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カテゴリ: 中島らも

一時マスコミを賑わしていたチャゲアスの飛鳥涼さんの覚醒剤疑惑、急にしぼんでしまいましたね。 f6c7922a.jpg


いろんな思惑がからんで真実が埋もれてしまったようですが、覚醒剤や麻薬などで検挙される人があとを断ちません。


世の中には様々な病気がありますが、病人に寄り添う家族として避けたいNo1が冒頭に挙げた法律に違反する薬を含め、睡眠薬や向精神薬、そしてアルコールなどの依存症を患っている患者さんではないでしょうか。



作家の佐藤愛子氏の最初の結婚の破綻の原因が夫のモルヒネ中毒にあったことは広く知られていますが、睡眠薬に溺れたがため正常な生を全うできなかった作家は太宰治氏を初め坂口安吾氏、川端康成氏など枚挙に暇がありません。


そんなアディクト人生に真っ向から立ち向かって自らの壮絶な体験を小説に仕立てた作家。


『裸のランチ』を上梓したアメリカの作家・ウィリアム・バロウズはヘロインなどの麻薬を常飲しながら作家活動を続けたことで有名です。



今日はそのバロウズを崇拝して自らの壮絶なアルコール依存による入院体験を元に綴った作家の作品をご紹介したいと思います。



中島らも氏著『今夜、すべてのバーで』


「禁断症状と人間を描いた中島らもの傑作小説。
アル中患者として入院した小島容。
途切れ途切れに見える幻覚、妙に覚めた日常、個性的な人々が混然一体となって彼の前を往き来する。
面白くてほろ苦い傑作長編。
第13回(1992年) 吉川英治文学新人賞受賞作」


アル中で緊急入院をしたフリーライターの「おれ」の視点で同室の患者たちとの日々やγGTPが1300というとてつもない数値にるまでの「おれ」の過去や現在の病状、そしてアル中という疾患を多角的に分析しながら物語が進行していきます。



「髪の毛一筋の盛り違いで死に至るのを承知のうえで、人は薬物に手を伸ばす。
人間はポジティブな知能活動、生産活動を営む一方で、かくも自失、退嬰を求めるアクションを起こす。一体なぜなのか」

人間の根幹に迫るこの問いに著者は作品を通して語ります。

「諸説紛々であるが、こんなものは僕にとってはすべてクソでしかない。
本物のジャンキーは声高なことは言わない。
つまり『ごたく』は薬をもたらしてくれないのである。
ジャンキーが求めているのは、薬だけだ。
いっそすがすがしい退行なのかもしれない。
『食い物』のかわりにドラッグがある。
言葉はいらない。
獣道に沿って進むだけだ」


そしてバロウズに傾倒する理由を次のように語ります。

「麻薬とは『自失』であって、そこから表現が生まれるのは希有のことだ。
その意味でバロウズは超人的だ」

「おれは自分が中毒者であるだけに、プレスリーに同情はしない。
もちろん、自分に対しても同情やあわれみを持たない・・・
同じジャンキーでも、湿けた甘えを自分から叩き出した人間には、さらさらした砂のような、あるいは白く輝く骨のような美しさがある。
地上の肉を脱ぎ捨てた美しさ。
たとえばウィリアム・バロウズがそうだ。
バロウズは四十代までの十五年間、麻薬に浸りきった生活を送っていた。
その期間に書いた名作『裸のランチ』などは、書いたことさえ覚えていないと告白している。
彼は、ジャンキー時代に自分の妻を誤って射殺している。
夫妻でラリっていて、ドラッグがもたらす万能感の中で『ウィリアム・テルごっこ』をやったのだ。
妻の頭の上にリンゴをのせ、それをバロウズはライフルで射った。弾丸は妻の胸に命中した。
バロウズは、アメリカでも屈指の名家の出身だが、そうしてドラッグに関わる中で、失うべきものは全て失った人間だといっていい。
それでも彼はプレスリーのような泣き言は一度として述べていない。
どうして麻薬を常用するのか、という問いに対してバロウズは『それは、麻薬以外のことに強い動機を持たないようにするためだ』あるいは、『朝起きて、ひげを剃り、朝食を摂るためにそれが必要だから』
あるいは、『麻薬はひとつの生き方だからだ』と答えている」


「すべてのドラッグは『自失』への希求ではないかと僕は考えている。
ではなぜ人はかくも『自失』を望むのか。
それが気持ちがいいからだ」


そして社会においてアル中が生まれる起因について

「アル中の要因は、あり余る『時間』だ。
国の保障が行き届いてことがかえって皮肉な結果をもたらしていることになる。
日本でもコンピュータの導入などによって労働時間は大きく短縮されてくる。
平均寿命の延びと停年の落差も膨大な『空白の時間』を生む。
『教養』のない人間には酒を飲むことくらいしか残されていない。
『教養』とは学歴のことではなく、『一人で時間をつぶせる技術』のことである」


「おれがアル中の資料をむさぼるように読んだのは結局のところ、『まだ飲める』ことを確認するためだった。
肝硬変が悪化して静脈瘤や胃かいようが破れ、大量吐血しつつもまだ飲んでいるような人間を、本の中に探し求める・・・
これらの人々を眺める安心感と、こういう『ひとでなしのアル中』どもが、河ひとつ隔てた向こう側にいて、おれはまだこっち側にいるその楽観とを得るために、おれは次から次へとアルコール中毒に関する資料を集めた。
ついには『アル中の本』を肴にしてウィスキーをあおる、というのがおれの日課にさえなった」


主人公・小島容が病院に収容されるところから始まるこの物語はアル中や薬物中毒に関する膨大な文献を駆使して様々に表れる症状や検査数値などが物語の随所に挟まれています。

読了すれば依存症の専門家になれそうな一冊。


本書の醍醐味はそういった表面的なことだけではない、人間というものは何かに依存しなければ生きていけない生き物であるという永遠の真実のようなものを問題提起していることではないでしょうか。


「何かに依存していない人間がいるとしたら死者だ。
死者すら何かに依存しているのかもしれない」


物語は、無事に退院を果たした主人公が病院近くのバーで1杯のミルクで祝杯を挙げるところで終わりますが、現実の主人公らも氏はその後も飲み続け、最後は酒場の階段から転落して脳挫傷を負い、惜しむらく愛すべきユニークな生を閉じてしまいます。



もしよろしかったら過去のブログにアップした作品を読んでください。

『らも咄』『心が雨漏りする日には』『アマニタ・バンセリナ』『中島らものたまらん人々』
『何がおかしい』

先日夫の郷里・舞鶴に帰省した際、兄嫁からお土産にと手渡されたのが「万願寺とうがらし」と「塩麹」。


万願寺とうがらしは最近でこそ当地のスーパーなどでもよく見かけるようになりましたが、舞鶴の万願寺という地域特産の京野菜です。


時期になると荷物の中に万願寺を入れて送ってくれること度々なので我が家ではよく登場する定番の夏野菜のひとつですが、岡山ではまだ知名度が低いようです。



たくさん食べるには縦半分に切って中の種を取り除き、少量のオリーブオイルで軽く焦げ目がつく程度に焼き、しょうゆ&みりん&酒を回し入れて炒り煮した上にかつおぶしを大量に入れて混ぜるのが我が家の定番。ec900187.jpg




今体調不良が続いていて料理への意欲がいまひとつですが、せっかくのお土産をムダにできないのでがんばって作りました。


今回小さめの万願寺があったのでロースターでそのまま焼いてしょうゆと甘みと七味とうがらしを入れたタレにつけて食べたら好評でした。
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先日舞鶴の小料理屋さんで食べたのは軽く焼いた万願寺を田楽みそで和えていてそれもおいしかったです。


また万願寺とナスの味噌炒めもごはんのおかずの一品になります。



ビタミンCの含有量はピーマンよりかなり多いそうなので1度見かけたら食べてみてください。



もう1つの珍しいお土産は今ブームの「塩麹」、兄嫁の手作りです。


NHKの「あさイチ」やはなまるマーケットで料理に使うだけで格段においしくなる魔法の調味として作り方などが紹介されていたそうで、今注目を浴びている万能調味料。


―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――
◆材料
・麹(乾燥タイプ)・・・200g 
・塩・・・60g お好みの塩でOK
・水・・・300cc

◆作り方
1 乾燥麹(200g)を細かくほぐしてボウルに入れ、塩(60g)を加え、全体になじませるように混ぜたら、水(300cc)を加えて、さらにさっくりと混ぜ合わせる。

2 1を大きめの密閉容器(タッパー)に移して表面を平らにならしたら、
ゆるくフタを閉めて常温に置く。(2~3日に1度かき混ぜてください。)
※気温が暖かくなる時期は発酵が進んで、麹と水が分離することがあるので1日1回混ぜるとよいそうです。

―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ―― ◇ ――

「塩麹」のレシピについてはこちらをどうぞ →
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早速ベランダのキュウリを利用してキャベツと青ジソで即席漬けを作ってみました。


私自身はお漬物全般が苦手で食べませんが、夫によると味はまろやかな塩味であっさりしたおいしさだそうです。







さて本日は中島らも氏著『らも咄』をご紹介します。


先日本箱を整理していたら20年前に娘がクリスマスにプレゼントしてくれた本書が出てきたので久しぶりに再読しました。



2004年に神戸の飲食店の階段から転落、脳挫傷で意識が戻らずついに亡くなるというまことに彼らしい最期を遂げたことは有名ですが、アルコールや大麻などに耽溺を繰り返す破滅型とはいえ文章や対談を通して見え隠れする暖かい人間性が大好きでファンでした。



このブログでも4作品をアップしていますので、よかったら読んでください →


本書は中島らも氏による創作上方落語集、彼独特のシニカルな視点での笑い中心の14篇の創作落語の小咄が語り口調で載っています。



お腹の底から笑いたいという読者の方には期待外れかもしれませんが、じっくりした笑い満載の作品集です。



うどんの激戦区である関西で舌の肥えた客によって淘汰されたまずいうどん店が集まる「うどんの墓場」に迷い込んだ男の悲劇を題材の小咄や知ったかぶりの男と阿呆の壮絶な舌戦、タコ焼きに異常なこだわりとプライドを持つ店主にひどい目にあった客の仕返しの顛末など、決して派手ではないらもワールド独特のおかしみがじんわりと心に沁みます。


こうしてときどき無性にらも氏のあったかさが懐かしくなるんですよね~。

東京では梅雨明け宣言が出たというのに、岡山は「晴れの国」というキャッチフレーズもどこへやらという感じで連日雨が降っています。


築50年以上になる母の家の玄関先の屋根の雨漏りを修理してもらって半年、最近になってまた玄関の中が濡れています。


母が元気なうちは自分で業者さんに頼んだりしてで処理していましたが、数年前よりすべてが私たちの手にかかるようになりました。


際限なく伸びる庭の木を定期的に切って処理したり、崩れそうな塀に添え木を当てたりなどの大工仕事は夫の役目、家の中の細々としたことは私の役目と、古い戸建をメンテするのは本当に大変。



若い頃はささやかな家庭菜園ができる庭付きの戸建に住み犬を飼うのが希望でしたが、母や周囲の家とともに老いる住人のメンテナンスの大変さを知るにつけ、そんな希望もだんだん遠ざかっています。


転勤を繰り返しながらある地方都市では1戸建を建てたこともありますが、直後に転勤命令が出て1年しか住めなかったり、マンションを購入した直後にやはり移動を余儀なくされたりと、私たちの住宅ライフは落ち着きのないものとなり流浪の末現在のマンションに腰をすえています。


話が横道に逸れてしまいましたが、昨夜の雨があまりにもひどく、実家の玄関の様子が気になって何度も目覚めたので早朝行ってみたところ、雨漏り用に受けていた発泡スチロールの箱に半分くらい水が溜まっていました。


帰宅して朝食を食べたあと、早速業者さんに電話して再度来てもらう日を打ち合わせ、ひとまずホッとしてこれを書いています。



さて本日は雨漏りつながりで先日読んだ本をご紹介します。


中島らも氏著『心が雨漏りする日には』


先日ご紹介したアマニタ・パンセリナと兄弟本ともいえる内容です。


「30歳でうつに襲われ、40歳であわや自殺未遂、42歳で躁に転じて大わらわ…。
奇才・中島らもが初めて自らの躁うつ体験を語る。
誰もが心に不安を抱える現代に、読むほどに元気をもらえるあたたかなエッセイ」


『アマニタ・パンセリナ』のレビューでも触れましたが、生涯を各種合法ドラッグ、抗うつ剤、アルコールなどの依存症&躁鬱との闘いで幕を閉じた著者、客観的に見ると廃人に近い悲惨な状況を想像しがちですが、生涯をコピーライター、ミュージシャン、小説家、戯曲家、随筆家、舞台監督、舞台俳優としての驚くべき多才な顔を持ち続けたという超人的な人です。


自らのうつや躁、アルコール依存症だけでなく強い自殺への誘惑などをこのように客観的に描けるということに驚嘆します。

書かれている内容は壮絶なのに著者の軽妙な語りが時には笑いを誘い、軽いユーモアエッセイを読んでいるような錯覚に陥ることもしばしば。


でも根底に流れているのはいつも掴まえ所のない何かと一生懸命格闘しているらもさんの姿、とても切なくなる本でした。


それでもこんな人生を選んだのがご自身だということをしっかり自覚されていたらもさん。

「人間は無数にある選択肢の中で、自分が選べる選択肢だけを選んで
人生を生きている。選べない選択肢を選ぶことは絶対にないのである」


ご家族や劇団員の人々、友人たちに精一杯愛されて、ある日ふっと消えてしまったらもさん。


私の中ではらも氏と呼ぶよりらもさんと呼ぶのがぴったりのらもさん。


あなたのとっておきの温かい笑顔にもう1度会いたいです。

マイケル・ジャクソンの急死の話題でもちきりですね。


報道によると20年以上前の火傷の治療で行われた皮膚移植の際用いた鎮痛剤がやみつきになりエスカレートして日常的に使用していた結果の心不全だそうです。


デメロール、ディプリバン、オキシコンチンなどのほかパキシルなどの抗うつ剤などを多量に日々摂取、強い禁断症状に苦しんでいたと記されていました。


どの薬名も知らないものばかりですが、鎮痛剤といっても手術用に使われる強力なもので通常で個人が使うのは考えられないと多くの医師が驚いているようです。


生涯最後のツアーと銘打ってロンドンで50公演を予定していたことはテレビや新聞記事などで知っていましたが、時折映像に写る最近のマイケルの様子をみて、マイケルに特別に関心のない私ですら心も体もかなり行き詰っていたようでとても痛々しく、50公演も果たしてできるのかと疑問を抱かずにはいられませんでした。


執拗な整形を繰り返す行動の根っこには幼い頃の父親のDVがあり、父のようにはなりたくないというトラウマが根底にあったのでは、と語っていらっしゃったのは生前のマイケルと親交のあった音楽評論家の湯川れい子さんです。


40歳を過ぎた若さで遺言書を作成していたということから、行き着くところの破滅を常時意識ながら過ごしていたと想像するととても可哀想になります。


プレスリーも生前肥満と闘うという名目で1日に80種類の錠剤を摂取していたという噂がありましたが、傍からみても功を遂げた不足ない人生の中に凡人には理解を超えた苦しみやこんな落とし穴が潜んでいるのですね。


家族の中に薬やアルコールの依存症がいることが最も悲惨なうちのひとつだと思っている私は彼らを取り巻く家族の方々の心労はいかがばりかと想像してしまいます。




今日ご紹介するのは、そんな各種の薬&アルコール依存症で入退院を繰り返しながらも精力的にさまざまな分野の作品を生み出してこられたということで驚異的な作家・中島らも氏著『アマニタ・パンセリナ』です。


「麻薬は、ひとつの生き方だ」と公言したアメリカのアンダーグラウンドの作家ウィリアム・S・バロウズを尊敬、ヘロインによる影響下で書かれた『裸のランチ』に触発され、酩酊状態で『頭の中がカユいんだ』を書いたり、アルコール依存症での入院顛末記『今夜、すべてのバーで』を上梓したりのかなり前向きで明るい依存症が特徴のらも氏。


タイトルに用いられている聞きなれない「アマニタ・パンセリナ」という言葉は毒キノコであるテングタケの学名で、おとぎ話によく出てくるベニテングタケと同様幻覚性のキノコだそうです。



さて本書に入ります。


合法的なドラッグやお酒で究極の酩酊を繰り返している著者の経験談及び合法内外のドラッグに対する薀蓄てんこ盛りが本書。


「人はなぜ酩酊を求めるのか。
人間はポジティブな知能活動、生産行為を営む一方で、かくも自失、退嬰を求めるアクションを起こすのか・・・
幼児のくるくる回って終了後のふらつきを楽しむ遊びと、ドラッグの在りようは同じものだ、と。
ブランコ、滑り台と同じ位相にドラッグはある。
そこで人々は平衡を失い、自失と酩酊を味わう。
すなわち異界への脱出である・・・
ジャンキーは、この心の中の遊戯装置にふたたび舞い戻った者たちなのだ」


各種睡眠薬、幻覚サボテン、咳止めシロップ、シンナー、ハシシュ、LSD、抗うつ剤、そしてアルコール・・・これらを灘高時代から試し続けて52歳で人生を駆け抜けた著者ですが、死の1年前に大阪のラジオ番組でオランダで大麻を吸ったことに言及したため大麻取締法違反で逮捕、懲役10ヶ月、執行猶予3年の判決を受けます。

次の年2004年のある未明、酩酊状態で飲食店の階段から転落したのが原因で脳挫傷を起こし死亡するという、いかにもらも氏らしい最期でした。


晩年は躁鬱を繰り返し、入退院を繰り返しながらも飲酒を続けた日常だったようです。


このようならも氏ですが、覚せい剤に対しては憎しみを抱いてる、と本書で書いていらっしゃいます。


「僕がシャブを憎むのは、シャブの存在が愚劣だからである。
ドラッグに関する文章をこうして綴っているが、僕はドラッグには貴賎がある、と思っている・・・
シャブの下品なところは、何も知らない女子供をねらって、訪販のセールスマンのように、あるいは新興宗教の勧誘員のように、嘘八百で、『拡販』をねらうことだ」

まったくその通りではありますが、らも氏が言うと「3分の理」のように思えないでもないような・・・。


まったくらも氏は不思議な人です。


これほどの破滅型人生を歩んできたのに芯のところが妙に健全、らも氏を支えた糟糠の妻である美代子さんと生涯連れ添い、支えられ、美代子さんに「らもとの人生はおもしろかった」と言わしめるものを持った本当に不思議な魅力のある人でした。


薬物やアルコールの極限摂取で中毒になりながら次のような言葉を残していらっしゃいます。


「僕は馬鹿だが、かつて一瞬でも悲惨であったことはない。
“十年ブロン”や“二十年一升酒”をやってきた。
これは『因』だ。『果』としていまのこの少しつらい自分がある。
しかしこの自分もまた『因』だ。次の『果』がくる。
そうして、因縁にからめとられ、少しずつ姿かたちを変えながら、我々は時間の河を渡っていくのだ。
死に向かってではない。生に向かってだ」



先日久しぶりに神戸に行きました。

兵庫県立美術館で川村記念美術館所蔵の約65点の名画展が開催されていたからです。

千葉県佐倉市で大日本インキ化学工業株式会社が運営する川村記念美術館が改築のための休館に合わせて関西に貸し出しをしました。

レンブラント、ルノワール、マティス、ピカソ、モネなどのほか、ロシアのカンディンスキー、アメリカ現代美術の代表ポロックやウォーホル、日本の関雪、光琳、大観の屏風と時代的にも幅広い展示でした。

レンブラントの「広つば帽を被った男」は1635年に描かれたものですが今もなお生き生きと人物が立ち上がってくるようでした。

一説には色盲といわれていたレンブラントですが、「光の画家」と呼ばれるほどの光と闇の描き方のすばらしい手法には目を瞠るものがありました。


美術館を出た後、以前住んでいた東灘の岡本付近を散策、震災後新しくなった小学校や岡本梅林公園、イカリスーパーにドロップしたり、十二間道路沿いの鈴木商店のアイスクリームを食べたりと懐かしいひと時を過ごしました。

震災の爪跡もすっかりなくなっていましたが、小学校の校庭で避難生活をともにした知人と会い、当時を偲んで感慨に耽りました。



さて今回は神戸に縁のある中島らも氏『たまらん人々』をアップしたいと思います。

以前私が住んでいた岡本からいちばん近い高校が氏の母校でもある有名な進学校私立灘中・高校です。

今から80年前、現在の菊正宗、白鶴、櫻正宗という酒造業の代表によって設立された中高一貫校で、東京大学進学率は東京の開成高校と並んでトップ争いをしている進学校ですね。

遠藤周作氏ほか多くの著名人を輩出していますが、中島氏は尼崎出身、中学校から灘校に8位という優秀な成績で入ったものの、在学中に酒やバンド、ドラッグにはまり一浪のあと大阪芸術大学に入学したという経歴です。


小説家、戯曲家、随筆家、俳優、コピーライター、広告プランナーなど多方面に才能を発揮し、急ぎ足で駆け抜けた感のある48年間の人生でした。

1984年から朝日新聞で担当していた「明るい悩み相談室」での個性的かつウィットに富んだ回答で一気に人気が出ました。

1992年、自らのアルコール依存症体験を語った『今夜、すべてのバーで』で第13回吉川英治文学新人賞
1994年、『ガダラの豚』で第47回日本推理作家協会賞長編賞を受賞されています。

大麻、アルコール、咳止めブロンの中毒者を自認し、常に酩酊状態の末、飲食店の階段から落ち脳挫傷で死亡というらもらしい最期でした。


本書はらも氏が30代初め、広告代理店営業マン兼コピーライターだった時代に大阪の「ぶがじゃ」という雑誌に掲載していた連載を集めたものだそうです。

大阪人特有の強烈にテイスティで、しかもその味が形容しがたい特殊なフレイバーを持っている人々の話を一堂に集めたイラスト付きエッセイ集です。

「ちょっと遠めに見ているぶんにはおもしろいんだけど、毎日身近にいられるとちょっとこれは『たまらん』。
そういう人はあなたのまわりにもたくさんいるはずだ。
この本はそういう人物の標本箱である」

著者のこのあとがきを読むだけで本書の雰囲気が伝わってくるのではないでしょうか。

当時著者が身を置いていた広告業界の「たまらん人々」を筆頭に、著者周辺の「たまらなくヘンな人々」の生態が似顔絵とともに爆笑タッチで描かれています。

中島らもの原点ともいうべきらもの感覚炸裂の本です。

いまだらもを体験していない方はまず本書を手に取ってらもワールドに入ってください。

上方落語界にとって長年の悲願だった天満天神繁昌亭が9月15日にオープンしました。

上方落語協会会長の桂三枝師匠が赤い人力車に三代目春團治師匠を乗せて天神橋筋商店街を練り歩き、オープニングの口上で感極まって涙を流し、手渡された青いハンカチで涙を拭いていたことすら関西人の面白ネタになりました。

落語では小道具として、扇子、手ぬぐいが使われますが、見台、拍子木、膝隠は上方落語でのみ使われるようです。 

私は最近、特に「笑い」の源泉となるものが大好きになり、漫才、落語など見たり聞いたりするのを楽しみのひとつにしています。

コピーライター、小説家、劇団主催者などいろいろな顔を持つ中島らも氏は最後の作品を収録した「何がおかしい」の中で、「笑いとは差別だ、、、、、サディズムや吉本の芸人で成立しているテレビ番組には、愚かなものを見て、優越感をもって笑うという差別が構造化している、、、この愚かなものは愚かな視聴者のために作り出された虚構にすぎない。そのからくりに嫌気がささないか」と吉本を見て笑っている私に向かってまっすぐに問いかけます。

その反面、今は亡き桂枝雀との対談で「笑いは自己救済のためだ、他人を笑うことで自分を救っているのだ。ならば笑い=差別、は善悪を超えた人間の条件ではないか」とも語っています。

笑いを「優者の劣者に対する優越的感情」及び「生きるための不可欠な手段」とすると、逆説的には、笑いがなくならないかぎりこの社会から差別も消えない、ともいえるでしょう。

理論を辿っていけば、気軽に笑うという行為そのものが、何だか罪を犯しているようでおかしくもなんともなくなってしまうから不思議です。

らも氏の朝日新聞の「明るい悩み相談室」は、氏の独特のユーモアでともすれば暗くなりがちな人生相談の内容を前向きなものとし、私も当時読むのを楽しみにしていました。

らも氏自身は、大麻で逮捕されたり、アルコール依存症で入退院を繰り返したりと、周りから見れば破天荒な人生を歩み、最後はバーから出たところで転落し、脳内出血で死亡するという締めくくりでした。

アルコール依存症の体験記を書いて吉川英治文学新人賞を受賞した「今夜、すべてのバーで」は入院先でのさまざまな体験を通して、依存症に対する考察が書かれていて、依存症で悩まれている人々には必見の書となっています。

本書「何がおかしい」は、『論座』に連載されていた「笑う門には」も収録されており、亡くなる直前のロングインタビュー、コントや漫才台本も収められていて、らもファンにとっては待望の書ともいえるのではないでしょうか。

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