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カテゴリ: 大崎善生

小林麻央さんが亡くなられましたね。

これほど多くの人々に愛されて祈られたのに、思いは届きませんでしたね。


海老蔵さんのことも麻央さんのこともファンというわけでもなく関心もなかったのに、これほど遠い存在の人に元気になってほしいと心から願ったのは初めてです。


愛する海老蔵さんやお母さん、お姉さん、そして何より小さな2人の子どもたちを遺して逝かなければならない気持ちはどんなだったのだろう。


人の命の理不尽な不公平を感じて切なくなります。



親しい人々との永劫の別れに慣れる日がくるのだろうか?


この頃よくこんなことを考えます。



麻央さんの海老蔵さんへの最期の言葉は「愛してる」だったそうです。


最期に言葉を発する機会を与えてもらえたら、、、感謝の言葉が言えたら嬉しいな、と。


勝海舟の最期の言葉は「コレデオシマイ」だったそうですが、言えなかった人々は墓碑という形で生前の心情を遺していますね・・・故人になりかわって親しい人たちが。


有名なのをいくつか・・・

小津安二郎氏の墓石には「無」

スタンダール:「生きた、書いた、愛した」

ヘミングウェイ:「起きることが出来なくてすまんな」

エミリー・ディキンソン:「呼び戻された」

カレン・カーペンター:「地上の星 天国の星」

アル・カポネ:「神よ、あわれみ給え」

ジョン・キーツ:「その名水に書かれた人ここに眠る」

カール・マルクス:「全国の労働者よ団結せよ。哲学者たちはただ世界をいろいろな風に解釈してきた。だが、世界を変革することこそが大事なのだ」

リルケ:「バラよおお清らかな矛盾たれが夢にもあらぬ眠りをあまたなる腕のかげに宿すよろこび」


シンプルに勝る最期の言葉や墓碑はなし・・と思います。






さて今日は大崎善生氏著『ロストデイズ』のレビューを少し。


「30半ばで娘を授かった西岡順一は、子供の誕生の喜びとは裏腹に、妻との関係がこのまま在り続けるのか不安を抱く。
妻との距離をつかめなくなった矢先、意に沿わぬ人事異動の命が。
アルコールに逃げる順一を、しかし、妻・由里子は静かに見守るだけだった。
そんなある日、大学時代の恩師で娘の名付け親でもある大島危篤の報が。
二人は急遽、教授夫妻の住むニースへ旅立った。
夫人の勧めで二人はさらにジェノヴァへと向かう。
旅の中で二人がたどり着いたものとは?
自分たちは人生の頂に近づいているのか、頂を過ぎこれからは下っていくのか?
切なく胸に染み入る至高の恋愛小説」


昨年映画の大ヒットで話題になった「聖の青春」の原作者。

ご自身も将棋に精通されていて、一時期「将棋世界」の編集長をされていました。

その時代に上梓された『聖の青春』がベストセラーとなり、続編というべき『将棋の子』を書かれたのち、小説家としてスタートされました。


このブログでも何作かアップしています。


今朝も新聞で久しぶりに大崎善生氏の名前を拝見。

公式戦29連勝の歴代新記録を樹立した将棋の史上最年少棋士・中学3年生の藤井聡太四段へのコメントが掲載されていて・・・。

恐るべき中学3年生!


昨年の映画に続き、藤井聡太君のお陰で将棋がすごい勢いでクローズアップされています。

将棋に関して何にも知らない私ですが、棋譜が読めたら楽しいだろうな、と思えます。


将棋人口がどんどん増えたらいいな。



さて本書に戻ります。


人生という坂道をいったんは妻と登り、親となり幸せを掴んだはずだったのに、ふと立ち止まったところで人生の意味を見出せなくなってどんどん下り坂を下りていくような虚無に苛まれながら過ごしていた西岡の視点から物語が展開していきます。


そんな西岡と妻に転機が訪れる物語。


著者の描く男性像のほとんどがこの主人公のように生き難い繊細さを持っていて、それは著者の内面にあるものが滲み出ているのだろうな、といつも感じながら読んでいます。


本書でも女性側の感じ方は置いてきぼりで、主人公の夫が高揚感や脱力感を独り占めしているという感じ。


著者の描く心象風景は美しく、読み応えはありますが、主人公のひとり相撲的な感情の起伏にちょっと辟易させられた内容でした。

テレビ囲碁アジア選手権戦で井山裕太九段が初優勝を果たしたというニュースがテレビや新聞紙上で踊っていました。  0ce1b3ed.jpg


弱冠24歳という若さで5つものメジャーな囲碁タイトルを保有する囲碁界のスーパースターです。

夫が趣味で囲碁をしているのでテレビの囲碁番組などを通してけっこう詳しくなっている私。

方や将棋の世界はあまり知りませんでしたが、実在の棋士・27歳という若さで夭折した村山聖の生涯を描いた大崎善生氏によるノンフィクション作品『聖の青春』を読んで以来、多少の興味を持ってタイトル戦の動向などに目が行くようになりました。

『聖の青春』のレビューはこちら

『聖の青春』は私の中では今もなおベスト10に入るほど深い感銘を受けた作品でしたが、主人公の村山聖棋士は、現在も通算タイトル獲得数が歴代1位といわれている将棋界のスーパースター・羽生善治棋士と同世代で後に多くの実力派の棋士を輩出した「羽生世代」と呼ばれた棋士達の1人でした。

「怪童丸」の異称で呼ばれていた村山が今も生きて活躍していたら、きっと羽生棋士の好敵手となっていたのではないでしょうか。


前置きが長くなりましたが、本日ご紹介するのは、将棋好きが嵩じて日本将棋連盟で将棋雑誌「将棋世界」の編集者を務められた後作家に転身され、『聖の青春』などを著された大崎善生氏による作品です。


大崎善生氏著『赦す人』


「『鬼』と名乗った男は、何があっても、無限のやさしさで全てを受け入れた。
夜逃げ、倒産、栄華と浪費、また夜逃げ。
団鬼六の波乱万丈の生涯は、しかし常に純粋さと赦しに貫かれていた。
伝説の真剣師と交わり、商品相場を追い、金を持ち逃げされ、妻の不倫に苦しみ、その全てから小説を産んだ。
出生から最期の日々まで、『異端の文豪』の唯一無二の人物像を描ききった感涙の長編ノンフィクション」


団鬼六…主婦である私も名前だけは知っていますが、その作品はあまりにもきわどく、雑誌や書店で目にしても目にも触れたくなくて避けて通り過ぎた作家・団鬼六。

SMなどの極まった官能小説の第一人者として有名だったその団鬼六氏の最晩年、団氏の思い出の場所を共に歩きながら粘り強いインタビューを繰り返した結果の生涯を綴ったノンフィクション作品が本書です。


著者である大崎氏と団氏の接点はといえば・・・鬼六の略歴をご存知の方は旧知の事実でしょうが・・・青年時代将棋にのめり込みプロ棋士を夢見たこともある団氏が将棋界のお荷物であった雑誌「将棋ジャーナル」を丸ごと買って編集などを一手に引き受けたという経緯を知ればおのずと点と線が結びつきます。


2011年79歳で没

戒名は戯生院法幸団徳信士

アマ6段だったのが死後7段を授与されたそうです。


「将棋ジャーナル」というお荷物雑誌の版元となったばかりに億を超える借金を抱え、坂道を転がるように転落して貧しい晩年を送らなければならなかった団鬼六と将棋の因縁の深さには絶句するばかり。


生前鬼六がTV出演した際だったか、将棋に関しておもしろい話をしていたのが印象に残っています。

故・升田名人にお手合わせを願ったあとの会話で、鬼六が名人に敗因を聞いたときのこと。

途中まで鬼六が優勢だったと慰める升田名人に、どの辺までが優勢だったかと問うと、駒を並べたときだと答えた名人。

最初から飛車落としで臨んだ名人に対し、すべて揃った駒でスタートをした鬼六はその段階で優勢だったと。

続いてどの辺りが敗因かと問う鬼六に対し、升田は「あんたが駒を動かしたのが敗因」と答えたといいます。

思わず吹き出してしまったのを覚えています。



女性への傾倒、将棋への傾倒、相場への傾倒、失敗しようが裏切られようがすべて丸ごと抱えて生涯を共にして、そして後悔をしないという潔さにただ感服するばかり。


               一期は夢よ ただ狂え

ただ遊べ 帰らぬ道は 誰も同じ


大崎氏のインタビューに答えて、「半七捕物帳しか読んだことがなかったが、ふと書いてみようと思ったら、いきなり小説が書けた」という処女作『親子丼』が文藝春秋オール新人杯で佳作に入選、次の作品が次点となるなど文才の片鱗が見える25歳時のスタート、途中断筆宣言による中断はあったというものの、50年以上にわたって書き続けた作品は膨大な数です。


相場師だった父親を題材に描いたデビュー作『親子丼』から、SMものの金字塔といわれる『花と蛇』をスタートにした官能小説、そして60代になって著した『真剣師 小池重明』でようやく官能を抜けた鬼六、本当は普通の小説が書きたかったのではないでしょうか。


「人生は甘くないではなく、甘いものと考えろ」という手前勝手な人生訓を父親から与えられ続けた結果の文字通り破天荒を絵に描いたような人生を送った鬼六の生まれたときから死ぬまでの生涯をできるだけ綿密になぞるという作業をしながら、鬼六そのものを浮き彫りにするという企みが見事に成功した作品です。

正真正銘の遊び人であった鬼六。

官能小説で稼ぎまくったお金はすべてまわりを喜ばせるために使う、裏切られても誰のことも赦すことができるという懐の深さを持った鬼六。

生涯を不条理な情の世界にどっぷり漬かり、そしてそれを重んじた鬼六。

そんな鬼六に尊敬と愛で接したればこそ、著者は期待した以上の膨大なものを鬼六から受け取り、そして本書が完成したのではないでしょうか。

虚構の世界を描く大家である鬼六も大崎の愛に応えて真摯に向き合う様子が垣間見えて胸が熱くなりました。


このようにして生まれた本書を前に、著者に対して鬼六が言った言葉は胸を打ちます。

「これは本当は自分が書かなければいけないものだったけれど、もう気力も体力もなくなってしまいましてな・・・
そのときにあなたが来てくれて。
ほんま助かりましたわ。
ありがとうな」


団鬼六氏の作品を読んだこともない私がこのレビューを書くのはさすが気が引けますが、鬼六の人となりを知って以来、1冊くらい読んでみようかなと思っています。

先日親しい同級生3人でおしゃべりしていたとき、修学旅行の話題になりました。


「私もその修学旅行に参加していた?」とひとごとのような私。

2人が旅行中のエピソードを話す中、ことごとく記憶にないのです。


修学旅行に限らず記憶力にはまったく自信がありません。


積読本の中から目新しい1冊を選んで読み始め、中盤にさしかかってあまりの面白さに没頭して読み進み、最後のフィニッシュ段階で「あれっ?」というかすかな記憶を取り戻したことも1度ならず。


「何度でも新しい気持ちで読めて本代の節約になって羨ましいよ」と夫に皮肉られるほど。


先ごろ、それほど親しくなかったはずなのに高校時代の私の会話や仕草まで覚えていて再現してくれる驚くべき記憶力の持ち主の同級生もいて赤面した経験があります。

再現された高校生の私の姿はあまりにも未熟で穴があったら入りたいほど。



そんな自分なのに特にしっかり覚えているのは昔の記憶でも悲しかった出来事。


悲しい出来事は一刻も早く記憶からなくなればどんなにいいかと思うことがしばしばですが、何かの拍子に無理に沈めたはずの記憶の底から立ち上がってきて、新たな悲しみやもう後戻りできない切なさが胸いっぱいに広がるのです。



これからご紹介する本の中にこんな文章がありました。


「人間の体のどこかに、ありとあらゆる記憶を沈めておく巨大な湖のような場所があって、その底には失われたはずの無数の過去が沈殿している。
何かを思い立ち何かを始めようとするとき、目が覚めてまだ何も考えられないでいる朝、とうの昔に忘れ去っていたはずの記憶が、湖底から不意にゆらゆらと浮かび上がってくることがある」


大崎善生氏著『パイロットフィッシュ』

著者大崎氏は「将棋世界」編集長を経て2000年デビュー作『聖の青春』で第13回新潮学芸賞

2001年『将棋の子』で第23回講談社ノンフィクション賞

2002年『パイロットフィッシュ』で第23回吉川英治文学新人賞を受賞。


このブログでも『聖の青春』他3作品をご紹介していますので、よかったら見てください。
 
    http://yaplog.jp/ashy_ashy/category_82/


大学卒業後将棋の世界に生きた著者の将棋世界を描いた渾身のノンフィクション作品『聖の青春』『将棋の子』のあと上梓した初めての小説が本書です。



41歳の「僕」こと山崎のもとに19年前に別れた恋人由希子からかかってきた真夜中の電話によって記憶の海から浮かび上がってきた過去の出来事が現在と交差しながら物語が進んでいきます。


いつも途方に暮れていた大学生だった山崎の進む道へいつも手を貸してくれていた由希子との出会いとある事件をきっかけの唐突な別れ、心を許したアルバイト先の店長の突然の事故死などの哀しさがいっぱい詰まった過去の物語。


「人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない」


過去に愛した人々との永遠の別れを納得したはずなのに、どんなに長くその時代から離れても生きているかぎり記憶の底から立ち上がってくる思い出は永遠に続くという思いは主人公ならず私自身も痛感しています。



著者がどのような気持ちで主人公設定したのか疑問ですが、主人公の職業は「月刊エレクト」というエロ雑誌編集者、いかに男性を扇情させるかに日々腐心した編集過程が細かく書かれていたり、仕事で知り合った風俗嬢とのからみなど生々しい描写がかなりあるにもかかわらず、全体を通して静謐な透明感のある物語となっているという不思議な小説です。


ひとり住まいの主人公の部屋で彼の人生を見つめているような水槽の熱帯魚パイロットフィッシュの物語は胸を打つもうひとつの物語。


繊細かつ生命力の乏しい本命の高級熱帯魚が住みやすい健全なバクテリアの生態系を作るためだけに前もって水槽内に入れられるパイロットフィッシュ、いったん理想的な環境ができあがると御用済みになるという哀しくも儚い運命の生き物をタイトルにした著者の意図がこの物語の最後に示されています。


ある出来事の結果、生態系の崩れた水槽の中で清らかな生態系を作り直すこともままならず、生き続けなければならない由希子の運命への救いがたい従順さには何とも納得できないという不消化な読後感を残して物語は終わります。


世の中やっと作り上げた生態系を乱すことに喜びを見出す人もいれば、その無残な生態系の中で喘ぎながらも抜け出すという選択肢をあえて選ばない人もいることで危ういバランスが保たれているのでしょうか。


物語設定のいくつかの箇所になぜという疑問がたくさん残りましたが、不思議な魅力をたたえた物語でした。

昨夜筑紫哲也さんの「ガンとの闘い500日」が放映されましたね。

生前それぞれ交流の深かったゲストの立花隆さん、田原総一朗さん、姜尚中さんが筑紫さんの人となりを語られていましたが、これからの日本を正しい方向に導く見張り番としての大切な大切な人を亡くした喪失感に溢れていました。

生涯最後となった「多事争論」、心に沁みました。

闘病途上に「いつかきりをつけねばならないと思うときもある」と語られていましたが、最期まで治療を投げ出さず、社会の多事にも目を向け続けた氏の真剣に生きる姿勢に涙が溢れました。


私たちは長い人生のうちにはいろいろな別れを経験します。

それが身近な人であればあるほど立ち直れないほどの悲しみに見舞われるのはいうまでもありませんが、何かのきっかけで知り合った人や一方的に心にとめている人でもこのように別れは切なく心にとどまります。


誰しもいつかはきりをつけるときが必ず来るとはいえ、人との別れにいつまでも慣れることができないでいます。


本日ご紹介する物語も著者が経験された切ない別れなどを題材の4編の短編集です。

大崎善生氏著『優しい子よ』

著者大崎氏は将棋連盟で編集の仕事に携わっていた2000年、幼い頃からネフローゼと戦いながらA級棋士のまま20代の若さで亡くなった天才棋士村山聖の人生を綴ったノンフィクション『聖の青春』でデビュー、第13回新潮学芸賞

2001年将棋連盟を退職後、無名の奨励会員を題材の『将棋の子』で第23回講談社ノンフィクション賞

2001年『パイロットフィッシュ』で第23回吉川英治新人文学賞をそれぞれ受賞していらっしゃいます。

本書には表題作「優しい子よ」のほか、「テレビの虚空」「故郷」「誕生」の4編が収録されていますが、著者自身が体験されたことを元に綴られたノンフィクション小説です。


著者の妻である女流棋士の元にある日届いた一通のEメールをきっかけに不治の病に侵された9歳の少年と妻との3ヶ月という短いが濃密な交流を描いた「優しい子よ」

著者のデビュー作『聖の青春』の放映が縁で知り合った名プロデューサーとの出会いからその死までを優しく見つめた「テレビの虚空」と「故郷」

47歳の著者に突然授かったわが子の誕生を通して、幼くして死ななければならなかった少年の死の意味を問う「誕生」


ひとりの少年との出会いから始まり、ひとつの生命の誕生で終わっているこの連作は間に少年や尊敬する大先輩の死を挟んで構成されています。

死と生という人生の両極にあるもをテーマに、ともすれば重くなりがちな題材を明るい未来へ解き放ったようなそんな印象を受ける物語。


「いつかそのことをわが子に伝えよう。
死の間際に追い込まれながら、お母さんの足を真っ先に心配してくれた10歳の少年がいたんだ。
凄いだろう。
勇気って、優しさってそういうものなんだ」

生まれ来る息子への呼びかけに著者の優しさが伝わってきます。

新聞やテレビなどの報道機関は「中国製ギョーザによる中毒」一色となりましたね。

中国の食品会社で製造されたということですが、日本では使用が認められていない有機リン酸系農薬のメタミドホスが検出されたそうです。


8月の北京オリンピックを控え、総力を挙げて食の安全に取り組んできたといわれている中国政府ですが、輸出食品の数量があまりにも膨大なため、国主導ですべき食品輸出の際の検査が事実上業者任せになっているという指摘があるようです。

中国産ウナギから合成抗菌剤や、歯磨き粉から毒性物質であるジエチレングリコールが検出され、ますます日本の消費者の中国産食品に対する目は厳しくなるばかりです。


我が家ではほとんど冷凍食品は使いませんが、子どもたちにお弁当が必要な家庭ではよく利用しているのではないでしょうか。

加工食品は原産国が明記されていないものが多く、国内の販売会社を信頼するしかない私たち消費者の不安は高まります。

製造者のモラルはさることながら検査に総力を挙げてほしいと願っています。



さて本日は先日アップした『聖の青春』に続き、第23回講談社ノンフィクション賞受賞作大崎善生氏著『将棋の子』をご紹介したいと思います。

静かな感動を巻き起こした大崎氏の不朽のノンフィクションであるこの2冊は将棋の世界を描いた兄弟のような関係の本です。


『聖の青春』に登場された主人公村山聖の師匠森信雄棋士が『将棋の子』のあとがきを担当していらっしゃいます。

興味がある方は是非この2冊とも読んでほしいと思います。

『聖の青春』のレビューはhttp://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/224でごらんください。


「奨励会…。そこは将棋の天才少年たちがプロ棋士を目指して、しのぎを削る“トラの穴”だ。しかし大多数はわずか一手の差で、青春のすべてをかけた夢が叶わず退会していく」

正式名称「社団法人日本将棋連盟付属新進棋士奨励会」

全国から入会を許された気鋭の天才少年たちがひたすら昇級と昇段のためにしのぎを削る場所です。

奨励会をより厳しく悲劇的なものにしている要因に年齢制限 ―― 21歳の誕生日までに初段、そして26歳の誕生日までに四段 ―― という鉄則があります。


著者はその厳しさを生まれた川に命をかけて帰っていく鮭の姿に例えています。

「6級という稚魚は一斉に川に放たれ、よろよろとそれでも懸命に海を目指して泳ぎ始める。
すぐに姿をけしてしまう者もいるし、いつまでも同じ場所を泳いでいる者もいる・・・
そんな彼らがまず出くわすのが21歳までに初段という関門である。
そこをくぐり抜けた者だけが、自分が生まれた川に戻り遡上することを許される・・・
上にいけばいくほど川幅は狭まっていく・・・
そうやって果てしない淘汰を勝ちぬいてきた彼らに、最終最大の関門が待ち受けている。
奨励会三段リーグである」


その奨励会に昭和57年に11歳6級で入会、1年1ヶ月という驚異的なスピードで初段に駆け上がった天才・前代未聞の七冠制覇の羽生棋士を「明」の旗頭とすれば、「暗」の闇にはじき出された会員たちを数えればきりがないほどです。


著者大崎氏はそんな志半ばで退かなければならなかった将棋の子たちのその後の人生に慈しみのライトを当てて丹念に軌道を追っています。


小学生の時代から生活=将棋という生活をしてきた少年たち。

奨励会退会という運命を突きつけられていきなり鎧もなく社会に放り出されたそんな傷だらけの少年たちは嵐の大海に漂う小舟のような儚い存在です。


★著者と同郷の北海道から将棋に夢を託して一家で上京、心の支えであった父と母を相次いで亡くして力尽きて社会からドロップアウトした成田英治

★芽が出ないまま中学卒業と同時に奨励会を退会したあと、森師匠の助言に従って世界放浪の旅に出た末、第1回世界将棋選手権の優勝者となった28歳江越克将

★信じそして頼りきっていた将棋に25歳で見捨てられ、行き場を失った彷徨人生から回り道をして将棋ライターという道を見出した加藤昌彦

★5年間段のまま停滞を続けギャンブルに逃げこみ24歳で忽然と姿を消した後、社会の荒波にのみ込まれそうになりながらも奮起して司法書士を勝ち取った米谷和典

ここに描かれている将棋の子たちは驚くほど一途で純粋な、奨励会という純粋培養の中で育った子どもたちです。

そんな子どもたちが深い挫折感から1度は将棋に背を向けても奨励会時代の誇りを拠り所にしている様子を見るにつけ、安堵した読者は多いのではないでしょうか。


著者はそんな奨励会について自分自身に問いかけています。

「奨励会の正体とはいったい何なのだろうかと私は思う・・・
たいていの人間には三段リーグのような、ある意味では理不尽な厳しいふるいが待ち受けている。
それは、甘受しなければならない生きることの宿命なのかもしれない・・・
では、なぜ彼らの戦いがこんなにもせつなく胸に迫ってくるのだろうか。
それは、棋士を目指すというあまりにも単純で逃げ場のない目標のせいなのかもしれない・・・
奨励会の修業は、一般社会に出た瞬間に限りなく無に近くなる。
それまでの努力が、その後の人生に何のキャリアも生み出すことはない」

でも、と著者は退会者に与えられる駒を眺めながら自答します。

「奨励会が、競争と厳しさを教えるだけのところではないことを、その駒は私に雄弁に語りかけてきているように思えた・・・
きっと、勇気や優しさを教えてくれる場所なのだろうと」

本日は「生きる 生き延びること」という言葉を遺して日本の将棋界を彗星のような速さで駆け抜け、29歳で夭折した棋士・村山聖のノンフィクション物語をご紹介したいと思います。

昨年末、羽生善治棋士がA級順位戦に勝ち、37歳2ヶ月という年少記録1位で公式戦通算1000勝を達成されたことを覚えていらっしゃる方も多いでしょう。

将棋界で永世名人、永世棋聖、永世王将などの称号を保持されている故大山康晴氏はわが郷土岡山の誇りですが、羽生棋士はタイトルの通算獲得数で大山さんに迫ること2位の成績だそうです。


若き日のその羽生棋士と互角に闘った男・・・東の羽生、西の村山と並び称された天才棋士・村山聖・・・幼少期からネフローゼという病と闘い続け、29歳の若さで散った棋士の短くも濃密な青春の物語です。

棋士番号180  356勝201敗  勝率6割3分9厘  A級八段在籍のまま逝去 日本将棋連名により死去翌日九段追贈 

「村山さんはいつも全力をつくして、いい将棋を指したと思います。言葉だけじゃなく、ほんとうに命がけで将棋を指しているといつも感じていました」と羽生棋士。


入院先の病室で薄れていく意識の中で棋譜をそらんじ「……2七銀」と言ったのが最後の言葉でした。
そして村山棋士は棺の中の竜王戦の対羽生戦の棋譜とともに平成10年8月8日土に還りました。

15歳でプロデビューを果たした棋士番号175の羽生棋士より1歳上、チャイルドブランド(恐るべき10代)と恐れられた俊英たちの一群に顔を並べていた村山棋士は奨励会在籍2年11ヶ月という異例のスピードで四段に昇進しプロ棋士となりました。


著者大崎善生氏と村山棋士の出会いは「将棋世界」の編集長時代だそうです。

亡くなったあと大崎氏によって2000年に上梓された『聖の青春』は第13回新潮学芸賞、将棋ペンクラブ大賞を受賞、2001年には藤原竜也主演のドラマ「聖の青春」も放映されました。

なお、漫画「月下の棋士」作中に登場する棋士「村守聖」のモデルでもあるそうです。



囲碁が趣味の夫の影響でテレビの囲碁対局などはよく目にしますが、将棋に関してはほとんど無知な私が本書と出合ったのが10年ほど前、以後幾度も読み返していますが、その度に胸の奥に広がる感動は深くなるばかりです。


「怪童丸」の異名を持ち、奨励会員時代から「終盤は村山に聞け」といわれたほどの終盤の読みの深さに定評があった村山棋士は将棋に対する執念ともいうべきあまりに一直線なひたむきさによって周りの人々から深く愛されていましたが、彼の棋士人生を語るのに忘れてはならないのが、師の森信雄棋士です。

村山聖13歳 森信雄30歳
打倒谷川浩司棋士を唯一の目標に奨励会に入ることを熱望した中学1年の少年村山と当時四段の森棋士との運命の出会いは昭和57年初秋関西将棋会館道場ででした。

「この子を弟子にする。森は会っただけで瞬間的にそう決めていたのだった。
それは師と弟子の不思議な、そして運命的な出会いだった」

そして村山棋士が亡くなるまでの16年間、この師の村山に対する深い愛情は終生変わることはありませんでした。


不幸な生い立ちのあと19歳という遅すぎる受験で奨励会に入会が許された森棋士はその後も幾多の困難に打ち勝ってやっと手に入れた棋士生活の苦労を取り戻すがごとくギャンブルにのめりこむ無為の生活をしながらも、そんな遊びの季節にそろそろ終止符を打ちたいと思っていた矢先の時期でした。


「どうして、せっかく生えてくるものを切らなくてはいけないんですか。髪も爪も伸びてくるのにはきっと意味があるんです。それに生きているものを切るのはかわいそうです」

長い入院生活で多くの子どもたちの死を見つめているうちに心に芽生えたやさしさから伸ばし放題の髪を掴んで床屋に連れていくのも、突然高熱を出す弟子を寝ずの看病をするのも、弟子の下着を洗濯するのもすべて師匠の役目になりました。


私が全編を通してもっとも深く心に沁みた場面はそんな師匠と弟子が夜の公園でばったり会うところです。

それをご紹介してあふれる思いをこんな貧しい形でしか伝えられない読後感を閉じたいと思います。


昭和62年のある寒い冬の深夜、森棋士と歩いていた著者は前の方から体を斜めに傾けながら紙袋を下げとぼとぼと青年が歩いくるのに出会います。

「森が飛ぶように、青年に近づいていった。

『飯、ちゃんと食うとるか?風呂は入らなあかんで。爪と髪切や、歯も時々磨き』機関銃のような師匠の命令が次々と飛んだ。

髪も髭も伸び放題、風呂は入らん、歯も滅多に磨かない師匠は『手出し』と次の命令を下す。

青年はおずおずと森に向けて手を差し伸べた。

その手を森はやさしくさすりはじめた。

そして、『まあまあやなあ』と言った。

すると、青年は何も言わずにもう一方の手を差し出すのだった。

大阪の凍りつくような、真冬の夜の公園で私は息をのむような気持ちでその光景を見ていた。

それは、人間のというよりもむしろ犬の親子のような愛情の交歓だった。

理屈も教養も、無駄なものは何もない、純粋で無垢な愛情そのものの姿を見ているようだった。

『この人大崎さんや、ほっぺたさわってもらい』と森は言った。

私は何のためらいもなく手を伸ばした。

そのほっぺたは柔らかくそして温かかった。

『早よ帰って、寝や』と森が言うと『はあ』と消え入るような声で青年は呟いた。

そして体を傾け、とぼとぼと一歩一歩むりやり足を差し出すようにしながら夜の帳の中へ消えていった。

空には降り注ぐような満天の星が輝いていた。

つきさすような冷え切った空気が、星を磨いているようだった。

それを眺めるふりをしながら、私は涙をこらえていた。

なぜだろう、そんな気持ちになったのは生まれてはじめてのことだった。

そこは宇宙の片隅の小さな小さな公園だった」

http://www.shogi.or.jp/syoukai/bukko/murayama-satosi.html  故村山聖棋士の経歴です。よかったらどうぞ。

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