テレビのクイズ番組「アタック25」やドラマでお馴染みだった児玉清さんが鬼籍に入られて4ヶ月になります。
端正な容姿とともにいぶし銀のような床しい人間性や知性を感じさせる日本でも珍しいジェントルマンという形容がぴったりの方、私もファンでした。
俳優業や司会業という本業のほかに切り絵作家としても才能を発揮されていましたが、何といっても読書家としてNHKの書評番組である「週刊ブックレビュー」の進行役や公募文学賞「朝日時代小説大賞」の選考委員を務められたり、さまざまな媒体にレビューを書かれたりという顔を持っていらっしゃいました。
私自身も帯や解説に書かれた「児玉清評」というのを度々目にして作品評価の足がかりとして選んだことも再三あります。
今回はその児玉さんが2008年のお勧め本のNo2として挙げていらっしゃった作品をご紹介したいと思います。
「これほど心をしめつけられ、しかも、これほど熱き勇気、生きる勇気を与えてくれる小説がかつてあっただろうか?僕は涙し、号泣した」
笹本稜平氏著『還るべき場所』
「スケールの大きな冒険小説で定評のある笹本稜平氏の新境地。
登攀中に恋人を遭難で失った主人公・矢代翔平。
過去の悲しみを乗り越えるため、登山ツアーのガイドとして『悲劇の現場』K2に再び戻ってきた。
圧倒的な迫力で描く感動の山岳小説」
私自身の登山経験は、といえば学生時代に仲間と鳥取県にある1729mの大山を3回登頂したという貧しいものですが、このように山に不案内に等しい私のようなものにとってもすばらしい読み応えのある作品でした。
世界第2の高峰、ヒマラヤのK2への未踏ルートに挑んでいた翔平が登頂寸前の思わぬ事故でザイルで繋がったパートナーの聖美を失うという4年前の悲劇の回想からこの物語がスタートします。
K2というのは中国とパキスタンの国境に位置するカラコルム山脈のひとつのピークでエベレストの標高には少し劣るそうですが、登頂レベルはエベレストを凌ぐといわれている登山者にとって憧れの山だそうです。
簡単なあらすじは事故から4年、失意のうちに日々を過ごしていた翔平にかつての登山仲間から公募登山ツアーのガイドとしての誘いがかかり逡巡ののち失意の源となったK2への再度の挑戦をするという内容ですが、山の描き方の迫力もさることながら登場人物の描き方の奥行きが深く読み終えたあとの読後感は一言で表わせない量感のあるものでした。
命を賭すほどの険しい対象物としての登山への挑戦を軸に、かつて恋人を喪った山への再挑戦に対する主人公の葛藤や公募ツアーの難しさ、天候との闘い、現地ガイドとの人間関係など具体的な山登りの詳細を描いて息詰まるほどの臨場感に加え、公募登山ツアーに応募したメンバーのひとりとして登場する心臓ペースメーカー日本エレクトメディカル会長であり自らも自社のペースメーカーを体に埋め込んで登山に挑む神津邦正やその秘書など登場人物の口を通して語られる人生観、死生観には圧倒されました。
「『山がそこにあるから』というマロリーの言葉は、たぶんその答えではなく、それが回答不能な問いであることを示したにすぎないものです。
それは言葉ではなく、生きることにとっても表現できない何かなんです」
「誰もが山に惹かれるわけじゃない。
しかし現実の山じゃなくても、誰もが心のなかに山を持っている。
それは言葉では定義できないが、どんなに苦しくても、むなしい努力に思えても、人はその頂を極めたいという願望から逃れられない」
「真の人生は不可視だ。
それは生きてみることでしかかたちにできないなにかだ。
そしてそれこそが、この世界で生きることを喜びに変えてくれる糧なんだ」
「自然は人間の敵じゃない。
制服すべき対象でもない。
我々にできるのは、その内懐で謙虚に遊ばせてもらうことだけだ。
好き好んで空気の薄い場所へ出かけていって、苦しいから酸素を吸わせてくれというのは虫がよすぎるんじゃないのかね」
「希望は向こうからやってくるとは限らない。
迎えに行くのを待っている希望もある。
前へ進めば、必ず開ける未来がある。
金もなければ才覚もなかったこのわたしが、今日まで生きながらえてきた唯一の理由は、絶望を禁忌としてきたことだ」
自分の新しい人生はそこからしか始まらないという一念で還るべき場所に到達した翔平が最期まで生きる意志を放棄しなかったと信じられる聖美のイメージを抱きとめたことでこの長い物語の幕を閉じています。
充実した作品でした。
端正な容姿とともにいぶし銀のような床しい人間性や知性を感じさせる日本でも珍しいジェントルマンという形容がぴったりの方、私もファンでした。
俳優業や司会業という本業のほかに切り絵作家としても才能を発揮されていましたが、何といっても読書家としてNHKの書評番組である「週刊ブックレビュー」の進行役や公募文学賞「朝日時代小説大賞」の選考委員を務められたり、さまざまな媒体にレビューを書かれたりという顔を持っていらっしゃいました。
私自身も帯や解説に書かれた「児玉清評」というのを度々目にして作品評価の足がかりとして選んだことも再三あります。
今回はその児玉さんが2008年のお勧め本のNo2として挙げていらっしゃった作品をご紹介したいと思います。
「これほど心をしめつけられ、しかも、これほど熱き勇気、生きる勇気を与えてくれる小説がかつてあっただろうか?僕は涙し、号泣した」

「スケールの大きな冒険小説で定評のある笹本稜平氏の新境地。
登攀中に恋人を遭難で失った主人公・矢代翔平。
過去の悲しみを乗り越えるため、登山ツアーのガイドとして『悲劇の現場』K2に再び戻ってきた。
圧倒的な迫力で描く感動の山岳小説」
私自身の登山経験は、といえば学生時代に仲間と鳥取県にある1729mの大山を3回登頂したという貧しいものですが、このように山に不案内に等しい私のようなものにとってもすばらしい読み応えのある作品でした。
世界第2の高峰、ヒマラヤのK2への未踏ルートに挑んでいた翔平が登頂寸前の思わぬ事故でザイルで繋がったパートナーの聖美を失うという4年前の悲劇の回想からこの物語がスタートします。
K2というのは中国とパキスタンの国境に位置するカラコルム山脈のひとつのピークでエベレストの標高には少し劣るそうですが、登頂レベルはエベレストを凌ぐといわれている登山者にとって憧れの山だそうです。
簡単なあらすじは事故から4年、失意のうちに日々を過ごしていた翔平にかつての登山仲間から公募登山ツアーのガイドとしての誘いがかかり逡巡ののち失意の源となったK2への再度の挑戦をするという内容ですが、山の描き方の迫力もさることながら登場人物の描き方の奥行きが深く読み終えたあとの読後感は一言で表わせない量感のあるものでした。
命を賭すほどの険しい対象物としての登山への挑戦を軸に、かつて恋人を喪った山への再挑戦に対する主人公の葛藤や公募ツアーの難しさ、天候との闘い、現地ガイドとの人間関係など具体的な山登りの詳細を描いて息詰まるほどの臨場感に加え、公募登山ツアーに応募したメンバーのひとりとして登場する心臓ペースメーカー日本エレクトメディカル会長であり自らも自社のペースメーカーを体に埋め込んで登山に挑む神津邦正やその秘書など登場人物の口を通して語られる人生観、死生観には圧倒されました。
「『山がそこにあるから』というマロリーの言葉は、たぶんその答えではなく、それが回答不能な問いであることを示したにすぎないものです。
それは言葉ではなく、生きることにとっても表現できない何かなんです」
「誰もが山に惹かれるわけじゃない。
しかし現実の山じゃなくても、誰もが心のなかに山を持っている。
それは言葉では定義できないが、どんなに苦しくても、むなしい努力に思えても、人はその頂を極めたいという願望から逃れられない」
「真の人生は不可視だ。
それは生きてみることでしかかたちにできないなにかだ。
そしてそれこそが、この世界で生きることを喜びに変えてくれる糧なんだ」
「自然は人間の敵じゃない。
制服すべき対象でもない。
我々にできるのは、その内懐で謙虚に遊ばせてもらうことだけだ。
好き好んで空気の薄い場所へ出かけていって、苦しいから酸素を吸わせてくれというのは虫がよすぎるんじゃないのかね」
「希望は向こうからやってくるとは限らない。
迎えに行くのを待っている希望もある。
前へ進めば、必ず開ける未来がある。
金もなければ才覚もなかったこのわたしが、今日まで生きながらえてきた唯一の理由は、絶望を禁忌としてきたことだ」
自分の新しい人生はそこからしか始まらないという一念で還るべき場所に到達した翔平が最期まで生きる意志を放棄しなかったと信じられる聖美のイメージを抱きとめたことでこの長い物語の幕を閉じています。
充実した作品でした。