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カテゴリ: 原田マハ

ゆうがお

雨雲が陽を遮りて暗き午後ゆふがほ三輪迷ひて咲けり


吉備高原のzensan宅を2組の夫婦で訪れました。

 

車で40分ほどの距離、途中の並木道にはまだ合歓の木がちらほら。

 

県北に位置する高原都市なので市中より気温がかなり低く夏は過ごしやすいところです。

 

 

先日卒寿を迎えられたzensanさん

 

重篤な腎臓疾患を抱えておられて心配していましたが、在宅での血液透析のやり方を会得されてお元気を取り戻していらっしゃって嬉しい再会。

 

ブログが縁で親しくさせていただいているおひとり。

 

かれこれ十数年のお付き合いになります。

 

同県内ということで度々ご自宅にお邪魔させていただいています。

 

人間でいえば百歳近くのピピにも会えて銭ママとおしゃべりも出来、楽しい一日になりました。

ピピ
 

 

 

 

1風神雷神
さて今回は
原田マハ氏著『風神雷神』のご紹介です。 

 

20××年秋、京都国立博物館研究員の望月彩のもとに、マカオ博物館の学芸員、レイモンド・ウォンと名乗る男が現れた。

彼に導かれ、マカオを訪れた彩が目にしたものは、「風神雷神」が描かれた西洋絵画、天正遣欧使節団の一員・原マルティノの署名が残る古文書、そしてその中に書かれた「俵…屋…宗…達」の四文字だった―。

織田信長への謁見、狩野永徳との出会い、宣教師ヴァリニャーノとの旅路…。天才少年絵師・俵屋宗達が、イタリア・ルネサンスを体験する!?アートに満ちた壮大な冒険物語(「BOOK」データベースより)

 

 

「京都を舞台にしたアート小説を」という京都新聞の依頼でスタートした新聞連載小説を上下二巻のハードカバーとして刊行したものが本書。


読書友の
UNIさんより回していただきました~(^^)

有名な国宝「風神雷神図屏風」でおなじみの俵屋宗達が主人公の物語。


原田マハ氏には珍しい日本の画壇をモチーフにしたアート小説。


「もしも」少年・宗達が
天正遣欧使節に加わっていたら・・・という仮定の下、著者のイメージを膨らませて描いた壮大なファンタジー。

著者の得意とする史実を散りばめて架空の物語に真実味を持たせるという手法。

導入部分も著者の他作品で見られるように、俵屋宗達を研究テーマにしている学芸員・望月彩のもとにマカオ博物館の学芸員が訪れて宗達に関係した資料が見つかったことを伝えるところから。

 

「風神雷神」が描かれた西洋画と、天正遣欧使節団の一員・マルティのの署名のある古文書、その中に記された「俵…屋…宗…達」の四文字

 

この謎解きを中心に、舞台は京都をスタートに長崎、マカオ、インド、ポルトガル、スペイン、ローマに向かうというスケールの大きな物語となっています

 


時代も現代から一気に安土桃山時代に遡って・・・。

 

幼少からその才能を世に知らしめていた宗達の織田信長への謁見、高名な絵師・狩野永徳との出会い、一員として加わった天正遣欧使節団での宣教師・ヴァリニャーノとの出会い、西洋のルネサンスを身を以って体験していくという壮大な物語。

惜しむらくは、スタート部分の俵屋宗達の物語のはずが、途中から天正遣欧使節団中心の物語のようになってしまっていることでしょうか。

謎に満ちた宗達の生涯だからこその色付け部分だったとは思いますが、膨大な資料を深堀りする途上で知り得た情報を導入したいために焦点が少しずれてしまった感がぬぐえませんでした。

京の扇屋〈俵屋〉に生まれた宗達。

桃山時代~江戸初期の絵師というだけで生没年も定かではない謎に包まれた絵師。

扇絵が上手かったというわずかな逸話以外、ほとんど謎の絵師だった宗達と同時代の天正遣欧使節団を結びつけるという発想が閃いて以来、この壮大な物語の骨組みができたとは著者の弁。

彼が生きた安土桃山時代は、美術界ではよく日本におけるルネサンスに擬えられる。

つまり西洋でルネサンスが花開いたのと同じ頃、日本でも絵画や文化の革命が興り、その只中に宗達も天正使節団の面々もいたわけです。
 そのことがとにかく私の中では発見であり、彼らをいっそ結び付けてみようという、誰も考えないことにあえて挑んでみたのです。

宗達とマルティノとカラヴァッジョが、ほぼ同じ時代を生きたのは紛れもない事実なので」


共に
14歳という若さ


成長途上の
8年という歳月は宗達をもマルティのをも様々な異文化や考え方、ものの見方を受け容れ、咀嚼するに十分な歳月だったことは想像に難くないと思えますが、いかんせん現代の若者と比較してあまりにもかけ離れているのにも物語に入り込めない要因でした。


そして自分の感想としては、著者が主人公である宗達を唯一無二の才能溢れる絵師と持ち上げれば持ち上げるほど、さほどに魅力を感じなかったのがのめり込めなかった要因かも。

しかし荒唐無稽とはいえ、遊び心満載の冒険小説として読めばワクワクドキドキの著者渾身の作品でありました。

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さざ波のひかる河口に憩ふらしゆりかもめらの朱きくちばし


くれなゐの脚を並べてゆりかもめ白き羽毛が冬陽にひかる

 

お正月にみんなでウノをしていると・・・

仲間になりたいのかコハルがテーブルの下に潜り込んできました。

12020年1月4日の小春
甘えん坊で繊細なコハル・・・今年の春で満5歳になります。


次男がペットショップでひとめぼれして飼い始めたときはガラクタだらけの独身の部屋、掃除も行き届かない部屋でいつも留守番をしていたコハル。

その後次男が結婚して住まいももう少し広いところに移り、いまではケージも取り払って家中を自由に跳ね回って次男とお嫁ちゃんの愛情を一身にうけています。

そしてもうすぐbabyが誕生。

コハルの驚きが目に見えるよう。

babyに寄り添ってくれるやさしいコハルに期待しているのだけどどうなるか???

 

 

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原田マハ氏著『フーテンのマハ』 

 

とにかく旅が好き!                         食、陶器、絵画、鉄道など目的はさまざま。                 敬愛する寅さんにちなんで“フーテン”を自認し、日本のみならず世界中を飛び回る。                                気心の知れた友・御八屋千鈴氏や担当編集者を相棒に、ネタを探して西へ東へ。『旅屋おかえり』や『ジヴェルニーの食卓』が生まれた秘密は旅にあった!   笑いあり、感動ありの取材旅行エッセイ。                 さあ、マハさんと一緒に旅に出かけよう

 

絵画鑑賞が大好きで美術館に心ひかれる展示があれば当地はもちろん大阪や京都あたりにはよく足を運びます。

今年も3月から神戸市立博物館でロンドンのコートールド美術館の印象派のコレクションが展示されるそうです。


マネの絶筆とされている「フォリー=ベルジェールのバー」がお目見えするというので今から楽しみ

 

だから・・・というわけでもないのですが、キュレーターから転身されて作家となられた原田マハ氏の美術関係の作品が大好きでほとんど網羅しています。

25回山本周五郎賞受賞作楽園のカンヴァス149回直木賞候補ジヴェルニーの食卓155回直木賞候補暗幕のゲルニカ』、モダン、『たゆたえども沈まずetc。

美術作品のみならず多くの分野の作品を手掛けて大忙しのマハ氏。

そんなマハ氏の日常が垣間見えるエッセイが本書。

デビュー作となった話題作『カフーを待ちながら』の構想も南の島への旅で芽生えたそうです。

 

旅の話はもちろん、食べ物の話、大学時代からの親友との旅での失敗エピソードなどさまざまな話題がてんこ盛り。

 

それにしても旅で出合って魅かれたというだけの大小の品々を後先も考えずよく買うこと"(-""-)"


作品ではうかがい知ることのできないマハ氏の憎めないそそっかしさやユーモアのあるエピソードがあふれていて、気楽に読める短篇集となっています。

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          原発も基地もなき地に夕茜 このままにあれわが終ひの土地


『葉っぱのフレディ』の著者といえば、あぁってわかりやすいでしょうか・・・アメリカ合衆国の教育学者レオ・バスカリア氏の著書のひとつ『愛すること 愛されること』だったかに出ていた言葉。

心配しても明日の悲しみはなくならない

今日の力がなくなるだけ

その通りだと思いますが、悲惨な結果に終わったときに少しでも耐えるための予行演習のように私たちはまだ起こってもないことを煩ってしまいます。

 

煩った分だけ、明日の悲しみが少なくなるかのように。。

 

その一瞬一瞬だけを喜んだり、がっかりしたりしながら懸命に生きる動物たちを見習わなければならないと思うのはそんなときです。

 

公園の日だまりでのんびり寝ていたきじ猫を見てそんなことを思いました。

 

 

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さて本日は
原田マハ氏著『太陽の棘』のご紹介です。 


私は、出会ってしまった。

誇り高き画家たちと。

太陽の、息子たちと―。

終戦直後の沖縄。

ひとりの青年米軍医が迷い込んだのは、光に満ちた若き画家たちの「美術の楽園」だった。

奇跡の邂逅がもたらす、二枚の肖像画を巡る感動の物語


サンフランシスコ、ゴールデン・ゲート・ブリッジが正面に見えるクリニックの一室。

部屋の壁中に掛けられた静物画、人物画、風景画を眺めながらはるか昔の一時期の出来事を回想する84歳の老精神家医エドワード・ウィルソンの描写からこの物語が始まります。

60年も昔のこと。

軍医として戦後まもない沖縄の基地に赴任した24歳のエド。

太平洋戦争の跡がそこここに見られた荒土・沖縄・・・アメリカ軍に占領されたばかりの地。


エドや同僚たちがドライブ途中に偶然見つけた「
ニシムイ・アート・ヴィレッジ」


幼いころから絵心を持ち医師になるか画家になるかで迷ったこともあるエドが引き寄せられるように入っていったところで出会った沖縄の画家たちとの運命的な出会い。


焦土と化した敗戦の土地で、占領されてもなお誇りを失わず絵筆を持つことをやめなかった芸術家たちの純粋な情熱に心を動かされた主人公・エドを初めとする若き軍医たちとの短い間の互いの友情が描かれていて胸を打つ作品となっています。


どこまでも青い海が眩しくも美しい沖縄。

太平洋戦争では凄惨な犠牲を強いられ、日本が敗戦国となってからはアメリカ軍の占領地となり基地に張り巡らされた沖縄。


アメリカ占領から返還されて
47年という月日を経てもなお山のような問題点を抱えている沖縄を思うと深い痛みを感じます。



この物語は戦後すぐの沖縄であった実際の出来事を描いているそうです。


以下は出版社による本書に関する文章です。

太平洋戦争で地上戦が行われ、荒土と化した沖縄。

その那覇市首里に、ニシムイ(北の森の意、首里城の北に位置した)と呼ばれた小さな美術村がかつて存在しました。

そこでは、のちに沖縄画壇を代表することになる玉那覇正吉安次嶺金正安谷屋正義具志堅以徳といった画家たちが、アトリエ兼自宅の小屋を作り、肖像画や風景画などを売って生計を立てながら、同時に独自の創作活動をしました。

太陽の棘』は、その史実を基に、画家たちと交流を深めた若き軍医の目を通して、彼らとの美しき日々を描いた感動の長編です。

彼らは、いかに生き延び、美術に向き合い、取り組んだのか。

そして、大戦の傷跡のなか、日本とアメリカの狭間で揺れる沖縄。

また、困窮する生活と、創作活動の両立という困難。さまざまなモチーフが絡み合うそれらは、まさに沖縄の太陽のように身を焦がし、突き刺さる「棘」として、心を強く揺さぶります。


サンフランシスコ在住のスタインバーグ博士のもとに保存されているニシムイ美術村の画家たちの作品が里帰りし、沖縄県立博物館・美術館の展覧会に出品されるという紹介の番組を観た著者がすぐさま沖縄でその作品群を観たことからこの物語を書く決意に繋がったそうです。

展覧会のカタログの中で、スタインバーグ博士は、「私たちは、互いに、出会うなどとは夢にも思わなかった」と書いていた。                            しかし、沖縄の画家たちとの出会いは、彼の人生にまばゆい光を投げかけることとなった。  当時、食べていくのもせいいっぱいというような状況下で、博士とニシムイの画家たちは、アメリカ人と日本人、支配するものとされるもの、大きな隔たりを超えて交流をした。        

それはなぜか。両者のあいだには、アートがあったからだ。               アートには、国境などない。                            いかなる言葉も必要ない。                             1枚の絵があれば、それによって心を通わせることができる。               それこそが、アートの本質であり、すばらしさなのである。

沖縄や離島には何度か行ったことがありますが、ニシムイに行ってみたい・・・夢がひとつ増えました。

中学から高校にかけて友人の家で生れた子ねこをもらって飼っていました。

ふーちゃんという雑種の雄。

外にはまったく出さなくて箱入り息子だったので人慣れができず、お客さんが来るとすぐ押入れに隠れていました。

ペットショップなどもなかった時代。

おしっこシートも猫砂などもなかったので、工事現場などから砂を少し拝借してはトイレを作っていました。

柱という柱は爪とぎでボロボロ、襖も障子も張り替えてもすぐ破られる。

でもかわいくてかわいくて・・・高校3年の冬に死んだときは受験勉強もまったく手につかず、どんな遠いところに旅立っていても迎えにいきたい気持ちでした。

 

その次に飼ったのは柴犬の雄。

子どもたちがまだ小さくて戸建てに住んでいたとき。

本名大王丸、通称だいちゃん。

姉のところで生れた3匹のうちの1匹。

性格が穏やかでおとなしく我慢強い・・・書きながら切なくて泣いてしまうほど。

その頃は外の犬小屋で飼っていて・・・フィラリアに侵されて・・・5歳で死んでしまいました。

私にとってだいちゃんの話題はご法度・・・自分を際限なく責めてしまう。

 

それからは各地を転々、ずっとペット禁止のマンション暮らしが続き、次男の飼った豆柴のメスに触れたのが久方ぶり。

春生れなので小春、穏やかでほとんど吠えることもなく、臆病で甘えん坊なはにかみ屋さんの4歳。

ときどき長距離移動で我が家に連れてきてくれるのが今の楽しみの一つです。

 

 


413-f2P4mKL._SL500_[1]さて本日は原田マハ氏著『一分間だけ』のご紹介です。 


ファッション雑誌編集者の藍は、ある日ゴールデンリトリーバーのリラを飼うことになった。                                               恋人と一緒に育てはじめたものの、仕事が生き甲斐の藍は、日々の忙しさに翻弄され、何を愛し何に愛されているかを次第に見失っていく……。             恋人が去り、残されたリラとの生活に苦痛を感じ始めた頃、リラが癌に侵されてしまう。                                                  愛犬との闘病生活のなかで「本当に大切なもの」に気づきはじめる藍。働く女性と愛犬のリアル・ラブストーリー

図書館で何気なく手に取った本。

こんな内容だったとは・・・切なくて泣いてしまいました。

 

仕事に情熱を注ぐキャリアウーマンの女性編集者

フリーのコピーライター浩介

そしてゴールデンリトリバーのリラ。

 

出版社に勤めるが雑誌の特集で行ったペットショップでたまたま殺処分される寸前のゴールデンレトリバーを引き取るところから物語が始まります。

 

藍とリラの出会いから最期の日までの物語。

 

犬を飼うということ。

 

犬にとって大切な排泄作業を伴う朝晩の散歩は絶対に欠かせない・・・悪天候であろうと飼い主の体調その他にどんな事情があっても・・・

 

仕事での残業や旅行をともなう長時間の留守など、仕事をしながら飼うことのハードルの高さがこれでもかと描かれていて胸が痛くなりました。

 

上を目指す仕事との両立がどんどん難しくなって、どんなにかわいく思っていても「リラさえいなければ」と一瞬思ってしまった藍。

 

残業で帰宅が深夜になった藍を待ちきれず粗相をしてしまったリラに怒りの感情を爆発させてしまった藍に対してもリラは一途な健気さで藍に向っていきます。

 

末期ガンで余命わずかと宣告されたリラを抱いて自分を責めながら途方に暮れる藍。

 

読んではいけない本を読んでしまった・・・後悔先に立たず。

 

リラと小春がダブってしまって切なくてたまらなかった。

 

散歩で共に歩いた道に咲く季節の花々、取るに足りない石ころやセミの抜け殻、雑草の匂い、リラが愛したもの、リラがいなかったら見えなかったもの。

失いかけて初めて気づく存在の重さ。

リラがいたからこそ知ることができた人々の温もり。

どんなに遅く帰ってきても「おかえり」を言うように待っていてくれたリラ。

 

本当に大切なものは失ってはじめて気づく・・・というか薄々は気づいていても現実の苦境が立ちはだかってなかなか素の気持ちになれないときが多々あるのも事実。

 

でもペットというより本当の家族。

 

いったん信じたら信じとおす心、忠誠の心。

 

人間が失ってしまったそれらを持っている犬。

 

安易な気持ちで飼って、そしていらなくなったから捨てる、なんてことを極力なくす啓蒙活動をしている動物愛護団体に敬意を表して今日のレビューを終わります。

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by Saori
ずっと以前より行きたかった長野の戦没画学生慰霊美術館「無言館」に行ってきました。


今年は鹿児島の「知覧特攻記念館」にも行けたし、「無言館」に行くという夢も叶いました。


慰霊の旅というのは殊更なので使いたくありませんが、どうしても自分の目で見たかったところ。


軽井沢で挙行した次男の結婚式に乗じての旅。


JR北陸新幹線が開通してから東京からだと随分便利になったようです。


東京からJR北陸新幹線で上田駅下車、上田電鉄別所線で塩田町駅で下車、徒歩30分の塩田平を望む小さな丘の上に建っている「無言館」。

別所温泉駅から無言館前のバス停までシャトルバスもあるようです。

夫と娘と私は上田駅よりタクシーを使いました。


窪島誠一郎氏により平成9年に開館された美術館。
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第二次世界大戦中、志半ばで戦場に散った画学生たちの残した絵画や作品、イーゼルなどの愛用品を収蔵、展示しています。

シンプルなコンクリート打ちっぱなしで正面には窓がなく、小さく狭い木製のドアがあるだけ。


館内の照明は絞られていてしんと鎮まっています。


それぞれの画学生の紹介文には出身地と在籍した美術学校名、戦死した場所、享年が記されています。


窪島誠一郎氏が画家・野見山暁治氏との対談をきっかけに全国の遺族を訪ねて遺作を集めて1997年に開館。



 「せめてこの絵の具を使い切ってから行きたい」

屋外では出征兵士を見送る万歳が聞こえる中、ある青年は両親にこう言ってなかなか絵筆を置こうとしなかったそうです。


館主の窪島誠一郎氏はその名前の由来を自ら著した絵本の中でこのように記されています。

なぜ「無言館」っていう名をつけたかって?
だって 戦死した画学生さんの絵の前に立ったら
悲しくて くやしくて つらくて
何もいえなくなっちゃうんだもの
黙るしかないんだもの

でも
たくさんの人たちに
「無言館」にきてほしい
そして黙って
画学生さんの絵の前に立ってほしい 

(窪島誠一郎 「約束 『無言館』への坂をのぼって」)



館内には窪島氏のこんなメッセージが掲げられていました。

~あなたを知らない~ 1997年5月2日 窪島誠一郎

遠い見知らぬ異国(くに)で死んだ 画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのは あなたが遺(のこ)したたった一枚の絵だ

あなたの絵は 朱い血の色にそまっているが
それは人の身体を流れる血ではなく
あなたが別れた祖国の あのふるさとの夕灼(や)け色
あなたの胸をそめている 父や母の愛の色だ

どうか恨まないでほしい
どうか咽(な)かないでほしい
愚かな私たちが あなたがあれほど私たちに告げたかった言葉に
今ようやく 五十年も経ってたどりついたとこを

どうか許してほしい
五十年を生きた私たちのだれもが
これまで一度として
あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを

遠い見知らぬ異国(くに)で死んだ 画学生よ
私はあなたと知らない
知っているのは あなたが遺(のこ)したたった一枚の絵だ

その絵に刻まれた かけがえのないあなたの生命の時間だけだ



ご存知の方も多いと思いますが、窪島氏は作家・水上勉氏の息子さん。

貧苦から2歳で養子に出され、実父母の名前も明かされないまま成人。

貧しい養父母と血液型や体型などすべてが異質であることに長く違和感を持っていた窪島氏は長じて執念の追跡の結果、水上氏に辿りつき1977年に再会、ようやく実子と認めてもらったというエピソードがあります。


そういった事柄は別にして、どの絵にも短い生の煌きが感じられて胸が熱くなります。


「彼らの絵は戦争を告発しているだけじゃない。
戦後の僕たちの生き方も問うていると思うんです」と窪島氏。


絵そのものというより絵に託した描き手の思いや戦争という時代背景が迫ってきて襟を正したくなる美術館でした。







さて本日は原田マハ氏著『たゆたえども沈まず』をご紹介します。

「誰も知らない、ゴッホの真実。
天才画家フィンセント・ファン・ゴッホと、商才溢れる日本人画商・林忠正。
二人の出会いが、〈世界を変える一枚〉を生んだ。
1886年、栄華を極めたパリの美術界に、流暢なフランス語で浮世絵を売りさばく一人の日本人がいた。
彼の名は、林忠正。
その頃、売れない画家のフィンセント・ファン・ゴッホは、放浪の末、パリにいる画商の弟・テオの家に転がり込んでいた。
兄の才能を信じ献身的に支え続けるテオ。
そんな二人の前に忠正が現れ、大きく運命が動き出すーー。
『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』の著者による アート小説の最高傑作」


2018年本屋大賞の第4位。


フィンセント・ファン・ゴッホの物語ではありますが、パリ在住の美術商・加納重吉とフィンセントの弟・テオドルス・ファン・ゴッホの視点で描かれています。


著者によるとこの作品は史実に基づいたフィクション。


実在の人物はフィンセントとテオドルス、そして加納重吉が師と慕う林忠正。


この物語の語り部を担っている加納は架空の人物です。


ゴッホの死から72年後の1962年のオーヴェール=シュル=オワーズから物語がスタート。


フィンセントと名乗るオランダ人が大切に持っていた古びた手紙が風に煽られセーヌ川に舞い落ちてたゆたう様子が描かれています。

その手紙の意味、フィンセントと名乗るオランダ人。


これらは物語が進むとともにベールが剥がれていくという仕掛け。


著者のひと工夫凝らしたプロローグとなっています。


この導入部分から物語は一気に1886年に遡ります。


ここからは物語のもうひとりの主人公・林忠正がパリに持ち込んだ浮世絵などの日本美術を介してパリの芸術家たちの間でジャポニズムが跋扈する様子が描かれています。


モネやルノワール、そしてゴッホなどの印象派の画家たちに大きな影響を及ぼした浮世絵。



パリで美術商として名を馳せていた林忠正とその弟子の加納重吉。

同時期同じく美術商としてアカデミーの画家の作品を売っていたテオ。

この3人に加えてフィンセントの織り成す群像劇といってもいいかもしれません。


テオとフィンセントのどうにもならない縺れた兄弟関係。


ずっと以前ゴッホの伝記というべきアーヴィング・ストーン氏著『炎の人ゴッホ』を通してゴーギャンとの「黄色い家」での共同生活の縺れなど、史実に基づいた記述を思い出しながら読み進みました。


それにしてもフィンセントの死後たった半年で後を追うように病を得て亡くなったテオ。


フィンセント・ファン・ゴッホ 享年37歳。

テオドルス・ファン・ゴッホ 享年33歳。


一生懸命に生きようとすればするほど、当時の社会通念からどんどん遠ざかり、一生涯を弟テオのお荷物として過ごさなければならなかったフィンセントと、どんなときにも心を添わせ兄を支え続けた弟テオ。


いまや値がつけられないほど高額で世界中の人々を魅了し続けている絵の数々はフィンセントとテオの合作といっても過言ではないと思いながら読み終えたのでした。

すっかり秋です。

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外に出ると金木犀の香が漂ってきて、どこからかな~と辺りを見回しましたが捉えることができず。


でも確実に季節は巡っているのですね。


我が家のベランダにある青紫蘇の葉が繁りに繁ってついに花が咲き始めました。


夏の間中、そうめんや散らし寿司などの薬味やその他諸々お世話になった大葉。


最後にほとんど摘み取って佃煮にしてみました。
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ご飯のお供やお茶請けにぴったり^^


次は大好きな紫蘇の実ができるのを待とう!




さて本日は原田マハ氏著『旅屋おかえり』のレビューを少し。


「売れないアラサータレント「おかえり」こと丘えりか。
唯一のレギュラー番組が、まさかの打ち切り…。
依頼人の願いを叶える「旅代理業」をはじめることに。
とびっきりの笑顔と感動がつまった、読むサプリメント」


美術分野でない原田マハ氏の小説。


アート関係の作品の大ファンではありますが、他の分野は私にとって『キネマの神様』以外いまひとつなのであまり期待感なく手に取りました。


番組の中でスポンサーのライバル社の商品名を繰り返すという失態を犯してしまい唯一のレギュラー番組「ちょびっ旅」が打ち切りになった売れないタレント・丘えりかが主人公。


あることがきっかけで、病気を含め複雑な事情を抱えた人から依頼を受けて、代わりに旅をする「旅屋」を始めることになった丘えりか。


依頼人からお金をもらって旅をする・・・現実にはありそうにないストーリーに挑戦して、とても優しく感動的に仕上げているところ、原田マハ氏の力量が感じられました。


著者・原田マハ氏も日常を離れた旅が大好きだという・・・

「旅する作家」という異名もあるくらい。


旅と食をテーマにパリやNY、ロンドン、スペインといった世界各国の取材先で味わった食の想い出や食へのこだわりが綴らたエッセイ集もあります。


そんな著者が丘えりかに乗り移って・・・新たな土地や食べ物、名所、人との出会いがえりかの視線を通して生き生きと描かれていて、私も時間限定のないゆるゆる旅に出てみたいな~と思わせる作品になっています。

ということで★3.5・・・かな。

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