほんとうはやや長い時間をおくべきだ、と私は思う。その時はじめて、そのものがほんとうに私の生活に入ってくるべきかどうかの見極めがつく」(貧困の僻地)


「一口で言えば、老年の仕事はこの孤独に耐えることだ。逃げる方法はないのである。徹底してこれに耐え、孤独だけがもたらす時間の中で、雄大な人生の意味を総括的に見つけて現世を去るべきなのである。これは辛くはあっても明快な目的を持ち、それなりに勇気の要る仕事でもある」(晩年の美学を求めて)


「若かろうと年取っていようと死は必ずやって来る。その前に自分が生きている間に得たものを始末していくことは、『帳尻を合わせる』ことである。その必要性を、一番簡潔に書いたものは、旧約聖書の『ヨブ記』の中のヨブの言葉だ。『わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう(1・21)』・・・
自分の死までに自分が人生の途中で集め、楽しみもしたものを、すべて始末していくのがすがすがしい」(晩年の美学を求めて)


「何もかもきれいに跡形もなく消えるのが、死者のこの世に対する最高の折り目正しさだと私は思っている。亡き人の思い出は、その子や孫が自然に覚えている範囲だけでいい。その人がこの世に存在したことを、銅像を建てたり記念館を建てて残そうとするのは、私の好みではない。犯罪を犯して記憶されるよりは、悪いこともせずに済んで、誰からも深恨まれることなくこの世を去っていけるだけで、この上もない成功である。晩年の義務は、後に、その人の記憶さえ押しつけがましくは残さないことだと私は考えている」(晩年の美学を求めて)


そして最後の章[終生、謙虚であること]の中に曽野氏の太一君に対する思い入れの文章を見つけました。


それはご一家で行かれたマヤ・アステカへの私的旅行の紀行文に記されていたこと。


長時間の飛行やどんな風土・文化の中でも耐えて生きられるような技術を身につけさせるという伝統的な三浦家の家風を通して太一君に終生謙虚で、人間の生涯の儚さ、そしてその儚さ故に現世をいとおしむ心などを知ってほしいと締めくくっていらっしゃいます。


潤沢なお金があればこその外国旅行とも思いますが、人はそれぞれの分においてどんな手段や経験であれ、子や孫にそれらを通して多くを学び人を思いやる心や人生に対する謙虚さを身に着けてほしいと思うのはどんな親であれ共通の真摯な願いだと思います。


そういった意味で曽野氏もひとりの素朴な母親であり祖母であるということ
を再確認した作品でした。

このところずっと手芸に明け暮れています。      

クローゼットを整理していてたくさんの布や飾りレースなどが見つかったのでちょっとした旅行などのときバッグに入れる小さな袋物、サシェやシュシュなどを作っています。   
    

洋裁を習ったことがないので乏しい知恵ながら、配色やデザインを考えて切ったり縫ったりするのは旅行や読書などとはまた違ってワクワクする楽しさです。


最後にアイロンをかけて完成したものを並べて誰も褒めてくれないのでひとりで愛でて満足しています。


写真は朝日新聞で毎週連載している整理術のプロ・近藤典子さんが作り方を紹介していた「簡易裁縫セット」。


百円ショップで買った広口のコルクふたのガラス瓶を利用していますが、簡単に持ち運びできて大のお気に入り!


ふたのコルクの裏部分にフェルトで作った針山を待ち針などの細いピンで刺して4隅を固定してできあがりという簡単作業。
いろんな糸やハサミを入れておいてちょっとした針仕事に重宝しています。



さて今回のレビューは曽野綾子氏著『虚構の家』です。


1974年刊行ということで今から30年以上前の作品です。


週刊誌に連載後、1冊の本として刊行されるやいなやベストセラーとなった時点で読んだときはまだ20代でした。


先日book offに持っていく本を物色していて本棚の奥で見つけたのを機会に再読しましたが、いやはや恐ろしい本です。


30年以上前にベストセラーになったということは、当時からすでに現在内包しきれなくなりあちこち破綻を生じているさまざまな問題に多くの読者が目を向けていたということでしょうか。


家族内殺人や家庭内暴力、ドメスティックバイオレンスなどに発展する危うい家族関係はすでに四半世紀以上前から蓄積されていたということに驚くと同時に、著者の作家としての洞察力のすごさに感服しました。


解説を担当していらっしゃる鶴羽伸子さんは、ここに登場する人々は微視的に見るかぎり、世間の常識人の範疇を逸脱せず、世間的にはりっぱな家の体裁を保っていると記していらっしゃいます。


つまり自分たちはここに出てくる登場人物とさして変わらない存在であり、そこにこの小説の恐ろしさがあると指摘しされています。


私自身も家庭や社会のひずみから起こるさまざまな事件を耳にするたび、自分とは大きくかけ離れたものとは思えないという認識をいつも持っているので鶴羽さんの解説には深く共感します。


本書は裕福かつ社会的にも認められている2つの家族のある崩壊の物語です。


一組の男女が家庭を築き、やがて子どもが産まれ、そして平穏な家庭生活が営まれる、その過程において父となり母となった2人が長い日々の中で少しずつそれぞれの個性を塗りこめていくうちに、個性に反映された家庭生活の中で育つ子どもたちにさまざまな影響が及ぼされ、出口のない歪がついに内爆するという過程を描いています。


社会的な地位は高いが歪みの際立った登場人物に対して、社会の片隅で誠実な社会生活を送る登場人物を配置するというティピカルな構成は著者独特のもので、今回も彼らの存在が砂漠にオアシスという状況で著者にとって重要な役割を果たしています。


ずっと前このブログにアップした『寂しさの極みの地』でもオアシス的に著者的に健全な精神と認める人物を登場させて救いようのない内容に光を与えているところ、本書と同じですが、へそ曲がりの私はいつもその「光」にかえって反発を感じてしまうのが常です。


すべての人が納得できる健全さを持ち合わせることの難しさと、それで人を救うことができるのかという疑問でいっぱいになるのです。

↑このページのトップヘ