VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

PVアクセスランキング にほんブログ村

カテゴリ: た行ー その他

昨夜の晩ごはんは北から南の海鮮づくし。

 

羽田魚市場


毛ガニとワカサギの醤油づけ、はまぐりの酒蒸し、そして沖縄モズク。

 

次男が送ってくれた羽田魚市場直送の海産物。

 

「カンブリア宮殿」で観ておいしそうだから送ってくれたという。

 

「カンブリア宮殿」観てくれてありがとう

おいしかった!


毛ガニといえば北海道の思い出。

今まで何度も北海道には行っていますが、いちばん最初に行ったのは学生時代。

バックパックを背負って同好会の仲間5人で2週間ほどかけて巡った学生時代の旅。

ユースホステルをはしごした貧乏旅行。

夜にはペアレントのギター伴奏で流行りたての〈知床旅情〉をみんなで唱和したり・・・。

その頃の北海道といえば、今では考えられないほど素朴だったところ。

信じられないほどの列車での長旅。

道端でおばあさんが茹でた毛ガニを売っていて・・・貧乏学生にも買えた値段。

新聞紙に包んで近くの道端で食べた思い出があります。

それがはじめての毛ガニ、おいしかった(^^♪

もっともその頃は何でもおいしかった・・・。

思えば遠くに来たもんだ・・・今の立ち位置のお話。

半世紀以上前の思い出です。

 

 



とにかくとにかく

さて本日は
津村記久子氏著『とにかくうちに帰ります』 



うちに帰りたい。切ないぐらいに、恋をするように、うちに帰りたい――。職場のおじさんに文房具を返してもらえない時。微妙な成績のフィギュアスケート選手を応援する時。そして、豪雨で交通手段を失った日、長い長い橋をわたって家に向かう時。それぞれの瞬間がはらむ悲哀と矜持、小さなぶつかり合いと結びつきを丹念に綴って、働き・悩み・歩き続ける人の共感を呼びさます六篇(「BOOK」データベースより)

 

著者について

1978年大阪市生まれ

2005年マンイーター』(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞

2008年『カソウスキの行方』で第138回芥川賞候補

2008年『婚礼、葬礼、その他』で第139回芥川賞候補

2008年ミュージック・ブレス・ユー!!で野間文芸新人賞

2009年ポトスライムの舟140回芥川賞

 

2011年ワーカーズ・ダイジェストで織田作之助賞受賞

 

2013年『給水塔と亀』で第39回川端康成賞

 

2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞

 

2017年『浮遊霊ブラジル』で第27回紫式部賞

 

2017年『アレグリアとは仕事はできない』で第13回酒飲み書店員大賞受賞


著者とサラリーマン生活は切り離せないので、そこのところを少し・・・。


2000年新卒で入社した会社で上司からパワハラを受け、10か月で退社後、2001年に転職。


大学在学中から小説を書いていた著者は、
2005年に『マンイーター』で太宰治賞や2009年に『ポトスライムの舟』で芥川賞を受賞したあとも兼業作家として小説を執筆していましたが、2012年についに10年半勤めていた会社を退職、専業作家になりました。


それ以前もそこからの活躍ぶりもご存じのとおり。


著者が力を発揮するのは何といっても
10年半の会社員生活を舞台にしたもの。


本書もそんなオフィスでの小さな小さな出来事を著者特有の目線で救い上げたような作品。


会社員を経験した人なら思い当たること満載の細かいまでの人物描写、心理描写が出てきて完璧に津村ワールドに嵌ってしまうこと請け合い。


マニアックな可笑しさをそこはかとなく醸し出す描写力の鋭さに脱帽。


津村作品を未読の方はこの独特のワールドをお楽しみください。


サラリーマン現役の方も元サラリーマンの方も、きっとツボに嵌りますよ。

このコロナ禍、どのくらい広がれば収束するのだろうか、というような勢い。

 

世界中でワクチン開発を競っていて、第相試験がもうすぐ、というところもあるようですが、一方罹患して免疫を獲得しても長くて3ヵ月ほどしか持たないという検証結果も出ているようです。

 

そして陰性になったのちもずっと体調不良が続くというのもこの新型ウイルスの特徴とか。

 

一筋縄ではいかない新型コロナウイルス。


死亡率が低いとはいえ、免疫系が弱まっている高齢者などは死と隣り合わせの流行病。 


昨日の新聞に免疫学専門の宮坂昌之氏が免疫の仕組みについてわかりやすく記していらっしゃいました。

 

わたしたちは単純に「抗体イコール免疫」というふうに考えてしまいますが、新型コロナウイルスの抗体は免疫の中であまり大きな役割を担っていないという。

 

快復した人の3分の1は抗体をほとんど持ってないという研究結果もあるそうです。

 

ということは罹患して快復しても場合によっては何度でも罹患するということ?

 

宮坂氏曰く、人体の免疫機構は考えているより重層的・・・「自然免疫」「獲得免疫」の二段構えになっているそうです。

 

まず皮膚や粘膜のバリアーが病原体の侵入を防ぎます。

 

そこを突破しても白血球の一種の〈マクロファージ〉が病原体を食べてくれるという・・・ここまでが「自然免疫」

 

この自然免疫が強い人はそれだけでウイルスを撃退できるといいます。

 

以前秋本治氏の『こち亀』を読んでいて、たしか両さんがそうだったような(笑)

 

次にこの自然免疫で排除できない場合は、「獲得免疫」の出番。

 

発動までに時間がかかるものの、司令塔である〈ヘルパーTリンパ球〉Bリンパ球〉に指令を出すと、Bリンパ球〉は抗体を作ってウイルスを殺し、〈ヘルパーTリンパ球〉〈キラーTリンパ球〉に指示すれば〈キラーTリンパ球〉はウイルスに感染した細胞を殺すという・・・わたしたちの体には幾重にもバリアーが張り巡らされているというわけです。

 

また抗体には「善玉抗体」「悪玉抗体」「役なし抗体」の3種の抗体があり、罹患者の体の中で善玉抗体がたくさんできていればウイルスを撃退する機能が強く軽症ですむという。

 

自己免疫系疾患があるわたしは日ごろから暴走する免疫を抑える免疫抑制剤を服用していてBリンパ球〉などの働きを抑えているので外部から入ってくる細菌やウイルスを撃退する力が弱く、ウイルスが侵入すればすぐに白旗を揚げそう( ;∀;)

 

現在抗がん剤治療をしている人、糖尿病の人、腎臓病の人などにも同じことがいえます。

 

一定以上の高齢者に死亡率が高いのは持病を持った人が多く、高齢者ほど免疫系の指示系統も戦士も弱小軍団という摂理のせいでもあります。

 

こうしてみると免疫学は掘り下げれば掘り下げるほど奥が深く興味深い分野。

 

本日ご紹介するわたしたちの体の中で日夜働いてくれているこの免疫のシステムについて素人のわたしたちにもわかりやすく解説してくれている本です。


免疫の意味論
多田富雄氏著『免疫の意味論』

「非自己」から「自己」を区別して、個体のアイデンティティを決定する免疫。臓器移植、アレルギー、エイズなどの社会的問題との関わりのなかで、「自己」の成立、崩壊のあとをたどり、個体の生命を問う(「BOOK」データベースより)

 



このコロナ禍の中で〈免疫〉という言葉がクローズアップされている昨今、再び本書が読み返されているようです。

 




文化人類学者の青木保氏は本書を再読して次のように語っていらっしゃいます。

 

「多田さんには、生命体の原理が、世界で起きている難題の解決のヒントになるという考えがあった。

例えば、排除ばかりだと、自己が崩壊するという現象。

免疫も民族紛争も生命現象に変わりなく、単なる比喩ではない。

新型コロナの問題もそうですが、いまや生命体としての人類が、差別や排除でなく、寛容と抑制の思想で対応すべきだと再読して改めて思いました」



さて1993年に刊行され、第20回大佛次郎賞受賞作である本書は「現代思想」で12回連載されたものを1冊にまとめたものです。

自己と非自己の識別という重要な免疫系の役割なしには私たちの健康が保てないことを通して知るすばらしい自然のメカニズムには驚異を感じるほどです。

2001年に脳梗塞で半身不随となったあとの多田氏は失った声や半身の機能回復のため持ち前の不屈の精神でリハビリを続けながら、鶴見和子氏や柳澤桂子氏との往復書簡を刊行したり、能舞台の作家としても活躍されました。


2006年には厚労省が打ち出したリハビリの短期打ち切り制度に反対して度々新聞紙上などに登場していらっしゃいますが、この度も後遺症と闘いながら左手だけで打ったパソコンで次のような文を書いていらっしゃいました。

「このごろ、私はこの国の行方を深く憂えています。
ひと言で言えば、私には国自身が病んでいるように思えます・・・
最近は、暮らしの原理ともいえる憲法を改正する国民投票法が強行採決されても、文句も出ないし、デモらしいデモも起こらない・・・
一昨年4月から施行されたリハビリの日数制限、そして今年始まった後期高齢者医療制度など、市場原理主義にもとづく残酷な「棄民法」としかいいようがありません。
日本はいつからこんな冷たい国になってしまったのでしょう。
病にかかっているとしか見えません」


第一級の障害者となられた多田氏の言葉の重み。

 

今ご存命ならこの状況を多田氏はどのように発信されるでしょうか?


本書を開くと門外漢には何だかとっつきにくいイメージのフレーズが並んでいますが、人類の普遍的な問いである「自分とは何か」への細胞学的なアプローチ、古代ギリシャの哲人たちの自己への哲学的考察と両輪をなすといっても過言ではないでしょう。


免疫学上のすばらしいバランスによって存在する「自己」を免疫学者である著者が哲学的洞察も含めてわかりやすく解説してくれているお勧めの書です。


「免疫」という言葉から連想されるものといえば、天然痘などのように人間や家畜が1度伝染病にかかれば、2度とかからなくなる現象を思い浮かべるでしょう。

いわゆる「二度なし現象」といわれるもので、これをヒントに種々のワクチンが作られ、人類の生存率アップに貢献しています。

それから時を経て、「免疫」はウイルスや細菌以外の異物に対しても反応し、「自己」と「非自己」を認識することが明らかになりました。

その後更に、異物を「非自己」と認識して排除するだけではなく、「非自己」の姿をした「自己」に対しても攻撃するという複雑なシステムが解明されました。

このように秩序だったシステムのバランスが崩れ、「自己」に向かって攻撃することによってわたしの持病でもある膠原病を代表する一連の自己免疫疾患となります。

また現代病といわれるアレルギー疾患は本来なら私たちにとって無害であるはずの花粉などのアレルゲンに対して免疫細胞が過剰な反応を起こすことから発症するものですね。


12章からなる本書の中ほどでこれら疾病と免疫の関係が詳しく述べられていますが、興味を引くのは「『自己』とは何か」という問いかけに対するアプローチに言及した第一章「脳の『自己』と身体の『自己』」と第二章「免疫の『自己』中心性 胸腺と免疫の内部世界」です。

第一章では、「『自己』と『非自己』を識別するのは脳ではなく免疫系である」という主幹を例を挙げて説明しています。

ニワトリにウズラの脳を移植する実験で、ニワトリの免疫系がウズラ由来の神経細胞を「非自己」の異物と判断し、排除するためしばらくたつとニワトリは死に至るそうです。

これによって、精神的な「自己」を支配する脳がもう1つの「自己」を支配する免疫系により排除されてしまうことが証明できるそうです。


また第二章に登場する「胸腺」の働きはとても興味深いものです。

胸腺はその働きが10歳代をトップとして徐々にダウンし、70~80歳ではほとんど老化によりゼロになるといわれていますが、約2兆個のリンパ球系細胞の70%を占めるT細胞が骨髄から未熟な状態で出てきて「胸腺」にたどり着き、そこで成熟した一人前のT細胞になるという重要な場所だそうです。

再び横道に逸れますが、虐待を受け続けていた幼児の胸腺が縮みきっていたという解剖後の所見を見たとき、その痛々しさに胸を衝かれたのを覚えています。


まさにこころと体は一体である、ということの証。

一昔前までは働きが定かではなかった胸腺ですが、老化の鍵を握る大切な臓器、大量にたどり着いた未熟な
T細胞のわずか3%が「非自己」と反応しうる選ばれた成熟T細胞となって胸腺から旅立ちます。


厳しい選別の末、一人前のエリートが誕生する瞬間です。

でもこのようなエリートT細胞が直接「非自己」を発見するわけではないようです。

血液中に異物が見つかるとまずマクロファージが取り込み、その断片をヘルパーT細胞にささげるように提示しますが、それをヘルパーT細胞が「非自己」と認めたときのみサイトカインという化学物質を出して、キラーT細胞マクロファージなどを元気づけ、非自己の異物を捕獲するための攻撃へと発展していくそうです。

なんとメカニックかつ神秘的な連携プレーでしょう!

まさにスーパーシステムというフレーズがぴったりですね。

免疫の不思議の極めつけは「妊娠」におけるものです。

半分は母親、後の半分は父親に由来する胎児は母親にとっては半分が「非自己」となり、原理から考えると母親の免疫細胞によって攻撃される対象となります。

でもほとんどの胎児は母親の子宮の中で無事に育ちます。

それは胎児が自分の目印であるクラスTMHCというタンパク質をまるごと隠したり、母親の免疫細胞を邪魔する物質を放出することによって母親のキラーT細胞の攻撃を免れるというシステムがあるからだそうです。

数え上げればきりがないほどの精巧なメカニズムの恩恵で「私」が「私」でいられることに気づかせてくれた貴重な本だといえます。

 

コロナ禍の報道に登場するキーワード〈免疫〉について興味ある方、また自分探しの迷路の中で悩んでいる方々にもぜひおすすめの一冊です。

 

5つ。

今もNY大学リハビリテーション研究所の壁に掛けられているという詩。

 

ある重病の名もない青年が詠んだものだそうです。


大きな事をなし遂げるために
力を与えてほしいと神に求めたのに
謙虚を学ぶようにと弱さを授かった

より偉大なことが出来るようにと健康を求めたのに
より良きことができるようにと病弱を与えられた

幸せになろうとして富を求めたのに
賢明であるようにと貧困を授かった

世の人の称賛を得ようとして成功を求めたのに
得意にならないようにと失敗を授かった

求めた物は一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた

神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
心の中で言い表せないものは全て叶えられた
私はあらゆる人の中で最も豊かに祝福されていたのだ

 

初めてこの詩を目にしたとき、信仰の力のすごさに言葉を失いました。

 

わたしはといえば今も無信仰ですが、今までにクリスチャンになろうとしたことが2度あります。

 

一度目は学生時代。

 

プロテスタントの三浦綾子さんの生き方に感銘を受けてのめり込んだ時期があります。

 

聖書を読む会に何度か通いましたが、途中で挫折。

 

2度目は30代に入って電話相談のボランティアに関わるようになってから。

 

勉強会でお世話になっていたある大学のチャプレンに何度か手を引かれ教会に通いましたが、やはり挫折・・・挫折といっていいのか・・・理由はいろいろありますが、聖書の内容をどうしても受け入れることができなかったというのが主な理由。

 

 

新型コロナが猛威を振るっているイタリアで、危篤に陥った感染者らの臨終の際、祝福を与えた聖職者の方々が次々と命を落とされているというニュースが流れていました。

イタリア北部ロンバルディア州ベルガモ県の病院で息を引き取ったジュゼッペ・ベラルデッリ神父(72歳)もそのおひとり。

ご自分が重篤な病状になり、使用していた人工呼吸器を、自分よりも若い新型コロナ・ウイルス患者に譲って静かに息を引き取られたそうです。

 

確固たる信仰を持つということはこういうことなんだ、と深く心に刻まれた出来事の一つでした。

 





41ZlOpGylZL._SX340_BO1,204,203,200_[1]
さて今回は
藤堂志津子氏著『気ままな娘とわがままな母』のレビューを少し。



インテリアデザイナーの沙良、36歳は、母の駒子61歳とふたり暮らし。                「あなたが心配だから」という名目のもと、チャンスさえあれば、娘を支配したくてたまらない母。                                                善意がベースとわかってはいるものの、母の言葉に、嫉妬心やライバル心を感じることがある。                                            家賃はなし、家事もすべてお任せという夢のような環境と干渉を天秤にかける娘。             
結婚のこと、老後のこと、娘と母の思惑は錯綜する

 

少子化晩婚化の昨今、どこにでもいそうな母娘の物語。

主人公・沙良は37歳独身キャリアウーマン。

 

62歳の 駒子と実家で2人暮らしをしていて家事一切母任せ。

 

仕事にも恋愛にも干渉し支配したがる駒子に辟易しながらも駒子の示唆を受け容れる沙良

 

根底に流れる母娘の信頼関係を軸に日々の一コマ一コマが絶妙の母娘の会話を通して語られていてほほえましい内容。

 


私自身は母の立場ですが、うっとおしいだろうな、という娘の心情にも共感大。

 

いっぱしのサラリーウーマンの娘はわたしのことを世間知らずの箱入り主婦と思っているフシがあるのを日頃の言動の端々に感じられることがしばしばあって・・・

何をエラそうに・・・なんてちょっとムッとしたり"(-""-)"

過ぎし日を想へば温しおみやげがどんぐりでよかつた吾子の幼日


またいまは亡き母が元気だったころ、すでに大の大人であったわたしのことをまるで社会にデビューしていないおぼつかない子どものように心配していたのをやっかいに思ったことも数えきれないほど。

 

独立して久しい子どもたちとは離れて暮らしていますが、もし同居していたら身近に起きそうなことばかり、相手が息子では遠慮もあり、こうはいかないだろうなと思いながら興味深く読了。

 

気楽に読めた一冊でした(^^♪

いま病院の無菌室で白血病と闘っている友人。

 

ちょうど2クール目の抗がん剤治療を終えたところ。

 

聞きしに勝る壮絶な副作用の吐き気、ふらつきで転倒、何度も輸血。

 


お見舞いに行ったとき顔面全体が内出血でひどいことになっていました。

 

見ているだけで胸がつぶれそう。

 

吐き気で受けつけないのに加えて食事制限があるなか、なにか少しでも食べられるものはないかと頭を巡らせて飲み物やゼリー、アイスクリームなど持っていきましたが、面会は無菌室のガラス扉を隔ててのみ。

 

無菌室のガラス隔てて向かひ合ひガッツポーズを交はしぬ 友と

 

その後やっと吐き気もやわらぎ、生ものなどの食事制限も解かれていてほっと一息。

 

差し入れの海鮮寿司やあれこれ見繕って持っていったおかずもおいしく食べてくれたようで嬉しい♪

 


病院の規則か、抗がん剤1クール終わってしばらくののちの
2クール目直前に白血球の数値を見計らって一時帰宅するようになっているそう。

 

4,5日間。

 

帰っても家族のいない友人のことを思うと切ない。

 

その合間を縫って昨夜会いにきてくれてびっくり。

 

律儀誠実を絵に描いたような友人に胸を衝かれてしまいます。

 

今日はまた無菌室に戻り、治療再開するとのこと。

 

ただ元気になってと祈るばかりです。

 

 

 



41MEA3ymKUL._SL500_[1]
さて今日は徳永進氏著『人あかり 死のそばで』のレビューです。


 

死のそばで働き続けることが、いつまで可能なことなのかは分からない。            でも死は知っていて、そばで働く者にしか自分のすべてを開示しない、というようなところがある。     だからなるべく死のそばにいて、その深さを見つめてみたい

 



著者について


1948年鳥取県生まれ

1974年京都大学医学部卒業後、鳥取赤十字病院の内科医

1982年『死の中の笑み』で講談社ノンフィクション賞受賞

2001年「野の花診療所」開院

 


終末医療の専門家として「死」というものにどのように向き合うかを命題に講演活動をしていらっしゃるのでご存知の方も多いと思います。

 


朝日新聞に連載中の「野の花あったか話」のファンであるわたしは一度講演に行きたいと思っていますが、当地・瀬戸内市の邑久町から大橋を渡ったところにある長島愛生園であった講演会にも応募したものの外れて機会を逃してしまいました。

 

長島愛生園と徳永氏の繋がりはとても深く、本書によると京都大学在学中からと知って驚きました。

 


「野の花あったか話」のコラムを読んでいつも感じるのはそのざっくばらんなお人柄。

 

文章は決して理路整然としているわけではありませんが、独特の間合いから立ち上ってくるやさしさにいつも癒されています。

 


2001年に開院された
「野の花診療所」は末期がんなどで余命が限られた人へのホスピスケアを担う病院

翌年春に自宅で最期を迎えたい人やその家族を支える「在宅ホスピス」開始されての現在だという

新聞連載の「野の花あったか話」ではそんな日常の延長上にあって、しかもそれぞれ個々の人々の特別な死が著者独特の口調で語られていてあったかさが伝わってきます。

 

さて2004年発行という本書は著者がまだ日赤病院に勤務しておられたときとそれ以後開院されたときのさまざまな死と向き合った経験や幼いころや学生時代の思い出などがエッセイ風に綴られているもの。

著者の医師としての人生に大きな影響を与えたという幼少期の友の死から始まって、多くの患者の死のひとつひとつに向き合った著者ならではの作品。

 

 

中でもある患者の死の淵で最善の治療ができなかったことを記した「カキヅライ」は著者の医師としての逃れようのない悔悟が全文カタカナの中にあふれていて胸を衝きます。

 

医療は人間のやること、誤診は当然起こることと承知していますが、この医師の手による誤診だったら受け入れようと思わせる医師との出会いは終生の友との出会いと同等にすばらしい宝物です。

 

そして最後のエピローグでは・・・

家での死は、いくつものすばらしさがある。

自由であるということ、なじみがあるということ、日常生活が続けられるということ、一人ひとりの個性が映えるということ、近所の仲間がいるということ、どんなに立派なホスピスの特別室も住み慣れた長屋の一部屋に勝てない

 

 

在宅ホスピスの医師ならではの貴重な示唆です。

 

 


わたしの母も晩年入退院を繰り返した経験から最晩年は自宅での最期を強く望み、以後どんな病気になっても20年ほどを自宅で家族や訪問医と訪問看護師の方々やヘルパーさんたちに支えられて最期を迎えました。

 

 

最後にわたしがWeb上の短歌教室でご一緒に学んでいる歌友のおひとりであられる中村幸夫氏をご紹介して終わりとしたいと思います。

 

 

岩手県滝沢市にある「介護老人保健施設カルモナ」の施設長をしていらっしゃる中村幸夫氏は一年ほど前より歌会に参加されて老人医療現場の最前線よりさまざまな問題を内包した短歌を詠んでいらっしゃいます。

 

 

例えば、病後や食事がとり難くなられた高齢者への胃瘻への警告・・・最後まで口で食べることの大切さ、人間として自分らしく生を全うする手助けをするにはどうすればよいかなど日々医療現場で模索していらっしゃるすばらしい医師であられるということが短歌やコメントなどからわたしの胸に伝わってきます。

「死に場所を選ぶことさへ難き今 在宅ケアの体制急げ」(中村氏作)

徳永氏と同様、中村氏のような医師がわたしたちの知らないところでがんばってくださっていると信じられることはわたしにとって宝物のような支えです。

ありがとうございます、と心のなかで繰り返しお礼を言っています。

先日スーパーに行ったらお菓子コーナーにこれIMG_3657

ひとつだけぽつんと置かれていました。

迷わず買って帰って味見・・・七味風味ののしするめのような感じ。

材料は鱈のようです。

ついつい手が出るくせになる味(^.^)

また見つけ次第買い置きしなくちゃ。

 

 

5166eA0GHeL._SL500_[1]

さて今日は知念実希人氏著『ひとつむぎの手』のレビューを少し。


人として一番大切なものは何か。若き心臓外科医に課された困難を極めるミッション。

医療ミステリーの旗手が挑むヒューマンドラマ」 



著者について・・・


1978年沖縄生まれ

東京慈恵医科大学卒、日本内科学会認定医

2011年『レゾン・デートル』(のちに『誰がための刃』に改題)でばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞

2014年『仮面病棟』

2018年『崩れる脳を抱きしめて』が2018年本屋大賞ノミネート

2019年『ひとつむぎの手』が本屋大賞8位



初読みの作家さん。


主人公は純生会医科大学附属病院の心臓外科医局に入局して9年目の医師・平良祐介。


ここ数年、医局員の減少に悩まされ、少数の医師の肩に膨大な仕事量がのしかかるため、ハードワークに耐え切れずさらに医局員が去るという悪循環に陥っている心臓外科。



一流の心臓外科医になるため苛酷な職場で日夜をがむしゃらに耐え働いてきた主人公に教授から与えられたミッション。

 

それはこのブラックな職場に3名の研修医のうち最低2名を入局させるということ。

 

もし達成できたら見返りとして心臓外科手術が盛んな関連病院への出向、もし2名の入局が叶わなければ心臓手術のない沖縄の病院へ島流しという・・・ほのめかし。

 

一筋縄ではいかない個性豊かな新人類の3名の研修医に振り回される真面目で立ち回りの祐介。そのうち祐介の患者に対峙するときのゆるぎない誠実さに徐々に研修医たちの心が開き、良好な関係が築かれていく過程で、心臓外科のトップで日本有数の執刀医である赤石主任教授の地位を揺るがす怪文書が流れてきて・・・


怪文書の犯人探しというミステリー要素を加えて、物語は予定調和を少し外れて二転三転と展開。


あくまでも医師というものはどうあるべきか、ということを自問自答する力のある主人公・祐介のイメージを崩すことなくラストへ着地。


現実にこんな医師がいたら頼もしいな、と思わせる人物造形。


現役の医師ならではの目線からの作品。


海堂尊や日下部羊、箒木蓬生、南木佳士などとはちがったテイストの、というよりごくごく当たり前の医学界を描いているという印象の作家さん。


「患者のために的確な治療をするのが医者ですから、決して感情的になってはいけないんです。
僕が研修医だったときも、現場で何百人もの死を見ました。
救急外来では、一日に二、三人の心肺停止の方が運ばれてくることもありましたしね。
それだけ実際に死を目にしてきても、小説としての描き方は難しいですね・・・
担当医として、診断からずっと診てきた患者さんの死は特に忘れられないものがあります。
でも、悲しむのは家族の権利。
医師はその悲しみを飲み込むしかないんです。
一日一日を無駄にしてはいけない、と気づかされたのも、研修医時代です。
後悔のないよう、ダラダラ生きてはいけない。
たくさんの死を見たからこそ、そう学ばせていただきました」

b1d95f99.jpg

夫は寒がり

私は暑がり

体感温度がここまでというほど差があるのでなかなか折り合いのつけられない夏と冬。


いままさに激突の夏に突入。


寝室を同じくしているので困ってしまう。



ここに引っ越してベッドの位置を決めるとき、私の主張はなぜだか受け入れられず風通しのよい窓側が夫のベッドとなった6年前。



どうしても窓側にしたい何かが夫にあったのか・・・。

その横に入り口もあるので、出入りしやすいと思ったのか・・・。


よくわからないけど、窓の真上にあるエアコンの冷気の角度まで指摘して奥側のベッドが私に最適という。


結局風の通らない奥が私のベッド位置となりました。



世の中は強く主張するもの勝ち・・・結婚以来のわが家の図式も同じ。



まあいいやとついついのみ込んでしまう私を事なかれ主義と周りは言うけど・・・私は何でも平和におさめたい。



折衷案として最近ちょくちょく別の部屋に避難しています。







さて今回は寺田寅彦氏著『天災と日本人 寺田寅彦随筆選』のご紹介を少し。 


「地震列島日本に暮らす我々はいかに自然と向き合うべきか――。
災害に対する備えの大切さ、科学と政治の役割、日本人の自然観など、いまなお多くの示唆を与える寺田寅彦の名随筆を編んだ傑作選。
解説/編・山折哲雄」


私の中の寺田寅彦氏といえば・・・


熊本の第五高等学校生だったとき、英語教師として赴任した夏目漱石と出会い俳句を中心とする文学の師と仰ぎ、その後東京帝国大学生となって上京してからは漱石主宰の俳句結社の同人で、漱石の自宅で開かれていた「木曜会」の主力取り巻きメンバーの一人として生涯漱石を慕った門下生。


『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルともなった人として認識。


しかし・・・本職は著名な地震学者。


本書はそんな著者の本職からの真摯なアプローチ。


9篇からなる随筆ですが、どれも自然災害に関するもの。


関東大震災や室戸台風の甚大な被害を受けたのちの昭和8年から昭和10年にかけて発表されたもののようです。


随筆の腕もすばらしい。


その鋭い考察は、地震列島に生きる私たちへ、今なお新鮮な衝撃を与え続けている。日本固有の自然風土と科学技術のあり方を問う「日本人の自然観」、災害に対する備えの大切さを説く「天災と国防」、科学を政治の血肉にしなければ日本の発展はないと訴える「政治と科学」ほか、日本人への深い提言が詰まった傑作選



長い時を経て日本列島に築かれた文明の本質を自然科学と人文学の両面から明らかにした名著です。


「文明が発展すると過去の災害被害を忘れてしまう」

「自然は過去の習慣に忠実である。
地震や津波は新思想の流行等には一切構わず、頑固に、執念深くやってくるのである」

「科学の法則とは畢竟『自然の覚え書き』である。
自然ほど伝統に忠実なものはないのである」


当時でさえ江戸時代の地震の記憶を忘れ、海沿いに家を建ててしまったために甚大な被害を出した明治三陸地震を初め、関東大震災、昭和三陸地震を通してよりよい防災のあり方を指摘している本書。



文明が進むほど天災による被害は拡大する傾向があるということを踏まえて日ごろから備えをしっかりしなければならないと説く著者がもし福島第一原発での惨状を目にしていたらどのように思ったか・・・


人間の愚かさにきっと怒りを通り越して呆れておられることでしょう。



地形的にも日本は地震や火山の噴火、台風などの抗いようのない天災が周期的に起こることを前提として生きていかなくてはならないということを本書を通してあらためて思います。


「天災は忘れた頃にやってくる」


驚くほど現在の日本の現状にフィットする名著です。

一読を。

↑このページのトップヘ