VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 上原隆

先日、往復交通費&旅館一泊込みで8800円という激安バス旅行企画で兵庫県美方郡にある湯村温泉に仲間8人で行ってきました。


湯村温泉といえば吉永小百合さん主演の「夢千代日記」で有名になった舞台。1b554ea5.jpg
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古い映画ですが、胎内被爆した被爆二世の吉永演じる芸者・夢千代の物語で原作は脚本家の早坂暁さん。



温泉街を散策していると中心部である荒湯のそばに吉永小百合さんをモデルにした「夢千代の像」や、資料館とは名ばかりの夢千代関連の写真が飾られた「夢千代館」があったりと、温泉街は夢千代一色でした。



卵や野菜などを茹でたりできる町の細長い側溝にある98度の熱泉・荒湯で半熟ゆで卵を茹でたり足湯をしたりと楽しい散策。41af80e4.jpg




女性、男性と部屋別に別れて女性陣のおしゃべりは止め処もなく深夜3時にやっとお開きになったので、翌日の帰路は自分も含めバスで爆睡していました。


値段の割にとても充実した2日間、最近このような安価な旅企画が増えて嬉しいことです。





さて本日は上原隆氏著『こころが折れそうになったとき』をご紹介したいと思います。



「不況に震災が重なり、『苦難』に直面する人が増え続けている。
人生の様々な苦難に遭遇した人たちへのインタビューを続けてきた著者が考える、いまを生き抜くための「すべ」とは? 
先が見えない時代だからこそ、『私』を見つめ、『私から始める』ことの大切さを綴る、不思議な浸透力に満ちた一冊」



著者の他作品では『友がみな我よりえらく見える日は』『喜びは悲しみのあとに』をそれぞれアップしていますので、よろしかったら見てください。



こうして過去の著者の作品のタイトルを見ると、それぞれのネーミングが魅力的ですね。


私を含め、何だか心を捉えるネーミングに惹きつけられて手にされた読者の方も多いのではないでしょうか。



本書も含め過去の作品集は、著者が実際に出会ったり、あるいは本を通して出会った有名無名の人々の生き方・考え方を通して著者自身の人生観を再確認するというか人生について考察していくという形式で、「ノンフィクション・エッセイ」という分野だそうです。



本書でも実際に障害を持った子どもの世話に明け暮れた人生を送られた小説家・打海文三氏や、自身の哲学的考察を著した著書『自殺という生き方』を自ら証明するために自死という道を選ばれた哲学者・須原一秀氏についての文章がたいへん衝撃的でした。



前者の打海文三氏は本書の著者の「将来、自分が歳をとったときのことを考えたら、暗たんとした気持ちにならないですか」という質問に対し、「将来のことを考えては今日は生きられない」と答えていらっしゃいます。


障害者の子どもと人生を伴走していらっしゃる方の大半は自分亡き後の子どもの将来に暗澹たる不安を抱きながら今を大切に過ごすことを命題としていらっしゃることは想像に難くありません。



「将来のことを考えては生きていけない。
昨日の小さな喜びを今日につなげ、今日の喜びを明日につなげるようにして生きて、その先に将来はある」という言葉は、人より前へというスタンスを貫こうとすれば「明日」という未来でのより進歩した自分を目標に「今日」を必死に努力する姿が賛美される現社会において、刹那的とも解釈されますが、「今日」を「明日」の手段にする生き方―言い換えれば「今日」を「明日」より軽んじる生き方―を戒める言葉として私の胸に重く響きました。



「今日」という一日が最大の幸せな日になるよう大切に過ごしたいと思いました。

カレンダーを見ると今年の残り日数の少なさに唖然とする毎日です。


倉敷の病院に股関節置換手術で入院中の義姉が本来の手術経過とは別だと思われる不調から退院が日延べになっているのに加え、従弟の突然の入院のため各病院を回る毎日、気づいたらあっという間に12月の日々が逃げるように去っていきます。


そんなあれこれで母がお世話になっている訪問医や訪問看護師の方々へのお歳暮も失念していたのに気づいて昨日慌ててご挨拶に行ったり、恒例の年賀状本体を買うことも忘れていました。


Eメールなどの浸透により年賀状廃止を実行している人もけっこういますが、我が家は今ひとつ勇気がなく、かといって積極的ではなくやっつけ仕事の感じで出し続けています。


夫がフルに働いていたときはお中元やお歳暮のやり取りが半端ではなく頭が痛かったですが、現在は大分スリムになりました。


夫も私も虚礼というのが嫌いなので年賀状も大半を削りたいのですが、削っても送ってくださる人にはつい返礼を、との繰り返しで遅々として理想的なスリムさに到達できないのが現状です。


そろそろ年賀状フォームを作らなければ!




さて本日は上原隆氏著『喜びは悲しみのあとに』をご紹介します。


本書は以前このブログでご紹介した『友がみな我よりえらく見える日は』の続編という形式の作品です。



「脳に障害のある子を持つハードボイルド作家、倒産した地方新聞社の元社員たちの困難な再就職、「子殺し」の裁判ばかり傍聴し続ける女、十年間第一線で活躍しながらある日突然「戦力外」通告されるプロ野球投手。人は自らの存在を道端の小石のように感じる時、どのように自分を支えるのか?安らぎと感動のコラム・ノンフィクション第二弾」



つらいこと、悲しいことの続く人生の最中に自分を道端にころがっている小石のように感じる瞬間があるのを経験したことのある人は私を含め多いと思います。


そんな傷ついた自分をどのように支えて生を続けるか、というテーマで市井の人々にインタビューした結果をまとめたのが第一弾『友がみな…』ですが、その後も同じような形式で取材を繰り返すうち、出口の見えない悲しみや苦しみを乗り越えたとき一瞬の光に輝く人間を描きたいという願望から生まれたのが本書です。


したがって本書は最後に一筋の希望が感じられる内容になっています。


前者のタイトルは石川啄木氏の歌から、後者はキャロル・キングの歌「Bitter With The Sweet」の邦題からそれぞれ取ったそうです。


どちらもルポルタージュ・コラムと呼ばれる形式で、1作品はとても短く読みやすくなっています。



さて簡単に本書の内容をご紹介します。


★二分脊椎症という重い障害を持って生まれた息子を持つハードボイルド作家の息子を15歳で旅立たせるまでの述懐を描いた「小さな喜びを糧に」

★中学の3年間をいじめを受け続けて過ごした安田加奈さんの9年後、23歳になった彼女を取材して書き上げたコラム「タイムマシーンに乗って」

何か一度きりのことなら何も怖がることはない。
それがそれっきりで終わってしまうのなら。
けれども持続するものなら怖い。
自分が関係しながら続くことなら、とても怖い。
その怖さを打ち破るにはどうしたらいいだろう。
きっとそれはとてもつらいものになるだろう。
私は眠れない不安を捨てるために恥をかくだろう。
不安は私をこわす。
恐れることは私をつぶしていく。
救いの手はどこにもないと知りながら
胃をこわばらせながら祈るだろう。
誰か助けて!


「このまま朝が来ませんように」と祈るほどの毎日を過ごした彼女の14歳のときの詩。

その後高校生になり、いじめとは無縁な楽しい日々を過ごし、現在恋人もいる23歳の彼女はインタビューに答えてこう言います。

「ああ、タイムマシーンに乗って、あの頃の自分に教えに行きたい。大丈夫だよって」


★倒産した栃木新聞社に勤めていた元社員たちのその後の厳しい人生を追った「会社がなくなった」


★突然近鉄から戦力外通告を受けた小野和義投手。

創価高校からドラフト1位で近鉄に入団、トップクラスの成績をあげ球団を優勝に導いたにもかかわらず、故障のため長いリハビリを終えた矢先の戦力外通告。

自分を見限った近鉄の鼻を明かすためにも西武にテスト生で入団、悪戦苦闘の末近鉄との戦いに勝利した彼の野球人生を描いた「復讐のマウンド」


★「人形になりたい」という欲望を抑えきれず、高校卒業後ひとり暮らしを始めて試行錯誤の末、インターネットで知り合った同じ嗜好のドーラーたちとの情報交換で人形に変身する小道具を揃え、やっと自分の欲望を肯定することに成功したある男性を描いた「わたしはリカちゃん」


★義母の暴力から逃れるように結婚して子どもたちをもうけたはずなのに、気がつくと長女に暴力を振るっている自分に驚愕した藤井朱美は子殺しの新聞記事に心の奥に閉じ込めていた感情の振り子が大きく揺れます。

子殺しの親を知ることは自分自身を知ること、とまっしぐらに15年もの間子殺しの裁判傍聴に気持ちを傾けてきた彼女の心模様を描いた「子殺し」



これら18人の歩いてきた決して平坦でない軌跡が著者の質問を通して淡々と語られています。


バリエーション豊かなそれぞれの人生は共感できたり、できなかったりとさまざまですが、登場人物の重い人生の割には湿った重さのない読後感は感情移入を極力廃した著者の筆力によるものだと思います。


それにしても100人いたら100人の語りつくせない人生があるのだなあということに今更ながら気づいた作品でした。

27歳の若さで肺結核で亡くなった石川啄木ですが、友人金田一京助へ捧げた『一握の砂』は啄木の死の3年前に発表されました。

当時東京の朝日新聞社で校正係をしながら、細々と生計を立てていました。

☆友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買いきて妻と親しむ

☆気の変わる人に仕へてつくづくと わが世がいやになりにけるかな

☆いつか是非出さんと思ふ本のこと 表紙のことなど妻に語れる

☆さびしきは色に親しまぬ目のゆゑと 赤き花など買わせけるかな 

☆一度でも我に頭を下げさせし 人みな死ねといのりてしこと

☆こころよく人をほめてみたくなりにけり 利己の心に倦めるさびしさ

ほんとうに幸せ薄い一生でした。



今日ご紹介する本は啄木の歌からの題名『友がみな我よりえらく見える日は』です。

著者上原隆氏はあとがきで、次のように述べておられます。    

「人生には、自分の努力ではどうにもならない苛酷なことがある。
この本で書いたことの多くはそのような問題だ」

この本には市井の片隅で生きる名もない彼や彼女の14の人生が詰まっています。

この14の人生の主役に上原氏が一時期寄り添い、時には行動を共にしながら交わした会話がそのまま書かれています。

昔ベストセラーになった『アメリカン・ビート』の作者ボブ・グリーンの語り口に似て、
感情を交えない簡潔な文で、淡々と交わした会話から、それぞれの重い人生が見えてきます。

「友人が本物の不幸におちいった時、私は友人になにもしてあげられないことに驚き、とまどった。 私にできることといったら、友人が自力で不幸を克服するのを見ていることくらいだった」

アパートの5階から墜落して両目を失明した著者の学生時代の友人田島にCDをプレゼントすることしか思いつかない著者。

アルコールが原因で妻子と別れ職も家も失った片山とともにダンボール暮らしをしながら駅のゴミ箱から捨てられた雑誌を拾う仕事につきあう著者。

『オキナワの少年』で第66回芥川賞をとった東峰夫は自分にとって大切なものだけ握りしめ、そのほかのものはすべて捨ててきた人生でした。

「ぼくは、一生懸命でした。裏表なく、自分の信じる方向に向かってまっしぐら。18歳で高校をやめた時から走り続けている」と東。

「私のような普通の人は、途中で走るのをやめたんです」と著者。


そのほか、度々襲ううつ病のため、希望する看護士から挫折した上田。

女優をめざして精一杯努力しても、演出家から可能性を否定される田辺。

それぞれの重い人生が著者の手にかかると、なんだか哀愁を帯びた滑稽さを含んだものになり、読み手にホッと一息つかせてくれる、そんな小説です。

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