VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 姜 尚中

先日私の母性がホンモノであるということが証明された出来事がありました。


娘がある病気になり、その娘のイノチを助けるためにはある巨大な生物の中にある小さな臓器を取り出しそれを娘に飲ませる以外方法がないという結論に達しました。


その生物を殺して臓器を取り出すという難事業に挑むために夫に相談すると「棒で殴り倒したら残骸が飛び散り汚いからいやだ」という答えが返ってきました。


ならば私ひとりで挑む以外方法がなく、最大の勇気を振り絞って命を投げ出す覚悟でその巨大生物と闘い臓器を取り出すことに成功しましたが、私自身はその生物に飲み込まれ窒息して事切れてしまいました。


何か特別な有事の折にのみ自分の母性が本物かどうかわかると思っていたものの、平和ボケしたような状態でとっさの場合果たして身を投げ出して子どもたちの命を救える自分かどうか正直自信がありませんでしたが、これできちんと証明されたと死ぬ間際の薄れる意識の中、不思議と満足感を覚えたところで目が覚めました。


呼吸困難で全身汗びっしょり!


巨大生物のヌルヌルとした体に飲み込まれる感触まで手に残っていて何とも気持ち悪い目覚めの朝でした。


娘に電話の折、母親のカガミということが証明されたことを鼻高々報告して恩に着せて無理矢理「ありがとう」を言わせて溜飲を下げたことでした。


我が家では母性が父性より勝ることが夢で証明できましたけど、実際の場ではどうなるか、ホントは自信ないんですけどね。




さて本日はそんな唯一無比の「母」の物語。



姜 尚中氏著『母 オモニ』



政治学者である姜尚中氏の初の自伝的小説。


「母が亡くなって5年経ちました。
04年に刊行した著書『在日』でも母親のことに触れていますが、あれは社会評論でしたから、母という人物を描き切れていませんでした。
母は文字を読めませんでしたから、文字情報を一切、残していないんです。
日記もなければ、手紙もない。
つまり、自分の痕跡を残せなかった。
それだけに、いま、母のことを書いておかなければという気持ちになったのです」


あえて「小説」と銘打った著者の意図をはかりかねるような、著者の亡くなられたお母さんの動乱の時代を生き抜いた足跡を辿った自伝です。



女に教育は必要ないという考えがあった時代に教育から置き去りにされ文字の読み書きができなかった反面、持ち前の勝気な負けじ魂と研ぎ澄ませた五感を最大限に働かせて日本人でも生きにくい戦後を生き抜いてきたオモニ。



チョウセンと蔑まれながら祖国の風俗、儀式を大切にして旧暦カレンダーに添った生活習慣を崩さず祈り、踊りを通して祖先と会話しながらの日常は戦後の西洋化した社会には相容れない暮らしぶりで、青春の一時期それらすべてを疎ましく思っていた著者が祖国訪問を境にすべてを受け入れる心境になった様子が描かれていて胸に迫りました。



その過程は『在日』でも記されていましたが、本書は16歳という純真無垢の小娘が顔も知らない婚約者である父のもとに海を越えて嫁いでくる前後から筆を起こし、動乱の世を強靭な精神で家族を守りながら生き抜いたひとりの母をより浮き彫りにしています。


正直に言って文章力、構成力ともに優れているとは言いがたい作品ですが、著者にとって「大地」であり「太陽」である絶対的な存在としての「母」が数々のエピソードから立ち上がってきて現代の脆弱で希薄になった日本の親子関係に強力な楔を打ち込んでいるようなメッセージを感じ取ることができました。


「目上の人を尊敬する」
「自分と異質というだけで排斥しない」

読み取ったメッセージを要約するとこのようなことではないでしょうか。



安価な青森旅行をネットで見つけて2泊3日の行程で三沢~奥入瀬~十和田湖を回ってきました。

旅行の前日宮城で地震があり、こんな大変なとき近辺に遊び気分で旅行に行っていいものかと被災者の方々のことが頭をよぎりましたが、ずっと前にクーポンを購入していたので一瞬の躊躇はすぐにお金計算に取ってかわりました(-_-;)


岡山から羽田経由で青森空港に行ったのですが、羽田第二ターミナルを使ったときいつもいつも感じる不満


地方のヒガミといわれるかもしれませんが、とにかく離着陸が必ずといっていいほど広い離着陸場のいちばん端(T_T)/~~~


「岡崎さんの出身地の岡山なんだからもっと岡山を優遇してくれてもいいのに」

「出身地だからこそ謙虚な岡崎さんは遠慮していちばん隅っこにしたんやろ」

毎回夫と交わす会話です。


全日空の前身の日本ヘリコプターの設立から全日空の発展に大きく貢献された第二代全日空の社長岡崎嘉平太さんはわが郷土出身です。

岡山の北に位置する吉備中央が生誕地で、そこに岡崎嘉平太記念館があります。

           
  
航空業界の発展に寄与するともに日中経済交流を通して日中友好に大きな貢献をされたことでも有名な方です。

「信はたていと 愛はよこ糸 織り成せ 人の世を 美しく」

記念館に飾られたこの自筆の言葉が岡崎さんの誠実な人柄を表しているようです。


さて話題が青森旅行からどんどん逸れてしまいましたが、学生時代に訪れて以来2度目の奥入瀬でしたが、緑滴る新緑のシーズン、14キロに及ぶ渓流沿いの道に左右から覆いかぶさるように続く緑のトンネルを通りながらときどき渓流に下りて滝や岩にぶつかる激流を眺めたり、冷たい水に手をひたしたり、自然を満喫しました。


1日目は米軍基地のある町三沢の温泉旅館に泊まりましたが、2日目は十和田湖畔のホテルに1泊。

そこで「十和田湖」イコール「青森」という私の貧しい知識が覆されました。

私たちが泊まったホテルは秋田県に位置し、十和田湖を挟んで対岸は青森県という位置関係にびっくり!


いまだに東北や北陸、中部の県の位置を正しく示すことのできない恥ずかしい私です。



さて本日は姜尚中氏『在日』をご紹介したいと思います。

1950年朝鮮戦争が始まった年に在日韓国・朝鮮人二世として熊本市に生まれた著者は生まれてからの日本名永野鉄男を1972年の訪韓を機に朝鮮名に変えて今日に至っていらっしゃいます。


早稲田大学大学院政治学研究科博士課程終了後、西ドイツのエアランゲン大学に留学ののち、明治学院大学講師、国際基督教大学準教授を経て現在、東京大学情報学環教授のかたわら、執筆活動、討論番組、そして「朝まで生テレビ!」などに積極的に出演していらっしゃるので、TVの討論会などで理路整然と語られる著者を見られた方も多いでしょう。


専攻は政治学&政治思想史で分野はアジア地域主義論、日本の帝国主義を対象としたポストコロニアル理論だそうですが、私にはさっぱりわからないというのが正直なところです。


著者の専門書を読んだことのない私ですが、時々愛読する有名な松岡正剛氏のブログ「千夜千冊」に書かれていた次のような感想に惹かれて手に取ったのが本書です。

「昨日、姜尚中の『在日』という新刊が恵比寿の有隣堂に並んでいた。
まだ読んでいないが、店頭でそれを見たとき、そうか、ここまで一気に書き切るつもりだったのかという感慨が走った。
「永野鉄男」を捨てて在日朝鮮人を明示する「姜尚中=カン・サンジュン」を選んだことを含む思想的自伝のようだ。
この数年、姜尚中ほどに充実した議論を水準を落とさずに、日本の政治方針とその思想根拠についての言説を続けざまに連打している学者は少ない」


本書は講談社で出版以来、8万部を超えるベストセラーとなったハードカバー『在日』を大幅に加筆して集英社から出した同名の文庫版です。


1984年一旦は外国人指紋押捺を拒否し、埼玉県での「指紋押捺拒否第一号」となった著者ですが、苦悩の末最終的に押捺に応じたことをきっかけにプロテスタントの洗礼を受けた経験も現在の著者を知る上で大きな要因になっています。


本書『在日』ではその生い立ちと周辺の「在日」の大人たちのやり場のない怒りと悲しみが平易な文で淡々と隠すことなく語られています。

廃品回収業で生計を立てる在日一世の父母のこと、貧しさゆえに学ぶ機会がなく文盲だった母親のこと、韓国民主化運動に没頭していた早稲田大学生時代のこと、日本にも朝鮮半島にも属せない在日という立場の葛藤や孤立感が読者の胸にまっすぐに伝わってきます。


将来が閉ざされたような閉塞感に長く苦しめられていた著者は繰り返し読んだ旧約「伝道の書」 ― 「天の下のすべてのことには季節があり、すべてのわざには時がある」 ― に希望を見出します。


「わたしはこれまでの人生でパトリとしての『故郷』を父母の『祖国』に見出すことはできなかった。
その意味で、わたしは、日本とも、南北朝鮮とも折り合いがつけられないまま、半世紀あまり『在日』で生きてきたことになる。
しかし、今ではこの折り合いの悪さ、落ち着きのなさは、逆に新しい可能性に通じているのではないかと思うようになった。
その可能性が、『東北アジアに生きる』ということなのだ」


敬愛するオモニの余命を知らされたことをきっかけに心の中に鬱積した思いを吐露する思いで本書を書き留めた、と著者はエピローグで書いていらっしゃいます。


そこにはテレビや雑誌で激論を戦わす論客としての著者の姿はなく、苦悩の「在日」を力いっぱい生きた父母の息子としての姿があるばかりです。


「『よくやったね、テツオ。 テツオはようやったよ』きっと彼らはそう言ってくれるはずだ・・・
わたしの『回帰願望』は、母の死によってますます強くなっていった・・・
わたしの願いは、ひとえに朝鮮戦争のような悲劇を二度と繰り返さないことにあった」


日本中を駆け巡る「北朝鮮バッシング」に対する著者のスタンスはここでは書きませんが、「異端児」の前衛として激しい非難の矢面に立たされている著者の苦悩と解決への道しるべがこのエピローグで述べられています。


興味ある方は是非手に取って読んでください。

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