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ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 萩原浩

ずっと前、このブログにアップしたデイヴィッド・S・キダー氏&ノア・D・オッペンハイム氏著小林朋則氏訳『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』。



娘に送ったいきさつはさておき、毎日1ページを娘がLineに送り返し、二人で共有するという作業もそろそろ終わりに近づいています。


送られた1ページ分の記事に対し、興味があろうがなかろうがお互いにちょっとしたコメントを書き合うということで定着性の悪い海馬にインプットするという作業。


それでも少し前の記事はよほどの興味がないかぎり忘れているという海馬の貧しさ。


ほぼ西洋の古典に拠る芸術系の教養が主なので、やはりなじみが薄いというのもありますが、興味を惹かれるのはたいてい1ページの末尾にある〈豆知識〉・・・これが肩の張る仕事のあとのちょっとブレイクのようないい感じ。


ちょっとしたこぼれ話。



ちなみに昨日の1ページは「正義」。

どう行動するのが〈正義〉だろうか?という問いかけに、古今の哲学者がさまざまな説を唱えているようです。

この問題を扱ったもっとも古い最初の哲学者はプラトンだそう。

正義にかなう社会とは世界の真の本質を理解している哲人王によって厳格に組織、統治された社会のことだとプラトンは考えていたそうですが、近代の哲学者ジョン・ロールズは、真に正義にかなう政治制度とは合理的に行動する人が「無知のヴェール」に覆われた状態で選ぶことのできた制度だといっているそうです。

なんのこっちゃ???


頭が混乱するような、そんなこんなももうすぐ終り・・・長かったような短かったような1年・・・もし日本の歴史などの教養を身につけることのできる一日1ページがあったら次にチョイスするのにな~と話しています。



何か超簡単に教養らしきものが身につく第二弾はないかしら?





さて今回は萩原浩氏著『あの日にドライブ』です。


「牧村伸郎、43歳。
元銀行員にして現在、タクシー運転手。
あるきっかけで銀行を辞めてしまった伸郎は、仕方なくタクシー運転手になるが、営業成績は上がらず、希望する転職もままならない。
そんな折り、偶然、青春を過ごした街を通りかかる。
もう一度、人生をやり直すことができたら。
伸郎は自分が送るはずだった、もう一つの人生に思いを巡らせ始めるのだが…」



エリート街道まっしぐらだったメガバンクの行員であった主人公の上司へのある一言がきっかけで退職、資格を取るまでのほんの腰かけのつもりで始めたタクシー運転手の日々を綴った作品。


前職場だった銀行、そして現職場のタクシー業界・・・著者の並々ならぬ取材力にはいつもながら驚かされます。


どの業界も厳しさにおいては五十歩百歩、サラリーマン生活の悲哀を感じてしまいます。


かつての夫、今の娘や息子たち。

言うに言えない苦労をしているんだろうな。



本書はかつてエリートバンカーだった頃の順調だった幻想が捨てきれず、タクシードライバーとしてさまざまな苦労をしながら、大学時代の同窓会開催のハガキがきたことをきっかけに時計の針をどんどん過去へと戻していく想像の世界を描いています。


もし銀行を辞めるきっかけとなったあの一言をがまんしていたら?

もし銀行ではなく興味があった出版業界に就職していたら?

もし学生時代付き合っていた彼女と結婚していたら?


想像はどんどん膨らみ、離婚の末実家に帰っているという情報を得て、流しの合間に元カノの家を密かに張り込んだり、憧れていた出版社を覗いてみたり・・・


そんな夢は現実に面と向ったとき、たちどころに崩れていくのを目の当たりにした主人公がやっと現実の得がたさを知るというもの。


もし人生の大半をやり直そうとすれば、今まで積んできたものを捨て、もう一度積み直すための膨大なエネルギーを考えると、たいていの人は怖気づいてしまいます。


そういったエネルギーを費やしても自分が望んだ結果が得られるという保証は約束されないだろうという中ですべてを捨てて新しい一歩を踏み出すことは並大抵ではないでしょう。


それでも捨てたいと思うほどの過去もあると思いますが、主人公はいまさらながら自分を包んでくれている家族などの存在のかけがいのなさに気づいたところでこの作品は終ります。


幸せの青い鳥は身近にいた・・・。


お仕事小説としてもかなりの高レベルな作品でありました。


さくさく読めるエンタメ小説、どうぞ。

連休に思いがけず娘と次男とコハルが帰省してきました。

娘の帰省は直前に連絡があったので駅まで迎えに行ったら、後ろから大きなバッグを提げた次男が・・・。

車に乗り込んでも夫はわからず・・・

「今日はコハルは置いてきたのかな? ペットホテル?」


あまりにおとなしいので顔を見るまでわからなかったようでした。


バッグから顔を出したコハルの可愛かったこと。

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久しぶりの我が家でこの前より活動範囲も広がってリラックスしていました。

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さて本日は萩原浩氏著『海の見える理髪店』をご紹介したいと思います。


「主の腕に惚れた大物俳優や政財界の名士が通いつめた伝説の床屋。ある事情からその店に最初で最後の予約を入れた僕と店主との特別な時間が始まる『海の見える理髪店』
意識を押しつける画家の母から必死に逃れて十六年。理由あって懐かしい町に帰った私と母との思いもよらない再会を描く『いつか来た道』
仕事ばかりの夫と口うるさい義母に反発、子連れで実家に帰った祥子のもとに、その晩から不思議なメールが届き始める『遠くから来た手紙』
親の離婚で母の実家に連れられてきた茜は、家出をして海を目指す『空は今日もスカイ』
父の形見を修理するために足を運んだ時計屋で、忘れていた父との思い出の断片が次々によみがえる『時のない時計』
数年前に中学生の娘が急逝、悲嘆に暮れる日々を過ごしてきた夫婦が娘に代わり、成人式に替え玉出席しようと奮闘する『成人式』

伝えられなかった言葉。
忘れられない後悔。
もしも「あの時」に戻ることができたら…。
母と娘、夫と妻、父と息子。近くて遠く、永遠のようで儚い家族の日々を描く物語六編。誰の人生にも必ず訪れる、喪失の痛みとその先に灯る小さな光が胸に染みる家族小説集」


2012〜2015年の『小説すばる』に掲載された短編6篇。


第155回直木賞受賞作。



「オーソドックスな短篇集と言っていい。しっかりと鮮やかな切り口を覗きこめば、人々の営みの底に、闇のようなものが見えてきたりする。肩肘の張った描写でないところが、この作者らしいとも感じた」(選考委員・北方謙三氏)

「熟練の手で紡がれる物語はどれも少しあざとく、予定調和的ではあるが、私たちのさりげない日常は、こうして切り取られることによって初めて「人生」になるのだと気づかされる。これぞ小説の一つの典型ではあるだろう」(選考委員・高村薫氏)

「すべての候補作を読んで、作品の世界、文章が一番安定していた。荻原さんのおだやかな語り口は才覚と言うより、途絶えることなく書き続けた作家だけが手にする鍛錬がなした技量だと思う。おだやかでいて鋭い。まさにプロの文体である。再投票で選考委員満票の受賞であった」(選考委員・伊集院静氏)

「どの作品にも、確実なディテールに支えられた安定感がある。その安定感は、読書の喜びへと通じるものだ」(選考委員・桐野夏生氏)

「さすがベテランらしく、文章力、構成力、すべてがいきとどいている。しかし私としては、いささかもの足りない思いがあった。荻原さんなら、このレベルのものはいくらでも書けるだろう」(選考委員・林真理子氏)


これが直木賞?

自分としては林真理子氏の選評がいちばんぴったりという読後感でした。


とはいえ、表題作の「海の見える理髪店」はしっとりと切ない余韻の残るいい作品でした。

もうすぐ結婚式を予定しているグラフィックデザイナーの「僕」が海辺の小さな町の理髪店を訪れるところから物語が始まります。

その理髪店には看板もなく店の横には古びたブランコが置いてあるだけ。

ドアにかかっている営業中の札がなければ入ることも躊躇するような店。

70過ぎの店主がひとりで切り盛りしている小さな小さな理髪店。

海の見える大きな鏡の前に座ると店主は問わず語りにここに店を構えるまでの半生を青年に向かって語ります。


東京の店を父親から引き継ぎ、結婚し、離婚し、再婚し、銀座に二店目を出すまでに繁盛させるが、ふとしたはずみに独立を画策した職人をヘアアイロンで殴って殺害してしまったこと。

傷害致死で実刑判決を受け、服役中に迷惑をかけられないからと、妻と別れたこと。

出所後は店を今の場所へと移して15年になること。

そんな話をしながら、鏡には海のみが映るようになっている理由を語ります。

「私の顔など、誰も覚えていないと思いつつ、いつか誰かに『お前は人殺しだろう』と指をさされるのが恐ろしくて」


そのあとからラストにかけてのあらすじは、きっとみなさんがご想像される通りとは思いますが、ここでは書きません。

興味ある方は本書をどうぞ!

ついにやって来ました!  68ac922b.jpg


本格的な梅雨。

室内の湿度計が70%を超えておののく私。 


冬中活躍した寝室の加湿器を除湿機にバトンタッチ。


私の持病にとって1年中でいちばんよくない季節がまた巡ってきました^_^;


日本のように季節の変化のない諸国には四季それぞれの美しさを「これ見て!見て!」と自慢したい気満々ですが湿度の高さには閉口です。



とにかく何とか乗り切らなければ。





さて本日は萩原浩氏著『さよなら、そしてこんにちは』をご紹介します。


1997年『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞受賞
2003年『コールドゲーム』で第16回山本周五郎賞候補
2005年『明日の記憶』で第18回山本周五郎賞受賞、第2回本屋大賞第2位
2005年『お母様のロシアのスープ』で第58回日本推理作家協会賞候補
2006年『あの日にドライブ』で第134回直樹三十五賞候補
2007年『四度目の氷河期』で第136回直木三十五賞候補
2008年『愛しの座敷わらし』で第139回直木三十五賞候補
2011年『砂の王国』で第144回直木三十五賞候補


本屋さんや図書館でよく目にする著者の作品。
経歴はざっとこんな感じです。


この中でいちばん有名なのは『明日の記憶』でしょうか。


のちに主役を演じられた俳優の渡辺謙さんが原作に惚れ込んで自ら荻原氏に映像化の許可を受ける手紙を出されたことでも有名、念願叶って渡辺謙主演で映像化されて話題を呼びましたね。

このブログでもアップしていますので、拙いレビューよかったら読んでください。

『明日の記憶』のレビューはこちら


さて本書に戻ります。


「笑い上戸で泣き上戸の営業マン・陽介の勤め先は葬儀会社だ。
出産直前で入院した妻がいるがライバル社を出し抜いた葬儀があり、なかなか病院にも行けない。
生まれてくる子どもの顔を葬儀の最中に思い浮かべ、笑顔が出そうになって慌てる。
無事仕事を終え、病院に向かう陽介にまた厄介な案件が……。(表題作)
人生の悲喜こもごもをユーモラスに描く傑作短編集!」


収録された6篇の小品はどれも40ページ足らずのナイトキャップ用にはもってこいの作品ばかり。


薄いため息とともにクスッと笑える、どちらも「爆」のつかない小さな悲喜をうまく市井の片隅に生きる人々から切り取ったような作品、読者にも覚えがあるような経験と心情が巧みに描写されていて読み易い作品になっています。


ユーモア的には奥田英朗氏の作風と似通ってはいますが、本書の方がブラック感が薄いかな。



◆もうすぐ生まれる子どもを心待ちにしている幸せいっぱいの主人公の心模様と営業顔のギャップに苦労しながら日夜仕事に励む葬儀屋の営業マンを描いた表題作「さよなら、そしてこんにちは」

人の死を生業としている主人公の頭の中の「死」と「生」のバランスの取り方がおかしくもあり切なくもあり、という物語。



◆娘とチャンネル争いをしながらテレビの健康番組のチェックに余念ないお父さん。
健康番組の内容に日々一喜一憂しながら仕事先のスーパーの仕入れに追われる食品売り場の責任者の憂鬱が描かれた「スーパーマンの憂鬱」

情報番組の健康コーナーで取り上げられた食品がすぐにスーパーの食品売り場にポップつきで山盛りで並ぶすさまじい舞台裏を知って気の毒なような気持ち、一億総おばかさん相手にお疲れ様と言いたくなります。



◆腕に絶対的な自信を持つがゆえに客に横柄な態度をとり続けるすし屋の主人と客との火花の散るような掛け合い&胸の内の心理戦がおもしろおかしく描かれている「寿し辰のいちばん長い日」

主人の自己評価の高さに反して客足の伸びない寿し辰に訪れたグルメ評論家と思しき男と、常連客などの三つ巴の思惑と会話の妙味が味わえます。



◆愛妻と愛娘にねだられたX’mas Partyに、僧侶という職業柄抵抗感を隠せない僧侶の戸惑いを描いた「長福寺のメリークリスマス」

苦悩しながらも愛する家族のためにクリスマスグッズ集めに奔走する住職の姿はユーモラスという言葉以上の大切なものを見失わない力を持った頼りになるお父さんを感じさせて心温まる作品になっています。


悩みを打ち明けた老師の言葉がすてきです。

「堅いことを言うな。
一切は『空』。
他の宗教も空で包みこむ。
それがお釈迦様の大きさだ。
人を救うためにあるはずの宗教同士の諍いで、人を殺めたり、戦争をおっぱじめたりするより、よほど理にかなっておる」


日頃どこぞの国の宗教がらみの大きな争いに根本的な疑問を感じている自分としては大いに共感できる重々しい言葉ですが、この老師、じつは・・・生臭坊主・・・です^_^;

森林伐採などで自然破壊が進むにつれて樹木の大切さや効用などがクローズアップされています。

マツやヒノキなどの樹木が発散するフィトンチッドが免疫細胞のうちNK細胞の活性化を促し免疫力を強めるという論文も発表されてますます森林への関心も高まっていますね。


アメリカでは偏った過激な環境派の消費者のことを皮肉を込めてTree Hugger(木に抱きつく人)というらしいですが、地方の都市部に住む私もどっしりと立った大木を見つけると思わず太い幹に腕を回したくなります。


京都の東山区の新熊野神社では毎年年末に樹齢800年の大楠木に新しい注連縄をつける「つなかけ祭」というのがあり、毎年参加者を募集しているので一度参加してみたいと思ったり、樹木への傾倒は年々強くなります。


精霊が宿っているような古木に対する憧れは世界共通ですが、日本でも屋久島の「縄文杉」に対して私を含め多くの日本人が憧憬を持っています。


「縄文杉」に会うためには8~10時間ほどの険しい山道を歩く必要があるそうなので私のように残念ながら諦めている人も多いでしょう。


推定樹齢は2500年とも3000年ともいわれていますが、アメリカのインヨー国有林にある「ブリッスルコーンパイン」というマツ科の木は樹齢4700年、これが世界で最も長寿の木だそうです。


今年の春、会いにいった岡山県北の「醍醐桜」の樹齢は約1000年、桜でいちばんの老木といわれている山梨県の「山高神代桜」の樹齢が2000年だそうなので、「縄文杉」や「ブリッスルコーンパイ」の樹齢には驚きを越えたものがあります。


年輪を重ね、内部が空洞化しながらも残されたエネルギーを力いっぱい使って最後の希望の羽を大空に向かって広げたように孤独に立っている老木への憧憬はどこから来るのか、老いた樹木の持つ底知れない生命力への畏敬の念からかもしれませんね。



さて今回はそんな老木を主人公にした物語です。


萩原浩氏著『千年樹』


1997年『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞
2003年『コールドゲーム』で第16回山本周五郎賞候補
2005年『明日の記憶』で第2回本屋大賞第2位&第18回山本周五郎賞
2005年『お母様のロシアのスープ』で第58回日本推理作家協会賞(短編部門)候補
2006年『あの日にドライブ』で第134回直木賞候補
2007年『四度目の氷河期』で第136回直木賞候補
2008年『愛しの座敷わらし』で第139回直木賞候補
他に2002年『神様からひと言』、2006年『押入れのちよ』など多数。


本ブログでは『明日の記憶』のレビューを書いていますのでよかったら読んでください。
          レビューはこちら



さて本書は2003年~2006年にかけて「小説すばる」に掲載された作品をもとに単行本化した連作短編集です。


「巨樹をめぐるドラマが胸に迫る連作集。
切腹前の武士、いじめに悩む中学生…。
千年を生きたクスノキの下、愚かで愛おしい人間たちの営みが時空を超えて交錯する」


とても密度の濃い読み応えのある作品でした。



主人公は村人から「子盗りの樹」と呼ばれてきた樹齢推定千年のくすの木。


その巨大な老木の萌芽のときから伐採されるまでの千年の間、くすの木が見守ってきた様々な人間たちの生き様をファンタジックに、しかも残酷に描いた8篇からなる物語です。


8篇それぞれに過去と現在という時空を超えて共鳴する2つの時代のストーリーが微妙に交差し1つの篇を構成しています。


その上8篇の現代版に登場するそれぞれの登場人物がお互いにリンクしあい終盤ではそれら登場人物の人生が千年樹の元、浮き上がってくるという巧妙な仕組みには感服します。


つくづくうまい作家さんです。



平安時代に東国に赴任した国司が地元の豪族に追われ、妻と幼子とともに深い山に分け入り絶命、飢餓に見舞われたその幼子の口からこぼれ落ちた楠の実が萌芽するという樹の始まりのときと、千年という時代を経てそこにあった幼稚園の卒園者のひとりである中学生の雅也がいじめにより自殺へと追い詰められる様子を描いた「萌芽」


第二次世界大戦による空襲で家族とも離ればなれになりながら大樹まで逃げ延び大事な宝物を埋めて力尽きた国民学校の治男と、もうすぐなくなる大樹のそばの幼稚園の思い出にタイムカプセルを埋めようとする生徒17人と先生の話を描いた「瓶詰めの約束」


大樹を密かな待ち合わせ場所にした廓の女郎と、時代を超えた短大生の悲しみを描いた「梢の呼ぶ声」



他5篇も千年という樹木の営みの間時代を超えて共通するのは人間のどうしようもない性が生み出した戦争や貧困、いじめなどに運命を翻弄される人々を描いて切ない物語になっています。


最後の章では3度の落枝事故により伐採されることになった千年樹が身悶えしながら終わりを告げる様子が描かれていますが、同時に地表に落ちた黒く丸いくすの実を1羽の鳥がついばみ大空に飛びたち知らない地上に糞を落とし萌芽の可能性を読者に想像させて終わっています。


営々と続く自然の輪廻を感じさせる終盤、巨大な老樹を主人公に据えたことで著者は時代を超えた人間の存在の矮小さを著したかったのではないでしょうか。

友人のお母さんが、1ヶ月ほど前自宅の階段から落ち、入院されました。

87歳になられるお母さんは岡山で独り暮らし、高松に住む娘である友人が度々岡山を訪れたり、高松にお母さんを連れて帰られたりを繰り返しています。

幸い骨折もされず、全身の打撲で済みましたが、痛々しいほどのあざだらけでした。


私の母同様、気丈な独り暮らしは自分主導の生活で、認知症の出現を防ぐことのできる要素もあるようですが、娘としてはハラハラの連続です。


認知症の原因疾患の1つアルツハイマーでは脳にアミロイドβたんぱく質がたまることで、老人斑というシミができ、神経細胞を死滅させる結果脳が萎縮するのだそうです。


いろいろな実験で、カロリー制限食、不飽和脂肪酸DHAを多く含むサバやサンマなどの青身の魚、緑茶のカテキンなどで老人斑が40%近く減少する、という結果が出ているようです。


でも「主体性を持ち、気分よく生活すること」が最も大切なことである、とされているので、心配のあまりの手厚いケアもほどほどに、ということなのでしょうか。


私たち友人同士ムラ社会の5人組のような互助会なるものを作り、助け合ってこれからの難局を乗り切ろうと話し合っています。



今日はアルツハイマーを主題にした小説荻原浩著『明日の記憶』です。       


山本周五郎賞、本屋大賞2位に輝き、渡辺謙主演で映画化もされましたね。 

働き盛りに突然襲いかかった若年性アルツハイマー。

食事の記憶の欠落に始まり、通いなれた道を忘れ、人の名前を忘れ、漢字を忘れ、大切な思い出をなくし、ついには自分自身を忘れていく。

少しでも記憶を失わないように、と必死でメモを取り続ける主人公。

自分が何者かもわからなくなる終焉に向かってもがく主人公のそばで支え続ける妻。

2人で積み重ねてきた過去がどんどん夫から抜け落ちていく中で、妻は最後まで妻でありたいと願います。

物語の終わりは現実ととらえるにはあまりにせつなくて、これからの未来を考えると胸が苦しくなります。

重すぎる主題に雑感の筆も止まりました。

医学がこの病気に貢献できる日が1日も早く来ることを願っています。

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