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ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 小川洋子

どこへも出かけない一日。

朝からコロッケを山ほど作って、一部を冷凍。

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次男に送るものがあって、ダンボールの開いたところの詰め用に「何がいい?」と聞いたところいくつかの好物が記されたメールが返ってきました。


未だにひとり暮らしで柴の仔犬と暮らしている次男は料理もまったくしない・・・というか休日も返上するほど仕事に没頭している日常なので・・・きっとコンビニ弁当の日々。


たまには送ってあげようかな、とメールに羅列していたものをいくつか作りました。


「ピリ辛こんにゃく」「ピーマンの甘辛炒め」「コロッケ」「鯵の南蛮漬け」「ワカメとたこの酢の物」など。

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ちなみに次男はまったくお酒を飲みませんが、所望したものをみるとお酒の肴になりそうなものばかり。


白ご飯もほとんど食べないので、おかずだけ食べるのかな?・・・それもドッグフードだけの小春の目の前で^_^;


 



さて本日は小川洋子氏編集『小川洋子の陶酔短篇集』です。


「短篇と短篇が出会うことでそこに光が瞬き、どこからともなく思いがけない世界が浮かび上がって見えてくる。
魅惑の16本と小川洋子のエッセイが奏でる究極の小説アンソロジー集!」


小川氏によって選ばれた時代を超えた16の短篇小説と小川氏によるそれぞれの短篇へのオマージュというべきエッセイのコラボ。


著者によって厳選された短篇もさることながら、著者のエッセイの味わい深いこと!


2つの作品の交差によって醸し出される不思議な魅力。


本書に先駆けて同様の形式で上梓した『小川洋子の偏愛短篇箱』の続編に位置するもの。


想像力と筆力の豊かな著者ならではの今までトライされたことのないとっておきのコラボ第二弾です。


16の短篇小説の著者はいずれも数々の賞を持つ名だたる作家さんがずらり。


順不同ですが、挙げると・・泉鏡花氏、川上弘美氏、武者小路実篤氏、色川武大氏、小池真理子氏、岸本佐知子氏、小池昌代氏、武田泰淳氏、木山捷平氏、魚住陽子氏、庄野潤三氏など。


著者のエッセイがプラスしてよりおもしろさが引き出されたと思われるのが色川武大氏「雀」と著者のエッセイ「死後の父」、武者小路実篤氏の「空想」と著者の「空想倶楽部」も興味深いコラボ作品でした。


それにしても小川洋子ワールドのテリトリーの広さといったら!


おそるべし!

次男からウィークデイの昼間に電話があり、ペット可のホテルに泊まらないかというお誘い。

小春に会えるチャンスと心浮き立つ申し出ではありましたが、体調が沈んでいて外出も控えている昨今なので泣く泣く断りました^_^;

一般企業では恒例お盆休みを返上して出勤していたので変則の休みを取っているらしい次男。

めったに電話がかからないのでしばらく引き止めて会話。

どうやら自宅かららしく、その間小春のいたずらを注意したり、小春が糸くずを飲みこんだと大騒動で中断したり・・・会話どころでなく忙しいこと!

チビのいたずらっ子がいて目が離せない様子に笑ってしまいました。

吠えることはめったになく無言で駆けずり回るらしい。

おしっこのしつけも中途半端でゲージから出るとそこら中おしっこをするとか。

けっこうなめられている様子。

動画を送ってくれてそれを繰り返し観て慰められています。

それにしても独身のお年頃の男子がペットと2人で休みを過ごす・・・早く人間のお相手を見つけて・・・母の願です。




今日は小川洋子氏著『最果てアーケード』のご紹介です。

「ここは、世界でいちばん小さなアーケード――。
愛するものを失った人々が、想い出を買いにくる。
小川洋子が贈る、切なくも美しい記憶のかけらの物語。
天井は低く、奥行きは限られ、ショーウインドーは箱庭ほどのスペースしかない。
そのささやかさに相応しい品々が、ここでは取り扱われている。
使用済みの絵葉書、義眼、徽章、発条(バネ)、玩具の楽器、人形専用の帽子、ドアノブ、化石……。
どれもこれも窪みにはまったまま身動きが取れなくなり、じっと息を殺しているような品物たちばかりだ」


「BE・LOVE」連載のコミック(有永イネ/画)の原作として初めて書き下ろした小説。


主人公は時代から取り残されたような小さなアーケードの大家でもあり配達係をしている「私」。

このアーケードで生まれ、16歳のときアーケードの持ち主だった父親を火事で亡くして以来大家となった彼女の目を通してアーケードにある店主たちやお客たちの人間模様を描いた連作になっています。

アーケードの中心にある小さなパティオが彼女と飼い犬・べべの居場所。

それぞれの店主とお客のやり取りがよく聞こえるほどの小さな小さなアーケード。


レース店、義眼屋、ドーナツ屋、ドアノブ屋、勲章屋、紙屋など時代から置き忘れられたような風変わりな店と訪れるお客もまた退廃的な雰囲気が漂っています。

現世の話かそれとも・・・途中から時間という枠を取り外したような窪みにすっぽり入り込んでつましい生の営みを紡いでいるような・・・。

義眼屋や遺髪レース屋の醸し出す独特の雰囲気が読了後も言葉で描けない余韻を残した作品でした。


「幻想的」というありきたりの言葉で表わすには抵抗がありますが、儚く切ない物語です。

一昨日の梅雨の合間、友人たちと岡山県の新見市美術館「生誕100年佐藤太清展-煌めきの瞬間を永遠に-」を観に行ってきました。
 
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6月8日までの開催ということですべり込みセーフ。

新見は伯備線で岡山市から2時間ほど。

その新見駅から徒歩で10分ほどのところにありますが、緑の木々に囲まれた自然豊かな小高い場所にあり、エントランスに行き着くまでにかなりの石段を上がりましたが、途中竹林があったりしてじゅうぶん目を楽しませてくれました。


佐藤太清画伯は日本画家として多彩な活動をされ日展などで権威ある賞を受賞され、日本芸術院会員だったそうですが、未知の方でした。

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大正 2年(1913)  11月京都府福知山市に生まれる
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昭和 8年(1933)  児玉希望塾に入門
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昭和18年(1943) 第6回新文展「かすみ網」初入選
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昭和22年(1947) 第3回日展「清韻」特選
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昭和27年(1952) 第8回日展「睡蓮」特選・朝倉賞受賞
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昭和41年(1966) 第9回新日展「風騒」文部大臣賞受賞、翌年日本芸術院賞受賞
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昭和55年(1980) 日本芸術院会員となる
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昭和63年(1988) 文化功労者に列せられる
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平成 4年(1992)  文化勲章受章
________________________________________
平成 5年(1993)  福知山市名誉市民となる
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平成16年(2004) 11月逝去、従三位に叙せられる
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ラッキーだったのはちょうど到着したとき、画伯の女孫であり美術史家の安田晴美氏のギャラリートークにいきあたり、2時間近くを各作品の解説を受けながら故・太清氏の人となりや作画の動機や背景などを知ることができたことです。

日常の風景の中に埋もれているようなさまざまな美を掬い上げて究極まで追求する感性のすばらしさに感服しました。

       

草花や樹木、鳥に対する際立った鑑識眼が生かされた作品が数多く、特にさまざまな種類の鳥と樹木のコントラストがすばらしく、光と影の持つ力に圧倒されました。

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画伯の3歳の長女のお節句の着物姿を描いた絵が愛らしく、昭和20年という物資のない時代に画伯の妻が長襦袢を仕立て直したのがこの着物だったというエピソードをお孫さんに当たる安田晴美さんからお聞きしたり・・・有意義な一日でした。




今日は小川洋子氏著『みんなの図書館2』のご紹介です。

「ふらりと入った図書室で、書棚を眺め、ふと目にとまった本に手をのばす。
そんな自由な出会い方が似合う内容の本なのです。
本書はややこしい分析や解釈とは無縁です。
ただ面白い本について思うままを語る。
それに尽きます。
本を読む最も素朴な喜びにあふれた本、と言えると思います」(まえがきより)


毎週1冊文学作品を紹介しているラジオ番組「Panasonic Melodious Library」を本の形にしたものが本書、2冊目の刊行です。

「春の本棚」「夏の本棚」「秋の本棚」「冬の本棚」と4部構成になっていますが、どの本棚から入っても、また目次一覧の書籍名から入ってもいいと思います。

著者もまえがきで触れていらっしゃるように、もちろん第一巻から読まなければならないというようなことはまったくありません。

小川洋子氏によって選択された古今東西47冊の作品の中には遥か昔学生時代に読んで深く印象に残っているものや、比較的新しく手に取ったものなど、かなり幅広く多彩な作品が並んでいます。

もちろん未読のものもたくさんあり、中には映画などで名前と内容は知っているものなどが、著者がまえがきで記されていたようにとても平易な文で著者ご自身の感動をまっすぐに表現していらっしゃってとても好感の持てる読書感想文となっています。

すぐに読んでみたい、再読したいと思わせる素朴な感想がすてきです。

読んでみたいのをランダムにピックアップしてみました。

テネシー・ウィリアムズ氏『ガラスの動物園』
湯本香樹実氏『夏の庭』
J・M・クッツェー氏『鉄の時代』
ウィリアム・サマセット・モーム氏『月と六ペンス』
吉田兼好氏『徒然草』
星野道夫氏『旅をする本』
ジョン・スタインベック氏『ハツカネズミと人間』
などが再読または是非読んでみたい作品。

たとえば湯本香樹実氏の『夏の庭』の感想の書き出しはこうです。

「三人の小学生を主人公に据えたこの物語。
彼らは夏休みに入ると、毎日『ある場所』を見張りに行くようになります。
そこは、町外れで一人ひっそりと暮らす老人の家でした。
彼らがその家を見張り続けるのは、老人が間もなく死ぬのではないかという噂を耳にしたからです・・・
ところが監視を続けるうちに、三人は老人と言葉を交わすようになり、少しずつつながりを深めてゆきます。
監視対象であった老人が、少年たちの中で血の通った人間となり、そのことがまた、彼らに精神的な成長をもたらす・・・
こうして、小学生と老人は、立場や年齢の壁を越えて、かけがえのない関係を築き上げるのです。
最初は少年三人と老人の物語だったものが、気づいたら男四人組の物語に変化している、これが、この作品のなんとも言えない面白さでしょう」

ラジオでの語り口そのままの静かなそして難解な言葉の1つもない文章に知らず知らずに魅せられて、レビュー対象の作品を読みたいと思わせる作品でした。

ぜひどうぞ!

我が家はゲームが大好きな家族です。


長男がビー玉に興味があった年頃には正方形のコタツ板の四隅にマジックで陣地を描き、夫が考案したビー玉陣取りゲームをしたり、百人一首はもちろん各種トランプゲーム、花札、オセロ、億万長者ゲームなど家族でさまざまなゲームをしてきました。


父親の影響で早くから家族マージャンや囲碁をして成長した夫の嗜好的影響が大いにあったというところ。


マージャンに関しては私や子どもたちも早くから洗礼を受けましたが、身についたのは長男のみ。


夫を含めた3兄弟の長じての楽しみの中心となっている囲碁に関しては我が家の子どもたちの腕前は有段者の夫に比して掛け値なしの初心者止まり。



で現在集まったときはというと専ら安易なウノというアメリカからのカードゲームで盛り上がっています。


欧米の小説を読むと家族や友人たちが集まってお酒を飲みながらカードゲームをして楽しんでいる場面がよく出てきて、日本でももっと大人の遊びとして定着すれば高齢者の楽しみも増えるのにと羨ましくなります。


さまざまなゲームを網羅していますが今回これからご紹介する作品の準主役であるチェスは未経験。


作品を通してその哲学的ともいえる深遠さに圧倒されながら読了しました。


小川洋子氏著『猫を抱いて象と泳ぐ』


2008年7月~9月にかけて「文學界」に掲載された作品で、本屋大賞にもノミネートされています。


「天才チェスプレーヤー、リトル・アリョーヒンの密やかな奇跡の物語。
廃バスに住む巨漢のマスターに手ほどきを受け、マスターの愛猫ポーンを抱き、デパートの屋上に閉じ込められた象インディラを心の友に、チェスの大海原に乗り出した孤独な少年。
彼の棋譜は詩のように美しいが、その姿を見た者はいない。
なぜなら……。
海底チェス倶楽部、からくり人形、人間チェス、白い鳩を肩にとまらせた美少女、老婆令嬢……やがて最も切なく愛(いと)おしいラストへ。
めくるめく小川ワールドをご堪能ください」・・・・・文藝春秋HPより



著者によると、将棋界でタイトル七冠保持者・羽生善治氏との対談が本書執筆の直接の動機となりました。


将棋界の天才棋士といわれている羽生氏ですが、趣味のチェスではFIDE Masterの称号を持ち、現在日本国内1位で国内段位は6段だそうです。



上唇と下唇が繋がったまま生まれ切開手術を受け脛の皮膚を移植したため唇に脛毛が生えた独特の風貌で寡黙な少年に育った主人公・リトル・アリョーヒン。


体が大きくなりすぎてデパートの屋上動物園で生を閉じた象のインディラの切ない生涯と、壁の隙間にはまって出られなくなった女の子ミイラの境遇に深い哀れみの情を抱いて成長した彼が7歳のときに出会った廃バスで暮らす巨漢のマスターの手ほどきでチェスを習い、チェステーブルの下にもぐってマスターの飼い猫ポーンを抱いて次の一手を考えるという独特のスタイルで才能を開花させ、チェス界の天才で「盤上の詩人」といわれたアリョーヒンの再来として「盤下の詩人」と呼ばれるようになったリトル・アリョーヒン。


「大きくなること、それは悲劇である」


人生とチェスの師と仰いでいたマスターが太りすぎのためバスに閉じ込められたまま命を落としたことをきっかけに、大きくなることに異常な恐怖感を抱いた少年は自らの意志で11歳のままで体の成長を止め、あるときは秘密の海底チェス倶楽部で、あるときは山奥の老人クラブでアリョーヒンを模したからくり人形の中に入って対戦するという姿なき棋士としてチェス史上至高の棋譜を次々と残します。


物語の終わりに突然旅立ってしまった彼の一生は何と切なく儚いと思う反面、彼を愛する家族、そして彼を丸ごと受け入れて人生そのものを教えてくれたマスター、インディラ、ミイラ、ポーンに囲まれてチェスという大海を思う存分泳ぎきったのだと思うととても温かな気持ちにもなれるという不思議な魅力あふれる作品。



「チェスは詩。
チェスは海。
チェスは人。
駒の動きには、人の生きた証しがそのまま現れる。
だから最強の手が最善とは限らない。
チェス盤の上では強いものより善なるものの方が価値が高い」


黒と白の8×8の宇宙の中で無限に広がる可能性や自由を求めて少年が打つ美しくも繊細で崇高な棋譜。


チェスとともに密やかに、しかし強靭に、そして丁寧に生を育んできたリトル・アリョーヒンの生涯を、著者が一歩一歩丁寧に確かめながら心を込めて辿ったような足跡がなんとも瑞々しく切ない物語に仕上がっています。


2004年に第1回本屋大賞&第55回読売文学賞を受賞した著者の作品『博士の愛した数式』で繊細&丁寧に描かれていた数式の神秘的な美しさに相通じるような棋譜の美しさにチェスを知らない私ですら魅せられてしまうほどの慎ましやかな美しい文章でチェスの深遠さを語っています。



胸を打つ言葉の数々・・・例えば少年とチェスを出合わせてくれたマスターの言葉

「八×八の升目の海、ボウフラが水を飲み象が水浴びをする海に、潜ってゆく冒険だ・・・
チェス盤には、駒に触れる人間の人格のすべてが現れ出る・・・
哲学も情緒も教養も品性も自我も欲望も記憶も未来も、とにかくすべてだ。
隠し立てはできない。
チェスは、人間とは何かを暗示する鏡なんだ」


少年がマスターから初めてチェスノートをプレゼントされたときのマスターの言葉

「ゲームの記録はな、棋譜って言うんだ。
これが書き記されていれば、どんなゲームだったか再現できる。
結果だけじゃなく、駒たちの動きの優雅さ、俊敏さ、華麗さ、狡猾さ、大らかさ、荘厳さ、何でもありのままに味わうことができる。
たとえ本人が死んだあとでもな」


少年の得がたい対戦相手だった、ある老婆令嬢の言葉

「自分のスタイルを築く、自分の人生観を表現する、自分の能力を自慢する、自分を格好良く見せる。
そんなことは全部無駄。何の役にも立ちません。
自分より、チェスの宇宙の方がずっと広大なのです。
自分などというちっぽけなものにこだわっていては、本当のチェスは指せません」



まだまだ溢れるほどの言葉の宝石が互いに自己を主張せず抑えた輝きを放っている、そんなすてきな文章の数々が集まってできた、荒々しい扱いを拒絶する繊細なガラス細工のような作品でした。


今年のイチオシとなるでしょう。

今回は小川洋子氏『博士の愛した数式』をアップしたいと思います。


著者小川氏は数年前までご主人の勤務の都合で岡山に在住され、感性豊かな作品を次々発表してこられました。


岡山に本社を持つベネッセ(旧福武書店)で小論文の添削員をされる傍ら書かれた小説『揚羽蝶が壊れる時』が福武書店の海燕新人文学賞を受賞されたのがスタートです。


1988年『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞
1991年「妊娠カレンダー」で芥川賞、
2004年「博士の愛した数式」で読売文学賞、本屋大賞、
「ブラフマンの埋葬」で泉鏡花文学賞、
2006年「ミーナの行進」で谷崎潤一郎賞を受賞されています。

その他フランスで映画化された『薬指の標本』、『冷めない紅茶』など独特の小川ワールドに誘ってくれる作品を数多く発表されています。


このブログではアンネ・フランクの足跡を辿る旅で出会ったアンネの姿をエッセー風に語った『アンネ・フランクの記憶』をご紹介していますので、よかったら覗いてくださいね。

    http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/101



さて、本書は寺尾聰&深津絵里主演の映画があまりにも有名になったため、へそ曲がりの私は人気が静まるのを待って文庫本を手にしたのでした。


流行りものに弱い日本人の気質に常々反発を覚えている私はこぞってすばらしいという感想を耳にすると逆に引いてしまうのが常ですが、今本書を読み終えて、どんな言葉に表せばあふれる思いが伝えられるか、ただ途方に暮れています。


小川氏の作品は数多く読んでいますが、現実から薄い不透明なベールで隔てられた世界を描くことで、人間の心に潜む繊細な危うさを表現してきた今までの作品から大きく飛躍したものをこの作品に感じました。


今までの作品から決まって誘発されていた生に対する漠然とした不安感や焦燥感を一掃するような生への愛おしさ、悦びをストレートに読み手に与えてくれる力強い作品となっています。


私が拙い文章で綴る感想以上のものを皆さんは既に感じていらっしゃると思いますが、私なりに書いてみたいと思います。



交通事故の後遺症で80分の記憶しか保つことができない「博士」と呼ばれる初老の数学者、
若くして未婚のまま母親になった家政婦の「私」、そして小学生の息子「ルート」・・・この寄る辺ない3人の優しく、切ない交流の日々を描いたものです。


事故であらゆるものを喪った博士の口から語られる「数」に関する美しい言葉の数々

☆例えばマイナス1の平方根について

 「とても遠慮深い数字だからね、目につく所には姿を現さないけれど、ちゃんと我々の心の中にあっ  て、その小さな両手で世界を支えているのだ」

☆「私」の誕生日220と博士の腕時計のNO284について

 「220の約数の和は284。284の約数の和は220。友愛数だ。
 滅多に存在しない組合せだよ。
 フェルマーだってデカルトだって、1組ずつしか見つけられなかった。
 神の計らいを受けた絆で結ばれ合った数字なんだ」

☆1本の直線について

 「物質にも自然現象にも左右されない、永遠の真実は、目には見えないのだ。
 数学はその姿を解明し、表現することができる。
 なにものもそれを邪魔できない」

☆博士と息子との初めての出会いで

 「君はルートだよ。
 どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ」


生まれたときから抱擁を受けたことのなかったルートを博士は深い愛といたわりで深く抱擁します。

80分で記憶が途切れてしまう博士の何と深い愛のしぐさでしょう。


幼い子どもと数学に対するこれほどまでに崇高な博士の愛の前で私は言葉が見つからないほどの感動を覚えます。


そしてその崇高な抱擁を受けるルートとその母である「私」も博士の無垢の愛に値する人たちであることが私に限りない心の平安を与えてくれるのです。


「この世で博士が最も愛したのは、素数だった・・・
彼の愛し方は正統的だった。
相手を慈しみ、無償で尽くし、敬いの心を忘れず、時に愛撫し、時にひざまずきながら、常にそのそばから離れようとしなかった・・・
こんな幼稚な私たちを数論学者のように扱ってくれる博士の努力に、ルートと私は報いる必要があった」



終わりの時が近づいた博士と成人したルートの希望と愛にきらめくような抱擁の中で、「私」と「ルート」がプレゼントした背番号28の江夏豊の野球のプレミアムカードが愛の証として静かにゆれている、博士が愛した完全数28が・・・ラストシーンが読み手の私の心を今も深く捉えています。


人間の尊厳とは何か、家族愛を超えた真の愛とは何かに気づかせてくれた本です。

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