VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 有吉佐和子

たくさんアップする予定の作品が溜まっているのに体力気力がなくてぐうたらな日を過ごしています。

短歌だけは気に染まない歌ながらほぼ毎日一首提出していますけど。

何かをやろうという気が起こらない。

すべてを取り払っても料理だけは残ると思っていたのにどうしても手の込んだものを作る気になれず・・・。

夫の健康を預かっているのでいけないと思いながら。

キッチン男子となった夫の手を借りながら暮らしています。


手術後持病の定期的な通院があったので、加薬について相談しましたが、手術直後なので見合わせましょう、ということで次回まで延ばすことになりました。

1ヵ月後の加薬してもそれが効いたと体感できるのは数ヶ月後と思うと何だか険しい道のりです。

今までもこういう状態はあったのに今回はなぜか打ちのめされています。


何か楽しみを見出さなければ!






さて今回は古いところで有吉佐和子氏著『断弦』をご紹介します。


「大検校菊沢寿久が守ってきた、深く寂しく強靱な生命力を底に流す地唄の世界。
継承者として期待された娘の邦枝は、偉大な父に背いて日系二世の男と結婚、渡米する。
古き伝統の闇と新旧世代の断絶、親子の確執を描くデビュー作「地唄」を収録した初の長編小説。
若き有吉佐和子の圧倒的筆力と完成度の高さに酔う!」


著者の没後30年を記念して名著復刊版として2014年に刊行されたものです。


地唄の名人である盲目の父親と、アメリカに渡った娘との凄まじい愛情の確執、芸へのひたむきさを描いた著者初の記念的長編。


著者23歳のときの書き下ろし長編ということですが、円熟味が半端ない完成度の高い筆運びに驚きます。


本書は第一章から第五章までの構成、第二章の「地唄」は著者の代表作として有名、昔読んだ記憶があり、それぞれの章は独立して成り立っていますが、第五章までをまとめてひとつの物語となっています。


主人公は地唄の大検校・盲目の菊沢寿久と一人娘・邦枝。

手塩にかけ後継者として育てた娘・邦枝が米国籍の二世と結婚することで激高、親子の断絶を言い渡した父と娘の葛藤が中心となっています。


伝統の中から新しいものが生まれるのを許さないところからくる断絶。

大検校菊沢寿久が命を削って護ってきた古典的な作品の世界は頼みにしていた娘にも期待をかけていた弟子の菊守光也にも背かれた形で継承が危ぶまれます。


「弟子に、人間に、愛想を尽かして、伝える気を失っていた古曲三千を、正確な記憶力を持つ機械を相手に、今、大検校は彼の芸と技のあるだけを披瀝しようとしているのだった・・・死後、そのテープを手懸かりに、彼の芸を発展させる者が現れるかどうか・・・大検校は考えなかった」

そういう闇の状態の中、突如表われた新人類ともいうべき若い瑠璃子。

この伝統の重を特に深く感じることのない現代娘が大検校菊沢寿久の頑なな心を少しずつ解かしていっただけでなく、邦枝との断絶をも解きほぐすという役割を果たしていくのがおもしろい。


現代っ子の明るさを持った瑠璃子の感覚が地味な伝統芸の世界に風を通すというところが本書の見どころでもあります。

恐るべし 有吉佐和子!



外国航路の機関長をしていた義父は戦時中は上海に居を構え、軍属として日本商船に乗っていました。

5人兄弟の末っ子である夫は上海で生まれ、終戦前5歳で日本に引き揚げてきました。

昨年夫の郷里舞鶴に帰省した折、義姉から一冊のノートを見せられました。

「備忘録」と書かれたそのノートは触れればパラパラと崩れそうな古いものでしたが、ページを捲ったところ、それは戦争を挟んだ数年の手紙の下書きでした。

聞くところによると、几帳面な義父は出した手紙の写しを必ずとっておく習慣があったそうです。

自宅に持ち帰って熟読するうち、この備忘録が大変貴重な記録であることがわかりました。

戦争を知らない義父の孫や曾孫に今日の日本ができるまでの苦難の時代を知ってもらう格好の資料であると思いました。

古いノートには判読不明な箇所が多く、旧仮名遣いで書かれていたので苦労しましたが、数ヶ月かけて新仮名遣いに直し、やっと子ども世代には文書で、孫世代にはCDで渡すことができました(^0_0^)

噂でしか知らなかった義父ですが、長男を戦争で亡くしてからは日本に対する考え方が一変した様子など、手紙を通して義父の生きた心情に触れることができました。



さて、本日は有吉佐和子氏著『連舞』をご紹介したいと思います。


有吉氏の作品はこのブログでもアップしていますので経歴とともに読んでくだされば嬉しいです。

★『女二人のニューギニア』  
http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/51

★『一の糸』           
http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/177

★そして一人娘である有吉玉青氏による佐和子氏との回想録『身代わり』   
http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/95


本書は、第二次世界大戦をはさんだ時代、巧みな踊りの師匠の家で、家元の嫡子として生まれ天賦の才に恵まれて育った妹千春と、誰からも顧みられずひっそりと生きてきた姉秋子が舞踊家としても女性としても大きく成長していく物語です。

著者はこの作品で『マドモアゼル』読者賞を受賞していらっしゃいます。


デビュー作『地唄』以来、伝統芸能の世界を魅せられたように描き続けている著者ですが、本書でも日本舞踊の世界を新興宗教の如く牛耳る家元制度を詳細に描くことによって、家元あっての芸か、芸あっての家元かという問題点を読者に突きつけています。


「日本舞踊は近頃の新興宗教と似たことを何百年の昔からやっているんだね。
家元というのは教祖のことさ。
だから面白いよ。
やめられないんだよ」

梶川流八世家元梶川猿寿郎の言葉です。


このような特殊な世界で生まれながらの捻じり足のために踊りの才に恵まれないヒロイン秋子が師匠である母親に疎外されながら、権力を欲する母親の意のままに九世家元の家内となり、やがて踊りに開眼するくだりは圧巻です。


ストーリーテラーとしての才を否定する人はいない中、若くして「才女」とうたわれていたにもかかわらず、大きな文学賞とは縁が薄かった著者ですが、その気性の激しさから厳しい評価があることも事実です。

後期作品である『悪女について』や『開幕ベルは華やかに』などは一読者である私でさえ内容的に首を傾げるところがありますが、構成に破綻が見られることについて多くの方が指摘していらっしゃることは残念です。


本書の姉妹編でもある『乱舞』とともに、伝統芸能の世界を描くことにかけては天下一品の著者の輝くような充実した中期作品をじっくり味わってみてはいかがでしょうか。

第11回IAAF世界陸上競技選手権大阪大会が長居陸上競技場を舞台に開幕しましたね。

開会式で歌ったサラ・ブライトマンの「ランニング(ジュピター~栄光の輝き)」、すばらしかったですね。

男子ハンマー投げ予選で室伏広治選手が77メートル25を投げ決勝に進出、男子100メートル2次予選でも朝原宣治選手が準決勝へ!

過去に2度銅メダルを獲得した為末大選手は4度目の世界選手権で初めて予選敗退してしまいました。

彼の大ファンであるだけに残念でした。

女子1万メートル決勝で福士加代子選手が靴の右かかとを踏まれるというアクシデントにもめげず頑張りを見せて10位でした。

「面白かった。久しぶりに爽快でした」とインタビューに答えた笑顔が清々しくて好感が持てました。

203カ国約2000人の選手の活躍、どんなドラマが展開するか楽しみです。



さて本日は有吉佐和子氏『一の糸』をご紹介したいと思います。

先日アップした『知識人99人の死に方』に取り上げられた有吉氏のページを読んで興味を喚起させられ、本箱から出して再読したのが本書です。


1952年東京女子短期大学部英語学科卒業後、大蔵省外郭団体の職員を経て舞踊家吾妻徳穂さんの秘書となった経験が後の古典芸能を描いた小説執筆に役立ったようです。

大学在学中から演劇評論家を志望し、1956年『地唄』が文学界新人賞候補,芥川賞候補となったことで、デビューを果たしました。

1959年にはご自身の家系をモデルとした『紀ノ川』を上梓

1967年『華岡青洲の妻』で第6回女流文学賞
1970年『出雲の阿国』で第20回芸術選奨
1979年『和宮様御留』で第20回毎日芸術賞をそれぞれ受賞していらっしゃいます。


本書は古典芸能や花柳界を扱った一連の作品(『断弦』『香華』『連舞』『乱舞』『一の糸』『芝桜』『木瓜の花』)の1つで、文楽の三味線奏者に題材を得ています。

文楽の三味線奏者である男の三味線の音色に魅せられた妻の目を通して描かれたのが『一の糸』です。

「一の糸」とは三味線の3本の弦の中で最も大切な糸のことです。

まだほとんど傷みのない一の糸を惜しげもなく捨ててしまう夫徳兵衛に驚く妻茜に対し徳兵衛は一の糸の命について語ります。

「三の糸が切れたら、二の糸で代わって弾ける。二の糸が切れても一の糸で二の音を出せば出せる。そやけども、一の糸が切れたときは、三味線はその場で舌を噛んで死ななならんのや」


本書は戦後文楽が分裂、因会から三和会が分かれ,長い苦闘の末再合同するまでの経過を作品に仕上げています。


豊竹古靱大夫と相三味線の四代目鶴澤清六が別れたという実際の出来事を織り込んでいるようです。

豊竹古靱大夫が宇壷大夫、鶴澤清六が露沢徳兵衛のモデルであるといわれています。


物語のクライマックスは、道頓堀の文楽劇場で若い春大夫のために「志度寺」を弾く徳兵衛の舞台を別れた宇壷大夫が舞台の袖で聴き、また徳兵衛も宇壷大夫の「道明寺」を聴くという緊張を孕んだ場面です。

そして最後の締めは、「志度寺」の千秋楽の日、徳兵衛が弾き終えてぶんまわしの床に乗って観客の前から去った直後に急死するというものです。

この締めも明治の名人豊沢団平の最期をモデルにしているといわれています。


大勢の名人を殺した役場だという因縁の「志度寺」の真に迫った三味線の音色が襲ってくるような、そんな緊迫感あふれる、そして茜の目を通してすみずみまで芸道一筋に生きる男が描かれていて秀逸な作品でした。
  

ここ数年、社会の仕組みや人間の本質などを子ども向けにわかりやすく書いた本が次々に出版されています。

 
「限りなく透明に近いブルー」で鮮烈デビューした作家村上龍氏の「13歳のハローワーク」は「好き」を入り口に514種もの将来の仕事の可能性を子どもたちに教えてくれている画期的な本です

また先日ご紹介した井上ひさし氏の「子どもにつたえる日本国憲法」は日本国憲法を通してやさしい言葉で平和の大切さを語ってくれています。


聖路加国際病院理事長であられる日野原重明氏は最近出版された「十歳のきみへ 九十五歳のわたしから」という本の中では、「いのち」「家族」「人間」など、本当に大切なものについて心に響く言葉で語りかけています。


これらの本は私たち大人にとってもすばらしい本になっていると思います。


かつて子どもだった私たちももう1度原点に立ち戻って子どもと同じラインに立ってみてもいいかな、と思います。



本日は有吉佐和子氏『非色』をご紹介します。


この本は「紀ノ川」をはじめ、「華岡青洲の妻」、「恍惚の人」、「複合汚染」などベストセラーを次々発表された有吉氏の異色の作品のひとつです。


この作品で人種差別に大胆な切り込みを入れた氏ですが、幼い頃父の仕事の関係で多感な時期をインドネシアで過ごした経験を通して、そのコスモポリタン的な性格が育ったのではないでしょうか。


第二次世界大戦後の日本の混乱期、駐留兵であったアメリカ国籍のニグロと結婚した主人公笑子を通して「差別」について直球を投げかけている作品です。


有吉氏は書きます。

「金持ちは貧乏人を軽んじ、頭のいいものは悪い人間を馬鹿にし、逼塞して暮らす人は昔の系図を展げて世間の成り上がりを罵倒する。要領の悪い男は才子を薄っぺらだと言い、美人は不器量ものを憐れみ、インテリは学歴のないものを軽蔑する。人間は誰でも自分よりなんらかの形で以下のものを設定し、それによって自分をより優れていると思いたいのではないか。それでなければ落着かない、それでなければ生きて行けないのではないか」


このように氏は、デモクラシー社会のアメリカで、白人はユダヤ系、イタリア系、アイルランド系を軽んじ、彼らはニグロを軽んじ、ニグロはプエルトリコを軽んじる・・・とまるで食物連鎖のように誰でも何らかの形で自分以下の者を設定しなければ生きていけない、という人間の弱さに繰り返し強烈な光を当てています。


この小説の時代と現代とでは大きく背景も変わってはいますが、人種にたいしてだけではない日常のさまざまな「差別」を考えるとき、今の時代にもしっかり通用する問題を投げかけてくれているのではないでしょうか。


私たち万人の心の奥に潜む「差別」について逃げずに考えてみたいと思います。

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