VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 童話

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お知らせです。

1月13日(日曜日) BS11にて19時~21時 
「ヘレン・ケラーの愛した日本~没後50年 奇跡の人の知られざる真実~」
に当地の大先輩のzensanこと銭本三千年氏が出演されます。

25歳のとき、毎日新聞の記者として大阪を訪れたヘレン・ケラー氏に随行取材をされたという銭本氏。
実際にヘレン・ケラーに会われた方で現存していらっしゃる方としてテレビクルーがご自宅を訪れインタビューされたそうです。
どのような内容か私もとても楽しみにしています。
興味がある方、ごらんくださればと思います。


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松の内も終わり、やっと通常の生活が戻ってきました。


年末から年始にかけて長男一家と娘が帰ってきましたが、娘が先に引いていた風邪がお嫁さんのユカちゃんに移り、2人ともずっと咳と熱で半病人と化していました。


お互いマスクでガードして、空気清浄機をずっとつけっぱなしにして、手洗い、うがい、マヌカハニーを舐め続けたり、プロポリスを飲んだり・・・あらゆる手を尽くしたお陰で帰るころには2人ともよくなり、私たちもどうにか感染せずに済みました~。


使いモノにならない2人に代わって長男とアスカがよく働いてくれて大いに助かりました。


家ではな~んにもしないという長男ですが、買出しにカニ料理、ペペロンチーノや炊き込みおこわを作ってくれて・・・そのおいしかったこと!


我が家は料理男子を推奨しているせいか、男たちは全員料理をします。



今回次男夫婦は年明けの引越し作業のため帰省しませんでしたが、次男もよく料理を作っているようです。



家事や料理の合間を縫って、初詣や卓球場に行ったり、ウノや花札、ふくわらいをしたり。


お正月行事はほとんどこなしました。
  

  



卓球部で日々練習に励んでいる中二のアスカの目覚しいレベルアップには目を見張るばかり・・・もはやラリーが続かない(ーー;)


ネットすれすれのドライブサーブでごまかしていましたが、すぐ会得したようで打ち返せるようになって点数を取られっぱなしでした。


そんなアスカですが、いまだ反抗期ゼロというものに一抹の不安があるものの、毎晩いっしょにお風呂に入るのを楽しみにしているなど幼児と見紛う部分にはかわいいのでみんな目を瞑って楽しみました。


これから一挙に反抗期、思春期が来るのだろうか??


それはそれで本来の成長の途上の姿なのですが。


どちらにしろ親やジジババの心配は果てしないのです。





さて今年の第一弾はエーリヒ・ケストナー氏著&池田香代子氏訳『点子ちゃんとアントン』のご紹介です。 


ケストナーといえば一昨年亡くなった姉の好きだった作家さん。


特に本書はお互いの子どもたちが小さかった頃、読み聞かせの必須アイテムでした。


本が大好きだった姉の影響をもろに受けて育った5歳年少の私。


いまだにヘッセやモーム、堀辰雄などの名前を聞いたり見たりしただけで姉を思い出して胸キュンとなります。


さて本書に戻って・・・


「お金持ちの両親の目を盗んで,夜おそく街角でマッチ売りをするおちゃめな点子ちゃんと,おかあさん思いの貧しいアントン少年。
それぞれ悩みをかかえながら,大人たちと鋭く対決します―
つぎつぎと思いがけない展開で,ケストナーがすべての人たちをあたたかく描きながらユーモラスに人生を語る物語」


懐かしい物語・・・何十年ぶりだろう・・・


でも子どもたちが小さい頃読んだときとはちょっと違った読後感を抱いたかも。


本書はこんな書き出しで始まります。

「なんの話だったっけ? ああ、そうそう思い出した。これからみんなにしようと思っている話ときたら、じつにへんてこなのだ。まず第一に、へんてこだから、へんてこだ」



お金持ちの点子ちゃんと病気のお母さんを持つ貧しくも心優しい少年・アントンの友情の物語・・・2人のちょっと羽目を外したような日々の事柄が章立てとなって描かれているのですが、それぞれの章の終わりにケストナーの注釈が入るという構成になっています。


その「立ち止まって考えたこと」という注釈がまことにためになる道徳的な内容なのです。


例えば勇気と蛮勇の違いとは?について・・・

「ここでは、勇気について、ちょっと話をしよう。アントンは、自分よりも大きな男の子に、パンチを二発、くらわした。アントンは、勇気のあるところを見せた、と考える人がいるかもしれない。でも、これは勇気ではない。蛮勇だ。このふたつは、ひと文字ちがうだけでなく、ちょっと別の物だ」


道徳の教科書そのものを物語にはめ込んだような構成になっているところ、あまりにも教訓に満ちていてちょっと引いてしまいました。


長い長い歳月は私から〈純粋〉とか〈純真〉というものを奪ってしまったのでしょうか・・・。


そんな自分に一抹の寂しさを覚えた作品でした。

あおぞらのふかいところに
きらきらひかるヒコーキ一機
するとサイレンがウウウウウウ
人はあわててけものをころす
けものにころされないうちに
なさけぶかく用心ふかく

ちょうど十八年前のはなし

熊がおやつをたべて死ぬ
おやつのなかには硝酸ストリキニーネ
満腹して死ぬ

  さよなら よごれた水と藁束
  たべて 甘えて とじこめられて
  それがわたしのくらしだった

ライオンが朝ごはんで死ぬ
朝ごはんには硝酸ストリキニーネ
満腹して死ぬ

  さよなら よごれた水と藁束
  たべて 甘えて とじこめられて
  それがわたしのくらしだった

象はなんにもたべなかった
三十日 四十日
はらぺこで死ぬ

  さよなら よごれた水と藁束・・・・・

虎は晩めしをたべて死ぬ
晩めしにも硝酸ストリキニーネ
満腹して死ぬ

  さよなら よごれた水と・・・・・

ニシキヘビはお夜食で死ぬ
お夜食には硝酸ストリキニーネ
まんぷくして死ぬ

  さよなら よごれた・・・・・

ちょうど十八年前のはなし

なさけぶかく用心ぶかく
けものにころされないうちに
人はあわててけものをころす
するとサイレンがウウウウウウ
きらきらひかるヒコーキ一機
あおぞらのふかいところに


(岩田宏第三詩集『頭脳の戦争』の中の「動物の受難」より)


第二次大戦末期の1943年8月16日、住民の危険防止という名目の下、当時の東京都長官・大達茂雄から全猛獣殺処分命令が下り、上野動物園を皮切りに猛獣たちが毒殺されたという史実に基づいて編まれた詩。



戦時下において動物園の猛獣が逃亡して人間に被害を及ぼすのを未然に防止する目的で殺処分することを戦時猛獣処分といったそうです。


人間の都合だけで毒殺や餓死に追い込まれていった多くの猛獣たち。


淡々と書かれた詩から人間の残酷さに対する怒りが伝わってきて胸が苦しくなってしまいます。


東京都長官になったばかりの大達茂雄都長官着任前には日本軍占領地のシンガポールで軍政を担当していたため、戦況の悪化を熟知しており、疎開などの本土空襲対策に熱心であったことから、猛獣処分を命じた大達の真意について、上野動物園長だった古賀忠道は被害予防というよりも国民の危機意識を高めることにあったのではないかと推測していたそうです。


時系列で表すと、殺処分が行われたのは1943年8月16日。


東京は1944年11月24日以降106回の空襲を受けたが、特に1945年3月10日の大空襲では10万人以上の死者と100万人以上の罹災者を出しました。

こうしてみると殺処分が行われたのは東京が空襲を受ける一年以上前。


この時系列を通して、この殺処分はいたずらに国民の不安感を煽り、一致団結して敵に立ち向かうという国民の士気を高めるためのものと見ることができる・・・


先日当地で開催されたアーサー・ビナード氏の講演会で投げかけられたものです。


アーサー・ビナード氏について

1967年、米国ミシガン州生れの詩人・俳人、随筆家、翻訳家
コルゲート大学で英米文学を学び、来日と同時に日本語で詩作をはじめる
2001年、詩集『釣り上げては』で中原中也賞
2005年に『日本語ぽこりぽこり』で講談社エッセイ賞
2007年には『ここが家だ―ベン・シャーンの第五福竜丸』で日本絵本賞を受賞
現在広島市在住
九条の会会員


続いて有名な『かわいそうなぞう』に込められた戦時下の軍上層部の意図についての指摘があり、あらゆる事象について真実を見極める目を持とう!と締めくくられて会は閉じられました。



土家由岐雄氏著&武部本一郎氏絵『かわいそうなぞう』  


「戦争中、上野動物園で三頭のゾウが殺されました。
これは本当にあった悲しいお話です。
毎年終戦記念日に評論家の秋山ちえ子氏が平和への願いをこめてラジオで朗読し、テレビでも紹介された名作」


ほとんどの方が本書を読まれたことがあると思います。


奥付けによると1970年の初版以来、170刷と版を重ねて読み継がれている名著。



ジョンとトンキーとワンリー(別名花子)という3頭のインド象の物語。


あばれんぼうのジョンとやさしいトンキーとワンリー。


象の飼育係はあばれんぼうのジョンの処分はいたしかたないと思っていましたが、性格が優しいトンキーとワンリーは何とか救いたいと園長に懇願するも東京都長官によって拒否されて悲しい結末になったのでした。


最後に餓死したトンキーは絶食開始から30日という長い苦痛の末、あの世へと旅立ちました。


こうして書きながらも、思い出すだけでも苦しくなる内容の作品。


身勝手な都合で捕獲され、故郷から遠く離れた檻に入れられ、人間たちの見世物になり、挙句に身勝手に起こした戦争に巻き込まれた末、抵抗することも許されず殺された動物たち。


あの戦争から70数年たっているというのに相変わらず私たちは動物を含めた他者の苦しみや悲しみにあまりに鈍感であるがゆえの数々の不幸を手を拱いて見ているような気がします。


新聞やマスコミなどの報道、書籍などからおびただしい情報があふれている昨今、自分の目で見て、自分の触覚を磨いて真の情報をキャッチするアンテナを磨かなければと思います。

この作品を通して受け取る深い悲しみを無駄にせず未来の平和へと繋げていきたいというのが切なる願い。


朝8時前、かなりな横揺れの地震、あわててテレビをつけて・・・震源地を確認。

大阪府北部を震源とした震度6程度。


震源地から2県分離れている当地はだいたい震度3と推定されていましたが、体感では震度4くらい。


震源地近くの高槻、枚方に夫や私の友人知人が住んでいるのでそれぞれ電話して安全を確認してほっとしました。


続いて大津の義姉のところに電話、テレビの上の飾り物が落ちたくらいで大丈夫とのこと。

神戸の須磨区の友人も同様。


影響があったら大事と不安な運転中の関西電力大飯原発3、4号機と高浜原発4号機にも異常がないことが確認されたそうでよかった。


阪神淡路大震災に被災した経験者なのにいざ地震となるとただオロオロするだけで、食卓の下にもぐりこむくらいしか手立てを思いつかない私たち・・・。


教訓がな~んにも生かされないことが恥ずかしいですが、生かさないで済むようなこれからであれと祈るのみであります。


テレビニュースで徐々に被害状況が明らかになりました。


末尾になりましたが、3人のお亡くなりになられた方、ご家族の方々、そして怪我をされた方々、お住まいに損壊があった方々に謹んでお見舞いを申し上げます。

余震への不安を含めて眠れない夜を過ごされることを想像するといたたまれませんが、どうぞこれ以上被害が広がりませんように。





さて今回は新美南吉氏著&鈴木靖将氏絵『でんでんむしのかなしみ』


「皇后さまの心に「何度となく、思いがけない時に記憶によみがえって」きた『でんでんむしのかなしみ』を初め、心にしみる南吉童話の世界。
「ある日、でんでんむしは、気がつきました。
かなしみは誰でももっているのだ。わたしばかりではないのだ…。
悲しみをこらえ続けるその向こうに、他人を思いやる優しさや愛が生まれることを伝える絵本」



1998年に開かれた第26回IBBYニューデリー大会の基調講演で美智子皇后がビデオ講演された際に引用されたことで更に注目を浴びた新美南吉原作の「でんでんむしのかなしみ」。



著者の故郷である愛知県半田市にある新美南吉記念館には遺品や童話集などの書籍の他、原稿などを展示保存しているそうで、一度行ってみたいリストの一つ。


不遇な生涯の途上、結核のため29歳という若さで夭折した著者。


短い生涯で遺した作品は、童話123編、小説57編、童謡332編、詩223編、俳句452句、短歌331首、戯曲14編、随筆等17編とされているそうです。


なかでも小学校の国語科教科書に半世紀以上も載り続けている「ごんぎつね」は、世代を超えた国民的文学として親しまれています。


だれでも一度は新美作品に触れた思い出があるはず。


このブログでもレビューをご紹介していますのでよかったらどうぞ。

『ごんぎつね』のレビューはこちら    


ある日突然、自分の背中の殻に悲しみが一杯つまっていることに気づいてしまったでんでんむしは友だちを次々訪ね、もう生きていけないのではないかと話します。


なぜ自分はこんなに辛いのだろう、なぜこんな悲しい目に遭うのだろう。


友だちのでんでん虫たちは、それはあなただけではない、私の背中の殻にも悲しみは一杯つまっていると答えます。


いつも楽しそうなあの人も幸せそうなこの人もきっとみんな同じように悲しみを背負っているのだろう。


「悲しみはだれでも持っているのだ。
私ばかりではないのだ。
  私は、私の悲しみをこらえていかなきゃならない」



私も主人公のでんでんむしのように思うことがしばしばです。


人と比べることはよくないけれど、自分以外の人もさまざまな荷を背負って生きているのだなぁと深い共感をもって感じるとき、生きるとはこんなことなんだと納得できるのです。



生まれた瞬間から死がその歩みを始めている、といったのはジャン・コクトーだったかしら??


晩年の母も悲しみを口にしていたっけ。


老いの中生きていること自体に対する漠然とした悲しみ。


でも私の背中の殻には生の悲しみだけではない、たくさんの喜びや輝きを失わない感動、人のやさしさなどがいっぱい詰まっていることも知っています。


おいしかった思い出も、あふれる感動も。



自分の内面の悲しみを通して他者の苦しみを知ったでんでんむしの成長は自分のためだけでなく自らのために生きる支えになるという名著。


これから果てしない未来が広がっている子どもたちがこの思いを掬い取れる感性を磨くよすがにしてほしいと思うのです。

年末年始の多忙に取り紛れてパソコンを開かないでいたところ、いざブログを書こうとwordを開いたら不穏なメッセージ。

ためしにexcelを開いてみても同じ。


ブログの下書きや短歌関係の作歌などすべてwordで作業して保存しているのでお手上げ状態になりました。


yahoo知恵袋や、IT企業にいる娘の電話での誘導などでさまざまに修復作業をしてみたのですが出来ず・・・仕方なく年初のブログはメモ帳で下書きしてやっとアップしましたが、いちばん困ったのが短歌関係。


紙に書いて残していれば問題はないのですが、思いついた歌はほとんどwordに書いて推敲を繰り返しているので、記憶を呼び戻して紙に書くということが困難ということがわかって猛反省。


どうやらMicrosoft Office関係の破損か、2003年ものだったのでとっくにサポートが終ったのか?


ということでついに新しいMicrosoft Officeを購入することでやっと解決しました。


歌会が近づいていて提出歌を送らなければならないので気が急いていましたが、やっと送ることができてホッ。



つくづく便利な機器に足を取られている自分を省みた新春でした。

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小春とスーパームーン







さて本日は大塚勇三氏著&赤羽末吉氏絵『スーホの白い馬』で2018年を始めます。

  
「淡い、水彩のような絵で描かれた、モンゴルの民話。あまりなじみのない馬頭琴という楽器ができた、そのわけが語られる。
 スーホというのは、昔、モンゴルに住んでいた羊飼いの少年の名前。
貧しいけれど、よく働き、美しい声をした少年だった。
そのスーホがある日つれて帰ってきた白い子馬は、だんだんと大きくなり、スーホととても仲良くなった。
スーホは白い馬のために、白い馬はスーホのために一生懸命だった。
ところが…。
見知らぬ国モンゴルにノスタルジーさえ感じさせる絵の色彩とトーンが、悲しくも美しいストーリーにいっそうの深みを加えている」

2014年12月発行、131刷。

永遠のロングセラー。


著者の大塚勇三氏が1967年に中国語のテキストから採話し、その物語に赤羽末吉氏が挿絵を描き、福音館書店から絵本として出版したのが最初。


出版とほぼ同時期に光村図書出版の小学校2年生の国語教科書に採録されたそうです。


もともと現在の内モンゴル自治区のシリンゴル盟を中心に語られてきた民話でしたが、モンゴル国では「スーホの白い馬」は日本人から聞いて初めて知るほど知名度は低いそうです。


羊飼いの少年・スーホと白い馬の物語。


皆さん、内容はご存知でしょうが、簡単なあらすじを・・・


道で倒れていた白い子馬を拾ったスーホはその子馬を大切に育てます。

数年後、領主が自分の娘の結婚相手を探すため開いた競馬大会で、立派に成長した白い馬に乗って優勝したスーホ。

しかし領主は貧しいスーホを娘とは結婚させず、スーホにわずかな銀貨を渡し、さらに白い馬を自分に渡すよう命令します。

スーホはその命令を拒否しましたが領主の家来たちに暴行され白い馬を奪われてしまいます。


白い馬は領主が宴会をしている隙を突いて逃げ出しましたが、領主の家来たちが放った矢で体中を射られたため、瀕死の状態でスーホの元に戻ります。


スーホの必死の看病にもかかわらず翌日白い馬は死んでしまいます。


悲しみにくれるスーホの夢の中に白い馬が現れ、自分の死体を使って楽器を作るようにスーホに言い残します。
そうして出来上がったのが一台のモリンホール(馬頭琴)でした。


「馬頭琴」の由来となった切ない物語。


モンゴルの大平原を吹き渡る風の中、駆ける白い馬とスーホの姿が目に浮かびます。


初めて読んだとき、権力者の不条理な仕打ちに怒りが抑えられませんでしたが、年を重ねた現在、どのような理不尽な事柄でも受け入れるしか選択肢がない、ということが多々あるとわかります。


動物は私たち人間よりずっとずっと自然に自分の運命を受容しているよう。


諦めが悪く死ぬまであがき続ける人間の姿は一概に悪いとは決められませんが、どんな運命でも時として受容しなければならないということをしっかり受け止めていきたいと思いました。


ノーベル文学賞の季節がまたやってきました。

毎年毎年、村上春樹氏への受賞期待が高まっては沈みますが今年も同じ・・・

カズオ・イシグロ氏に決定しましたね。


「偉大な感情の力を持つ数々の作品において世界と結び付く、われわれの幻想的感覚を深い根底から見つけ出してきた」というのが受賞理由だそうです。


私の好きな作家さん・・・ほとんどの作品を読んでいます。


映画化されたのもいくつかあり、きっと原作を読まれてない方でも「日の名残り」や「わたしを離さないで」は当時話題になったので観られた方も多いでしょう。


ご自身にとって偉大な現代作家だと思っている3人のうちの1人に村上春樹氏を挙げていらっしゃるカズオ・イシグロ氏。

 「村上さんは現実と微妙に違う『もうひとつの世界』を描きながら、読む人に親近感を抱かせる稀有な才能を持っています。
驚くのは、世界のどこへ行っても村上さんの作品がよく読まれていること。
英国でも翻訳文学は人気がないのに、唯一の例外が村上さんです。
世界の人々は日本に関心があるからではなく、村上さんを身近に感じるから読んでいる」


残念ながら私は村上氏の作品をそういうふうに読めなくて、途中挫折ばかりしていますが、来年はやはり村上氏に是非!!


カズオ・イシグロ氏の作家歴について少し

1982年『遠い山なみの光』で王立文学協会賞受賞 
1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞受賞
1989年『日の名残り』でブッカー賞受賞 
2000年『わたしたちが孤児だったころ』
2005年『わたしを離さないで』でブッカー賞最終候補  
2009年『夜想曲集:音楽と夕暮れを巡る五つの物語』  


最初の作品である『遠い山なみの光』は5歳まで育った長崎を舞台に、幼いころの徐々に薄れていく記憶を呼び戻すという意味も含めて執筆されたそうです。

また『日の名残り』も老執事の回想という形で描かれています。


著者にとって「記憶」というのがとても重要な小説の核となっているようです。

「ただ、『わたしを離さないで』の中の記憶は、他の作品とは別の機能を持つ。
死と戦う武器ということです。
キャシーは友人や恋人らをすべて失うが、記憶だけは誰にも奪われなかった。
彼女を最後まで支えたのが、幸せな記憶です。
記憶があれば、死に対して、ある部分では勝ったといえると思う」 と著者。


『わたしを離さないで』はほんとうに哀しい物語、今でも読後の切なさを思い出します。







さて本日は新美南吉氏著黒井健氏絵『ごんぎつね』です。


「兵十が病気の母親のためにとったウナギを、いたずら心から奪ってしまった狐のごん。
名作の世界を格調高い絵画で再現した絵本」
1913年愛知県半田市に生まれる
1932年『ごん狐』
1935年『デンデンムシノカナシミ』
1942年『おぢいさんのランプ』
1943年『牛をつないだ椿の木』
1943年『手袋を買いに』
1943年結核のため29歳で逝去


本書を直接読まれた方、教科書に載ったのを読まれた方、育児中子どもに読んであげた方など、内容を知らない人はほとんどいないだろうほど有名な童話です。


主な登場人物はいつもひとりぼっちの孤独な狐・ごんと猟師の兵十。


ひとりぼっちでいたずら好きのごんは兵十に近寄りたくて、兵十が仕留めたうなぎを盗みますが、それは病の床にいた兵十の母親への食べ物だったことを、まもなく兵十の母親の死によって知ることになります。


ごんは自分の愚かな行為の罪滅ぼしをしようと野山で取った栗などを兵十の家にこっそり投げ込むことを続けます。


結局最後、兵十に姿を見つけられたごんは銃で撃たれてしまいます。

「・・・兵十は立ち上がって、なやにかけてある火なわじゅうをとって、火薬をつめました。
そして、足音をしのばせて近よって、今、戸口をでようとするごんを、ドンとうちました。
ごんは、ばたりとたおれました。
兵十はかけよってきました。
うちの中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが、目につきました。
「おや。」と兵十はびっくりして、ごんに目を落としました。
「ごん、おまいだったのか、いつも、くりをくれたのは。」
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
兵十は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。
青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました」



あっけないほど短いこの童話、何度読んでも胸に深く沁みこむものがあります。


運命の力が災いして幸福な関係をもてなかったごんと兵十。


お互い悪意は欠片もないのに、自分の大切なものを葬ってしまう・・・


自分の身に置き換えて、こんなことを思いながら・・・今回も悲しみがこみ上げました。


透明感のある文章、絵担当の黒井健氏の挿絵がとても温かくすてきです。

年明け9日に友人と3人で岡山県北の湯郷温泉に行ってきました。

今回の宿Kは昨年末夫の手術回復一周年を記念して2人で行った宿。

夫は過去にゴルフ仲間や学生時代の友人たちと訪れていて4度目でしたが、私は今回を入れて3度目。


こじんまりとした落ち着いた宿で接客も行き届いていて気持ちのいい宿と評判も上々。

ずっと以前女子サッカーが今ほど有名ではなかった頃、湯郷Belle所属でなでしこジャパンの主将・宮間あや選手がお風呂掃除のアルバイトに通っていたところ。
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練習場が近くにあるので、今でもときどき湯郷Belleの選手たちが温泉に入りに来られるそうです。


おいしい夕食、今回こそは全部写真に撮ろうとデジカメをスタンバイしていたにもかかわらず、食べるほうに気がそそられて全部は撮れませんでした。
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さて今回は浜田廣介氏・作&梶山俊夫氏・絵著『泣いた赤おに』のご紹介です。 


「人間と仲良くなりたいという赤おにの願いを助けてくれた青おにでしたが・・・。
まごころの大切さを感動的に描いた名作の愛蔵傑作版」


「ひろすけ童話」として教科書にも載ったこともある有名な童話なのでほとんどの方が読まれたり、お子さんたちに読み聞かせをされた経験があると思います。

1965年に偕成社から初版が出て以来、多くの出版社から刊行されています。


『幸福の王子』や『ユンボギの日記』などとともに私にとっても永久保存版の童話本、再読を繰り返すたびに思索が深くなる作品です。


未読の方のために簡単なあらすじを記しておきます。

山の崖下に住んでいる心優しい赤鬼。

ふもとに住む村人たちと友達になりたいのに外見の恐さゆえ警戒して近寄ってくれないことを嘆く赤鬼の悩みを聞いた鬼仲間の青鬼が以下の提案をします。

「自分が悪い鬼として人間の家で暴れるからきみが僕をやっつけて追い出したらどうか。
そうすれば人間たちはきみを信用するだろう」

提案を実行した結果村人たちは赤鬼に心を開き友達づき合いが始まりますが、青鬼は置手紙を残し赤鬼の前から姿を消してしまいます。

「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。
もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。
それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。
さようなら、体を大事にしてください。
ぼくはどこまでも君の友達です」


天災や人災、法案などざらざらした課題を多く残したままの2014年の幕開け、阪神淡路大震災辺りから発揮しはじめた日本人のボランティア精神や東日本大震災と原発事故を通して生まれた「絆」という言葉があまりにも乱発されすぎて言葉だけが一人歩きしている感が拭えない昨今です。


昨年末、哲学者・千葉雅也さんと批評家・浅田彰さんの対談で指摘されていた「つながりすぎ社会」という今の若者中心の日本の現状、すごく共感できます。

LINEなどを通した過剰な接続がかえってコミュニケーションを空疎にし形骸化させているというもの。

東日本大震災のあと、タレントや歌手など多くの著名人が必ず口にした「絆」とともに「僕たちはいつも君たちのそばにいる」というメッセージが言葉だけの空虚さで空回りしていると感じた方も多かったはず。

かくいう私も伝える手段としての言葉を選ぶならそのようになるのはよく理解できます。


平和や愛を命がけで達成しようと思うなら、通りのよい上辺の言葉や文字のメッセージ、歌や署名活動、デモに加わったりすることではとうてい到達できないという重い事実を学ぶことができるのが本書。


本気で信頼や愛を得ようとするなら自分の持ち物、最後には命さえ差し出す覚悟がいるというのが究極のメッセージであろうと思います。

逆に何かを得ようと欲すれば必ず大切な何かを失うという条理、どちらも得たいと思うのは世の常、得るものと失うものを天秤にかけて思案するというのもあまりにも賢しらで避けたい気持ちが私にはありますが、一瞬の気迷いで選んだ行動があとで大きなものを失う結果になったことは今までにも経験があります。


青鬼を失ってしまった赤鬼の深い後悔と悲しみはきっと人間の信頼を勝ち得た満足感をはるかに超えるものだったと想像しますが、赤鬼の前には後悔先に立たずの現実が立ちはだかっているという人生の厳しさをも示唆した作品ではないでしょうか。


幸福の王子のように自分が犠牲になることで他者を生かすという青鬼の無償の愛と、そして外見だけで判断する愚かな人間の性、本当に大切なものは自分のすぐ近くにあったことを知る赤鬼の後悔・・・学ぶべき多くのことが詰まっている作品でした。

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