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ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 詩・歌

典子ちゃん花

ガンジーの言葉といわれている至言にこんなのがありましたね。


 

明日死ぬかのように生きよ

永遠に生きるかのように学べ

 

年々歳々このように生きなければ、という思いは強くはなっていますが、実行実践はなかなか
・・・思いつきで今日一日はできても継続が難しい
( ;∀;)

 

でもコロナ禍という予期せぬことがこの世界に万遍なく降りかかって、
どんなに将来に向かって綿密な計画を立てていても阻まれることが山ほどあるんだな
ということを身を以って知ると、ひと日の大切さが身に沁みるようになりました。

 

いまここの小さき幸せ見つむことコロナ禍のなか気づきしひとつ

 

コロナ禍という特殊な環境のせいかどうかわからないけど、
この
1,2年わたしの周りの親しい人たちが重篤な病気になったり、死の床にいたり・・・
ということが相次いでいて、落ち着かない日々。

 

みんな元気で愉しく過ごしてほしいという欲深な願いが
よもや神仏に聞き入れてもらえるとは思えないけど、
願わくばそうあってほしいと思わずにはいられません。

 

ちょっとした不注意から2か月ほど前に右鎖骨骨折をした夫は幸いに順調に快復、
リハビリ後半戦の段階に入っていてありがたいことですけど、
周りには病気で入退院を繰り返している人もいます。

 

人生の後半になって、もっと根性を入れ直さないとさまざまな変化に
対応できないと思うほどに自分の根性を信頼できないわたしですが、
これからご紹介する作品を通して、これまで以上に日々を大切にしなければと思っています。

 

最後だとわかって

ノーマ・コーネット・マレック氏著&佐川睦氏訳『最後だとわかっていたなら』

 

もし、明日が来ないとしたら、わたしは今日、どんなにあなたを愛しているか伝えたい。
9.11同時テロの後、アメリカで朗読され、世界中が涙した感動の詩。
子供を、恋人を、兄弟を、親を…、
大切な人を想いながら、この詩を読んでください(「BOOK」データベースより)


本書の原作「
Tomorrow Never Comes」は、
著者・ノーマが水難事故によって
わずか
10歳で
亡くなった息子サムエルに捧げた詩

アメリカでの9.11のテロ事件をきっかけ広く知られるようになり、
テロで亡くなった消防士の母親によってかれた詩として全世界に拡散されていったという

実際はノーマが1989年に発表したものだったので、ノーマは戸惑いを感じつつも、
しかし平和的に読まれていることについて、むしろ光栄に思っていたという
(本著『おわりに(佐川睦・著)』より引用)。

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、短い詩なので全篇をアップして終わりにします。

あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら、
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて、
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう。


あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら、
わたしは あなたを抱きしめて キスをして、
そしてまたもう一度呼び寄せて、抱きしめただろう。


あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら、
わたしは その一部始終をビデオにとって、毎日繰り返し見ただろう。


あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど、
最後だとわかっていたなら、一言だけでもいい・・・
「あなたを愛してる」と、わたしは 伝えただろう。


たしかにいつも明日はやってくる、でももしそれがわたしの勘違いで、
今日で全てが終わるのだとしたら、わたしは、
今日どんなにあなたを愛しているか 伝えたい。


そして私達は 忘れないようにしたい。
若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも約束されていないのだということを。


愛する人を抱きしめるのは、今日が最後になるかもしれないことを、
明日が来るのを待っているなら、今日でもいいはず。


もし明日がこないとしたら、あなたは今日を後悔するだろうから、
微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を 
どうして惜しんだのか、忙しさを理由に、
その人の最後の願いとなってしまったことをどうしてしてあげられなかったのかと。


だから 今日 あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう。


そして その人を愛していること、いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう。


「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」
を伝える時を持とう。


そうすれば もし明日が来ないとしても、あなたは今日を後悔しないだろうから。

いい方のなぎさ

短歌をしていると、歌の種を見つけるのに四苦八苦することがよくあります。


短歌をされているみなさんどのようにされているのでしょうか。

 

散歩や旅に出て情景を詠んでみたり・・・

 

他の歌から刺激をうけたり・・・

 

わたしはテレビや新聞などの報道を通して感じる怒りとか失望を

歌に託すということがいちばん自然に詠めるかな、と思います。

 

短歌関係のことを調べるのにネットサーフィンをしていて、

ときどき無性に読んでみたいと思う歌集に巡り合うことがありますが、

買おうにもとにかく歌集と名のつくものの値段の高さに手が出しにくい!

 

世間的にも有名な歌人の歌集でないかぎり図書館にもないし、、、

 

ということで格安サイトなどを検索して、なければしばらく時間を置いて、

それでも覚えていてほしいと思えたら買おうと決めています。

 

そんなこんなで最近手に入って嬉しかった歌集。

 

某サイトで500円で買うことができたのはラッキーでした。

 



汀の時
窪田政男氏著『汀の時』
 

 

ひたすらに泣きたくなるの透きとおるエレベーターで昇りゆくとき 

やはり、この歌が気になる。

その「場所」、この歌の主人公である「私」の「立位置」など、すべてが読者の任意となる。

多様な私が紡ぐ、ダイアローグの可能性を思う。

とまれ、ひとりへの記憶の断片を拾い上げるように、ゆっくりと、しかし実に精緻に物語は進行してゆく・・・(福島泰樹)より

 

想像していたとおりの透明感のある歌の数々。

 

ゆくだろう人恋うことも捨つるのもかなわぬ夜が寄せるみぎわへ

 

この一首から採ったと思われるタイトルの『汀の時』


陸と水
の境界である汀


〈生と死〉という対極を意味するものの唯一の接点としての汀。


此岸と彼岸〉〈現世と来世〉と言い換えてもいいかもしれません。


岡部隆志氏の解説によると、
若い頃の過度の飲酒癖からアルコール依存症へと移行、
49歳頃から治療を始め、以後現在に至るまで一滴の酒も口にしていないという。


短歌を始めたのは治療の途上にあった
51歳のとき。


偶然手に取った
福島泰樹氏の歌集風に献ずに天啓を受けたのがきっかけという。


季節に沿って逆編年体で構成された作品群です。


アルコール依存、骨髄増殖性潰瘍と不治の病を二ついただく


利き腕も左の腕もさしだして神のよだれのごとき点滴


終活のひとつにせんと
S席のキース・ジャレットをいちまい求む


呻きながらピアノを弾くことで有名なキース・ジャレットという
選択も著者らしいといえば著者らしい気がする歌、ややマッチしすぎ感あり。


これらを読むと『汀の時』というタイトルが著者の人生の立ち位置を表す語として
明確な意思を以って付けられていることがよくわかります。


漠然とした死の予感などを詠んだ歌は数々見られるし、わたし自身も作りますが、
すぐそこに迫っているような感覚の歌に対峙したとき、
言葉を失ってしまうという感覚を久々に味わった歌集。


この歌集を読んでいて、米本浩二氏による石牟礼道子氏の評伝『渚に立つひと』を思い出しました。


窪田氏も石牟礼氏と同じようにこの世とあの世のあわいで
ぎりぎりの命を見つめそしてたまゆらの生を確認しながら詠っている魂の歌。

目を曳いた歌をランダムに抽出してみます。


シュメールの忘れ去られた猫のよう青い眼の咲く日暮れがくるの

 

ひたすらに泣きたくなるの透きとおるエレベーターで昇りゆくとき


そう、たとえば机のうえのノートにもはにかむような血の痕がある

その日には足すもののなし石蕗の黄の花びらの欠けてあれども

舌を垂れ涎を垂れて犬のごと上目遣いのいち日のあり

もう一度ひるがえる旗たれのため死ねと言うのか誇りにまみれ

いやそれはどうでもいいのさ生きている生きていないの以外のことなど


西日入るキッッチンにごろんとわたくしの半生がうち捨てられてある


一人称だけでも〈
ぼく〉〈わたし〉〈わたくし〉〈おれ〉で語られているそれぞれ。


ときおり女言葉になっている意図を問うてみたい気がします。


ああ五月きみシシュポスの風の吹くたれのためにぞ揺れる雛罌粟

 

これからは腹話術の時代がくるよわたしでもないあなたでもない

臆病なおとこでいたし八月の空より青く迫りくるもの

ひと雨に花となりゆく六月の杳き眼をしたぼくのそれから


御堂筋われらが夜の反戦歌スワロフスキーの沈黙を過ぐ


検索していて著者のものと思われるブログを発見、隅のプロフィール欄に
九条の会と記されていたのでこの歌も印象深くピックアップしてみました。


短歌
うたう心さがせば開かれたハンマースホイの扉の向こう


ハマスホイの描く扉の向こうから差しくるひかり。


ひかりの道すじには何があるのだろう、
決して希望とはいえないような諦念のようなものかもしれない・・・


木をはなれ地につくまでの数秒の祈りの坂をぼくは下りぬ


あの角を曲がればいいのね残り香に切なく日々が終わるとしても


いつの日か黒い小舟に乗せられて渡る河見ゆ胸に花束

 

これらは常々わたし自身が詠んでみたいと思いながら手が届かないテーマの歌ばかり。


同じように宿痾を抱えておられた故小中英之氏の歌を思わせる雰囲気。


どれも将来必ず来るだろう死というものを根幹のテーマにさまざまな表現で肉付けしている

・・・だからこそ深く心を打つ一連となっています。


木漏れ日はやさしかりけり来し方を問わずに遊ぶ手のひらの上を


見おさめともう見おさめと過ぎる日の退屈きわまりなき愛しさ


わたしも退屈きわまりない日々の愛しさを実感しています。

銀杏の落葉2

およそ惨めなものは、将来のことを不安に思って、

不幸にならない前に不幸になっている心です。(セネカ)


困難を予期するな。

決して起こらないかも知れぬことに心を悩ますな。
常に心に太陽を持て。(ベンジャミン・フランクリン)

 

 

いま逆境の風が吹いていると感じても、心配してもはじまらないことは心配せず、自分の力の及ばないことは天に任せて、平穏を保つ・・・

字面では簡単そうだし、自分以外の他人にはまず示したい言葉。

 
しかし明日を煩わず生きるのはなかなか難しい。

将来、最悪の事態になるかもしれない、、そんなことになったらどうしよう・・・最悪の事態になったときに少しでも慣れておくように、前もって保険を掛けておく。

その瞬間瞬間を享受して生きている動物たちを見ているとなんと愚かな人間と思ってしまう。

      1コハル5歳ももと枯葉
コハルもモモも一日一日を精一杯生きている。

 


レプリカの鯨

野上卓氏著『レプリカの鯨』
 

市井の片隅で短歌をやっているわたしたちの間では有名な方。

新聞歌壇やNHK短歌などでもよくお見かけする名前。

キリンビールに35年勤務後物流子会社社長を勤め退職。

在職中に劇団櫂を中心に、小劇場ジャン・ジャンなどの舞台用戯曲を書かれていたという異色の経歴が目を曳く・・・多分古希を迎えられたくらいの年齢だろうと推察。

退職後の時間つぶしにと始められたという短歌。

その年の出詠歌がいきなり歌会始の詠進歌に選ばれたという。

あをあをとしたたる光三輪山に満ちて世界は夏と呼ばれる

なんと器の大きな歌だろう。

主な発表の場を新聞やコンクールと定められているとか、短歌だけではなく俳句でもときどき名前をお見かけするほど活躍していらっしゃいます。

本書は新聞歌壇などに掲載された370首余りをまとめたもの。

ちなみに本書は60歳以上の作者による第1歌集を対象とする「第15回筑紫歌壇賞」に選ばれています。

加えてこのうちの300首が「第4回現代短歌社賞」の佳作となったという経緯もあります。

歌人としての滑り出しのなんとも爽快な、もっともかねてからの堅牢な文學的地盤の上に才能というものが加えられているからこそのご活躍なればこそ、まぶしいほどです。

友情は具体的なる行為にて佐々木主浩法廷に立つ

元プロ野球選手・清原の覚せい剤事件を扱った歌。

歌人・小池光は栞の中で次のように述べていらっしゃいます。

かつての仲間、チームメイトの誰もが尻込みして法廷に出るのを避けた。

大魔神佐々木主浩だけが法廷に出て証言した。

友情は具体的な行為を伴うものでなければならぬ、という主張が強い。

強くて、説得力がある。

いい歌だ

退職直後の歌・・・

ゴンドラに窓拭く男と目の合いぬ退職届に印を押すとき

わたくしの失業保険切れる日もなにも変わらぬ一日である

平穏に職を退きたる過ぎ行jきに解雇を告げし痛みもありぬ


ワイマール、大正デモクラシー、アラブの春、生みおとしたるはいずれも鬼子

テレビ見ずラジオ聴くこと多くなりここに反骨かすかに残る

大学の解体などを唱えしがOB会で校歌うたえり

語りたき死者は語れず語るべく残りし人も老いて去りゆく

国防をまともに論ずることもなくそれを平和とわれら思いき

  「この国」と吾が祖国さえ呼び棄つる気分になりしこの頃のこと

 

独特のユーモア漂う家庭での立ち位置・・・

退職をせしのち日ごとに気楽だが妻には強く出られなくなる

わが妻の絶対的なイノセンスこれは結構怖いものです

わが妻は命の綱だがこっちにも意地があるから偉そうにする

嫁がざる娶らざる子の二人いて血の絶えゆくもよき暑熱かな

ざっくりと包丁入れて父なりき西瓜大きく二つに割けり 

酒煙草のまずギャンブル浮気せず揚げ物ぐらいは好きに喰わせろ

心惹かれる歌・・・最後の歌が特に好き

道端に花と酒とが雨にぬれ吾は知らざる死をすぎゆきぬ

「花は咲く」に罪はなけれど放送に繰り返されれば偽善のかおり

言いたきは言わねばならぬうつむきて口を開きし蛍袋よ

古書店に買いし詩集に赤線が引かれておりぬ死を願う個所

いいたきをいえる仲でも他愛なき言葉にときに深く傷つく

思い返せばあれが最後だったねと人との別れは凡そそうなる

千年の隠れ銀杏のひこばえが千年ののちの空めざしゆく

レプリカの鯨のあおく輝ける冬の晴れ間の上野公園

水族館に生まれて終わる一生のほかは知らずにペンギンの群れ

この世からキタシロサイの消える日も居酒屋与平は満席だろう

moon[1]

十五夜の月は昇りぬロヒンギャの難民キャンプの屋根のうへにも

 

このところ著名人の自殺が続いている。


羨ましいような容姿や若さ、境遇などわたしたちが目にできるのが光の部分とすると、目に見えない影の部分の闇の深度は傍目には到底計り知れないものとつくづく思う。

 

余命が限られていてどんなに足掻いても生きられない人もいる一方、ふと一線を越えてしまう人もいて・・・

 

報道をみるたび、言い知れぬ悔しさや切なさを感じてしまう。

 

 

以前このブログでご紹介した若き歌人・笹井宏之氏と萩原慎一郎氏。

 

それぞれ『えーえんとくちから』と『滑走路』をご紹介しているが、前者は病気のため26歳という若さで旅立ちを余儀なくされ、後者は32歳で自死という道を選ばれた。

 

自ら生きる支えとしていた短歌の集大成としての第一歌集『滑走路』が上梓されることが決まった半年前の自死。

 

NHK全国短歌大会で氏の姿を二度拝見していただけに新聞の片隅の死亡記事に驚いた記憶がある。

 

中高時代の壮絶ないじめが遠因のうつ状態にあったそうだが、社会人となってからも非正規という境遇から容易に抜け出すことのできない葛藤を詠われていた・・・。

 

傍目には輝かしい未来のある健やかそうな若者だったのに。

 

当たり前だけど一度消えた命はもう元には戻らない・・・残念でならないと強く思ってしまう。

 

うす闇に白きゆふがほいまだ青きままにて自死せし友の十月

さて前置きが長くなったが、本日ご紹介する歌集の著者も自死未遂という過去があったのを知って驚いた。

 

こういうのを拝見すると歌というのは情緒を長い文章に含ませることなく端的に事実を述べて余分な湿り気を排除しているところ、いいツールだなぁと改めて思ったりする。

 

けっこう湿った情緒を含ませているわたしが言うのもナンだけど"(-""-)"

 

 

結社「未来」に属する工藤吉生氏の第一歌集。

 

 

世界でいちばんすばらしい俺

工藤吉生氏著『世界で一番すばらしい俺』

 

著者について

1979年千葉県生まれ 仙台市在住
2011年 枡野浩一編『ドラえもん短歌』(小学館)で短歌に興味を持ち、インターネットを中心に短歌を発表し始める
短歌結社「塔」を経て、2015年より「未来」所属
2017年「うしろまえ」(20 首)未来賞受賞
2018年「校舎・飛び降り」(50 首)第8回中城ふみ子賞次席
2018年「この人を追う」(30 首)が第61回短歌研究新人賞受賞
2011年から8年間をかけて詠んだ331首が収録されている。

 

膝蹴りを暗い野原で受けている世界で一番すばらしい俺

校舎から飛び降り、
車にはねられながらも、
ぬらっと生きながらえる。

「おかしないい方になるが、
高度な無力感
が表現されている。」
──穂村弘

「人間性が色濃く表れた作品です。
黒ずみにちょっとかけてみましょうよ。」
──加藤治郎
(短歌研究新人賞選考座談会より)

親子ほどの年齢差がある工藤氏とはもちろん直接の面識も、傾向のちがう歌の接点もまったくないが、氏のブログ「存在しない何かへの憧れに行き当たったことが何度かあるというのが氏との唯一の接点。

余談だがこのブログのタイトルはフォーレの言葉から採ったそう。

〈音楽は存在しない何かへの憧れである〉とフォーレは言った

今年コロナ禍のなか意を決して300首の現代短歌賞に応募するという身の程知らずのチャレンジの最中、その「傾向と対策」を検索中、昨年佳作となった氏の「ぬらっ」を拝見する機会があって・・・。



そんなとき工藤氏と交流があるという歌友RMさんから氏の第一歌集を送ってくださるというメッセージをいただき・・・ありがたくお受けしたという経緯・・・。

RMさん本当にありがとうございました(^^)


さて
14の章立てからなる本書・・・この中に「ぬらっ」も含まれている。

最初に飛び込んできたのが「校舎・飛び降り」50首。

17歳、青春真っただ中での出来事。

高校の音楽部での恋から始まり、告白のあとの絶望&自死未遂・・・読み手としてはまるでジェットコースターのような短絡を感じてしまう・・・その後が綴られている・・・このように書くと未読の方は底なしの暗闇をこれでもかと定型に乗せて詠っているのを想像されると思うが・・・

その通りではあるが、時をかなり経ての振り返りの一連のゆえなのか、元来の俯瞰力のなせる技か、思ったほどの湿り気がない・・・

透明なナイフを自分の胸に刺す、抜く、刺す、もっとだ、もうゆるさない

 

とぶために四階に来てはつなつの明るいベランダに靴を脱ぐ

 

有耶無耶の曖昧模糊をただよってなつかしいなあこの世のからだ

 

なげやりになってしまったオレの持つ槍のひとつに白い答案

 

夏までに秋までに死ぬ卒業までに死ぬ死ぬまでに死ぬ

 

失恋の末の自殺未遂というかっこわるい自分をどうしてもゆるせない、近い将来に死ぬという決心のみを支えにいまを生きている自分を少し離れたところから見つめている自分がいる・・・。

 

のっけからかなり衝撃を受けた連作。

 

次からは17歳からほぼ20年を経過した自分の立ち位置を詠んだ連作が工夫を凝らした章立てとして並んでいる。

 

17歳の春の人生最大の失意をその後の死という解決策を実行しないままずっと抱えながら優柔不断に生きている自分を少し距離を置いたところから自虐的に見つめて描いているが、ここでも俯瞰の力が強くかえって潔ささえ感じてしまう。

 

死にたくて飛びこんだ海で全身を包むみたいに今日を終わらす

 

問題に取り組むよりも問題を忘れることで生きのびてきた

 

「仙台に雪が降る」は氏が現在住んでいる街の光景を背景に氏の心情が詠み込まれている一連。

 

原発NOの立て看や積もった雪で静止した街の様子などが目の前に浮かんできてわたしの好きな章、その中でもこの二首は美しい定型という箱にきちんとおさまり、なおかつ短歌としての巧みさが際立っている歌という印象。

 

こんな歌も詠まれるのだ・・・と勝手に瞠目!

 

祈っても祈りきれない祈りありコップのふちに蠅うずくまる

 

生命を恥じるとりわけ火に触れた指を即座に引っ込めるとき

 

自虐というグローブを両手にはめてひたすらに・・・しかもそのグローブは相手にパンチを喰らわしたり相手のパンチをかわすためのものでなく、あくまでも自分の裡に向けての叱咤のように感じたのはわたしだけだろうか?・・・そしてこれからも長く続く生をぬるっと生きていてほしいというのがわたしの氏への願い。

 

なにをいっているんだ、このおばさんは・・・と言われそうだけど。

 

朝起きた途端に夢はくじかれて強制的な現実のなか

 

オレ以外みんな真面目に生きていて取り残された気のする深夜

 

見たくないものが日に日に増えてくるオレの一人の部屋の消灯

 

いいことはなんにもないけどももいろの花をながめてだましだましだ

 

憎しみを社会に向けてひとに向け自分に向けてそこで落ち着く

 

息子ほどの年齢差はあるが、人生の終盤戦に入ったわたしも見たくないものがどんどん増え、自分への嫌悪感に溺れながら、それでもだましだまし生きている。

 

周りの友人たちもみんな似たり寄ったり・・・がんばって歩きましょう・・・と言いたい、自分にも。

 

最後に・・・

 

61回短歌研究新人賞受賞 おめでとうございます!!


わたしからみれば著者の前にはこれからも果てしない未来が開けていると思う。

 

たゆまず詠いつづけてとエールを送りたい。

 

こんな世の片隅の拙いブログにはきっと目が留まらないだろうと思うけど。


今日ご紹介する本の著者・カン・ハンナさんを知ったのはNHK Eテレ「NHK短歌」の「短歌de胸キュン」コーナー。

 

Eテレで短歌番組があるのを知って、毎週観始めた4年前のこと。

 

最近のことはあまり知らないのですが、当時月一でやっていた「短歌de胸キュン」は若い愛好家のためのものとして、スピードワゴンの井戸田くんや、今は俳句の世界で名人になったフルーツポンチの村上くんなどとともにカン・ハンナさんが歌人の佐伯裕子さんと栗木京子さんのもとで学んでいくというもの。

 

数人のタレントの中では群を抜いているなあと思ったのが村上くんとカンちゃん。

 

今から考えると来日してまだ5年目くらい、角川短歌賞に応募していたのには驚くばかり。

 

その年にぽつぽつ出詠していた歌を2首、NHK短歌で坂井修一選者と伊藤一彦選者にそれぞれ採っていただき、テレビで放映されたときもカンちゃんがアシスタントとしていらっしゃいました。

 

2017年にNHK全国短歌大会で特選をいただき舞台に上がったとき、ジュニアの部の司会をしていたのもたしかカンちゃん。

 

美人で利発で一生懸命さが伝わってくるかわいい方。

 

2016年角川短歌賞佳作入選

2017年角川短歌賞次席入選

2018年角川短歌賞佳作入選

 

角川短歌賞は未発表五十首の新作から選ばれる新人賞。

 

短歌の新人賞の中では権威あるものの一つと歌壇では認識されているものです。

 

故・河野裕子さんも「桜花の記憶」で新人賞をとられたのは有名です。

 

来日5年目で角川短歌賞佳作!@@!


日本と韓国という近くて遠い2つの国の架け橋になりたいという夢を少しでも現実に近づけたいと思うとあとがきにあります。


両国を想う純粋な気持ちがいちばん伝わる場所が短歌だと信じて・・と。


「まだまだです」というタイトルに自分の気持ちを込めたという謙虚でまっすぐなカンちゃん、応援しています!


 

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カン・ハンナ氏著『まだまだです』
 

私らしく生きていくための短歌。                               詠むことで見つめ直す日本での暮らし。                           運命のように出会った短歌が私を変えた。                         私よりも私らしい本当の私が見えてくる。                          韓国から日本に来て8年。                                   角川短歌賞次席を経て堂々デビュー。                            待望の第一歌集

1981年ソウル特別市生まれ

淑明女子大学校卒業後、韓国でニュースキャスター、経済専門チャンネルMCやコラムニスト

元数学オリンピック韓国代表

2011年に来日現在、ホリプロ所属タレント

横浜国立大学大学院都市イノベーション学府博士後期課程に在学中

NHK Eテレ「NHK短歌」レギュラー出演

母国語が韓国語という特殊性を超えて多くの女性が共感する等身大の若い女性の姿が生き生きと描かれていて胸を打ちます。

異国の地で味わう独り暮らしの孤独や母への哀歌、日本での自分の立ち位置に対する不安やちょっとした喜び、恋愛など多岐にわたる内容はまるで小説を読んでいるよう。

ソウルの母に電話ではしゃぐデパ地下のつぶあんおはぎの魅力について

参拝の仕方も知らず日枝神社へ下手な日本語で神様を呼ぶ

空にいる古い木にいる川にいるニッポンの神 アンニョンハセヨ

一ページ読み終えるのに一時間ルビだらけになる『日韓関係史』

「誰よりも優しく賢く産んだのに寂しくさせる子」母がまた言う

オンドルの床じゃないこと朝ごとに揺れるベッドで布団をにぎる

韓国と日本どっちが好きですか聞きくるあなたが好きだと答える

ケータイに斉藤がいて齋藤と齊藤もいる来日六年

読み終えた『異文化理解』の中からは見つけられない日韓の距離

わけもなく横断歩道の白線を踏みたい朝と避けたい夜更け

君待てば綿雲が来る君待てばホオジロが飛ぶ来なくても飛ぶ

 

言えません 言ってしまえば楽だけど口に出したら本音になるので


泣き出していいはずだった灰色の雨に打たれてこじらせた恋

 

日本語の発音のままハングルで記すノートは誰も読めない

 

ハングルを混ぜた短歌に文学は平和であってほしいと願う

 

 

2011年、私は来日する飛行機の中で手帳に夢を書きました。

「日本で本を出版する日が来ますように。。」 

 

日本に来て8年になりました。

そしてこの8年間、本当に色々ありました。

他国で生きていくことはそんなに簡単なことではないということもたくさん実感しました。

でも心の奥には2011年に来日する飛行機の中で書いた夢をずっとずっと抱いていました。

長い旅でした。。

 

そして2019年12月10日。

私の夢が叶います。

 

第一歌集には私の8年間の物語がそのまま入っています。

短歌こそが私ですし、私こそが短歌です。

短歌に出会えて私は本当に良かったと心から思っています。

 

 

yuu0055-009[1]

満月とうさぎのかたちの落雁を食みつつ幼きわたしに還る


お正月のこと。


池田動物園付属のペットショップで見つけた柴の仔犬に目が離せなくなった帰省中の娘。

ついにもらい受けました。

生後5ヵ月のやんちゃ盛りの女の子。

くだもの王国の岡山からということで「もも」と命名。

「ミヒャエル・エンデのモモにも通じるし」と娘。

時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語だったような。

「松谷みよ子のモモもいたよね」とわたし。

「モモちゃん」シリーズ、小さいころ読んでもらった記憶のある方いらっしゃると思います。

そんな2人のモモちゃんに名前を託した娘のモモは連れ帰るための新幹線で大暴れしてドギーバッグから飛び出したそう( ;∀;)

車掌さんに叱られ、周囲の突き刺さる視線に耐え切れず、抱っこしたまま座席を離れデッキで時間をやり過ごして泣きそうだったと娘。

いまでは体重も1.5kgほど増えて娘をてんてこ舞いさせているようです。

2020年1月モモ1
22020年1月モモ

娘から
lineに送られる「モモちゃん通信」が日々の愉しみに加わりました。

 

02081097_1[1]

メイ・サートン氏著『一日一日が旅だから』
 

私から年齢を奪わないでください。                    働いて、ようやく手に入れたのですから――                 『独り居の日記』『夢見つつ深く植えよ』など、老いること・独りで暮らすことの豊かな意味を教えてくれたサートン。                         一晩で変化する季節、ゆたかで厳しい孤独、老年という地図のない冒険…。            生涯のさまざまな時期における詩人サートンのこころの歌を、500篇をはるかに超える詩作から選んだ詞花集

 




本書
1939年から1994年にかけて発表されたメイ・サートン氏の500以上の詩から訳者・武田尚子氏の好きな作品をピックアップした22篇の詩集です。

 
ある時期からレズビアンであることを公表していたサートン。

その相手ともやがて別れのときは来て独りのままの生涯を閉じたのでした。

 
22篇の小さな詩集ですが、サートンの捉えた視線の先には花や鳥などのやわらかい自然、そして肉親の死などの景色が広がっています。

 

黒い文字列のあいだからさまざまな色が浮かび上がるような作品。

 

研ぎ澄まされた観察力は年を重ねるごとに豊かさを増していったかのよう。

 

作品の行間からあふれる独りの孤独や親しい人との別れの哀しみが胸に迫ります。

 

 
訳者あとがきによれば、500篇をはるかに超えるメイの詩作のごく一端であるという22篇。

 

メイの代表作というより、ほぼ十年もメイの作品に関わってきた翻訳者の、好きな作品から選出したということらしい。

 

きっと詩の訳という道程は難行の道だったでしょう。

 

「詩の翻訳で失われるもの、それは詩そのものだ」というロバート・フロストの厳しい言葉を挙げて、その作業の苦しみを著していらっしゃいます。

 

最後にわたしの心に響いた詩を二篇。


 
「一杯の水」

 

ここにあるのは 井戸から汲んだ一杯の水

舌にのせれば 石と木の根と 土と雨のあじわい

わが最上の宝もの 唯一の魔法

きらりと冷たく シャンパンよりも貴い

いつの日か 名も知らぬ人がこの家に立ち寄り

この水に癒されて 旅路をつづけることもあるか

いつかのわたしのように 暗い混沌に沈む誰かが。

コップ一杯の鮮烈な水を 飲み干したあのとき

にがい思いにまたもや 心を曇らせていたわたしに

透明な活力が 生気を返してくれたように

 

 

「新しい地形」

 

老年とは

未知の世界の探訪

そう考えれば

なんとか受け入れられる

挫折感は道づれ

くよくよしてはいられない

笑うことは命綱

めがねを冷蔵庫で見つけるのも一興なら

椅子から立つために

意志の力をふりしぼるのも

階段を昇るなら

まず深呼吸をして

エヴェレスト登山の覚悟をきめるのも。

とはいえ

とっておきの愉しみもある

微動だにせずに半時間

わたしはひっそりと

座りつづけていられる

まるで植物になったみたいに

刻々と うつろう光を追いながら。

 

一日一日が旅だから

家はわたしの奥の細道

上り下りの坂があり

遠回りする小道もある

夕食のテーブルはおごそかに

儀式のようにしつらえて

花には水を欠かさない

ひとつひとつが大事なつとめ

わたしの心の砂時計で

きちんと図ってあるとおり。

 

そうして体を横たえれば

ひたひたとよせる追憶が

わたしの時間をみたしてゆく

八十年の生涯を

どんなにたっぷり生きてきたか

思えばめまいをおぼえるほど

追憶はあまさず心に生きている

変化してやまない大海原

その満ちる潮 また引く潮

 

ニネット・ド・ヴァロアが

詩に詠んだことばが いまわかる

「いのちは生きるだけじゃない

感じることです より深く」

詩人はこのとき九十四歳。

この旅では

これまでとちがい

わたしは 地形を学んでいる

魅力はある でも

なんとも 奇妙きわまる。

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