VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 江國香織

自分の住むマンションで年に1度のガス感知器の定期点検がありました。


電脳のこの現代にうちわ片手にマンションの各戸を巡回する点検員の方の姿は何だかユーモラス。


点検員の方がうちわで風を送りながら点検を終えました。

あまりにケンドー・コバヤシに似ているのでまじまじと見てしまいました^^;


「異常ありませんでした」

「ケンコバに似ているって言われません?」

「よく言われます、そんなに似ています?」

「すごく似ています。
ところでアルコール系に異常に反応して困っているんですけど」

「それでしたらアルコール系への感度が低い感知器もありますよ」

「そうなんですか? おいくらですか?」

「13000円です」


今年に入ってから何度もマンション中に警報を響かせ、警備保障の方に駆けつけられ平身低頭しているので、5000円以内なら交換してもと心が動きかけましたがいかんせん高すぎ!


換気扇を「強」にして窓を全開しても鳴り響く警報


料理するのにこんなにドキドキするなんてまるでサスペンス劇場の逃げる犯人のようで心臓に悪い!


そのくせ先日ガスを1時間もつけっぱなしにしたまま食事していたときにはウンともスンともいわなかったのはなぜか。


八つ当たりとはわかっていても毎回目の敵にしたくなります。   



それにしても年数がたつにつれだんだん感度も鈍くなるのが普通の機器だと思うのに、年々警備保障が駆けつける回数が増えているような気がします。


もしかしてお酒を目の敵にするモルモン教かアラーの神か断酒会の回し者か。


というわけで今日は日本酒とみりんを大量に使う「めんつゆ」を作るのにカセットコンロをベランダに持ち出して思いっきり煮きりました。                  

なんとも恨めしい我が家の感知器の話でした。




さて本日は江國香織氏著『号泣する準備はできていた』です。

父親は江國滋氏であり、多くの女性読者の共感を得ている作家さんであるということは知っていましたが、作品を読むのは今回が初めてです。

Wikiで調べてみましたがすごい受賞歴です。

1987年『草之丞の話』で「小さな童話」大賞
1989年『409 ラドクリフ』で第1回フェミナ賞
1992年『こうばしい日々』で第38回産経児童出版文化賞&第7回坪田譲治文学賞
1992年『きらきらひかる』で第2回紫式部文学賞
1999年『ぼくの小鳥ちゃん』で第21回路傍の石文学賞
2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で第15回山本周五郎賞
2004年『号泣する準備はできていた』で第130回直木賞
2007年『がらくた』で島清恋愛文学賞を受賞されています。


他に辻仁成氏との共著で話題になった『冷静と情熱のあいだ』や『『左岸』など多数。



12の短編集からなる本書、ほとんどが40歳前後のさまざまな立場の女性の心模様を掬いとって淡い色で描写したような作品です。


あとがきで著者ご自身が次のように記していらっしゃいます。

「たとえば悲しみを通過するとき、それがどんなに不意打ちの悲しみであろうと、その人には、たぶん、号泣する準備はできていた。
喪失するためには所有が必要で、すくなくとも確かにここにあったと疑いもなく思える心持が必要です・・・かつてあった物たちと、そのあともあり続けなければならない物たちの、短篇集になっているといいです」


いつの間にか心がすれちがってしまった夫婦や17歳のときの淡い泡のような恋とも呼べない同級生との思い出、展望がないゆえに今を大切にするレズビアンのカップル、かつては確かに愛し合ったのに夫に愛のカケラさえ感じなくなった自分に戸惑っている女性などが薄いフィルターのような膜を通して描かれている、絵でいえば、中間淡色を使って本質をぼんやりさせたような、そんな感じの短篇集。


これが果たして直木賞受賞に耐えうる作品かどうかという疑問が残りましたが、読後は淡雪のように痕跡も残らないかわり、粘着質のいやな感じはありませんでした。


作中で過去を回想し、かといって過去に振り回されるのともちがう主人公たち。

現在を喜びとも哀しみとも断定できない中間のところで漂っているという浮遊感を描くのがうまい作家さんです。


いわば洗練された都会に潜在的な憧れを持つ若い女性にとっては生活感の淡やかな、捉えどころのないこんな小説が受け入れられるのでしょうね。

「女性は子どもを産む機械」と発言された柳沢厚労相が、今度は少子化対策への取り組みに関して「若い人たちは、結婚したい、子どもを2人以上持ちたいという極めて健全な状況にいる」と発言したため、またまた波紋が広がっています。


多くの方々から「子どもがいない、あるいは1人の場合は不健全とも受け止められる」と反発されています。


発言すればするほど、深みに嵌っていくお気の毒な柳沢氏ですが、「週刊朝日」では奥様が「夫を叱る!」と銘打ってインタビューに応じられているようです。


見出しだけなので詳しい記事の内容は知りませんが、柳沢氏が頭を抱えておられる様子が目に見えるようです。


今回の発言を利用して政治に繋げる反発を表明する議員の方々も含めた世の男性方の中にも、言葉の奥底のご自分の女性に対する意識を言い当てられたように感じている方がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。


男性だけでなく、女性の中にも柳沢氏と同じような意識を抱いている方も少なくないと思います。


意識改革は長くゆるやかな歴史の中から自然に変化してくるものではないでしょうか。


男性、女性の枠を超えて、ある意味でのいじめにつながるような発言は形だけでも慎んでほしいと思います。




今回は現在活躍されている7人の人気作家による『いじめの時間』をご紹介したいと思います。


以下が執筆された方々の略歴です。




★江國香織氏-2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞受賞、エッセイストであり俳人である江國滋氏の長女

★大岡玲氏-1989年『黄昏のストーム・シーディング』で三島由紀夫賞、1990年『表層生活』で芥川賞受賞、詩人大岡信氏の長男

★角田光代氏-1990年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞、2000年『キッドナップ・ツアー』で路傍の石文学賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞受賞、夫は芥川賞受賞者伊藤たかみ氏

★野中柊氏-1991年『ヨモギ・アイス』で海燕新人文学賞受賞

★湯本香樹実氏-1992年『夏の庭』で日本児童文学者協会新人賞、児童文芸新人賞受賞

★柳美里氏-1996年『フルハウス』で泉鏡花文学賞、1997年『家族シネマ』で芥川賞受賞

★稲葉真弓氏-1992年『エンドレス・ワルツ』で女流文学賞、1995年『声の娼婦』で平林たい子文学賞受賞


「魂を壊さないでよ」という帯がついたこの本では7人の作家がそれぞれいじめる側、いじめられる側にたって物語を作っています。


読んでいくうち、どんな人間の心にもある残酷なかけらがふと何かのきっかけが後押しして表層に顔を覗かせたが最後、どんどん深みに嵌っていくという行程が理解できます。


どのように時代が流れようが、対象が変わろうが、「いじめ」を根絶することはとても難しいような気持ちにさせられる本です。


◆無二の親友の心が危うくなっていくにつれ、だんだんクラスで孤立していく様を描いた江國香織氏「緑の猫」

◆ありきたりの家庭生活の夫であり父親である高校教師の心の中に潜む他虐的行為を描いた大岡玲氏「亀をいじめる」

◆部活動という実力がものをいう世界でいじめに遭う非力な主人公が密かに計画した仕返しを実行する様子を描いた角田光代氏「空のクロール」

◆座席という教室の居場所をめぐって、どんどん不安の海に流されていく高校2年の少女が踏み込む虚実ないまぜの世界を巧みに描いた野中柊氏「ドロップ」

◆いじめる側にいた少年が標的の少年と心を通わせたことで降りかかった恐ろしい結末までを描いた湯本香樹実氏「リターン・マッチ」

◆転校生を教室に迎えたことでどんどんいじめの気持ちと行為が膨らんで、最後にはパチンとはじけてしまうまで自分の気持ちに折り合いをつけられない気持ちをいじめる側の少女を通して描いた柳美里氏「潮合い」

◆体の不具合から‘かかし’とあだ名され、いじめから逃れ、死ななくてすむように家出した中学生の少年が先生や母親、級友に当てて書いた手紙形式の稲葉真弓氏「かかしの旅」


「かかしの旅」の主人公の少年の言葉には重みがあります。

「ぼくは思う。
本当は、みんなも怖いんだろうなって。
だれかを追い詰めて、とかげのしっぽきりみたいなことをしていないと、体が震えるほど孤独なんだ。
殴ったり、殴られたりしてないと生きてる気分がしないんじゃないか」


子どものいじめの背景にある大人の社会の暗部。


ここで出てくる子どもたちに比較して、教師、親たちのなんと影が薄いことか、そして保身を第一義とした大人たちの道化師のような行動が何一つ解決の道に到達しないことの頼りなさを感じました。

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