VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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カテゴリ: 木内昇

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かつて住みし街へと向かふ車窓より恩寵のごとき富士山(ふじ)に出逢へり

夕暮の恵比寿西口アトレ前 人待つ時の倖せにゐる

年に2度ほどと計画している娘との旅…今回は山梨県の清里へ行って来ました。

八ヶ岳の麓、1500mのところに位置する清里高原。
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各客室から富士山、南アルプスの山々が一望できるというコンセプトのホテル、屋上に設置された天文台では毎夜星空観察会が行われているというので楽しみにしていました。
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前日、東京のお天気が崩れていたので心配しましたが、当日の夜は木星や北斗七星が観測できました~。
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低層階の高原リゾートホテルですが、ホテルの中庭に八ヶ岳の湧水が流れ込んだ小さな清流湖「からまつ湖」があり、遊歩道にはコブシやヤマボウシ、ハナミズキ、ドウダンツツジ、アセビ、レンゲツツジ、ユリノキ、ミズキなどの草木が囲んでいて目にも心にも癒しの空間となっています。
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高原のみづきを渡るみどり風 母と娘(こ)の旅 清里にゐる

星々の降る高原の丘にゐてうたかたの風に吹かれてをりぬ


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さて本日は木内昇氏著『茗荷谷の猫』をご紹介します。

「新種の桜造りに心傾ける植木職人、乱歩に惹かれ、世間から逃れ続ける四十男、開戦前の浅草で新しい映画を夢みる青年―。
幕末の江戸から昭和の東京を舞台に、百年の時を超えて、名もなき9人の夢や挫折が交錯し、廻り合う。切なくも不思議な連作物語集」


ずっと前に読んでブログアップしないうちに図書館返却日が来たので返した作品。

今回再度借りてしっかりと読みました。

木内氏の作品はこのブログにアップしている『漂砂のうたう』『ある男』『櫛挽道守』ですばらしい筆力はじゅうぶんわかっていましたが、本書も期待を裏切らない充実した作品・・というよりすばらしい構成力、文章力を持った作家さんであることを再確認した作品でした。

幕末の江戸から昭和の高度経済成長期のころまで百年を超えて千駄ヶ谷・池袋・浅草・茗荷谷など東京の各地を舞台に時代時代の翻弄されながら社会の片隅でひっそりと、そして懸命に暮らした9人の夢や挫折を描いた連作短編集。

9篇の登場人物たちはそれぞれ時代を超えて細い糸で不思議な繋がり方をしているという著者の構成力の光る作品です。

以前関東に住んでいたとはいえ渋谷近くの東急沿線だったのでこの作品の舞台となっている千駄ヶ谷・池袋・浅草・茗荷谷にはまったく不案内という点でもとても興味深く読みました。


本書を手に取ったのはたまたま次男が住んでいるところが茗荷谷だったという単純な理由。

現在の茗荷谷はとてもおしゃれな都会という印象、次男のマンションの周りだけかもしれませんが。

本書の背景となっている幕末の江戸時代から昭和という時代は明治維新、関東大震災、そして戦争という大きな時代を揺るがす変化があり、それぞれの時代に翻弄されながらもひとつのことに魅せられて人生を賭けて追い求める登場人物の一途な暮らしぶりが描かれていて切ない物語になっています。

世間から注目されることもなく孤独を抱えながらも懸命に日々を生き、そして苛酷な運命に呑み込まれる無名の生を徹底して描いて秀作です。

時代考察も的確ですばらしくどっしりと安定感のある著者の力量に敬服します。

小説家としての初期の作品なのですでに読まれた方も多いと思いますが、まだの方、ぜひどうぞ!

少し前孫のあーちゃんからプレゼントと手紙が届きました~^_^


この前の上京の折にお土産としてもっていったファンルームで作ったブレスレット。

あれ以来嵌ってだいぶ腕前を上げています。

もう1つは10歳の誕生日にお兄ちゃん(私の次男)からもらったフェルティミシンで作ったぬいぐるみ・・のようなもの。
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そしてお手紙がこれ→ed18ad87.jpg


1人っ子のせいか生まれつきかしらないけど、のどかで芦田愛菜ちゃんや福くんと同じ学年とは思えないくらい幼くかわいい♪


帰省した折には毎晩夫や私、お姉ちゃん、お兄ちゃんと順番にお風呂に入るのを楽しみにしているのですが、たまたま夫が風邪気味で一度も入るという約束を果たさなかったのを覚えていて、あーちゃんの家に泊まった夜夫に向かって「今度はいっしょに入るって約束したから入ろうね♪」と夫の手を引っ張りました。

と・こ・ろ・が・・・サッカーの試合を観ていた夫はサッカーの試合の方が大事とばかり・・というか大事なので「また今度」とスルーしてしまいました^_^;

小学校4年生、もう背の高さは150cm近く、気持ちだけが幼い。

これを逃したらもう一生いっしょにお風呂に入ってくれないよと夫はあとであーちゃんパパママや私に責められること!責められること!

きっと最後のチャンスを逃したと思います(ーー;)





さて本日は木内昇氏著『櫛挽道守』をご紹介します。


「神業と称えられる櫛職人の父。
家を守ることに心を砕く母
。村の外に幸せを求める妹。
才を持ちながら早世した弟。
そして、櫛に魅入られた長女・登瀬。
幕末、木曽山中。
父の背を追い、少女は職人を目指す
。家族とはなにか。女の幸せはどこにあるのか。
一心に歩いた道の先に深く静かな感動が広がる長編時代小説。
黒船来航、桜田門外の変、皇女和宮の降嫁…時代の足音を遠くに聞きながら、それぞれの願いを胸に生きた家族の喜びと苦難の歴史」


第27回柴田錬三郎賞を受賞されました~!

2011年第144回直木賞受賞作『漂砂のうたう』を読んでその充実度に注目していた作家さん。


本書も充実申し分ない作品でした~!


時代と舞台は幕末の木曽の山間の小さな宿場町の櫛職人の里。

飾り櫛とも解かし櫛とも異なる髪の垢やフケをとるために梳くのに用いる櫛「お六櫛」の職人が集まった里。

1日の大半を櫛を引くことで糧を得て生き続けてきた職人の家に生まれた娘・登瀬の半生の物語。


女は嫁いで子を産み育て夫を支えて一家を守るのが一生の仕事とされていた時代に、幼い頃より神業ともいえる父親・吾助の櫛挽きの技に魅せられた16歳の登勢が周囲の冷たい目を浴びながら一途にその道を突き進み櫛職人として成長する32歳までの半生を描いて秀作です。


舞台になっている木曽の狭く貧しい寒村の描写と繊細な櫛挽きの描写を交差させながら黒船来航や桜田門外の変など急速に幕府崩壊へと向かう幕末の時代の風を織り込むという細やかな心配りにさすが木内昇!と感服するほどの出来栄え。


個人的に私は有名な人の評伝仕立ての小説などより、日の当たらない片隅で脚光を浴びることもなく生涯を一筋の信じた道を突き進む市井の人々を主人公にした物語に強く挽かれる傾向があり、そういった意味でもこの作品には胸を打たれました。

華々しく活躍する人々もすばらしいですが、主人公・登瀬の現代人には見られないひたむきさと瑞々しさが何とも切なく、胸に迫ります。

「一途に生きる」という言葉に弱い私。

心理を自己分析すると「ないものねだり」という感じでしょうか。


余談ですが「お六櫛」について

長野県木曽郡木祖村薮原で生産される伝統工芸品で、たった一寸(約3cm)の幅におよそ30本という驚異的な細かさで櫛歯が挽かれたみねばりの小さな櫛だそうです。

今も長野県伝統工芸品として売られているそうなので目にすることもあるでしょう。


最後に著者の言葉

 「家族を描きたい、という思いが最初にありました。
登瀬の一家は、山中の宿場町で、黙々と櫛を作り続ける。
外に出て行くこともなく孤立していますが、ある意味ではとても純化した家族といえます。
現代ではすぐに家族から離れることはできますが、当時はすごく家が閉ざされていた。そんな中の軋轢(あつれき)や息苦しさを描きたかった」

引越し以来食品庫で眠っていたホームベーカリーをまた出してきて使っています。


お嫁さんのユカちゃんが来ている間にピザ台を作るというので日のめを見たのがきっかけ。


しばらく眠っていたので大丈夫かなと思いましたが、いい具合にピザ台も発酵できて、今日は久しぶりに天然酵母食パンも焼けました~。
     

部屋中パンの酵母の匂いが漂って、幸せな気分になります。

カレーの匂い、焼き魚の匂い、煮物の匂い、ごはんの炊ける匂いも大好き!


一時期大量に服用していた漢方生薬の副作用で口いっぱいに口内炎が広がっていたときは食欲はあるのに食べられないというジレンマでキッチンに漂う匂いに食欲がありながら食べられない辛さも半年ほど味わいました。

ダイエットとは縁がありませんが、おいしそうな料理を前にガマンするなんてすごいことだなあと思います。


かつて夫は抗がん剤治療で入院中、毎食事時にかなたから配膳車が来る気配がしただけで吐き気を抑えられなかったといいます。


苦しい抗がん剤治療後めでたく治癒したある患者さんは、数年後道で偶然闘病時の主治医に会っただけで数年前の強烈な吐き気が襲ってきて道端で嘔吐したといいます。


コントロールしようにもできない人間の脳の摩訶不思議!


「思い込みや経験」が体に及ぼす影響にも学術的根拠があるといいます。


なるべくいいほうの思い込みで生きるエネルギーを得たいものです。




さて本日は木内昇氏著『ある男』をご紹介したいと思います。


「岩倉具視暗殺未遂事件の処理に暗躍した警察官、会津の民のために奔走した元京都見廻組の男、国会開設を檄文で訴える岡山の隠れた俊才―日本近代の産声にかき消された叫びと祈り。
中央政府の大義に屈せず、彼らはそのときたしかに生きた」


著者の作品は『茗荷谷の猫』、第144回直木賞受賞作『漂砂のうたう』に続く3冊目。


どの作品も共通するところは個人の努力ではどうにもならない時代の大きな流れに巻き込まれながらも、精一杯抗ったり、あるいは流されながら日の当たらない場所で懸命に生きた人々の生き様を描いているところでしょうか。


本書の7篇の物語も明治維新からの激動期―明治元年から19年頃まで―に中央政府が次々に繰り出す新しい国家体制に翻弄される地方の名もなき男たちの憤りや抵抗の姿を描いて秀作揃い。


後世に偉大な名を刻んだ大改革である明治維新前後を表舞台として華々しく活躍した男たちを陽とすると、その陰で歴史に決して取り上げられることのない小さな出来事を支えた市井の名もない男たちの姿を描いて、日本の近代というものに表裏丸ごとの視線を当てた著者の構成力&筆力のすばらしさに圧倒されます。


どの作品も魅力的な長編として成立するような題材にもかかわらず、短篇という器に凝縮して入れ込み、しかも読後の静かな余韻まで与えてくれるというおまけつき。


◆明治維新から5年半後、銅山の採掘権を横取りした中央政府の大蔵大輔という立場を利用して負債を抱える請負方の鍵屋から尾去沢銅山の採掘権を奪い、商人に払い下げるという事件事件を起こした井上馨に直訴した盛岡の尾去沢銅山の金工である‘ある男’を描いた「蝉」

12歳で入山して22年、山に生き、山に誇りを持ち、ただ山を守りたい。

自分の手の感覚のみで岩の硬さや鋪の在処を掴んできたこの‘ある男’と西洋の新しい鉱山技術導入を企む井上公との対比が見事です。


◆発足したばかりの警視庁で肥前出身ながら岩倉具視襲撃事件の犯人―西郷隆盛とともに政府を去った土佐藩出身―を自白に追い込み斬首することで出世していく警視庁警視である‘ある男’を描いた「喰違坂」

おのれの出世欲のため力あるものに靡く‘ある男’の前で取り調べられている犯人の生き様にふと思いを馳せる‘ある男’の微妙な心情が描かれていています。


◆米沢藩の雲井龍雄率いる帰順部曲の者に頼まれ、1度は引退していた贋札造りの片棒をかつぐことになった年老いた職人気質の‘ある男’を描いた「一両札」


◆会津で私塾を開いて質素に暮らしている元京都見廻組の剣客の‘ある男’が、新たに福島県に赴任してきた県令・三島通庸のしたい放題に不満を募らせる福島県民の側に立ち、争い以外の手で事を収めようとする様子を描いた「道理」


◆他人や物事に対して常に期待感を持たないということを信条にして誠実に生きてきた作州岡山の俊才である‘ある男’が5年前に新政府が打ち出した地租改正や地方三新法などで揺れ動く情勢に突き動かされて上京し、国会開設と憲法立案に巻き込まれていく様を描いた「フレーヘードル」



政治に発言権を持たない女たちの思惑の深さをも描いているという抜かりなさ。


権力を批判し、その権力を打倒し、理想論を掲げてその座に座った途端、前の権力者の倣いに従うという連綿と続く政治体制を‘ある男’を通して皮肉っているような作品あり、時にはユーモラスな作品あり、儚くも夢の成就が消える切なさありの充実した短篇集。


市井の名もなき人々の生活や心情を色濃く投影した、骨太でありながら繊細という表現が過大評価ではないと思えるいい作品でした。

是非どうぞ!

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殻付き牡蠣に目がない夫が近くのスーパーで見つけては牡蠣を買ってきます。

今年になって3度目。


牡蠣といえば広島が本場のように思われていますが岡山の瀬戸内は牡蠣の養殖が盛んで安く手に入ります。


住居の近くの小さなスーパーにある魚屋さんなんですけど仕入れがうまく種類も豊富で値段も安く、写真の殻付き牡蠣が15個ほどで450円!@@!



水洗いして汚れを落とした牡蠣をお皿に乗せて電子レンジにかけます。


牡蠣の大きさや数にもよりますが、大体7,8個で600Wレンジで5分くらいで口が開きます。


それにレモンかスダチを搾ってそのまま食べるんですけど酒肴にぴったり!



牡蠣は「海のミルク」といわれるほど栄養が豊富で、ビタミンB1やB2、亜鉛やミネラル、葉酸、肝臓にいいタウリンなどを含んでいるそうです。



かなり以前ですが生牡蠣の鉄板焼きを食べて夫共々ダウンして苦しかった経験があります。


新しい古いに限らずノロウィルスに罹患している牡蠣にあたると大変な目に遭いますが外見からはわからないので、それ以来用心してしっかり過熱したもの以外は食べないようにして今に至っています。



夫は酢ガキが大好物なんですけど。





さて本日は木内昇氏著『漂砂のうたう』をご紹介したいと思います。


「江戸から明治に変わり十年。
御家人の次男坊だった定九郎は、御一新によってすべてを失い、根津遊廓の美仙楼に流れ着いた。身を入れずに立番(客引き)をする定九郎とは対照的に、廓の仕事に心血を注ぐ龍造。
その気品と賢さで美仙楼で一番の人気を誇る花魁・小野菊。
定九郎につきまとってくる、三遊亭圓朝の弟子・ポン太。
谷底に生きる男と女の人間模様を見事に描き出す傑作長編」



出版社勤務を経て独立後、インタビュー雑誌「Spotting」主宰
2004年『新撰組幕末の青嵐』
2005年『地虫鳴く』
2008年『茗荷谷の猫』『浮世女房洒落日記』
2009年第2回早稲田大学坪内逍遥対象奨励賞受賞
2010年『漂砂のうたう』で第144回直木賞受賞


久しぶりに納得の直木賞受賞作でした!


御一新という激動の時を経て明治という年号に変わってまもなくのまだ混乱期、根津遊郭を舞台に、その中でも2番手の引手茶屋・美仙楼にはかない運命を託して巣食う男と女たちの切ない姿を描いて秀作でした。



表立っては華やかさを売りにした遊郭ですが、明治新政府の「解放令」の発令によって吉原のように生き残れず廃れる運命にあった根津遊郭の翳りと儚さがそのまま主人公・定九郎や花魁など登場人物の造形に巧みに塗り込められていて陰影のある物語を作り出していて生々しい余韻を残す作品の1つとなりました。



御家人の次男坊という身分を隠して立番として投げやりに働く定九郎やお職をはる花魁・小野菊、妓夫の龍造、男衆の嘉吉など社会の谷底で逃げようにも逃げ場のない日々を過ごす人々のもがくような日常が主人公の目を通して巧みに描かれていて焦燥感や諦念感が伝わってきて胸に迫ります。



見世の大看板花魁・小野菊の凛とした潔さ、きっぷのよさ、囚われの身ながら「自由」という雰囲気がぴったりの確立した自己をもつ彼女のかっこよさと対照的な主人公の後ろ向きな生き方、噺家・圓朝の弟子であるポン太の不気味さなど登場人物の造形の巧みさとともに、物語の合間に挟まれる圓朝の語る小噺「鏡ヶ池操松影」 が示唆する謎が最後まで読者を飽きさせない仕掛けもあったりで魅力てんこ盛りです。



登場人物のセリフ回しも特徴的で歯切れよく、明治になっても引き継いでいた江戸文化や粋筋独特の言い回しが当時の世界を髣髴とさせて自然に読者を引き込む道具立てとして生きています。



「水底につもってる砂粒は一時たりとも休まないの・・・
水面はさ、いっつもきれいだけどなんにも残さず移り変わっちまうでしょう。
 でも水底で砂粒はねェ、しっかり跡を刻んでるんだねェ」


タイトルで用いられている「漂砂」という聞きなれない言葉と上述のポン太の言葉から明治維新という激流の川底でひっそりと死んだように息を潜めながら蠢いている遊郭というイメージが膨らんできますが、広い意味で考えると私たち人間もすべて漂砂だと納得できます。



また物語の本筋の合間に、幕末から明治への移行にうまく立ち回れず苦悩する主人公の父親や兄たち武士階級の様子や西郷隆盛のおこした西南戦争の失敗など、身分制度の崩壊という過渡期の大混乱の社会情勢が生き生きと活写されていてたいへん読み応えがありました。



巻末に本書を執筆するにあたって参考にした資料の一覧が掲載されていますが、著者の調査の綿密さが伺えて好感が持てました。

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