VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

PVアクセスランキング にほんブログ村

カテゴリ: 桜木紫乃

夕虹

スマホより夕虹つぐる友の声ひと日のおはりの僥倖と仰ぐ


安倍総理が体調を崩されているという噂が流れています。

 

たしかに精気がないというか顔色がすぐれないというか・・・

 

そりゃそうでしょう、ここまでのストレスを抱えていたら長年の持病・潰瘍性大腸炎もどのように優れた免疫抑制剤で抑えていたとしても悪化するでしょう・・・と同情してしまいます。

 

支持率もだだ下がりして、新型コロナも蔓延するばかり。

 

国有地払い下げ問題の文書改ざんなどの画策を主導したとして陰の総理といわれている今井補佐官。

今回のアベノマスクの発案者である今井氏の経済産業省の後輩、佐伯耕三秘書官


懐刀が舵を取るどの政策も大多数の国民の不信感を招いて・・・なんだか気の毒になるほど。

 

被爆75周年の広島と長崎の式典でのスピーチもほとんど同じものだったし、行動その他に覇気がいっさい感じられない・・・政権末期の状態。

 

それでも最後の力を振り絞って氏が〈悲願〉といわれている「積極的平和主義」を盛り込んだのが15日の全国戦没者追悼式での式辞。

 

折々口の端に乗せられていた「積極的平和主義」が大切な場で初登場となりました。

 

具体的には「同盟国である米国を始めとする関係国と連携しながら、地域及び国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に寄与していく」ことらしいですが、くだいて言えば有事のときにすぐに戦闘態勢に入れるように整える・・・ということかな??

 

集団的自衛権の行使容認など着々と推し進めてきた安倍政権の総決算を急いでいるように見えてしまいます。

 

同じ急ぐなら今からでも決して遅くない・・・唯一の被爆国として核兵器禁止条約に署名・批准し、「核の傘」に依存する安全保障政策を転換してほしい、と切に願います。

 

 

 

緋の河
さて今回は
桜木柴乃氏著『緋の河』のご紹介です。 

男として生まれた。でも、きれいな女の人になりたいな―。蔑みの視線―。親も先生も、誰に何を言われても関係ない。「どうせなるのなら、この世にないものにおなりよ」その言葉が、糧になった。生まれたからには、自分の生きたいように、生きてやる。リスペクトがあるからこそ、想像力のリミッターを解除できた。事実と虚構の化学反応が生み出す、過酷で、美しく、孤独で、切なく、劇的で、潔く、笑えて、泣ける、ザッツ・エンターテインメント!(「BOOK」データベースより)

 

蔑みの視線も、親も先生も、誰に何を言われても関係ない。

「どうせなるのなら、この世にないものにおなりよ」。

その言葉が、生きる糧になった。

カルーセル麻紀さんのことを、いつか絶対に書きたかった、という熱い思いが物語から溢れ出る。

彼女の人生は、波瀾万丈、完全無欠のエンターテインメントだ!

 

戦後復興期の北海道釧路。

 

本書はこの釧路で生まれたひとりの少年の物語。

 

人生の舵を自分で切り続けたひと、自分の居場所を自分で作ったひととしての生き方に刮目していた同郷の女優・カルーセル麻紀さんに小説の主人公として書かせてほしいと依頼したときのことを著者は次のように記していらっしゃいます。

 

「カルーセル麻紀さんの、少女時代を書かせてください。

今まで、どんなインタビューにも答えて来なかった部分を、想像で書かせてくださいませんか。

虚構に宿る真実が見てみたくて小説を書いています」

「いいわよ」のあと麻紀さんからは「あたしをとことん汚く書いて」という注文がつきました。

そのあとつくづく不思議そうに「あたしまだ生きてるのに、小説にするなんてあんた不思議な子ねえ」とも。


「あたしは何にでもなれる。あたしの嘘は痛い思いをして手に入れた宝石。これまでもこれからも、誰にも何も言わせない」が最大の防御であり武器であ
ることをはやくから自覚していたヒデ坊こと秀男少年。

 

現代のようにトランスジェンダーという言葉さえなかった時代。

 

物心ついた頃から周りから可愛いといわれ、何よりも美しいものが好きだったヒデ坊

 

路地裏で会った遊郭のお女郎さんに憧れ、大きくなったらお女郎さんになるという目標を持ったヒデ坊。

 

周りの差別も蔑視も孤立も自分がこうなりたいという強靭な意思の前では何ほどのものでもない・・・自分の生き方に責任を持ち、人生を切り拓いていく姿がとことん潔く描かれていて感動さえ覚えます。

 

 

釧路から札幌、東京、大阪へとジプシーのように移るたびにどんどん美しく、そして凄みを増してゆくヒロイン

 

「お前が過ごした中学校三年間は戦後民主主義の輪郭だと思ってる。

自分のかたちは自分で決めるという主体性の切っ先に、お前がいるんじゃないかと思う」

 

言い得て妙の中学校時代の担任の言葉。

 

 

「親からもらったもんを出したり取ったりしてるの」と泣いて詫びる英男に対する母親のマツの優しさには泣いてしまった。。

 

 

世間よりゲイやレスビアンなどに対してハードルがかなり低いと自覚してはいますが、もし自分が同じ立場だったらあんなにできるだろうか?

 

そのマツの髪を染めてあげながら親子で語り合うシーンがラスト。

 

著者渾身の長篇小説です。

 

ぜひどうぞ!

4月の半ばに生まれた次男の第一子。

 

会えないまま3か月になりました。

 

当初は岡山に帰省して〈お食い初め〉の儀式をするという次男夫婦の計画もコロナ禍のなか中止とせざるを得ない状況となり、東京の自宅で同じ都内に住む娘(次男の姉)を招いてひっそりとやったようです。

 

今はいろんな媒体を通して写真や動画が送られてくるので離れていても臨場感を味わうことができて嬉しい(^^♪

 
チビ二世を膝の上に抱っこした次男が儀式に則ってお赤飯やお吸い物、鯛、歯固めの石などをチビ二世の口に運ぶ動画を観て・・・言い知れぬ感動を覚えてしまいました。

 

姉や兄と一回り離れて生まれた次男。

 

まるで家にチチハハが4人いるような環境のなか、大いなるワンパクに育った次男が父親になる日が来るとは!

 

保育園から高校まで母として先生に頭を下げ続けた学校生活。

悪しざまに子を叱りたる夢さめて真夜の厨で水を飲むなり


お蔭でもともと学校嫌いだったわたしは大がつくほど学校嫌いになりました(-.-)

次男の高校卒業でもう学校に行かなくていいと思うとその解放感に心の内でバンザイしたほど。

ヤンチャ逸話が多すぎてわたしの友人たちも「あのTちゃんが!」で通っているほど。

 

いま考えるとどれも大したことなかったな、とは思えているのですが・・・。

いやはや感無量です。

 

 

 

 

ふたりぐらし
さて本日は
桜木柴乃氏著『ふたりぐらし』をご紹介したいと思います。 

 

元映写技師の夫、信好。母親との確執を解消できないままの妻、紗弓。一緒にくらすと決めたあの日から、少しずつ幸せに近づいていく。そう信じながら、ふたりは夫婦になった。ささやかな喜びも、小さな嘘も、嫉妬も、沈黙も、疑心も、愛も、死も。ふたりにはすべて、必要なことだった―。イッキ読み、厳禁!1日1編で10日間。ふたりが、夫婦が、「幸福論」へと辿りつく姿を、じっくりご堪能ください(「BOOK」データベースより)

 


桜木作品はほとんど網羅してきましたが、本書は桜木作品にしては珍しい落ち着いたしっとり感のあるいい作品でした。

 

 

40歳で映画脚本家の夢を追う映写技師・信好と35歳の看護師紗弓。

 

この2人の慎ましくささやかな生活ぶりや2人を取り巻く親子関係を中心に描かれた10の連作短篇集となっています

 

まるで昭和中期の時代の家庭風景のよう。

 

映写技師という時代遅れとなった職業を手放せないまま収入のほとんどない信好を、病院を掛け持ちしながら経済的に支える看護師の妻・紗弓。

 

ヒモ的存在であることに居心地の悪さを常に感じながら暮らしている信好を包み込むようにしている紗弓。

 

そんな2人に危うさを感じてしまう紗弓の母親との齟齬。

 


本書は信好と紗弓の目線を通して交互に物語が編まれています。

 

ドラマチックな変化もない日々を過ごす2人の生活でも、突然の信好の母親の死や紗弓の母親との確執、娘と母親の間に入って弾力のあるるクッションのような役割を果たしている紗弓の父親との交流など、それなりの変化を2人の細かな心理描写を通して描いていて秀逸。

 


著者の文章を読んでいていつも感じること・・・

 

掴んでひかりにかざしてみれば、さまざまな色に輝きを放つ言葉が散らばっていて・・・それをオーバーな心理描写と受け取る読者もいるかもしれませんが、わたしは言葉の色使いがしみじみ上手い作家さんだなぁと思います。

 

ここでは滋味のある人間性にあふれた紗弓の父親の造形がすばらしいな、と感服。

 

 

高齢の男性という設定のなか、こんなニクイセリフ、よく考えたなぁとちょっと斜め角度からの感想でした。

アウシュヴィッツから生還されたユダヤ人精神医学者ヴィクトル・フランクルの著書『苦悩の存在論』にあった一文。

 

人間学がしてならないことは人間を中心におくこと、このことである。

 

人間が中心に地球を回しているようでいて、自立も自足もしていないという人間の存在・・・こういった人間をフランクルは「ホモ・パティエンス」と名づけています。

 

「苦悩する人間」という意味だそうです。

 

つねに外部の影響に晒されて、その都度知恵や工夫で免れてきていますが、また新しい危機に瀕するという巡り。

 

 

地震や風水害、そして突然の新型ウイルスの席巻に右往左往する私たちの姿はまさに「ホモ・パティエンス」。

人間の裡なる暗部を(うつ)しだす新型コロナといふは炙りゑ

 


先日ブログで取り上げた五木寛之氏の『大河の一滴』でも
人間の一生は本来苦しみの連続であるという示唆がありました。

 

いつも自分から自分が切り離せたらどんなに楽かなぁなどと夢想していますが、ひとりひとりのわれ勝ち・・・自分ファーストをやめたとき、もっと楽に生きられるのに、と思います。

 

自分という人間から抜けられない以上、せめて人間を含むあらゆる他者の存在を心に留めて過ごしたいなどと愚にもつかないことを考えながら・・・食べて、読んで、寝ています"(-""-)"

 

 

 

ラブレスさて本日は桜木紫乃氏著『ラブレス』です。 

謎の位牌を握りしめて、百合江は死の床についていた――。彼女の生涯はまさに波乱万丈だった。道東の開拓村で極貧の家に育ち、中学卒業と同時に奉公に出されるが、やがては旅芸人一座に飛び込んだ。一方、妹の里実は道東に残り、理容師の道を歩み始めた……。流転する百合江と堅実な妹の60年に及ぶ絆を軸にして、姉妹の母や娘たちを含む女三世代の凄絶な人生を描いた圧倒的長編小説

著者の真骨頂は短篇にあると常々思っていますが、本書は女三世代の壮大な長篇・・・その圧倒的な筆力には感服。

読み始めから複雑な人間関係の記述と唐突な時代背景の移り変わり、それにつれて人々の立ち位置も変わる・・・かなり絡み合った糸を整理しないと読み辛いという印象がありましたが、その山坂を越えると引き寄せられるように一気にラストへとなだれ込ませる構成力。

さすが桜木柴乃氏!

極貧の北海道開拓民を親に生まれた2人の姉妹の生涯を描いた大作。

人は生まれるとき親も時代も場所も選べない。

極貧の中に生を享けた人のどれくらいが自分の力でそこから抜け出せるのだろうか。

力を尽くしても尽くしても抜け出せず、または最初から抜け出すことを放擲して不運を自分に与えられた運命として生を閉じる人がほとんどのような気がします。

主人公はまさにそんなスタートから抜け出せず、さまざまな険しい人生を、それでもしたたかに生きてきたひとり。

その人生の折々に主人公が流浪してきた土地や人間関係をまるで映画のシーンのように立ち上げている本書。

描写力のすごさに圧倒されます。

読み終わってしばらく虚脱してしまいました。

 

なんとなまぬるいわたしの半生・・・あたたかい人々に囲まれて、それでも小さなことで悩んだり・・・甘えるな、と自分に言いたい。

 

そんなことを思わせる作品でした。

 

桜木柴乃ファンの方、ぜひどうぞ!

卓球
打つよりももぐもぐタイムを愉しみに集まるわれらの卓球クラブ

お祝い1
28お祝い
3お祝い
お祝い4

コロナ騒ぎのなか、延び延びになっていたお祝いランチ。


わたしの
NHK全国短歌大会特選のお祝いということで卓球仲間6人で某店に集いました。

 

昨年もその前も食事会を開いてくれて嬉しいやら照れ臭いやら。

 

いつもは隅っこが大好きですが、今回は仕方なく真ん中。

 

いつも気にかけてくれてありがとう!! 感謝です(^^)/

 

 

 

 

511-7dYY-TL._SX329_BO1,204,203,200_[1]
桜木柴乃氏著『それを愛とは呼ばず』
 

 

妻を失った上に会社を追われ、故郷を離れた五十四歳の亮介。十年所属した芸能事務所をクビになった二十九歳の紗希。行き場を失った二人が東京の老舗キャバレーで出会ったのは運命だったのか――。再会した北海道で孤独に引き寄せられるように事件が起こる。そこにあったものは「愛」だったのか? 驚愕の結末が話題を呼んだ傑作サスペンス長編

著者の作品は『氷平線』あたりからずっとフォローしていますが、北の大地の底なしの閉塞感の中で生きるヒロインの芯の強さに共鳴するような内容が多い中、時にどうしても生き方に共感できないヒロインも登場したりして、確かな筆力、構成力は別としてちょっと避けたいかな、という作品があります。

本書もそんな中の一冊。

どこか精神の極限、というか正常を超えたものをヒロインに感じつつ読んでいましたが、終盤に来て衝撃の収束となりました。

実際こんな事件あったよなぁ。

現実何年も前に起こったある事件を主題にフィクション、ノンフィクション形式に発表した作品もありました。

詳しく書くとそれまでの導入部分である前中半部分への興味が削がれるので書きませんが、ひとりの女の次第に追い詰められて愛という虚像にすがっていく様子が丹念に描かれていて恐ろしい。

知らず知らずこんな女性に絡めとられたもうひとりの主人公の男の人生もなんだか切ない。

なかなかシュールな物語でした。

秋晴れの11月10日、「おかやまマラソン2019」が開催されました。   

今年で5回目。IMG_3943


年々参加者が増加、今年は全国から
1万6320人のランナーが集まりました。

フルマラソン1万5016人、5,6キロのファンランに1304人がエントリー。

 

岡山県総合グラウンド内のシティライトスタジアムからスタートして岡南大橋を渡って戻ってくるコース。

この日は岡山市中で厳しい交通規制があり、車での移動はとても困難になります。

 

昨年のシティマラソンの日、次男の軽井沢での結婚式参列のため朝の新幹線を予約していましたが、自宅から駅までのタクシーの予約が困難を極めました。

前々日いくつかのタクシー会社に電話しましたが、すべて予約で詰まっていて、新幹線乗車時間よりかなり早くの早朝にやっと一台確保できたのでした。

 

さて、今年のフルマラソンは横浜から姪がエントリーしているので、夫とわたしはかなり力が入っていました~。


姪は高校時代は薙刀、大学時代はハンググライダーなどをやった体育会系ではあるものの、アラフィフということもありタイムを競うというより完走を目的にがんばっているそう・・・えらいなぁ。


昨年はニューヨークマラソンにも出場、完走したというかなりのマラソンフリーク。


ずっと以前の東京マラソンでは富士山を象ったコスチュームで走っていたような・・・。


姪曰く・・・目を引くコスチュームだと沿道の、特に子どもたちの声援をたくさんもらえてくじけそうになる気持ちを支えてもらえるそう。

 

で、今年は?_20191112_072821


夜リュックから出してきたのを見れば・・・


なんと忍者の黒装束一式 


ダンナにも内緒で
amazonで購入したそうです。


きっと息子にも呆れられていると思う。。。

 


ともかく私たちオジオバは早くからコースを把握、応援用に横断幕を作って、応援のやる気満々で当日を迎えました。

 

姪が靴紐に結びつけたチップからの情報をわたしのスマホに取り込んで、どの辺りを走っているかをフォローできるようにしていましたが、スマホに入ってくる地点があまりに大まかすぎて迷ってしまう・・・。

 

夫と姪の時速を計算しながら5キロ地点で待機していたものの逃してしまい残念(ーー;)

 

最後尾までフォローしたものの、見つけられなかったことを確認、すごすごといったん引き上げて・・・綿密に姪の走る速さや疲れ具合などを計算して20キロ地点へ車で移動。

 

待つこと、40分・・・ついに姪を発見・・・無事に声援を送ることができてほっ(^.^)

IMG_3944

制限時間約6時間というフルマラソンを無事完走。


沿道で多くの人々に心温まる声援を山ほどもらったそうで、姪に代わってお礼を言わせていただきます。


姪は備前焼のメダルを胸に岡山を後にしたのでした。


英子ちゃん、おめでとう!!


We’re proud of you ! !

 

 

 

 

51MS-ZxT+mL._SL500_[1]
さて本日は桜木紫乃氏著『ブルース』をご紹介します。 

 

外道を生きる孤独な男か、それとも女たちの「夢の男」か――釧路ノワールの傑作、誕生。
没落した社長夫人が新聞の社告の欄に見た訃報、それはかつて焦がれた六本指の少年のものだった。                                       深い霧たちこめる北の街の「崖の下」で生まれた男が、自らの過剰を切り落とし、釧路の夜の支配者へのしあがる。                                男の名は影山博人。                                       苛烈な少年時代を経て成熟していった、謎めく「彼」をめぐる八人の女たちの物語
著者新境地の傑作。
釧路ノワール、誕生

 

じりと呼ばれている海霧に覆われた釧路を舞台に多くのヒロインを登場させてきた著者が珍しく主人公にひとりの男を選んだ物語。

 

昭和から平成にかけての釧路を舞台に、通称「崖の下」と呼ばれる下層の人々が住む長屋で私生児として大きくなった6本指の少年が土地の闇の実力者フィクサーとして成長していくまでの過程に関わった8人の女の語りで紡いだ連作短篇集となっています。

 

著者がインタビューに応じて本書について語っていらっしゃいます。

生きて死ぬ、その間に観たり感じたりすることを、切り取って書かせてもらっているだけ・・・釧路は一攫千金を狙う山師が多い街。                       パルプや炭鉱は3交代制だから、日中もてあましている男たちがいて、パチンコ屋も多いんです。皆で耕して収穫する、というやり方より、漁にでて沢山の魚を獲ってきて大金を懐にいれる感じが、この街に馴染んでいる。だから、のしていく人間に対して寛容だし、むき出しの野心にも好意的な雰囲気があると思います・・・                            釧路くらいのサイズの街だと、どのビルを誰から買った、誰を踏み台にして上がっていったというのが明らかですから、博人の周囲にはばくち的な空気もあったかもしれませんね。      人のものを削りながら生きていく男が、自分の過剰を切り落としたことをどう思ってきたのか、書いていて最後まで彼に対する興味が尽きなかったです

主人公・影山博人の心身の闇の描き方が何とも魅力的で惹き付けられる造形ではありましたが、博人と関わる8人の女それぞれの博人への傾倒の道筋の描写が省略されているせいか、いまひとつ女たちの共感部分がなく物足りなさを感じてしまいました。

ひとつひとつの物語が短すぎるということも一因。

それぞれの短篇の内容がりっぱに1篇の長編となりうる作品群でありました。

女性としてまっとうな危なげない人間性を持つ男性に惹かれるというのも

よくわかりますが、危険な匂いのする影のある男性に惹かれてしまうという

心理も理解できる・・・そんな一発触発を孕んだ男・ヒロトの魅力が際立った作品に仕上がっています。 

興味ある方はどうぞ。

くじ運がないのか、過去にめぼしい当たりの記憶に乏しい私。


なので宝くじも買わず・・・その分を年末募金。



一昨年亡くなった姉とは帰省の度に会っては通りすがりの駅前の宝くじ売り場でスクラッチを購入してはその場で削り、当たるとその金額を再び投入しては削る・・・を繰り返すというバカな行為をしては遊んでいたことを思い出します。


3000円ほどですが、今から考えるとそれも何かに募金すればよかった・・・。


姉はバングラディシュ、私はエチオピアの子どものサポーター会員で、それぞれの子どもからの手紙を見せ合いっこをしていたこともあった・・・懐かしい思い出。



さて今年の年賀状、切手シートが5枚も当たりびっくり。


昨年から断捨離の一環として3分の1ほどの方々に賀状をやめる旨送っていたので徐々に少なくなった年賀状。



夫の転勤で日本各地をウロウロしていた30年ほどの間に会社関係や、私の関係の友人知人たちとの形式的な賀状交換が増えていたので、夫の喜寿を機に残す人とやめる人というふうに交友関係を分けて思いきりました。


ところが断捨離分の賀状の相手から察知したように、今までにない丁寧な自筆の賀状が続々・・(ーー;)


中には数十年間ずっと簡素な印刷だけだった賀状に初めてびっしりの添え書き・・・こんな字を書く人だったんだ・・・と夫と驚いたり。


心理的にも断捨離はなかなかに困難な我が家の年賀状事情でした。





さて本日は桜木紫乃氏著『砂上』のご紹介です。 


「直木賞作家の新たな到達点!
空が色をなくした冬の北海道・江別。
柊令央は、ビストロ勤務で得る数万円の月収と、元夫から振り込まれる慰謝料で細々と暮らしていた。
いつか作家になりたい。そう思ってきたものの、夢に近づく日はこないまま、気づけば四十代に突入していた。
ある日、令央の前に一人の編集者が現れる。
「あなた今後、なにがしたいんですか」
責めるように問う小川乙三との出会いを機に、令央は母が墓場へと持っていったある秘密を書く決心をする。
だがそれは、母親との暮らしを、そして他人任せだった自分のこれまでを直視する日々の始まりだった。
自分は母親の人生を肯定できるのか。
そして小説を書き始めたことで変わっていく人間関係。
書くことに取り憑かれた女はどこへ向かうのか」


本書の主人公は母娘エッセイに応募して優秀賞をもらった柊令央。


舞台はもちろん北の大地・江別。


幼なじみが開いているピストロでアルバイターとして得たささやかな賃金と元夫からの月々のわずかな慰謝料で生活しながら当てのない文章を書いている40歳の令央と、彼女に会いに東京から来たという女性編集者・小川乙三との出会いからこの物語がスタート。


まずこの段階で登場人物のネーミングに違和感。


柊令央(ひいらぎれお)

小川乙三(おがわおとみ)

柊ミオ

柊美利


せっかくの筋立てにこれでもかというように出てくる宝塚顔負けの名前。


それもペンネームでなくすべて本名という設定に思わず引きそうになりました。



著者渾身の作品という前触れに期待しましたが、本書のヒロインに容易に感情移入できないまま読了しました。


いつもの著者の作品らしくない・・・


編集者と作家との関係性を描きたかったのか?


厳しい編集者にダメ出しされて何度も何度も改稿を求められる・・・そうして一冊の作品が世に出るというのは理解の範疇にありますが、ヒロインである作家のなかに気骨というものが感じられず・・・いつもの桜木作品のヒロインの造形の巧みさに欠けていたように感じられて・・・私の中で残念な作品のひとつとなりました。

↑このページのトップヘ