VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 重松清

やまぼうし

月あかりにほのかに白く浮かびつつ山法師のはな苞に寄り添ふ


「お~い、喜べ・・・待ちに待ったものが届いたよ!


 

郵便を取りに行っていた夫が戻ってきました。

 

手には角川全国短歌大賞事務局からの封筒と透明の袋に入ったアベノマスク二枚。

 

「えっ、短歌大賞受賞の金一封? 

出詠していないんだけど、どこからかわたしの歌のすばらしさをウワサに聞いて特別に表彰してくれるということかしら?」

 

んなわけないでしょ(-.-)・・・とひとりつっこみ。

 

出詠したらどうですか?といういつものお誘いの封書、当たり前だけど。

 

角川も出詠費を稼がなくっちゃね・・・出すかどうかわからないけど。

 

 

というわけで首を長~くして待っていたアベノマスク降臨!

 

内閣支持率27%に急落したというニュースを見たばかり。

 

そろそろ市場に各種マスクも出回りだしている上、家庭でも個々に趣向を凝らした手作りマスクを備蓄している頃合いを見計らったように届くとは。

 

花冷えのひと日籠りてマスク縫ふ指を巡れるラヴェルのパヴァーヌ


打つ手打つ手が後手後手の上、臨機不応変・・・こんな熟語があればですけど。

 

ステイホームを促す歌手の動画に合わせてソファで寛ぐ庶民派の様子をアップして失笑を買ったり、あろうことかこの全国緊急自粛要請中に検察庁法改正案を通そうとしたり、さすがに今まで大目に見ていた国民をも呆れさせているのではないでしょうか。

 

新型コロナの行方と同時にこの国の行方はどうなるのでしょうか?

 

 

 

 

ひこばえ下 (2)ひこばえ下 (1)

さて本日は
重松清氏著『ひこばえ 上下のレビューを少し。 



老人ホームの施設長を務める洋一郎は、入居者たちの生き様を前に、この時代にうまく老いていくことの難しさを実感する。そして我が父親は、どんな父親になりたかったのだろう?父親の知人たちから拾い集めた記憶と、自身の内から甦る記憶に満たされた洋一郎は、父を巡る旅の終わりに、一つの決断をする―



昨年、朝日新聞朝刊に連載されていたものを刊行したのが本書です。

朝日新聞デジタルに「『ひこばえ』連載を終えて」というタイトルで次の文を寄稿していらっしゃいます。

大切な人が亡くなったり遠くに行ってしまったりしたときに、よく「胸にぽっかりと穴が空く」と言われる。

その「穴」を描きたかった。

より正確に言えば、自分の胸に穿たれた「穴」と共に生きていく還暦間近のオヤジのお話を読んでいただきたかった。

それは、50代後半になり、大切な身内や友人を何人か喪ってきた自分自身にとって、最も切実な主題の一つだった。

物語執筆の背景にはご自身のご父堂の死があったそう。

2016年1月のこと。

その3か月後から早稲田大学の教壇に立ち若者に教える立場となったとき、切り株から新しいひこばえが生えてきて、親から子、年嵩のものから若輩へとバトンタッチを繰り返すということを身をもって体験したという。

わたしも周りで最後に残っていた母親を亡くし、自分の前につっかい棒のように風除けの役目を担ってくれていた存在がなくなり、いよいよラストスパートの先頭に立たされた感がしたものです。

成長途上のひこばえのような次の世代が控えているという感覚。

亡くなった父母の存在は自分の記憶が途切れたら、2度目となる本当の死を迎えてしまうのか、といった感傷も湧いてきたり・・・。

そんなことを思いながら著者の本書執筆動機を読むと大いなる共感を覚えます。

本書の主人公の洋一郎にとって小学2年のときに家を出た父の記憶はおぼろげにしかないという

そんなある日突然、洋一郎のもとに父の訃報が届くところから物語が動き始めます

洋一郎は一人暮らしだった父の部屋を訪ね、父と関わった人々に出会い、自分の中で自分のフィルターを通した父の姿を作り上げていきます

父はどんな人生だったのか。

ミステリーなら謎解きをするが、僕は謎と共に生きていく。

謎を受け入れていく小説を書きたかった


10歳で別れて以来半世紀以上も記憶の途切れた父親の足跡を辿る・・・


どれくらいの子どもが自らの意思でそういったことができるのか。

 

そんなことを考えると洋一郎に類まれなものを感じてしまいますが、あくまで小説。

 

親から子へと繋がれていく愛と呼ぶには違和感のある、しかし血族ならではの熾火のようなものがテーマの物語。

もう既に新聞で読まれた方も多いと思いますが、未読で興味ある方、どうぞ。

今内野聖陽さん主演で放映されている「とんび」、視聴率も上々で評判がいいようですね。


原作は同名の重松清氏によるもので角川文庫の「みんなが選んだ 角川文庫 感動する第1位」にも選ばれた作品。


1度だけテレビを観て、原作を数年前に読んで感動したことを思い出しました~。



重松清氏著『とんび』

「昭和三十七年、ヤスさんは生涯最高の喜びに包まれていた。
愛妻の美佐子さんとのあいだに待望の長男アキラが誕生し、家族三人の幸せを噛みしめる日々。しかしその団らんは、突然の悲劇によって奪われてしまう―。
アキラへの愛あまって、時に暴走し時に途方に暮れるヤスさん。
我が子の幸せだけをひたむきに願い続けた不器用な父親の姿を通して、いつの世も変わることのない不滅の情を描く。
魂ふるえる、父と息子の物語」



今ではとんと姿を消したオート三輪が街中を走っていた時代、照れ屋で不器用、一本気な父親と息子の親子愛がテーマの物語、著者の最も得意とする家族を描いて感動作になっています。



親の愛情を知らずに育った男女が結婚して生まれた一粒種アキラを中心に精一杯温かい家庭を築いていた矢先、思わぬ事故で母を失った4歳のアキラと茫然自失の父ヤスが周囲の心ある人々の温かい見守りと援助の手を借りながら子育ての悩みや葛藤をひとつひとつ乗り越えていく過程に熱いものが込み上げてきて何度も泣きました。



個々のプライバシーを大切にするあまり、というか身近に優しい手が見つからず、自らも心を閉ざして周囲にとけこむことなくどんどん孤立し追い詰められての結果起こった子育て放棄や子殺しなどの事件が報じられる昨今、まるで別世界のような古きよき日本の風景がそこかしこに見られて胸があつくなる作品。


こんな人々が周囲にいたら起こらなかった不幸な事件も多かったのではないでしょうか。



ヤスの一途な親心もさることながら、脇を固める海雲和尚や会社の同僚等、周囲の温かい支えがまるで宝石のようにキラキラ輝いていて感動的でした~。
 


雪の中、アキラとヤス、照雲を海に連れ出した海雲和尚が些細な子育てに悩むヤスに掛けた言葉。

「雪は悲しみじゃ。
悲しいことが、こげんして次から次に降っとるんじゃ、そげん想像してみい。
地面にはどんどん悲しいことが積もっていく。
色も真っ白に変わる。
雪が溶けたあとには、地面はぐじゃぐじゃになってしまう。
おまえは地面になったらいけん、海じゃ。
なんぼ雪が降っても、それを黙って、知らん顔して呑み込んでいく海にならんといけん」



瀬戸内の穏やかな風土を背景に登場人物によって語られる広島弁がまた社会の片隅で懸命生きる市井の人々の素朴さとほのぼのとした温かさを醸し出していて秀作。


間違いだらけの子育ての終わった私ですが、見返りを求めない愛について見習うことがいっぱいの作品でした。

朝日新聞の「かたえくぼ」という読者投稿欄に大阪の読者の方の投稿がおかしくてひとりで笑いました。


[TPP論争 そちらがもっと注目されたら助かります・・・オリンパス、東電、九電、大王製紙、巨人軍ほか] 



まあ何と次から次に事が起こること!


大王製紙の御曹司、特別背任容疑の逮捕でマカオやシンガポールのカジノに嵌まった経緯が出ていましたね^^;


1日の1億5千万も費やしたことがあるというカジノ、それだけのお金、被災地での様々な救済に投入したらどれだけの人が助かったかと思わず歯噛みする思いです。



読売のドン・ナベツネさんもテレビで拝見すると足元も口調もおぼつかないご高齢、聞くところによると今回の騒動の発端の告発人・清武さんもミニナベツネといわれているようでどちらの言い分がまっとうかは私にはわかりませんが、カダフィーの例からもご本人が独裁者というものの及ぼす影響をもっと学んでほしいと思うんですけどね。





さて今回は重松清氏『みぞれ』をご紹介します。



「あなたに似た人が、ここにいる――。
幼なじみの少女が自殺未遂、戸惑いながら『死』と向き合う高校1年生の少年。結婚7年目、セッカチな夫にうんざりしてきた妻。
子供がいないとつい言えなくて、一芝居うつ羽目に陥った夫婦。
どちらかがリストラされる岐路に立たされた40歳の同期社員。
晩年を迎えた父に複雑な思いを抱く43歳の息子……。
ひたむきな人生を、暖かなまなざしでとらえた11の物語」



「息をするように、『お話』を書きたい」とあとがきに書いていらっしゃる著者の姿勢そのままの、どこにでもありそうな日常の1コマを救い上げ、読者の共感と静かな感動を呼び起こす手法で短編をまとめあげる著者の筆力にはいつもながら感心します。



きっちりと計算されつくした虚構の世界を描いた小説も魅力的ですが、心身が弱ったときや不遇のとき、疲れた夜のナイトキャップ代わりに読むにはこのような短篇がベスト。



タイトルの命名がまた言いえて妙という感じ、重松氏は短篇にこそ力を発揮される作家さんではないでしょうか。



11の短篇はそれぞれに味がありますが、印象に残った数篇をご紹介したいと思います。



◆小学校で家族の得意技という題の作文を書く宿題を出された息子とパパとママの物語。

 砲丸投げが得意なママのことはスラスラ書けたけど、これといって決め手のないパパのことが書けない ことに対  する一家の戸惑いを通して遡ったパパとママのなれそめの過去の話から家族でパパの得意技を見つけるまでの  心温まる家族の風景を描いた「砲丸ママ」



◆子どもを持てず年老いた犬を子ども代わりに慈しんでいる妻が中学の同級生についた哀しい嘘によって窮地に追い込まれる様子を描いた「石の女」
 
 3人の子どもの親である私は子どもを持たない人生をそっくりなぞることは不可能ですが、同じ女性として世の中の 感覚の理不尽さにとても共感できる作品でした。

 

◆故郷で妹夫婦との同居を父親のワガママで反古にし、年老いた2人暮らしに戻った両親に怒りとも諦観ともいえない負の感情を抱く息子の微妙な心情を描いた「みぞれ」

 「二人の『老い』を実感してから、『死』の日がいずれ訪れることを受け容れるまで、思いのほか早かった。二人が亡 くなるのは、もちろん、悲しい・・・だが、その涙には、自分の中のなにかが引き裂かれてしまうような痛みは溶けてい ないはずだ。僕は、冷酷で身勝手な息子なのだろうか」

 両親以外に新たに家族という守るべきものを持った主人公の心情に深く共感できる作品でした。



それにしても作家さんというのはなんと豊かなイメージを持っているのでしょう!

 

夫に誘われて神戸市博物館カミーユ・コロー展を観てきました。 

絵画鑑賞は私たち夫婦の数少ない共通の趣味なので日本各地の美術館には積極的に出向いています。

今回のコロー展、副題が「光と追憶の変奏曲」、ルーブル美術館の所蔵品を核に80点近いコロー自身の作品のほか、彼の影響を受けたモネ、シスレーやルノワールなどの作品が数点展示されていて見ごたえがありました。

上の写真は代表作「モルトフォンテーヌの想い出」と「真珠の女」ですが、屋外でのスケッチをもとに記憶のなかから訴えかける想い出の光景を再構成するという手法からうかがえるように、ほとんどの風景画が「懐かしい想い出」というフィルターを通して描かれていて私たちの胸に叙情的に訴えかけてくるようでした。

私は絵の好みが激しく、細部にわたって描写した写真さながらの風景画は好みではありませんが、コローの独特のあいまい感のある木々とその間から射し込む光の描写は私の中の「追憶」をも呼び戻す不思議な力が感じられる作品でした。



さて今回は重松清氏&渡辺考氏著『最後の言葉』をご紹介します。

副題「戦場に遺された二十四万字の届かなかった手紙」、作家重松清氏とNHKディレクター渡辺考氏による共著です。

太平洋戦争に従軍した日本兵の手紙や日記、遺書を60余年の長い時を経て遺族に届けるという企画の元作られたNHKハイビジョンスペシャルのドキュメンタリー番組制作の工程に沿って綴られたのが本書です。


ワシントン国立公文書館に保存されていた機密扱いのサイパン従軍日本兵の手紙や日記を翻訳した20あまりの文書、そしてオーストラリアの国立戦争記念館に保存されていたニューギニア従軍日本兵によって遺されてい太日記などを元に、上述の両氏がかつての戦場の跡をたどりながら手紙や日記の検証をしていくという形で進んでいきます。


そして圧巻はそれら、肉親や子ども、恋人に向けて綴られた手紙や日記を届けるという使命の元苦労を重ねて探しだした遺族との対面場面です。


重松氏によって名づけられた戦場で書かれた「小さな言葉」の数々が時空を超えて私の心深く切なく胸に迫ります。

「あと一日か二日で最期を迎える。
何も思い残すことはない。
できる限りのことは行った。
私の心はおだやかで満ち足りている・・・

わが妻、シズエへ。

何も言い残すことはない。
君と結婚して十七年がたった。幸せな思い出に満ちた十七年だった。
来世への思い出でこれ以上のものはないだろう。
君になんとか恩返しをしたかった。
感謝の気持ちでいっぱいだ。
これまで過ごした年月に対し、君になんと礼を言えばいいのかわからない。
体を大切にして、末永く充実した人生を送ってほしい。

コン、マサ、ヤスへ。

強い正直な日本人になってくれ。
将来の日本を担ってほしい。
兄弟どうし、互いに強力しあい、全力を尽くしてお母さんを助けてあげてくれ」  

サイパンで散った海軍大佐ナガタカズミさんの言葉です。


取材班は苦労の末ナガタさんの遺族を見つけます。

95歳になった妻シズエさんへ60年前に夫が記した最後の手紙を渡すことに対しての重松氏のためらいに似た躊躇はシズエさんの感動の涙によって払拭されます。

「思い出をいただいて、こんな嬉しいことはありません。最高の宝物をいただいた思いです」

これを境に高齢のシズエさんの意識は現実から遠ざかりますが、正常な意識の最後に最高の喜びを受け取ることができたことに思わず安堵しました。


序章と終章を挟んで第四章からなる本書ではナガタカズミさんを初めとして4人の兵士とその遺族の物語が綴られていますが、終章では一冊の日記帳がきっかけである定時制高校の生徒たちとこれら「小さな言葉」との感動的な対面の様子が綴られています。


兵士たちの言葉を通して生徒たちに「命」の重さと尊さについて考えてほしいとの願いから実現したこの授業によって60年前の戦場の言葉は「いま」を生きる若者たちにしっかりバトンタッチされます。


こうして重松氏を中心にしたNHK取材班の戦争の跡をたどる旅は終わりを告げます。


この一冊が名もない兵士たちの手紙や日記だけの羅列だったとしても深く心に残る作品となったことでしょう。

現在私の住まいがあるマンションには敷地内に10台分ほどの屋根付駐車場と立体式駐車場があります。

我が家は立体式駐車場を契約しているので、車の出し入れには結構時間がかかります。

この不便さと時間のロスが賃料に反映され、平地の屋根付駐車場は立体式駐車場のおよそ倍近い賃料。

気のせいか平地にある10台の車はベンツ、BMW、それに大型国産車がズラリ。

近くに国立大学病院があるせいか、マンションの住民には医師とその家族が多く、彼らは申し合わせたように揃ってベンツかBMW、、今日も若い奥さんが私たちの後からエレベーターで降りてきたにもかかわらず、私が立体のパネルに暗証番号を打ち込み、寒風の中車が着床するのをじっと待っている横を颯爽とベンツで走り去っていきました(-_-;)

「医師としての条件にベンツが必須って書いてあるのかしら」

「医者の奥さんのモチモノ必須条件だろう」

今日も夫と私、マルビ夫婦のひがみ会話

経済というか社会的格差をパネルの前で毎回見せつけられています。



さて本日は同郷出身の作家重松清氏著『ビタミンF』をご紹介します。

角川書店編集者を経てフリーライターとして活躍後
1991年『ビフォア・ラン』でデビュー
1999年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、『エイジ』で山本周五郎賞
2001年『ビタミンF』で第124回直木賞をそれぞれ受賞されています。

このブログでも先日、エッセイ集『オヤジの細道』をアップしていますのでよかったら見てください。


さて本書は頭文字がFで始まる英単語の言葉からイメージする内容の7つの小さな物語が綴られています。

「炭水化物やタンパク質やカルシウムのような小説があるのなら、ひとの心にビタミンのようにはたらく小説があったっていい。
そんな思いを込めて、七つの短いストーリーを紡いでいった。
Family、Father、Friend、Fight、Fragile、Fortune…〈F〉で始まるさまざまな言葉を、個々の作品のキーワードとして埋め込んでいったつもりだ。
そのうえで、けっきょくはFiction、乱暴に意訳するなら『お話』の、その力をぼく(著者)は信じていた」


「家族」をキーワードに、様々な家庭の日常にあるちょっと温かい部分やちょっと物悲しい部分を取り上げて、エンディングでheart-warmingな物語に仕上げているところ、現実はそんなに都合よくはいかないゾと思いつつも前途に光とちょっとした勇気を与えられるビタミン剤・・・疲れた心によく効きます


サラリーマン生活も惰性になり遠距離通勤での遅い帰宅時にオヤジ狩りに恐怖を感じるようになった38歳の雅夫と同じマンションの中学生の問題児との奇妙な出会いを描いた「げんこつ」

妻の入院で中学1年の息子との生活を余儀なくされ違和感や戸惑いを感じながら、5年前他界した父親に思いをはせる40歳の修一の息子として父親としての心模様を描いた「はずれくじ」

家庭より仕事を優先させてきた自分に突然降りかかった中学生の娘の万引きと異性問題をきっかけに妻以前に初体験を持った女性との思い出のパンドラの箱を開けたくなった40歳孝夫の心の迷いを描いた「パンドラ」

優等生で何の問題もなかったはずの中学生のひとり娘に訪れていた危機を知った雄介が流し雛に娘の悲しみを託して流す様子を描いた「セッちゃん」

恋人と訪れて以来17年ぶりに崩壊寸前の妻と子どもたちと最後の家族旅行のつもりで訪れた「なぎさホテル」での過去と現実の狭間で揺れる36歳誕生日直前の達也を描いた「なぎさホテルにて」

他2篇、積み上げてきたはずの家族の中で、気がつけば妻や子どもたちと心が離れた存在になっていることに愕然とする30代後半~40代前半の父親の虚しさや持って行き場のないいらだち、そしてほんの少しの光明を見出した喜びが見え隠れする作品でした。


「家庭っていうのは、みんながそこから出ていきたい場所なんだよ。
俺はそう思う。みんなが帰りたい場所なんじゃない。
逆だよ。
どこの家でも、家族のみんな、大なり小なりそこから出ていきたがってるんだ。
幸せとか、そういうの関係なくな」

最後の「母帰る」の38歳の主人公のセリフです。


「家庭っていうのは、そのときどきの心情で無性に帰りたくなったり、無性に離れたくなくなる場所」だと私は思うのですが、皆さんはどうでしょうか?

11月上旬に解禁を迎えたカニ漁たけなわの浜坂に友人3人で行ってきました。

浜坂は松葉ガニの漁獲量が日本一だそうです。

最近では輸入物や北洋物のズワイガニと地元産を区別するためにオスのズワイガニの足に小さなタグが産地別に色を違えてつけられています。

ちなみに浜坂産は水色。

友人のひとりが知っている小さな民宿でフルコースを堪能。

それぞれ種々のストレスを抱えるお年頃の3人ですが、カニのお陰で少しだけ生
き返ることができました~。




折角日本海まで車を走らせたのだからと近くの余部鉄橋を見学。

JR山陰本線鎧駅と餘部駅の間にかかる高さ41.5m、長さ310.7mの鉄橋で、トレッスル式と呼ばれる鋼材をやぐら状に組み上げた橋脚が特徴で、この種の鉄橋では日本一の規模だそうです。


余部鉄橋の名を有名にしたのは1986年の転落事故です。

日本海からの突風にあおられてお座敷列車みやびの7両が転落、橋りょうの真下にあった水産加工工場を直撃し、その従業員5名と乗務中の車掌1名が死亡、6名が重傷を負ったという悲惨な事故でした。

下から見上げると41メートルの高さに架かった鉄橋は周囲に囲うものもなく想像以上の頼りなさで孤独に屹立していて、列車は今でも香住駅と余部駅を11往復しているそうですが、できれば乗りたくないという感じでした。



さて今日はノリにノッている旬の作家重松清氏によるエッセイ『オヤジの細道』です。

2005年から2007年にかけて「夕刊フジ」に週一回連載されたコラムをまとめたものです。

本書で特筆すべきはところどころに挟まれる山科けいすけ氏による一コママンガが重松氏の文章と相まってイイ味を出しています。

ちなみに最後の一コママンガは山のかなたへの細道が描かれていて「オヤジの旅人のみなさん 旅に病んだりしないで 『ジジイのほそ道』でまた会いましょう」と結んでいます。

なんと頼もしいけいすけ氏の言葉!


重松ファンの方には申し訳ありませんが、本書には『その日のまえに』などで読者を泣かせた正統派&誠実人・重松氏はほとんど見当たりませんので、ご了解の上お読みください。


このコラムの書き手はデブでミーハー、カトちゃん&ケンちゃん世代のテレビっ子のおバカ(ご本人の弁)、四六時中仕事に追いまくられているシゲマツ氏、ルポやインタビューを手がけていた雑誌の元ライターだったギョーカイの名残りがそこここに見られる軽妙洒脱、コトバを変えれば軽佻浮薄(な人柄ではありません、文章です、誤解されませんように)。

でもこの軽妙な書きっぷりが最高におもしろいのです。


コラム連載の前口上に芭蕉の『奥の細道』を持ち出して、「『奥の細道』の旅は芭蕉が江戸に帰ってきたところで終わる」と書いて、読者に「江戸」ではなく「大垣」と指摘され、次回の号でしょげ返りながらも作家にあるまじき調べの甘さや知識の詰めの甘さをネタに連載一回分の原稿を書いて、自分をアッパレと締めくくるオヤジ道にはのっけからまいりました<(_ _)>


これから始まる戦々恐々の裁判員制度に関するコラムも傑作!

呼びかけ人嵐山光三郎さんが名を連ねた裁判員制度に反対する集会で演壇に立つ嵐山さんの後ろに場違いなさえないオヤジが座っているのを新聞紙上に発見したシゲマツさん、目を疑ったそうです。

その人は「脱力系」の代表格ともいうべきマンガ家の蛭子能収さん、こんなテンパッた場にはどう考えても不釣合いと思っていたところ、蛭子さんの次の発言に脱帽したそうです。

「私は行きたくない。自由がいいんですよ。嫌々行ったとしても『早く終わるなら、皆さんが言われた通りでいいです』と言います」

蛭子さんはギャグでそんなことを言ったわけではなくマジだからこそ、そのヘタレな本音が、みごとな普遍性を持つのである、とシゲマツさんは締めくくっておられます。


「われらオヤジも力んでカッコつけるんじゃなくて、蛭子さんにならって、せめて『ちょい抜け』ぐらいの脱力感は持ちたいものである。昔はそれをオトナの余裕と呼んだんだしさ」

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