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ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 往復書簡

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先日小旅行中、高原で採集した野ぶきで作ったきゃらぶき、われながらおいしくできてあっという間に食べてしまいました。


1年中冷凍保存している山椒と細切りコンブと共にお酒と醤油とみりんで炊きますが、ご飯のお供にぴったりのおかずになって・・・ふきのシーズンがいつも楽しみ。


ベストはお店で売っている太い茎のふきではなく山で採れる細い茎の野ぶき。


ふきの葉っぱもかつおぶしをたっぷり入れたつくだ煮風にするとほんのりした苦味が口の中で広がって日本に生まれてよかった!と思います(*^。^*) 94a35eef.jpg



自家製のつくだ煮が大好きな私はお供の山椒も重宝して年中大事に使っています。


今年も三田に田舎のある神戸の友より大量の山椒が送られてきました。  
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夜なべ仕事で細い茎を外してさっと湯がき、少しずつ冷凍保存してはつくだ煮や魚料理、ちりめん山椒などに使っています。


以前義姉にもらったみりん漬けの山椒も、こちらは冷蔵保存で長く持ちますが、緑色が抜けるのが欠点といえば欠点かな。

生をさっと湯がいて急速冷凍すると緑の色が鮮やかなままで料理に使えるので保存にはこちらがベストかもしれません。


今は冷凍技術を伝える料理本も出ていて、思わぬ野菜がひと手間かけるだけで冷凍できるので大変便利になりましたね。


とても便利なのは小口に刻んだニラともやしの冷凍。


思い立ったときにチヂミやラーメンの具などに入れられてとても重宝しています。


もちろんレバニラなどを作るときは冷凍ではしゃきしゃき感がなく料理が台無しになるので新鮮な買いたてのものを使いますが、ごまかせる料理のときは役立ちます。


皆さんもアイディアがあれば教えてくださいね。




さて今回は四方田犬彦氏&石井睦美氏著『再会と別離』をご紹介したいと思います。


「23年の月日を経て再会した二人は、互いの人生に起きたいくつもの出会いと別れを手紙にして語り合った。
父との壮絶な闘いを書き尽くす四方田、死を呼び込んだ家庭内の軋轢を綴るペンが、ふと止まる石井。
それぞれが、今なお消えぬ苛烈な記憶と対峙するドラマの中で、友情と死、親と子の確執、そして恩寵としての再会が論じられていく」


新潮社のデータベースよりお2人の経歴を抜粋します。

四方田犬彦氏:1953年西宮生まれ。東京大学で宗教学を、同大学院で比較文学を学ぶ。明治学院大学で映画学を講じるかたわら、文学、映像、音楽、アジア論といった領域で批評の健筆を振るう。『月島物語』で斎藤緑雨賞、『映画史への招待』でサントリー学芸賞、『モロッコ流謫』で伊藤整文学賞、講談社エッセイ賞、『日本のマラーノ文学』『翻訳と雑神』で桑原武夫学芸賞を受賞。他の著書に『ハイスクール1968』『先生とわたし』『書物の灰燼に抗して』など多数。またパゾリーニ詩集の翻訳がある。

石井睦美氏:1957年神奈川県生まれ。フェリス女学院大学卒業。『五月のはじめ、日曜日の朝』で毎日新聞小さな童話大賞、新美南吉児童文学賞、翻訳絵本『ジャックのあたらしいヨット』で産経児童出版文化賞大賞、小説『皿と紙ひこうき』で日本児童文学者協会賞を受賞。他の小説に『卵と小麦粉それからマドレーヌ』『キャベツ』『兄妹パズル』など。童話に「すみれちゃん」シリーズ(黒井健・絵)などがある。また、駒井れんの筆名で著した『パスカルの恋』で朝日新人文学賞を受賞。


1980年代の初めに文芸誌「ユリイカ」の寄稿者と編集者として出会い23年ぶりに再会を果たした四方田氏と石井氏のお2人が、それまでのお互いの人生で起きたいくつもの出会いと別れをテーマに13通の往復書簡で語り合った作品。


雑誌「新潮」に2011年2月~7月まで掲載されたものを一冊にまとめたものです。


四方田氏の文章は過去に何度か目にする機会がありましたが、石井氏は私にとって初めて目にする方でした。


過去の文章を通して私の知っている四方田氏は才気博学が前面に出たような攻撃的な印象がありますが、本書で父親との別離の体験を語る四方田氏は別人とも見紛う印象。


おそらく今まで秘匿して包み込んでいた部分を語ることは激しい格闘にも似た疲労感と勇気を要したと想像しますが、彼は物心ついたときからの両親の不和が及ぼす破綻した生活の細部と長く続いた両親の離婚裁判の模様までを覚悟を決めたように語っています。


四方田少年の父親を憎むというエネルギーの強さはたじろぐほどですが、その負のエネルギーが後の四方田氏の社会的な活動の原動力になっているのは頷けるような気がします。


離婚裁判の証人喚問のとき、裁判官に子どもとして発言したいことがあるかと尋ねられて
大学生になっていた四方田氏は答えます。

「父親が母親を裏切ったのだから、母親にも同じように父親を裏切ってほしかったと思います」と中学生のときから考えていたことを口にしたそうです。


「突然傷付けられ、激しい出血と苦痛が伴い、心は動転して錯誤を繰り返す。
だが時間が経つうちに出血は止まり、傷口は塞がる。
傷跡だけが残される。
傷跡とは勝利と克服の証拠である」


こうして勝利と克服の証拠を残す作業を往復書簡の相手である石井氏にバトンタッチします。


手渡されたバトンを手に石井氏は夫との別離と死を語りますが、四方田氏のような具体的な細部に触れるほどの振り返りの作業が成熟していないように見受けられます。


多くを語らないゆえにその秘匿部分の重さが胸に響きます。


期せずしてか…きっと四方田氏のこと、このような方向性を見極めた上での往復書簡の提案であろうと思われますが、彼らの半生を呼び出すという苦しい作業を通してこれからの未来に射す一条の光を感じさせる作品となっているのが救いです。


「別れを語ることは別れからの解放だ」


「記憶とは人間しかもつことのない不気味で危険な能力であり、場合によっては病気と同様、それを携える者に厄難をもたらすものであることを…
個人の運命に関するかぎり、健康な忘却こそが必要な場合はいくらでもある」


夫との離婚と死別という重い楔を未だに手放してないように見える石井氏に向かって語りかけた四方田氏の「忘れろ」との言葉に感じられる四方田氏に芽生えた心の柔軟性。


お互いに語り合った再会と別離のエピソードを通して、長じての人と人との出会いはひとえにお互いの人となりによってプラスの原動力にもマイナスの原動力にもなり得るということ、しかし自ら選ばずして子どもの立場になった瞬間の親との出会いはまさに宿命だということを思い知らされる作品でもありました。


どんな平凡な人生にもある別離と再会、年齢を重ねた私には時として耐え難い痛みを感じますが、避けられないものならば身構えず、自然体で迎えられたらいいな、と願いながらだらだら長いレビューを終わります。

嬉しいことがありました(^^)  a073abf4.jpg


ネット上の友人であるUNIさんにお会いできたこと。


不調で世間にしばらく出てなかったので躊躇がありましたが思い切ってお会いできてとても嬉しかったです。


UNIさんご自身も漫画家ですが、当地ご出身のご主人が知る人ぞ知る有名な漫画家の平松伸二さん、10月15日から県北にある「吉備川上ふれあい漫画美術館」で《平松伸二原画展》が開催されていてその最終日の昨日トークショーとサイン会のため平松さんご自身が奥様のUNIさん同伴で来館されました。


そのまたとない機会を利用してお会いできたのでした。

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ちょうど会場近くの成羽美術館で「マリーローランサンとその時代展」というのが開催されていたので夫の油彩画仲間と5人で朝車で出発して2つの会場をはしごしました。



成羽美術館の詳細については今回は措くとして、岡山から車で2時間、市中に住む私には随分不便な場所という印象でしたが、県内のみならず横浜など県外から平松伸二さんを目当てに訪れたファンの方々がいっぱいだったのには驚きました



会場になっていた「ふれあい漫画美術館」は町おこしの一環として平成6年にオープン、高梁市名誉市民でもある当館の名誉館長・家富永一朗氏の原画のほか全国から寄贈された約12万冊の漫画が所蔵されているそうです。



会場でUNIさんがすぐ見つけてくださり隣席でご主人のトークショーや即席似顔絵教室を見学、合間の短い時間、積もるお話のほんのほんの一部ができました~。



ご夫妻とも想像通り、温かい人柄が滲んでいてすぐに好感が持てました。



友人と呼ぶには年若いUNIさんに失礼な話ですけど旧知の友人のようで、もっともっとお話したいことが山ほどあったんですけど次の機会にとっておくことに。


会場にいたファンの中から4人の希望者の似顔絵をその場でトークしながら描かれたご主人の腕前の確かさにその30年という漫画一筋のキャリアから考えて当たり前かもしれませんが、夫ともどもみんなで驚嘆しながら帰途に着いたことでした。






さて本日は河野裕子氏&永田和宏氏&その家族著『家族の歌 河野裕子の死を見つめた344日』をご紹介したいと思います。


朝日歌壇の選者としても有名な細胞学者・永田和宏氏と毎日歌壇の選者でもあられた河野裕子氏とその長男、長女、そして長男のお嫁さんの5人の共著。



「ガンにたおれた妻であり、母である河野裕子と家族が詠んだ歌とエッセー63編。
息を引き取るまで、互いの心に手をのべ、絆を確認し合った歌人一家、感涙のドキュメント」



2000年に患った乳ガンの再発がわかった2008年、化学療法を試みていた最中の2009年9月から始めた産経新聞夕刊に家族4人で短歌・エッセイのリレー連載をまとめたものが本書です。



「ここに残された63篇のエッセイと短歌は、永田家のテーブルで、家族が三々五々集まって『お茶にしようか』と言いながら気軽に交わした団欒の記録なのである」(永田和宏氏のまえがきより)



お孫さんに「うまちゃん」「ゆうこちゃん」と呼ばれる永田夫妻の睦まじさは周知の事実でしょうけど、それゆえ、裕子氏亡き後の永田氏の喪失感はいかほどのものでしょうか。



「相槌を打つ声のなきこの家に気難しくも老いてゆくのか」(永田和宏氏)



「私たち夫婦はとにかく何でもよく話す夫婦であった。
私が帰ればたちまち河野の速射砲のごとき話か追いかけてくる。
私かトイレに入れば、扉の前で話し続けたものだ。
私もよく話した。
そんな話の中で、『よかったわね』『それはすごいわね』という河野の相槌は常に私を安心させてくれた。
歌でもサイエンスでも、私はこれまで人並み以上に頑張ってきたと思う。
それは河野のそんな相槌を無意識のうちに求めていたから続いたことなのかも知れないと、この頃痛切に思う・・・
男一匹、なんというスケールの小ささよと笑われれば返す言葉がないが、自分の話を聞いてくれる存在の大きさに気づき、その相槌が何ものにも代えがたい喜びであったという発見を、今さらながら私は誇らしくも思うのである」



「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」(河野裕子氏)


感想の言葉が出ないほど圧倒されるようなこの歌、すさまじい闘病生活と睦まじい家族関係がうかがい知れるようなこの歌を筆頭に家族のそれぞれのメンバーがご自分の立場からの日常を歌い、そして柔らかな筆で添え書きしているエッセイの数々。


ご家族の熱い思いが伝わって胸がいっぱいになりました。



死は最大の悲しみですがすばらしい家族の中核にいらした裕子さんの生前の幸せを感じさせる作品でした。



「君に届きし最後の声となりしことこののち長くわれを救わん」(永田和宏氏)

厚労省が行っている国民生活基本調査によれば、平均結婚年齢と未婚率は年々上昇しており、非婚化・晩婚化がじわじわ進んでいるそうです。

現在未婚率は男女ともに上昇傾向にあり、20~29歳までの未婚率は女性が54%、男性は69.5%だそうです。

また未婚率上昇に伴い、深刻化しているのが少子化です。

政府も内閣府特命として少子化対策ポストを設置して取り組んでいますが、成果が上がるまでにはいたっていないようです。

2005年の国勢調査によると同年の出生率は過去最低の1.26人だったそうです。

この少子化と相まって高齢化が進んでいる日本では様々な問題が浮上していますが、解決の一歩として結婚率を上昇させることが重要な課題となってきますね。


男女ともの未婚率の上昇には女性の高学歴化によるキャリア志向が密接に関係しているようですが、これからご紹介する本の著者であるお2人も現代の未婚率上昇に大いなる貢献をしている方々です。



というわけで本日は壇ふみ氏&阿川佐和子氏による対談形式の本『けっこん・せんか』をご紹介します。

ご紹介するまでもなく壇一雄氏の長女である壇ふみ氏と阿川弘之氏の長女である阿川佐和子氏は親の光を超えたところで個々に活躍していらっしゃいますね。

お2人の共著は何冊か出ていて、そのうちの1冊『ああ言えばこう食う』は私のサイトでもアップしていますので、よろしかったら読んでくださいね。

       http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/92


お2人の馴れ初めからを詳しく語った爆笑対談集が本書です。

内容的には1987年から2003年までのお2人の対談と、「22年目の春」と題した1~3で構成されています。

強烈な結婚願望がありながら30回を超えるお見合いでもついに縁を結べず、ついに結婚願望をかなぐり捨てたアガワ氏と、若き日より形のない結婚願望を抱きつつ現在もまだ捨て切れていないダン氏も現在ついに齢50過ぎ、吉本もびっくりの掛け合い漫才満載の対談集です。

後半にはお2人に関川夏央と山口文憲氏が加わった4人座談会、ダン氏と愛犬バジルとの傑作対談、福田和也氏との3人ゲテモノ食通談義、お2人にはさまれてタジタジの野坂昭如氏が見られる3人談義など、爆笑請け合いです。


「はじめに」を受け持ったアガワ氏と、「おわりに」を受け持ったダン氏の文章力に感心しつつ本書の読後感を終わります。

兵庫県に住む残留日本人孤児65人が、敗戦後旧満州からの速やかな帰国措置や永住後の自立支援義務を怠ったとして祖国日本に国家賠償を求めた訴訟で、初めて国の責任を重く見る判決が出ました。

各地で起こした集団訴訟で、原告が勝訴したのはこれが初めてだということです。

かろうじて永住帰国した人々も国の乏しい支援の中、日本語が話せず、働く場所も限られ、生活保護を受ける人が全体の7割といわれています。

「中国残留日本人孤児」という一律の呼び名に対して、井出孫六氏は次のように厳しく批判されているのが今朝の天声人語で紹介されていました。

「自らの意思で『残り留まった』ひとなどいるわけはなく、さまざまな事情で『置き去』られた人びとであった・・・
置き去られた状況は日本の敗戦によるものだった以上、置き去った主体は国家といってよい」


戦時中軍属として上海にいた夫の父親は敗戦の少し前、自分を除いた妻と5人の子どもを日本に帰国させました。

引揚げを決心してから翌日にはもう着の身着のままで帰路に着いたということです。

そのとき5歳だった夫は記憶がほとんどなく、兄姉の記憶に頼る引揚げの物語は大変厳しいものだったようです。

満州と上海の違いはありますが、生前義母は、一歩間違えば自分たち家族も同じ運命を辿っていた可能性を否定できない、と話していました。

今、その義父が遺した敗戦前後の手紙の写しを記録した古いノートを少しずつ整理しています。

旧仮名遣いの判読しにくいそのノートを清書して、義父につながる子ども、孫、ひ孫に読めるようにしたい、と考えたのが動機です。

戦争体験者が本当に少なくなった現在、大切に読み継いでいけたら、と思います。



このところseriousな内容の本が続いたので、本日は趣きを変えたいと思います。

というわけで、阿川佐和子氏&壇ふみ氏共著『ああ言えばこう食う』です。 

ご存知、阿川佐和子氏は、『山本五十六』などの著書で有名な作家阿川弘之氏の長女、
一方、壇ふみ氏は、『火宅の人』などの著書がある放浪の作家壇一雄氏の長女ですね。


文壇の重鎮であられるお2人の父上がどのような教育を施した結果、このようなお2人ができあがったのかは疑問ですが、言葉に対する感受性の豊かさはすばらしいものがあります。


阿川氏はキャスターとしてもTVで活躍、壇氏も女優として映画、TVで活躍されています。


どういうきっかけでこの抱腹絶倒の名コンビによる往復書簡が生まれたのかは、巻末に載っている五木寛之氏と阿川&壇両氏による特別鼎談をごらんになってくださいね


老いも若きも、オジサンもオバサンも是非1度お読みください

吉本も顔負けのお2人の機転、ボケとツッコミ、とにかくユーモアが満載です。

人気が後押ししての第2弾『ああ言えばこう×嫁行く』のおもしろさも最高潮。

第3弾の笑いを首を長くして待ち望んでいるひとりがこの私です。

数ヶ月前、『ブリキの太鼓』の作者であり、1999年にノーベル文学賞を受賞されたギュンター・グラス氏が最新作『玉葱の皮を剥きながら』で、第二次世界大戦末期の17歳頃ナチス親衛隊に入隊していたと告白したことで、非難の渦に巻き込まれたことを覚えておられる方も多いでしょう。

波紋は大きく広がり、ポーランドの政府やマスコミなどにより名誉市民の称号の返上やノーベル賞の返還を求める声が上がりました。

一貫して左翼的な立場を貫いているとされるグラス氏にあり得ない過去だとの批判も多くあり、なぜ今になって、と疑問が疑惑に移り、ナチスを題材にした『ブリキの太鼓』の時点で言うべきだったとの批判もあるようです。

「私は少年時代に与えられた苦しい教訓を理解したと言う権利を持つものです。私の作品と私の政治的行動はそれを証明するものです」と氏はインタビューに答えて、親衛隊だった重い過去を背負って78歳の現在まで生きてきたことを告白しています。

騒ぎも沈静化したようですが、若さゆえの過ちを認めているにもかかわらず、60年たった現在も許されないとしたら、人間に更正の道は閉ざされてしまうような気がします。



今日ご紹介する本は、ノーベル賞作家大江健三郎氏がギュンター・グラス氏を含む世界各国の知識人11人と交わした往復書簡『暴力に逆らって書く』です。        
   
1995年から朝日新聞の夕刊に連載していたのを読まれた方もいらっしゃるでしょう。

大江氏はあとがきで次のように語っておられます。

「私がノーベル賞をもらって、正直なところ本当に良かったと思う唯一の結果は、このような企画を長期にわたって続けられた、ということにつきます」とこの往復書簡に応じてくれた11人に感謝の意を著しておられます。

11人の1人エドワード・サイード氏は手紙の中で、「私が勇気づけられ触発されるのは、大江さんがノーベル賞受賞という計り知れない信望の力を、名声や追従をかき集めるためでなく、人間存在の複雑さとしがらみの泥沼に分け入るために動因していることです」と語っておられます。

すべての書簡を通して見えてくるのは、現在の混沌とした世界を正面から見据えて、各自が何ができるかを必死で模索している真摯な姿です。

敬愛するグラス氏との往復書簡はグラス氏告白前のことでありますが、戦後大きくなったドイツの衰退を日本と重ねて大江氏に問いかけます。

「大江さん、私たちはますます年老いながら、いぜんとして焼跡の子どものままです。
あなたと私は、同じようなやり方で、作家として過去を想起する力を頼りに、あなたはあなたの日本を、私は私のドイツを耐えることを学ばねばなりませんでした」

2人は過去を顧みることで、現代における戦争やテロなどの暴力へどのように立ち向かうかを語っています。

11人はそれぞれの育った背景を背負って様々な問題を考察しますが、それはそれぞれの国や時代を超えて普遍的ですらあります。

アメリカの代表的知識人であるスーザン・ソンタグ氏は手紙の中で決心を語ります。

「私がずいぶん前に自分に課したことがあります。 
自分がそれまで知らなかったり、この目で見たことがなかった事柄については、けっしてどんな立場もとってはならないと」

これを受けた大江氏は新作『宙返り』に触れています。

「私が『宙返り』の最後に書いたのは、じつは私の「知らないこと」です。しかも、老年にいたろうとしている私がーそしてエッセイにおいて知らないことを書くのは犯罪にひとしい、と知っている私がー唯一望みをかけることとして、それを小説に書いたのです」と正直に語ります。

対話は夢を語っていても非常にリアリティーに富んでいて、大江氏の苦悩も時として伝わってきます。

書簡の往復が始まった1995年から2002年までの間に起こった書ききれないほどの悲惨な状況に対して、その時々に全力で解決策を模索する11人プラス1人の姿には深く打たれました。

夫と大阪難波の「グランド花月」を観に行ってきました。

いままで休んだのは阪神淡路大震災の翌日のみという年中無休の吉本ですが、祝日だったせいか、当日券を求める列が道路まで溢れていました。
前もってオンラインでチケットを購入していたので、長蛇の列を横目に入場できました(~o~)
西川のりお、トミーズ雅、坂田さんを筆頭に若手などの漫才6連発&名物新喜劇☆☆☆

たくさん笑いをいただきました

さすが大阪と思ったのは、観客のなかのちびっこたちの笑いの反応のすばらしいこと! 
小さい頃からこんなにして笑いのセンスを鍛えられるのでしょうか。

夫も私も吉本大好き人間なので、周りに同化して楽しいひとときでした。

難波駅直結のホテルに泊まったので、南海通りをうろうろし、「自由軒」で名物カレーを食べました。

ちょっと下品で胸キュンの人情味あふれる大阪下町を描いたら天下一品の田辺聖子ワールドに触れて、明日へのエネルギーをもらって帰りました(^o^)丿

今日は吉本つながりで、いまや日本を代表する旬の芸人島田紳助とまっちゃんこと松本人志氏の共著をご紹介します。
実は私も大々ファンなのです

笑いの天才といわれているこの2人が、交互にそれぞれの「笑いの哲学」と「人生哲学」をまじめに本音で語っているのが、この本の魅力です。

お互いの才能を認め、脱帽し、そして尊敬している、という2人の間柄がトークの端々から滲み出て、とてもほほえましいものを感じました。



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