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ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: や行ーその他

月と夕焼け

そばにゐてだまつて聴いてほしだけ寒空に浮く上弦の月


 

東京都内でコロナに感染し自宅療養していた女性が自殺したというニュース。

 

夫と子どもとの4人暮らしの中、全員感染していたという。

 

女性は生前、「学校でコロナを広めてしまった可能性がある。娘の居場所がなくなるかもしれない」と夫に悩みを打ち明けていたという。

 

感染したことが原因で自殺したこの女性のような例だけでなく、

水面下にはもっと多くの追い詰められて亡くなられた人々がいるのは

想像に難くないと思うと、つくづく恐ろしいと思う。

 

まるで村八分の世界に戻ったように、近くに罹患者が出れば詳しい情報を

知りたくなってしまう。

 

当地でもエリザベス号以外の第一、二号患者として、フランスに次いで既に多くの罹患者の
出ていたスペインに旅行に行き罹患してしまった母娘のニュースが流れたとき、
「この時期になぜ?」という疑問とともに非常識という非難の気持ちを
わたしを含め誰もが持ったことは否めませんでした。

 

罹患したことは気の毒だけど・・・

 

この言葉にならない「・・・」の無言の圧力や家のドアへの貼り紙、投石、

避難の電話などがその後の母娘を苦しめ、その一家は

引っ越しを余儀なくされたそうです。

 

これではハンセン病の隔離の歴史に憤りを抱く資格などありません。

 

自分をしっかり戒めなければ。

 

 

 

あるかしら書店
ヨシタケシンスケ氏著『あるかしら書店』

 

“ちょっとヘンな本ってあるかしら?”“これなんてどうかしら!”
いよいよ「本の時代」がやってくる!!
「りんごかもしれない」の絵本作家、ヨシタケシンスケが描く妄想書店、本日開店! (「BOOK」データベースより)

 

最近図書館に行くと目につくヨシタケシンスケ氏の本。

 

ネットでも花ざかり。

 

ヨシタケシンスケ氏、ただいまブレイク中。

 

たしかにこの閉塞感に満ちたコロナ禍のなか、ナイトキャップや

コーヒーのお供にぴったりかも、と思いながら手に取りました(^^)/

 

 

ある町のはずれの一角にある「あるかしら書店」

 

「本にまつわる本」の専門店。

 

ジャムおじさんのような太っちょの好々爺といった印象の店主が

訪れる人のどんな無茶振りの要求にも快く応じて探し出してくれる一冊。

 

店の棚は店主の工夫によってそれなりに本にまつわる専門書が

分類されています。

 

〈ちょっとめずらしい本〉

〈本にまつわる道具〉

〈本にまつわる仕事〉

〈本にまつわるイベント〉

〈本そのものについて〉

〈図書館、書店について〉

 

「読書履歴捜査官」・・・身近に迫ってきているamazonのよう。

 

過去の検索や購入本の追跡によって個人の人となりや好み、果ては性癖などを
把握していて「これなんかどう?」なんて勧めてくる様子、

自分以上に自分を知っているようで恐ろしい。

 

納税の追跡マイナンバーより恐いかも。

 

「カリスマ書店員養成所の1日」・・・ 

もう少し若かったらカリスマ書店員なんていいな、と密かに憧れていたけれど、
この
1日のハードワークをみるとすぐ退所しそう"(-""-)"

 

「本の降る村」なんていいな~。

雪のように空からどんどん降ってくる本。

 

わざわざ図書館やbookoffに行かなくていいし、amazonやメルカリで買う必要もない・・・

ただあまりに積もるので、さすがに速読でも読むスピードがついていけない、

雪崩、いや本崩に遇って命が危うそう。

 

最後の「ヒットしてほしかった本」・・・

きっと掃いて捨てるほどあるヒットしてほしかったけどヒットしなかった本。

 

作家も編集者も出版社も、そして書店員もヒット祈願して売り出しても

ヒットしない本の山の前できっと腕組みして唸っていることと思う。

 

それでも最近のネット社会ではSNSなどのツールを通して思いがけず
ブレイクや再ブレイクを果たす作品もあってちょっとおもしろい。

 

そんなヒットに大いなる貢献をしている書店員さんの店頭のポップなどを見ると
それぞれの書店員さんたちの工夫やセンスが光ってつい手が伸びてしまう。

 

こうした涙ぐましい努力が2004年から始まった「本屋大賞」というものを生み出して、

今では押しも押されもしない賞として輝いていることは

とても喜ばしいこと。

 

わたしも歴代の「本屋大賞」受賞作を楽しんできました。

 

今年も10作がノミネートされているという。

 

今から楽しみにしています。

 

お参り

高校一年生のアスカが川崎市の卓球大会で個人5位。


いままで大会では応援に行ったパパやママが試合の動画を撮ってその場で

送ってくれていたのでタイムリーに見られていたけれど、

コロナ禍の中での試合はもちろん観客なし。

 

試合が決行されただけでも参加選手たちの励みにはなったと思う。

 

小学生のころの帰省時にわたしたちシニアの卓球にママと飛び入り参加して

棒立ちのまま初めての卓球を経験しての延長で

中学校に入って入部した卓球部。

 

小さいころからテニスをやっていたママや高校でバドミントン、大学でテニス
をやっていたパパはテニスかバドミントンを勧めたけれど

頑として首を縦に振らなかったという。

 

誰が勧めたわけでもなく中学校~高校の現在までずっと卓球一筋。

 

今まで帰省したとき何度もラリーをしたけれどぐんぐん上達して

中学校半ばではもう歯が立たない状態だった。。。

 

けっして運動神経がいいとはいえないけれど努力の子・・・とは周囲の評価。

 

H家には見当たらないまっすぐな努力の子・・・

精神年齢が幼すぎて心配の種はつきないけれど。

 

春の夜の満月までも掴めさう少女は伸びゆくポプラの若木

 

 

罹患者の数の上昇が留まることをしらないような現状。

 

こんな状況なのに、まだオリンピック開催に意欲を持っている旨の
二階氏の発言にはのけぞってしまった・・・。

 

菅氏も「年明けにこんなになるとは予想だにしなかった」とおっしゃる。

 

加えて緊急事態宣言の期間である1か月後に終息していない場合の
対象拡大や延長について聞かれて
「仮定のことは考えない」と答えられた菅氏。

いくつものプランを用意して仮定のことに臨むのが
政治家の役割と思うのは国民としては欲が深いのでしょうか。

さまざまな意見やデータが溢れている昨今、政治家の方々にはタイムリーな

分析力、予想力、想像力を培っていただきたいと思うばかりです。

 

 

そんな中、今日はちょっと脱力系の読み物を。

思わず考えちゃう

ヨシタケシンスケ氏著『思わず考えちゃう』
 

大人も子どもも、それ以外も、「考えすぎちゃう」すべての人へ――。「自由って何?」「子どもに優しくできないよ」「あれは人生の無駄?」「他人のストローの袋が気になる」「明日、すごいやる気を出す方法」等々。

絵本作家ヨシタケシンスケの、読むとクスッとしてホッとしてちょっとイラッとする、スケッチ解説エッセイ! 

新感覚。楽しくて、グッとくるイラスト、100点以上、収録!


絵本作家、イラストレーターという肩書のヨシタケシンスケ氏が

    日常の隅っこの誰も気に留めないようなちょっとした
ニッチな引っかかりをひたすら綴った作品。

TVの人気番組・プレバトで俳句名人の座にあるお笑い芸人・フルーツポンチの村上さんの
俳句をみていると、身の回り6畳ほどの広さの中から、

目にも留まらないような小さな事柄をクローズアップして
五七五に落とし込む技が目を曳きます。
(プレバトを観ておられない方には申し訳ありません)


短歌の世界でも同じようなこと。

広い視野に立って詠むのも豊かな才能や視野が必要だけれど、
小さなゴミのようなものを掬い上げて詠むのもひとつの才能。

本書の著者のキャッチするアンテナにも共通のものがあると思う。

作品の後ろに隠れている著者の繊細すぎる感受性や物事に対するこだわり・・・

これらをユーモアというエッセンスでまぶして提供しているのが一連の作品。

いつも持ち歩いている手帳にふと気になったことをその場で

書き留めているという著者。

どこかの店の片隅で目立たないように背を丸めて手帳に何かを
書き込んでおられる中年男性がいらっしゃったら
それはヨシタケ氏・・・だと思う。

「中年男性の言い訳とヘリクツと負けおしみの数々」

本書の「おわりに」でこのようにご自身の著書を総括していらっしゃる著者。

うん、その通りの言い得て妙の内容・・・
だけど物事を見る力に不思議な深みがあったり、
何よりも人生に対する肯定感が漂っていてちょっと癒されます。

この閉塞感漂う今、おススメの一冊です。

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久々に怒りが治まらないニュース。

 

福井県高浜原発の地元・高浜町の元助役からの関西電力原発部署関連幹部の金品授受。

 

 

なるほど、原発マネーはかくして還流しているのか?

 

 

想像はしていましたが、より詳細がわかって怒りは頂点に達しています。

 

 

中心人物である元助役の森山氏は昨年逝去ということで関電側の一方的主張ではありますが、社長の記者会見での他人事&被害者的なニュアンスに唖然とした人々も多かったのではないでしょうか?

 

 

漁業だけに頼って目ぼしい産業がなく貧しかった高浜町の町おこしにと原発誘致を積極的に働きかけたという森山氏。

 

 

甲斐あってか1970年に原発一号機を着工、続いて二号機が1975年に。

 

 

一部住民の反対を押し切り、原発マネーで潤う町へと変貌させた功績を喜ぶ住民が多いという。

 

 

原発関連企業の相談役や顧問を務め、地元企業と関電側の太いパイプ役。

 

 

関電3原発工事に関して3年間で森山氏関連2社から113億円受注していたという。

 

 

氏は関電子会社「関電プラント」の顧問でもあったということなので、発注受注を一手に引き受けていたという魑魅魍魎。

 

 

2016年日本の電力業界は電力の自由化という新しい時代を迎えたとはいえ、まだまだ基幹産業である電力会社を保護する電気事業法に護られた旧弊然としたものが断ち切れているとは思えない昨今。

 

 

「総括原価方式」という特殊な方式で電気料金が決められていることを思えば、一般企業の切磋琢磨などどこ吹く風というスタンスが理解できます。

 

 

わたしたちは電気なしでは暮らせない・・・地震や災害の度に電気の必要性を思い知らされるわたしたちの弱みにつけ込んでいるとつい思ってしまう。

 

 

全国の電力会社をいま調査中だそうですが、多かれ少なかれこういった癒着はあるのは想像に難くありません。

 

 

怒りに震えますが明るみに出てよかったと思えるニュース。

 

 

余談ですが、舞台となった高浜は夫の故郷・舞鶴からだと車で30分弱のところ。

 

 

距離にして15キロほど離れているだけです。

 

 

 

高校卒業まで舞鶴で過ごした夫のふるさと自慢が高浜の海でした。

 

瀬戸内の海とちがって遠浅で細かい粒子の砂浜、どこまでもブルーの海。

 

 

ワンパクを絵に描いたようだった夫は幼いころから友人たちと真っ黒になるまで高浜の海で泳いでいたそうです。

 

 

結婚直後、その自慢の海を見せにわたしを連れて行ってくれたこともあります。

 

 

その後高浜原発一号機が誘致されたのでした。


得たものと失ったものの顕著な対比。

 

幼かりし夫の泳ぎし高浜の海に迫りて巨き原発

 

いさなとり海に還るを希ひゐる夫は海の子若狭に生れき

 

 


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さて今回は山口花氏著『犬から聞いた素敵な話 涙あふれる
14の物語』です。

 


犬から人へ――、人から犬へ――。
ずっと、いつまでも。
実話をもとに人と犬とのキズナを描いた全14編の感動ストーリー。

第一章 飼い主から愛犬へ――。
1 うちに来てくれて、本当にありがとう。
2 ずっと僕たちのなかで生きている。
3 あるがままを受け入れること。
4 私はいま、ひとりじゃない。
5 さあ、行こう。
6 ゆっくり、しあわせになろうね。
7 あきらめないで信じること。

第二章 愛犬から飼い主へ――。
8 もっともっと、泣いていいよ。
9 助けてくれて、ありがとう。
10 春になったら、またお庭に花を。
11 よかったね……山本さん。
12 アタシ、忘れない。
13 またいつか、きと……。
14 しあわせになってね。

 

新聞のキャッチコピーで見て以来、気になっていた作品。

 

動物関連の書籍の棚に置かれていました。

 


想像していたよりかなりかるいタッチの筆致。

 


飼い主の目線からの
7話と犬の目線からの7話。

 


動物関連の物語にめっぽう弱いわたしは「涙あふれる」という文言に泣くだろうな、と思いながら読みましたが・・・泣けませんでした。

 


感涙必至という著者の意図がうっすらと感じられる内容。

 


1話1話はとても感動的で胸を打つものが多かったのですが、あまりにも短篇なのでただ感動ポイントのエピソードを簡易に描いてみたという感じ。

 


とはいえ犬のかけがいのない純粋さ、ただそこにいるだけであったかい・・・この物語に登場するどの犬も健気さが胸に迫ってきました。

 

人間同士では決して構築できそうにないほど掛け値なしの愛情を育むことのできる相手。

 


人間のそのときどきの都合や欲望で振り回してはいけないものだと強く思った読後感でした。

以前このブログに書いていた『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』

ついに先日終わりました!

ブログの紹介記事はこれ  

娘とlineでやりとりしながら読んでいった1年、記憶力の乏しい母娘には〈身についた〉というには程遠い結果ではありますが、とにかく終わった!!
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記憶をつかさどる容器に定着させるために、記事に関する豆知識などを交換したり記事から派生するものを検索して貼りつけたりと、お互い思いつく工夫をしましたが、ほとんどが無駄に終わったかもしれない・・・。


それでもちょっぴりは海馬あたりに残っている・・・かな。

例えば・・・リストの娘が不倫の末、ワーグナーと結婚した・・・とか。

残っているのはそんな三面記事の対象になるようなことばかり。

どうやら海馬と品格には相互関係がありそうな・・・。



ということで、このまま教養豊かになろうとする努力を止めるにはあまりにも教養が足りぐるしいということで娘と意見が珍しく一致。


1日1頁で手っ取り早く、誰もが羨むばかりの教養が得られるものはないかとお互いに検索したものの、そんな都合のよいものは検索の網に引っかかるはずもなく・・・


苦肉の策としてそんなあわよくばが見つかるまでの代替案として当面は「天声人語」でもやるか、ということになりました。


というわけで、スタート。


第一弾はイギリスの首相となられたボリス・ジョンソンを扱った記事。


最初の1頁としては華があるようなないような、でも突っ込みどころ満載の新首相、お互い知っている豆知識を披露し合って・・・がんばろう!




さて本日は矢部太郎氏著『大家さんと僕』です。 


「第22回手塚治虫文化賞短編賞受賞!
芸人初の快挙!に続き『ダ・ヴィンチ』ブックオブザイヤー 2018受賞!
オリコン年間BOOKランキング タレント&コミックエッセイ2018 1位! も受賞し、なんと3冠を達成!

行列のできる法律相談所、世界一受けたい授業、王様のブランチ、
朝日・読売・毎日・東京新聞、ノンストップ、オリコンニュースなど各メディアで続々紹介!
SNSでも話題沸騰!
78万部突破、大ヒット中!
傑作漫画に、日本中、みんなほっこり」


率直にいって、傑作だ。
美しい愛の物語だ。
素直に感動した。
(漫画家・いしかわじゅん)

独りであることを、そして年を重ねることをそっと見守ってくれる他人がいる。
そんな美しき現実があることに涙が噴出した。
(漫画家・ヤマサキマリ)

この時間が、永遠のように思えてくる。
(コピーライター・糸井重里)

全頁、私の人生に最も欠けている時間でした。
心に壁を作らない生き方が、羨ましくてたまらない。
(小説家・朝井リョウ)



ずっと読んでみたいな~と思っていた本書。


古書店で見つけて購入。


漫才コンビ〈カラテカ〉のボケのほうかな、彼らの漫才は観たことはないのだけど、本書の著者である矢部くんは不器用そうで、巧妙な立ち回りはきっと相方の入江くんが担当しているのだろうな・・・など想像している間に・・・吉本芸人の会社を通さない闇営業問題が発覚。


あっという間に闇営業の仲介をしたということで入江くんが契約解除処分となり・・・


騒動は収束を見ないままの状態のよう。



コンビを説かれた矢部くんはどうなるのだろうか・・・正直が取り得そうで、うまく立ち回ることなどできそうにないなどと一主婦が憂いてもどうにもならないだろうけど。


イメージどおりの矢部くんと大家さん。


家族という枠や世代という垣根を超えてもこんなほのぼのゆるやかな関係が築けるのはひたすらお互いの人柄によるものだと納得。


生産性生産性といわれ続けている社会の片隅でひっそりと、でも誠実に営まれるこんな人間関係、特筆することなど何もないこんな日常がずっと続いてほしいと思わずにはいられないような作品です。


マンガの腕は私にはわかりませんが、人物描写と余白に置かれた文章の間合いが絶妙で、忙しない巡りの中の、ちょっとブレイクというようなほっとする空間を醸し出しています。


若さゆえにか時の戦争などにほとんど興味がなかったようにみえる矢部くんが、大家さんの記憶の大半を占めている戦争のあとさきの思い出語りや知覧への大家さんとの旅によって徐々に何気ない平和のありがたさをじんわり感じたりするあたり、胸が温かくなります。


ずっとずっと続くといいな~と思うことはたいてい途切れてしまう・・・当たり前だけど。


本書でもついに大家さんとの別れが来てしまう。


その後の矢部くんを描いたマンガも出版されたようなので機会があれば読んでみたいと思っています。

子どものころ将来就きたかった職業とかやりたかった趣味とかを実現できた大人ってどれくらいいるのでしょう?

そもそもそんなしっかりした夢を持っていた子どもってどれくらいいるのでしょうか?


自分を振り返って小学生の頃は人の役に立てる人になりたいとぼんやり思ってはいましたが、ただの夢というくらいの幻想で、なんとなく中高へ進学、そして自分の実力に見合うかつ少し興味が持てる大学の学部にただ行っただけ。


ただ3回生くらいになって自分の夢の輪郭がだんだんはっきりしてきて、このままではなりたいものの資格が取れないので、もう一度福祉大学に入り直したいと両親に訴えたところ、家族会議を開いた末却下されました。


現在ならもっと多くの選択肢があると思いますが、当時はその道しかなかった・・・


それで諦めてある企業に就職したのでした。


いま省みて、そこまでの情熱がなかったのかもしれません。


もっと早くに賢く自分に対峙していたら努力して別の道を歩いていたかもしれないとよく思います。


でも結果的に情熱を持ち続けていられたかどうか?



結局はどんな道を選んでもひとつの道しか歩くことができないということを思うと、周りのさまざまな人の意見に耳を傾けて、そして何より自分としっかり向き合い、自分というものに繰り返し問いかけて自分を知って選択する・・・この慎重な技もひとつの方法ですが、まずは飛び込んでだめだったら引き返してみる勇気も必要だと思ったり。



子どもたちにはそうならねばならないと思うような重苦しい未来より夢物語でもいいからキラキラした未来を想像してほしい、なんて思います。



ということで本日はそんな未来への選択肢のヒントになる作品、というかマンガ。



ヨシタケシンスケ氏著『それしかないわけ ないでしょう』


 「大人になったときに未来に待っているのは、大変なことばかり。
おにいちゃんはそう言うけど、それって本当!?
それしかないわけないでしょう!
考え方ひとつで楽しい未来がたくさん見えてくるはず。
未来に不安を抱えるすべての人に読んでほしい、
ヨシタケ式「かんがえる絵本」登場! 」


未来のある子どもたちへのメッセージを託したヨシタケシンスケ氏の絵本はシリーズで刊行されていてそれぞれ人気を博しているようですが、私は本書が初めての作品です。


小学校低学年から大人まで・・・幅広い年齢で読んで楽しめる作品です。


自分の子育てのころを振り返ってみると・・・


なんだか毎日気忙しくて、子どもたちを追い立てていたような。


手っ取り早く「AとBどちらにするの?」と二択を迫っていた貧しい親。


自分の狭い価値観にただ合わせて子どもを自分が安心できるようなステレオタイプにはめ込もうとしていた・・・かもしれないと今頃反省しきり。



本書では主人公の女の子とおばあちゃんの会話がほのぼのしてとてもすてきなんです。


小学生のお兄ちゃんが妹である小さな女の子に言います。

「みらいはたいへんなんだぜ」

お兄ちゃんの話にショックを受けた女の子におばあちゃんは「未来なんてた~くさんあるんだから」と言います。


おばあちゃんの言葉に触発された女の子はいろんな未来を想像するというもの。


なんだか人生の深遠を語っているようで哲学的、しかも生きる意欲を引き出してくれるような絵本です。


お子さんと、お孫さんと共に読むのもいいかな。

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次から次へと事件の多い日々です。

朝の情報番組で取り上げられるのを観ていると、「どの事件?」と頭が混乱するほど。

つくづく人間というものの業の深さを感じてしまいます。


我が家の徒歩圏内でいちばん近いところにある小さなスーパー。


普段は大きなスーパーでまとめて食料品を買って車で運んでいますが、ご飯の支度などでちょっと足らないものなど走って買いにいくには便利なお店。


その横の歯科医院では土日の休診日を利用してときどき待合室を保護猫保護犬の譲渡会のために開放しています。


動物が大好きな私は、その保護猫や保護犬を見るために土曜日にその小さなスーパーに行きます。


先日も動物保護団体の大きなバンが止まっていて、ケージに入れられた猫や犬がたくさん。


これから家族の一員にしたい人たちもたくさん来られていて団体のメンバーの方々と話し合っておられました。


それぞれのケージには保護された猫や犬の知る限りの情報が掲示されていて・・・

フィラリアあり

推定2歳

エイズあり

などの情報がきちんと開示されていました。


どういういきさつで捨てられたのか・・・想像すると悲しくなります。


私も家族に迎えたいな~といつも衝動に駆られますが・・・いや、いや、この子たちの命を見届けてあげる自信がない・・・と思ってしまいます。


今の住まいはペット可のマンションですが、その前まではずっと禁ペット。


そのはるか前に住んでいた戸建てでは柴犬を飼っていましたが・・・。


次男の愛犬コハルにときどき会ったり、写真や動画で慰めてもらうとしよう。





さて今回ご紹介するのは湯川豊氏著『須賀敦子を読む』。 


「イタリアを愛し、書物を愛し、人を愛し、惜しまれて逝った作家・須賀敦子。
深い洞察に満ちた回想風エッセイは永遠の光をはなっている。
十代での受洗、渡ったミラノでの結婚、故郷夙川の家族たち……
日本とイタリアを往還し、洗練された文章で紡ぎ出された文学の香気あふれる世界。その主著五冊の精読を重ね、須賀敦子作品の真の魅力と魂の足跡を描く。
読売文学賞(評論・伝記賞)受賞」


世の中のいやな事件や不条理に心が溺れそうになると、無性に須賀敦子の文章に触れたくなります。


湯川氏は須賀敦子氏の著書『コルシア書店の仲間たち』の担当編集者だったそうです。


生前の須賀敦子氏と深い交わりのあった人。


須賀敦子氏の生前の5冊の著書について、そして氏の信仰や文学に焦点を当てての考察の書。


『コルシア…』を上梓するに当たりどれほど著者が須賀敦子氏の心に寄り添い、深く理解しようと努力したかが立ち上がってくるような作品になっています。


本書を読んだあとにまた須賀敦子氏の作品に立ち戻ってみたい・・・そんな作品です。



私がはじめて須賀敦子氏の文に触れたのは『トリエステの坂道』でした。


須賀敦子氏が敬愛していた詩人ウンベルト・サバが暮らした街についての表題作や夫君ペッピーノ氏にまつわる家族や友人たちの思い出が綴られたエッセイ集でしたが、その美しい文体とともに、一見ふんわりと包み込むようでいて硬質な毅然とした鋼のような芯を感じさせる文章にいっぺんに虜になったのでした。


それから『コルシア書店の仲間たち』、『ヴェネツィアの宿』、『ミラノ 霧の風景』を読み継いだのでした。


透明で明るく、しかし深い哀しみがただよったような文章。


イタリアで心を通わせた人々の描写も過去の回想というかたちをとりながら今にもその人々が立ち上がって目の前に現れるような、そんな錯覚をも抱かせるようでした。


遅咲きといわれている須賀敦子氏が日本の文学界にデビューしたのは50代後半。


『ミラノ 霧の風景』は60歳。


上梓された翌年に女流文学賞、講談社エッセイ賞を受賞されたのでした。


日本の文学界に蜃気楼のように現れてこれらのすばらしい文章を書くまでの長い熟成の期間の須賀敦子氏に少しでも近づきたいと思う読者の方々に本書はお勧めです。


第一章 「コルシア書店の仲間たち」
第二章 「ミラノ 霧の風景」
第三章 「ヴェネツィアの宿」
第四章 「ユルスナールの靴」
第五章 「トリエステの坂道」
第六章 「アルザスの曲がりくねった道」

本書は須賀敦子氏の2冊目の著書『コルシア書店の仲間たち』から筆をおこしていらっしゃいます。


コルシア書店に集まるさまざまな人々のエピソードを語るという形態で須賀敦子氏はエッセイとしての文体を磨きそしてその美しい文体を築いたと著者は記していらっしゃいます。


十代の頃から書くということに深い思いがあったという須賀敦子氏。


「書くということは私にとって息をするのと同じくらい大切なこと」という須賀敦子氏の言葉が引かれています。


そして、夫君ペッピーノを通してのナタリア・ギンズブルグ氏の『ある家族の会話』という本との出合いが文章家としての須賀敦子氏のその後に大きな影響を与えたといういきさつを知ることができます。


そして愛する夫との死別・・・。

キリスト者としての須賀敦子の生き方・・・。


ぜひぜひ手にとってほしい評論です。

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