VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

PVアクセスランキング にほんブログ村

カテゴリ: 藤原新也

ことしも生きて
さくらを見ています
ひとは生涯に
何回ぐらい
さくらをみるのかしら
ものごころつくのが10歳ぐらいなら
どんなに多くても七十回ぐらい
三十回 四十回のひともざら
なんという少なさだろう
もっともっと多く見るような気がするのは
祖先の視覚も
まぎれこみ重なり合い霞立つせいでしょう
あでやかとも妖しとも不気味とも
捉えかねる花のいろ
さくらふぶきの下を ふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくにわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と
    
春が一歩一歩近づいています。


3月ももうすぐ。


春が怒涛のように押し寄せてきて、日本中が待ちに待った桜の季節となるのも間近か。


上に挙げたのは2006年に亡くなられた茨木のり子氏の有名な詩「さくら」。


読むたびにすべての生き物に平等に訪れる死のことを思います。


〈メメント・モリ〉は「死を想え」という直訳で広く捉えられていますが、古代ローマの将軍による「人は何時かは必ず死ぬ。その時を思い、生きている今を大いに楽しみなさい」という意味合いが含まれているというのを聞いたことがあります。



私がはじめてこの言葉に出合ったのは藤原新也氏の写真集『メメント・モリ』によって。


私にとって衝撃的な写真集でした。


以後藤原新也氏の作品を読み漁った時期があります。



藤原新也氏著『メメント・モリ』



 「生と死を謳う現代の聖典、メメント・モリ、大刷新!
一瞬で情報の入れ替わるこのむなしい時代を、25年間の長きにわたって読みつがれてきたロングセラー。
いま、絶望の時代を生き抜くべく、新たな言葉と写真の牙を研ぎ澄まし、新登場!」


1983年に刊行されて以来27版を数え、2008年には改訂版が刊行されるなど、いまもなお多くの人々に読み継がれているロングセラー書。


インドを中心としたアジアやアメリカなど世界を漂流してきた写真家・藤原新也氏ならではの臨場感あふれる写真集。


「生と死」をテーマに怯むことなく生死を超えた人間にファインダーを向けてシャッターを押した写真に自らの言葉を添えた作品です。



私の貧しい言葉では感想を表すことができない、お手上げである、と思える作品。



ぜひ皆さんの五感で受け取ってほしい一冊です。



インドで写した死者の数枚。


死者が焼かれるのを遠巻きに生前親しかった人々が眺めている写真には「死というものは、なしくずしにヒトに訪れるものではなく、死が訪れたその最期のときの何時かの瞬間を、ヒトは決断し、選びとるのです。だから、生きているあいだに、あなたが死ぬときのための決断力をやしなっておきなさい」という文章が添えられています。


死体の足を犬が咥えている写真には「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」の言葉。



「眠りは、成仏の日のための練磨のようなもの」


なるほど・・・少しずつ少しずつ日々の眠りによって死が近づいている・・・



昨今不穏な流れになりつつあるとはいうものの、まだまだ平和な日本にいて「死」というものがどれほど日常に根づいているだろうかと思うとき、きれいごとの上滑りで「死」について考えることはあっても深い考察にはほど遠いと思える現状。



この世で唯一揺らぎなきものとしての「死」について想うとき、その対極にある「生」を与えられている限り大切に誠実に生きなければと言い聞かせています。


常時言い聞かせないとともすれば疎かにしがちな凡人たる私です。



以前にも書いたような記憶がありますが、最後に藤原氏に関する豆知識。


現在の藤原氏がこの習慣を続けておられるかどうかはさだかではありませんが、壮年期の藤原氏には「冬眠」という習慣がありました。

冬眠!@@!


著者によると冬眠への導入は次の通り。

「ある薬草を加え四年間以上熟成した蜂の子入りの蜂蜜をたらふく食う。
この蜂の子には微量の睡眠薬に似た成分(非常に良質な漢方)が発生していて、何日かかけて五キログラムぐらい食うとある臨界点で、徐々に眠気を催してくる。
その日から五日間断食を挙行。
排便排尿し、余分なものを体外に出す。
それが終わった次の日ヨガのサマダイ手法に則して数時間かけ、呼吸と脈拍を徐々に落としていく。
意識が下降する寸前で温度湿度をしっかりと管理した薄暗い部屋(真っ暗ではいけない)に用意しておいた布団にすべり込む。
最低三週間は眠り続けるので、その間に連絡しておかなくてはならないところには連絡をとっておく。
素人は真似しない方がいい。
そのまま眠り続け、永眠という事態にもなりかねないからだ・・・
熊の場合は自然の食糧の粗密のサイクルにあわせた身体生理現象だが、俺の場合は心身の再生の儀式である」

リビングで雑用をしていると外からマイクを通して聞いたことのあるような声が室内まで響いてきました。

何やらこの社会を立て直したいという意欲的な力強い声。

まだ選挙運動期間ではないので正確には運動車ではなく、普通の乗用車かもしれません。


「あれはAさんの声だ、そろそろ総選挙が近いな」と夫。


私が住むマンションには衆議院議員で自民党所属のAさんが住んでいらっしゃいます。

Aさんは松下政経塾出身で元外務副大臣。

選挙区である岡山にはよく帰省されるのでときどきエレベーターで挨拶を交わします。


「選挙前の今お願いごとをすれば何でも聞いてくれるんじゃない?」

「そうだな・・・踊り場に巣作りしたハトを取り除いてもらおうか」

「それにおばあちゃんの高額介護費少し負担してもらうとか」

「冷酒がほしい」

「ついでに○○(次男)のガールフレンドも紹介してもらえないかな?それに夏服もほしいし」


選挙違反摘発の記事を読むたび、「1度でいいから持ってこられた金品を突き返してみたい」と僻む私たちの密かな願望が次々エスカレートするうち、演説の声は次第に遠のいて消えてしまいました。


もうすぐマンションの周辺も騒がしくなる予感がします。




さて今日は藤原新也氏著『空から恥が降る』のレビューです。


東京芸大油絵科在学中に写真機を片手にアジア諸国を旅し、大学は自然中退。
1972年『印度放浪』
1977年『逍遥遊記』で第3回木村伊兵衛写真賞
1981年『全東洋海道』で第23回毎日芸術賞
1983年『東京漂流』で大宅壮一ノンフィクション賞&日本ノンフィクション賞に推挙されたが辞退
1983年『メメント・モリ』
1991年『アメリカ日記』
1998年初の小説『ティングルの入江』
1999年『千年少女』
2002年『空から恥が降る』
2003年『なにも願わない手を合わせる』など多数


プロフィールには「写真家」と掲載されていますが、写真と絵、文を自在に組み合わせ、従来の随筆の枠を大きく超えた表現方法は多くの人々の間で絶大な人気があります。

             http://www.fujiwarashinya.com/main.html

私もファンの1人です。



以前このブログでも四国遍路での祈りを綴った作品『なにも願わない手を合わせる』をご紹介していますので、よかったら見てください。

この本は私の★★★★★の宝物です。

               http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/155



さて本書『空から恥が降る』は著者自身のインターネットサイト上で日記風に発信したトークが雑誌「SWITCH」に掲載され、のちに文庫化されたものです。


「アメリカのアフガニスタン攻撃にまつわる戦争論から、心あたたまる銀座の捨てネコのゆくえまで・・・マスコミのよそゆき言葉では不可能な、インターネットを使った新しい表現に挑戦する異色のエッセイ集」


日常用語と本音が大量流通しはじめているインターネットと「よそゆき言葉」しか使わないマスコミの論調の大いなる落差に危機感を覚えた著者がネット発信という初めての試みにトライしたのが本書です。


なので藤原調が忌憚なく発揮されている本書、いたるところに等身大の藤原氏がいます。


ところどころピックアップしてみましょう。


[日本人は謝る事にあまり抵抗を感じない民族]

「中近東の彼らは、どんな局面であっても謝るという事を滅多にしない。
山の潤い一つを比較しても分かるように、人口密度が日本の1/10、砂漠での生活はことのほか厳しい。
従って、主張が肥大して譲歩の心情が育たない。
パレスチナ問題はその格好の例である。
自分の非を認め誤る’という事は、『自分の生きていく場所の全放棄』に繋がりかねない。
彼らにとって「謝罪」とは情緒とは程遠い。謝罪は自分の非を認めたことで、逆に一切の権利を失うのである。


[高度成長期の父親]

神戸の児童殺傷事件の被告宅間守の父親のインタビューを例にとり・・・

「あれは、自分の気に入った事なら大人しゅうしとるが、気に入らん事があれば切れる、どうしようもない子」と、まるで赤の他人の評論する口調。
親の自覚のかけらも感じられないし、自分の子が無惨な行いをしでかした、という痛みの感情も感じられないものだった・・・
幼児虐待やネグレクトなどの頻発する昨今の社会が、また将来この種の事件を生むであろうことは容易に想像できることであり、そういう意味で私たちは人間の愛情というものをいかに学び育むかという実に動物としての初歩的な問題に直面しているわけだ」


[青という色]

南の島の海の色を「エメラルド色」というステレオタイプ的にあらわすが、旅行者はその凡庸な思考のフィルターをはずして海自体をみてほしいと著者は言います。

「そこは『青』という色の中でもっともバリエーションが豊富な、さまざまな色相を同じ平面の中で見ることのできる地球でたったひとつの場所なのだ・・・
同じ透明な海でありながらなぜ房総の海が淀んだ青色を呈し、なぜ与那国島の海が明るいエメラルド色を呈するのか。
それは海の色とは『海の底の色』に他ならないからである・・・
強烈な太陽光線によって反射板の役目をする海の底の真っ白い珊瑚の死骸が水をエメラルド色に輝かせているわけだ」


[しばらくご無沙汰したな]

勤勉が嫌いという著者は、勤勉を好む日本人らしくないと自らを分析します。

元来日本人が勤勉なのは「田植え」をやっていたからだといいます。

「お天道様の法則に従って天から勤勉を強いられ、それが長年のうちに「血」になった」

一方牛の群れを連れてどこの国境でも越えてしまうような狩猟族の中に自分の「血」をみる著者はウェブで発信するというお金に換金できないゆえにこの贅沢な行為が意外に気に入っているとつないでいます。


[アメリカ料理、イギリス料理]

アングロサクソン人種の舌には「味蕾」が少ないという理由を挙げアメリカ人とイギリス人の味音痴ぶりを指摘し、9・11テロ以降空から投下されたアメリカからのアフガニスタンの難民への食料のまずさに言及しています。
そして投下された食料を「あれは食べ物とは思えない」と言った難民の言葉が本書のタイトルとなったようです。


[冬眠明けに思う]

ここではどんな人間のステレオタイプからもはみ出しているような野生児でありスケールの大きな著者の姿に驚きます。

なんと藤原氏は冬眠するのです

冬眠への導入は次の通り。

「ある薬草を加え四年間以上熟成した蜂の子入りの蜂蜜をたらふく食う。
この蜂の子には微量の睡眠薬に似た成分(非常に良質な漢方)が発生していて、何日かかけて五キログラムぐらい食うとある臨界点で、徐々に眠気を催してくる。
その日から五日間断食を挙行。排便排尿し、余分なものを体外に出す。
それが終わった次の日ヨガのサマダイ手法に則して数時間かけ、呼吸と脈拍を徐々に落としていく。
意識が下降する寸前で温度湿度をしっかりと管理した薄暗い部屋(真っ暗ではいけない)に用意しておいた布団にすべり込む。
最低三週間は眠り続けるので、その間に連絡しておかなくてはならないところには連絡をとっておく。
素人は真似しない方がいい。
そのまま眠り続け、永眠という事態にもなりかねないからだ・・・熊の場合は自然の食糧の粗密のサイクルにあわせた身体生理現象だが、俺の場合は心身の再生の儀式である」



驚きの行動は多々ありますが、強者には強く、弱者には優しい著者にノックアウトです。



最後に有田芳生氏の解説から少し抜粋してみます。

「濁世を生きているうちにいつの間にかこびりついている膜のようなものがある・・・
ゆがんだ像を実像だと思い込んでいる安逸の精神は不幸への道だ。
さてどうすればいいか。
「世間の観想者」を自任する藤原新也さんのフィルターを通していちど世界を見つめてみることだ・・・
同じ街を歩き、同じ風景を眼に捉えていても認識眼とでもいうべき機能の違いは『これほどまでか』と驚かされる・・・
眼力のどこが違うのか。
それは藤原さんが『小さな生まれ変わり』をたえず繰り返しているからだ」

先日道を歩いていてつまずいた拍子に右足首を強く捻ってしまいました。
みるみる腫れ上がり歩行も困難でしたが、冷シップを繰り返して少しずつ治まってきました。

ちょうど体調を整えてもらうために通っている鍼治療の予約日が近かったので病院には行かず、鍼灸のスポーツドクターに診てもらいました。

その折に最近流行のハード型酸素カプセルを勧められたので体験してきました。

ヒーリングと称して酸素グッズが大流行の昨今、酸素バーに行ったり携帯用酸素発生器などを持ち歩く若い女性も増えているようですね。

通常大気中には約21%の酸素が存在しているそうですが、地球温暖化が原因で酸素量も減ってきているそうです。

高濃度の酸素を吸入することで、疲労の原因となる血中の乳酸を水と炭酸ガスに分解してくれるそうです。

現在のように地球に酸素が誕生して27億年。

45億年前、生まれたばかりの地球の空気は二酸化炭素と窒素が主で単独での酸素はなかったといわれています。

はじめて光合成で酸素を放出したのは約40億年前に誕生したシアノバクテリアだそうです。

これは他のバクテリアとちがって葉緑素を持ち光合成をすることができるということで、人間の誕生に大きな貢献をした生物ですが、現在も水中に広く分布しているそうです。

生物に必要不可欠な酸素を作り出す源となる森林や海を守ることの大切さを痛感しています。


さて、久しぶりに宝物というべき本に出合いました。

本屋で表紙の石仏写真とタイトルに魅かれて何気なく手に取った文庫本。

藤原新也氏『何も願わない手を合わせる』はそんな偶然の出合いによって私の元にやってきました。

肉親との別れのたびに四国巡礼をする著者が、兄の死をきっかけに3たび目の供養巡礼を通して旅先で出合った蝶や花、人への思いを写真と共に綴った本です。

藤原新也氏といえば『東京漂流』という本のタイトルをかろうじて知っているのみだった私は何の先入観もなく、期待感もなく本の扉を開きました。

22の小さな随筆よりなるこの巡礼物語の始まりを飾る「顔施」。

その中で著者は「自身の中の死者への残念を浄化することこそが死者への供養だ」と語ります。

初めて訪れた薬王寺の境内のベンチで日和佐の風景を眺めながら著者は人生の中で出会った死者に心を添わせます。

「この世から消滅したものこそが幻でない唯一の確かな存在であるかもしれぬ」

境内にひっそりとたたずむ地蔵菩薩に亡き兄を見た著者は「顔施(和顔悦色施)」という言葉がすっと心に入るのを感じます。

写真にあるその地蔵菩薩はいままで見たどんな地蔵よりも私を捉えて離さない表情を浮かべて瞑目しています。


著者の経歴を見ると、カメラマンであり評論家であり小説家であり、と多彩な才能をインドを振り出しの旅によって開花させた現代の表現者であると書かれています。

処女作『印度放浪』から『西蔵放浪』、『チベット放浪』、『全東洋街道』、『メメント・モリ』、『アメリカ』など旅を題材の著書は数多く、写真集も多く発表されているようです。


93歳という老齢の歩き遍路の浪々とした御詠歌に心を打たれた最御崎寺。

どんな形であれ、煩悩や執着心からの解放を求める「自己救済」を目指している「祈り」に人間の業の深さを感じていた著者が青龍寺で出会った幼女の無心な祈りによって知った祈りの姿。

「なにも願わない。そしてただ無心に手を合わせる」

やがて無心に祈ることの手強さよりもっとやさしい祈りのかたちを見出す著者。

「海のような自分になりたい」

「菜の花電車」の著者の回想は切なさを含んでいます。

高校2年の半年を共に過ごした同級生に会うために乗った筑豊鉄道。

田川伊田という寂れた町のキャバレーのマネージャーをしているという友との再会は一瞬にして終わります。

「あの時は邪険にあしらいすまなかった。自分は、お前の立場と俺の立場のあまりにも大きな隔たりを恥じ、一刻も早く君の前から消えたかったのだ」

この便りを残して友はこの世を去ります。

再び筑豊鉄道田川線に乗った著者の目に菜の花の真っ黄色の輝きが過ぎていきます。

「黄色い輝きは、瞬く間にすれ違い、過去の方に向かって走る・・・
生きとし生けるものは皆、その早春の風にゆれる菜の花の淡い哀しみを心に秘めているものだと暗喩するかのように・・・遠ざかる」

自然体で書かれたまなざしの優しい文章は砂に水が沁みこむように私のこころの襞に寄り添うように入ってくれました。

当たり前のことを当たり前に書いた随筆なのに、久しぶりに著者にありがとうを言いたいと思った本でした。

↑このページのトップヘ