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ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: さだまさし

11月に入ってポツポツと喪中はがきが届くようになりました。

昨年に比べ今年は少なく、今の段階で5枚、すべて知人などの親で高齢者ばかり。



先日の天声人語に俳壇選者・矢島渚男氏の句が紹介されていました。

「船のやうに年逝く人をこぼしつつ」
過ぎていく年を大きな船の航海に喩え、そこから1人、2人とこぼれていく様を詠んでいるそうです。


「人生の時間は豪華客船に乗っているような華やかなものです」と矢島氏。


どんな形の人生であれ、「生きているだけで丸儲け」と思えばこの世は豪華客船の喩えしかりでしょうが、その形容が相応しくないような厳しい冬の現実を過ごしている人々が巷に溢れているような昨今に思いを馳せると何だか切ない師走です。



「胸を病み医療保護受けドヤ街の柩(ひつぎ)のやうな一室に居る」

昨年の暮れに彗星の如く朝日歌壇に登場し、私を含めた多くの読者が応援しているホームレス歌人・公田耕一氏が上記の歌を残してこの数ヶ月投稿を絶っているのがとても気になります。



朝日歌壇には公田氏を案じる歌がたくさん寄せられています。

「寒くないかい淋しくないかい歌壇でしか会えぬあなたのしばしの不在」 :井村浩司氏


選者である永田和宏氏がこの歌に対する評の中で次のように語っていらっしゃいました。

「突如投稿を絶った公田耕一氏を案ずる歌。
公田氏へ呼びかける歌は毎週数十通は寄せられるが、連絡する術のない氏の消息を選者も担当記者も等しく案じている」


毎週月曜日朝日新聞を開くとまず最初に公田氏の名前を探すのが習慣になってほぼ1年、公田さんお元気でしょうか?心配しています。




さて本日は再びさだまさし氏の作品で第4作目、最新作です。


さだまさし氏著『茨の木』


「突然逝った父、喧嘩別れした兄、イギリスで邂逅した「初恋の人」。
父の形見のヴァイオリン作者を尋ねる旅が教えてくれたのは、大切な家族の絆と、人を愛するということだった」


帰省した福岡の生家で父と兄と諍いを起こして父の拒絶に遭い、和解しないまま東京に戻った元編集者・48歳の真二に届いた突然の父の訃報と喧嘩別れした兄より送られてきた父の遺品のヴァイオリン。

そのヴァイオリンを通して兄の自分に対する深い思いを感じた直後に真二に突きつけられた兄の認知症という病。


「さして高価ではないそのヴァイオリンを大事そうに小脇に抱えて歩く若い日の父の姿を想像した瞬間、真二は自分の胸の底から湧き上がってくる強い思いを抑えきれなくなっていた。
兄は父のヴァイオリンを弟の自分に託した。
このヴァイオリンの作者のことが知りたい、と強く思った」


父と兄への思いに報いる旅ともいえるヴァイオリンのルーツ探しの旅のもう1つの目的がワーズワースの詩に描かれていた「茨の木」に出合うこと。

初恋の人・教育実習生・浅野翠先生との出会いと彼女によって教えられたワーズワースの詩「茨の木」。


「雑草という草がないように、気づかれないかもしれないほど小さくとも、必ず植物には花が咲くのよ、人にもきっとね」

棘のある茨の木に花が咲くのかとの高校2年の真二の問いに答えた浅野先生の言葉は30年以上の時を越えて今も真二の心にしっかり宿っています。


ワーズワースの茨の木と父の古いヴァイオリンという相容れぬかにみえる2つの支枝がイギリスやスコットランドを旅するうちやがて1本の太い本枝となり、豊かな実りの可能性さえも予感させるところで物語を終わらせているところはさすがです。


またこの物語は著者自身がヴァイオリンのルーツを探してイギリスを旅した経験を土台に書き上げたというだけあって湖水地方やグラスゴーなどの風景、旅先で出会った異国の人々の様子が抒情詩のように描かれていて、人物や風景が丸ごと生き生きと立ち上がってくるよう。


それにプラスして何と豊かな博多弁!

リリー・フランキー氏の『東京タワー・・・』でも博多弁にノックアウトされましたが、じっくりした人間味溢れるこの方言にノックアウトです


ただ将来家族になる余韻を残して描かれている真二の旅のガイド・響子親子の設定に力を入れすぎて盛りだくさんの上違和感があり少し落ち着かなさを覚えてしまいました。


やはり短篇にすばらしい才能が発揮される作家さんという思いを強くしました。

興味の分野はお互いに全く違いますが、夫も私も就寝前の読書を1日の終わりのささやかな楽しみとしています。

早くベッドに行きたいと思うほどのワクワクする読みかけ本があると嬉しいのですが、なかなかこれぞという本に巡り合えないこともしばしば。



今朝の夫が騙されたような顔で言いました。

「もうそろそろ面白くなるだろうと投げ出したいのを我慢して読んでやっているのに、冗長なだけで終わってしまった」


「私も何度出版社の過激なキャッチコピーに騙されたことかしら。
『世界中が感動の嵐の渦の中に・・・』というからどれだけ感動できるか期待感いっぱいだったのに涙の一滴も出なかったのもあるし・・・」と私。


「出版社の扇情に騙されてはだめ」という結論に達しましたが、この扇情がたいへん上手なのが幻冬舎です。

で、単純な私は過去に何度も乗せられては苦い経験をしています。



今は見事に返り咲いていらっしゃいますが、一時期世間を騒がせた角川書店の角川春樹社長のコカイン事件がきっかけで1993年に角川書店の腕利きの編集者だった見城徹氏が立ち上げた幻冬舎。


幻冬舎のマークの「槍を高くかざした人間」のモデルは見城氏本人だそうです。


ちなみに「幻冬舎」の命名は五木寛之氏。


天童荒太氏の『永遠の仔』や劇団ひとり氏の『陰日向に咲く』も幻冬舎からの出版でベストセラーになった作品です。


私の好きな浅田次郎氏のアウトロー物も「幻冬舎アウトロー」から刊行されて人気が爆発しました。



その見城氏の手によって作家としての地位を築いたといわれるのが本日ご紹介するさだまさし氏です。


2001年放映されていた「ほんパラ!関口堂書店」の番組企画をきっかけに、見城社長の指導によって生まれたのが本日ご紹介する『精霊流し』です。


このブログでもご紹介した『解夏』も第二弾としてその後、幻冬舎から刊行されヒットしました。



前回さだまさし氏の作品として初めて読んだ『解夏』にいい意味で衝撃を受けた私は今回もかなりの期待度で手に取りました。



「人はこんなにも悲しみを背負い、それでも静かに笑っている。
運命を受け入れ、人生を懸命に生き抜いた、もう帰らない人々。
決して、あなた達を忘れない。
名曲『精霊流し』の原点を愛惜込めて綴る、涙あふれる初の自伝的小説」


「思わず涙するほど悲しく、
ときに声立てて笑うほど面白い。
夜空に映し出された清らかな八葉の写真。
数々の心うつ歌を満天の星座のようにかけつらねた彼は、こんな言葉の名曲を書いた ・・・ 浅田次郎氏」



『解夏』と同様、本書も一話ごとに完結するという形式をとってはいますが、純然たる短編小説である『解夏』とちがって著者の自伝的要素の強い連作になっています。


著者のヒット作で同名の「精霊流し」をモチーフとして書かれたもの、舞台は長崎と東京、著者の原寸大の主人公・櫻井雅彦の回想という形で全体が構成されています。



本書は主人公に投影させた著者自身の青春時代の物語という形式を取っているので、連作の集まりの長編として読むことが要求されているようですが、一話同士の連結があまりスムーズでなく全体的な構成に少し違和感が残ったのが残念でした。


このデビュー作と比べて、翌年に執筆された『解夏』のすばらしさ!


作詞家としての力量は不動のものであるということを考えれば、長編より短編に力が発揮できる作家といえそうです。

1年を置かず、長足の進歩を遂げた著者に驚くばかりです。


とはいえ、帰らぬ人への鎮魂の最終章のラストの「お母さん 大好き」の言葉にはせつなさが胸いっぱいにあふれ、、、、少し泣きました。

夫は若いときから音楽が大好きです。

在宅しているときは私の好みが入る余地がないほど常時夫好みの曲を流しています。


クラシック、ジャズ、行進曲、カントリーウエスタンから民族音楽まであらゆるジャンルの洋楽を網羅していますが、今まで日本の歌謡曲は含まれませんでした。


ところが最近新聞広告を見ていた夫が「昭和ナツメロ全集を買おうか」と提案してきたのにはびっくり。


かなり高価だった上に家中にあふれるCDの上にどかんと新たにプラスされるのを想像して賛成できませんでしたが、諦めきれない様子。


どこまでテリトリーが広がるか見ものですが、まさか愛孫の好きなジャニーズの嵐までは・・と思っていますがどうなるか。



こうして自分の趣味を育てられないほど夫の音楽シャワーを浴び続けている私ですが、今まで和もので心に残る歌がいくつかあります。


そんななかのひとつ「精霊流し」


去年のあなたの思い出が
テープレコーダーからこぼれています
あなたのためにお友達も
集まってくれました
二人でこさえたおそろいの
浴衣も今夜は一人で着ます
せんこう花火が見えますか 空の上から
約束通りに あなたの愛した
レコードも一緒に流しましょう
そしてあなたの舟のあとを
ついてゆきましょう
私の小さな弟が 何も知らずに
はしゃぎ回って
精霊流しが華やかに始まるのです



さだまさし氏が「クレープ」を結成していた頃作詩作曲した歌。


聴いていると夕闇の水面にキラキラ光りながら無数に浮かぶ灯篭の灯火が送り人の顔に反射して哀しみにくれるこころを映し出す、そんな情景が目に浮かんできます。


以前テレビで観たことのある長崎の精霊流しのように豪華な精霊船が出るわけではありませんでしたが、幼かった頃の近くの小さな川での精霊送りの行事を思い出して懐かしさが胸にあふれます。


この歌にはこのような思い入れがありますが、作詩作曲の「さだまさし」という歌手には今まであまり興味はなく、「関白宣言」の歌詞にはむしろ反発心がわいてくるほど。


原作とともに映画になった『眉山』の好評価を見聞きしても失礼ながら歌手の遊びごとと受け取っていました。


そんな印象が本日ご紹介する作品を読んで大きく変わりました。


さだまさし氏著『解夏』

いい意味で予想を大きく裏切られた作品でした。

2001年『精霊流し』
2002年『解夏』
2004年『眉山』

3作品ともにTV化&映画化されています。


シンガーソングライターとして自作を「作詞」ではなく「作詩」とするこだわりを持っていらっしゃる著者の矜持が理解できるような充実した作品でした。



本書『解夏』には4篇の作品が収録されています。


★視力を徐々に失って失明したときに病が癒えるといわれるベーチェット病におかされ、小学校教員の職を辞し母が住む故郷の長崎に帰った隆之と、彼を追って東京からきた恋人陽子との交流を描いた表題作「解夏」

墓参りの帰途に立ち寄った禅寺で偶然出会った老人によって、修行僧の行の入りを示す結夏と終わりを示す解夏に失明の恐怖を重ね合わせて語られる言葉の重みが伝わってきます。


「失明する恐怖、という行ですなあ・・・
失明した瞬間にその恐怖からは解放される、苦しか、切なか行ですたい。
ばってん、残念ながらいつか、必ず来るとですなあ・・・
その日がああたの解夏ですなあ」


★フィリピンから日本の農家に嫁いだアレーナが風習の違いや姑との摩擦を乗り越えて真の家族として受け入れられるまでを描いた「秋桜」

現代の日本の若い女性が失ってしまったかにみえる「情」をもったアレーナと、今は亡き舅との虚飾のない心の交流やラストの感動的なシーンがいいしれぬ感動となって私の心を満たしてくれました。

個人的には著者の力量が発揮されたいちばん好感度の高い作品でした。


★今は底に沈んでしまった故郷への切なさを抱えながらの帰郷を通して、失ったものの再生を描いた「水底の村」


★年老いた父の痴呆をきっかけに失われた家族をもう1度取り戻すための旅に出るエリートサラリーマンを描いた「サクラサク」


どの短篇もさまざまな試練ののち、心の故郷を取り戻す過程を、ぬくもりのある土の匂いを感じさせる風景描写を織り交ぜながら、ひとつひとつの言葉を大切にして熟成させたような昔のよき日本の芳醇な香がただようような作品でした。


時として登場人物を理想化して描いている感は免れませんでしたが、そんな小さな違和感を超えて構成力、表現力すべてにおいて余りある筆力が見事。


あふれる感性で理想と現実、過去と未来のおりあいをこのように描くことができるさだまさし氏に脱帽です。

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