VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 貫井徳郎

例年にない集中豪雨や猛暑など異常気象が続いていますね。  bef12c08.jpg


うちわと風鈴

日本の懐かしくも優しい夏を演出する小道具、長く愛用されていますが最近は出番がないほどの猛々しい暑さです。


先日テレビである実験をやっていました。

涼しげな風鈴の音色を聴くと体感温度が下がるかどうか。


そんなバカな・・・と私同様思っている方が多いでしょうけど、一定時間風鈴の音色を聴いた老若男女、サーモグラフィーを通して全員の体表面の皮膚温度の低下が確認されました。


風鈴の音を聞いて脳が涼しげな風景を思い出し、末梢神経に命令を与えた結果、実際に体表面温度が低下するのだそうです。


ちなみに風鈴を知らない外国人で実験したところ、効果なしだったようです。


恐るべし、過去の体験とリンクしている思い込み!



写真は地域の夏祭りの一環で公園の木々に吊り下げられた風鈴、涼しげですね。






さて本日は貫井徳郎氏/福田和代氏/誉田哲也氏著『痛み』のレビューです。

「『見ざる、書かざる、言わざる ハーシュソサエティ』――目と手と舌を奪われたデザイナー。 
裁判員制度と厳罰化。社会情勢が生み出した“狡猾な犯罪”の正体とは?

『シザーズ』――刑事と通訳捜査官、俺が捕まえあいつが落とす。
中国人の犯罪組織に、まるでハサミの刃のように、二人揃って鋭く切り込む!

『三十九番』――このまま、時は平穏に過ぎていくはずだった。
‘三十九番’の名を再び聞くまでは。留置係員は何を見たのか。衝撃のラスト。

警察小説の新たな大地を切り開く3編」



流行作家3人3様の手法で描かれた警察小説のアンソロジー。


先日の『血の轍』のインパクトがあまりにも強すぎて、本書が霞んでしまいました。



◆短篇だから無理もないでしょうけど、「痛み」に関する強烈なる題材を扱っていながらあまりにもそそくさとした幕引き。

「相手を殺さなければ、どんな残虐な行いをしても、死刑にはならないのか」という問題提起が大きいがゆえに読者の関心をひきつけておいて、あっさり尻すぼみという典型の「見ざる、書かざる、言わざる ハーシュソサエティ」

著者・貫井徳郎氏は唯一作品をいくつか読んだ作家さんですが、やはり長編に力を発揮される感がしました。


他の2篇の著者・福田和代氏と誉田哲也氏の作品は初めてですが、2作とも表題の「痛み」とは少々ずれた内容、あまりインパクトがない上、誉田哲也氏の「三十九番」は皮膚を得体の知れないもので逆撫でされたようないやな読後感の小品でした。


著者・誉田哲也氏をググってみると
2002年『妖の華』で第2回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞
2003年『アクセス』で第4回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞

ということで妙に作風に納得しました。

新聞を読んでいたら大津市で予定されていた子どもの結婚相手を探す親の婚活イベントに男性側の親の申し込みが殺到したため、主催者側が「男女のバランスがとれない」と中止にしたという記事が出ていました。


以前より娘より息子の親の申し込みが多い傾向にあったようですが、今回は応募者のうち男性側の親が9割を占めたそうです。


またリーマン・ショックのあおりを受けた企業の急激な採用減の影響で今春大学を卒業した学生の就職率が60.8%という低水準だったというニュースが話題になっていますが、学生の就職難を受けて父母向けの就職ガイダンスを開催する大学が増えているというニュースも観たばかり。


婚活にしても就活にしても成人した息子や娘に対してここまで親が入り込むというか、入り込まなければならない状況に驚いてしまいます。


とはいえ、前者と後者の根っこには共通点があるのかないのかわかりませんが、就職難に関しては当事者ならずとも記事を読んだり噂を耳にするたびに危機感やら同情を禁じえません。


何十社も受けすべての会社から不採用を言い渡された学生があるインタビューで「人間性まで否定されているようでつらい」と話していたのを聞くと胸が痛みます。



我が家の子どもたちの就職時もそれぞれバブル景気を過ぎていたので、少なからず苦戦していた様子が記憶にありますが、新卒をずっと過ぎた現在でもリストラと隣り合わせ、いつ何時身に降りかかるかもしれないという不安はいつも抱えています。


経済も含め山積した問題、政府の方々早く何とかして!と叱咤したい気持ちです。






さて本日は貫井徳郎氏著『乱反射』をご紹介します。


第63回日本推理作家協会賞受賞作品


「ひとりの幼児を死に追いやった、裁けぬ殺人。街路樹伐採の反対運動を起こす主婦、職務怠慢なアルバイト医、救急外来の常習者、事なかれ主義の市役所職員、尊大な定年退職者……複雑に絡み合ったエゴイズムの果てに、悲劇は起こった。残された父が辿り着いた真相は、罪さえ問えない人災の連鎖だった。遺族は、ただ慟哭するしかないのか? モラルなき現代日本を暴き出す、新時代の社会派エンターテインメント!」(朝日新聞出版公式HP)



ある2歳児の不運としかいいようのない事故死の原因を巡る物語。


新聞の記事としてもほんの小さな囲みでしかなかった平凡な家族の行動の延長で起きた幼児の突然の死に何人ものの手が加わっていたという衝撃的な導入から始まり、次にごく普通の市民のだれでも体験したことのあるような日常の描写の中で犯罪ともいえない小さな棘のようなものが生じてそれがある1点に集中していく様が延々と飽き飽きするほどの冗長さで描かれています。


◇腰痛のため、気が咎めながら愛犬の糞を街路樹の根元に放りっぱなしにする老人

◇生きがいを探して街路樹伐採の反対運動をする際、樹木診断士を伐採業者と間違えて追い返した主婦

◇昼間長時間待たされるのが嫌でただの風邪に夜間の救急診療を利用する虚弱体質の学生

◇本来なら放置された犬の糞を修理しなければならない任にあるにもかかわらず、子どもたちに冷やかされ放置してしまっ  た街路樹管理の市職員

◇潔癖症のため根元に犬の糞のある街路樹の診断ができなかった樹木診断士

◇車の運転が苦手で交差点でパニックになり車を放置して救急車の走行を妨げた娘

◇幼児の世話で忙しい嫁に義父の介護を強要した義母

◇救急車の受け入れを断った救急病院のアルバイト医師



上述の登場人物たちのちょっとしたマナー違反やモラルの欠如は犯罪と決めつけるほどの悪意の発露とは言いがたく、ちょっとした気のゆるみから類似のミスをしたことのある人は自分を含め多いと思います。


しかし、これらの登場人物の何気ない行動が、凹凸のある面でさまざまな方向に乱反射した光が負のスパイラルのように今度はある一点に集まって人の命を奪うという最悪の結果を招くこともあるということを私たちに突きつけた問題作といえるのではないでしょうか。


読み手としてはあまりにも登場人物が多く、加えてそれぞれの日常を克明に描いているためページを遡っての確認が度々必要なほどでしたが、終盤に向かうにつれ光が1点に集まるようにひとりの幼児の死に帰結する筆運びに著者の巧妙な意図が見えてくるという力作となっています。

一読をどうぞ。

先日のGooニュースに70年以上飲食せず生活してきたと主張している82歳のヨガ行者であるインド人男性の記事が載っていました。  


PTI通信などによると、医師団が5月上旬までの約2週間、男性を病院に移して行動パターンを調査。


男性は監視カメラが見守る中、定期的な入浴とうがいは行うものの、飲食は全くせず、トイレにも行かないことが確認されたそうです。


ずっと以前最愛の息子さんを亡くしたのをきっかけに飲食ができなくなり、以後太陽と空気と水だけで生活しているアメリカのどこかの州の女性と、幼い頃より食パンだけですくすく成長している男子高校生の生活がテレビで放映されたのを観て半信半疑だったことがありますが、このインドのヨガ行者を通して人体の神秘と宇宙のエネルギーに改めて驚かされます。



常時空腹を訴える夫にこの事例を示し、そろそろ食欲という本能をきっぱり捨て去り、このインド人男性を見習う段階にきているのではないかと提案したところ、「まずお前がやって見本を示して成功したら俺も後に続くよ」と好物の桜餅を頬張りながらの一言が返ってきました。


そんな会話を交わしているとき、いつも世界各国の興味深い記事を送ってくださる山野さんから「中国・養生訓の教え」が届きました。


一、少肉多菜 お肉ほどほど野菜たっぷり

二、少塩多酢 塩分高血圧のもと、酢は健康のもと

三、少糖多果 糖分は果物から、砂糖は肥満のもと

四、少食多噛 腹八分目で幸せいっぱ噛みしめて

五、少衣多浴 薄着でお風呂好きは病気知らず

六、少言多行 べらべら喋るより、とにかく実行

七、少欲多施 自分の欲の為に走らず他人の為に走れ

八、少憂多眠 くよくよ考えるより、さっさと寝る

九、少車多歩 車は速いが歩けば健康への近道

十、少憤多笑 イライラもニコニコ笑って忘れよう


一~四までは食べ物への基本的姿勢についての教えですが、先のインド人ヨガ行者のことを知れば三千年の歴史を誇る中国も真っ青という感じではないでしょうか。


十の項目は簡単なようで行なうは難し・・・特に六、七はかなりの困難を要します。


でも食べる喜びを捨て太陽と空気の恵みだけで過ごすよりはるかにラクそう、がんばらなければ!




さて本日は貫井徳郎氏著『追憶のかけら』をご紹介します。


1993年第4回鮎川哲也賞の最終候補に残った『慟哭』でデビュー、以後着実に数多くの推理小説を発表し続けていらっしゃいます。


デビュー作『慟哭』のレビューはこのブログでご紹介していますのでよかったら読んでください。 → 


さて本書に戻ります。


「最愛の妻を亡くした大学講師。
失意の底にある彼の許に持ち込まれた、戦後間もなく自殺した作家の未発表手記。
そこに秘められた『謎』とは・・・。
二転三転する物語は感動の結末へ。
若い世代を中心に、今最も注目されている著者が満を持して贈る渾身のミステリー巨編」


自分の不実な行動が原因で1人娘を連れて実家に帰った直後不慮の交通事故で最愛の妻を失った主人公の大学の国文科講師・松嶋のやり場のない後悔と失意の生活を1つの柱に、もう1つは松嶋の元に送られた戦後数年間だけ文壇で活躍した作家・佐脇依彦の未発表手記を柱に物語が並行して進みます。


手記を松嶋に託した人から、この未発表の手記を論文として発表するかわりとして手記の中に書かれている謎を解明することを条件として提示されます。


作中の多くのページを割いた佐脇の手記はそれだけで1つの作品として独立させることができる内容ですが、手記に登場する佐脇が得体の知れないものに徐々に追い詰められて自殺するまでの過程の謎を追う現代の松嶋もまた顔の見えない何者かに次第に追い詰められ、時代も場所もちがうはずの2人の人生がある1点で交差するという複雑な構成をとっています。


序章は松嶋を中心とした物語、中ほどに佐脇の長い手記、それと並行して手記に沿って調査を続ける松嶋の行動、だんだん明らかになる悪意を捕まえたかと思うとするりと逃げ、何転もどんでん返しがあり、やがて終局へとなだれ込むという構成。


私自身は全体的に複雑かつつかみどころのさだかでないもどかしい暗さが好きではありませんが、個人的な作品の好みは別にしてこれだけの虚構を構築する著者の構成力に脱帽しました。


日本のような健康保険システムをとっていないアメリカは高額な民間保険でカバーしても一定限度額を超える場合が多く、あまりにも医療費が高いため医療機関に受診しないための予防策としての各種サプリメントが数多く開発されています。

何年か遅れでそれらサプリメントなどの流行が日本にそっくり流れてきます。

特に想像を絶するような肥満体の人が多いアメリカではダイエットに関するサプリメントが花盛りのようです。

日本でも「ダイエット」という活字を入れれば売り上げがアップするといわれているほどダイエットに関するサプリや食品は数えきれないほどですね。


社長交代という引責問題にまで発展した関西テレビの「納豆ダイエット」などのデータ捏造事件もこのような人々の心理を利用したものです。



朝日新聞紙上に先日登場された大阪大学サイバーメディアセンター教授菊池誠教授は「ニセ科学」について次のように語っていらっしゃいます。

「一見科学のようで実は科学でないものを、僕は『ニセ科学』と呼んでいます。
一般の人に『科学として受け入れられている』という点がポイントです」

このような前置きで、今ブームの「ゲルマニウム」や「マイナスイオン」を挙げていらっしゃいます。

「セ氏32度以上で電子を放出し、皮膚などで電子を取り込む」という謳い文句の「ゲルマニウム」

「様々なイオンを十把一絡げにマイナスイオンと称し、マイナスは体によく、プラスは悪い」と言い切る「マイナスイオン」

これら根拠のないニセ科学は先に挙げた関西テレビの捏造と本質的に違わないと指摘されています。

特にオカルト的と指摘されているのは写真集「水の結晶」です。

水の結晶へ美しい言葉をかけるとその水がきれいな結晶を作り、汚い言葉ではそうはならないというもので、小学校の道徳の教材としても利用されているということでした。


かくいう私も友人からその写真集を見せられたことがありますし、「マイナスイオン」に関しては「何となく体によいもの」としてマイナスイオンを発生するエアコンやドライヤーなどを使っています。

水のクラスターを細かくし、体にいいアルカリ水を作るといわれているアルカリイオン整水器もキッチンに鎮座しています_(._.)_


こうしてみると「何となく体によさそうな」ものが氾濫していることに気づいて唖然としてしまいます。


「鰯の頭も信心から」「信じるものは救われる」などという昔の諺は私たちの微妙な心理をついていますね。

・・・と書きながら、そろそろ有酸素運動のため少し歩いてこようかと思っている私です



今日は貫井徳郎氏のデビュー作『慟哭』をご紹介したいと思います。

「題は『慟哭』
書き振りは《練達》
読み終えてみれば《仰天》」

帯に書かれた北村薫氏の推薦文です。

1993年に鮎川哲也賞の最終選考まで残りながら惜しくも賞を逃した本書を書き上げたのは著者が25歳のときです。

全体の骨組みを堅牢に組む構築力、ストーリー展開の巧みな技、緻密な文章力、どれをとっても弱冠25歳の青年が書いたものとは思えない作品になっています。


物語は2本のレールを軸に交互に展開していきます。

一見交わることのないかに見えるこの2本の別々の世界のレールが物語が進むにつれ、だんだんに距離を縮め、ついにはお互いを飲み込み、1本の救いようのない物語としての漆黒の姿を露わにします。

そして北村薫氏が書かれた「仰天」そのもののクライマックスが読者に強烈なインパクトを与えて幕を閉じます。

まさに救いを見出せない物語です。


主人公は2人。

連続幼女誘拐&殺害事件の捜査の指揮をとる警視庁の若手キャリア組捜査一課長佐伯警視。

もう一方はあることがきっかけで胸に底なしの空洞を抱えて新興宗教にのめり込む松本。

この2人の苦悩を軸に、日本に23万もあるといわれる新興宗教団体の問題点や家族のあり方を巧みに織り込んで物語が展開していきます。


ただ著者が、黒魔術の世界にのめり込む主人公の動機付けに多くを費やし、説明的ですらある、というところに釈然としないものを感じてしまいました。

黒魔術による主人公の行為自体が納得できない読者は多いのではないでしょうか。

ラストをクライマックスに導くための不自然な技巧と感じられたのは残念でした。

エンターテインメントとしてすばらしい内容を持つ本書にほんの少しの違和感を感じるとすればこの箇所でした。

最後に主人公の1人が言った言葉

「人は自分が信じたいことだけを信じるのです」

著者はこう主人公に語らせて物語を締めくくっています。

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