VINのらんどくダイアリー

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カテゴリ: カズオ・イシグロ

没後50年、先月まで東京都美術館で開催されていた藤田嗣治展。

絵を観ることが好きな私は近かったら行きたかった^^;


大阪、京都くらいまでだと同じ趣味の仲間たちと気楽に出かけます。


昨日も当地の新見美術館まで行ってきたところ。

「佐藤美術館所蔵 花と緑の日本画展」
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1990年、大阪の鶴見緑地で開催された「国際 花と緑の博覧会」いわゆる「花博」において「花と緑の日本画展」に出品された現代日本画の秀作に、岡山を代表する日本画家・森山知己の作品を加えた40点が展示されていました。

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生と死は繋がれてゆく道の辺の落ち葉のうへに落ち葉重なり

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東山魁夷、片岡球子、小倉遊亀、加山又造、堀文子ら40作家、40点。」

どれも一度は観たことのある作品がほとんど。


お目当ての片岡珠子のは青富士と花。

「面構え」があるかなと思いましたが、富士山の一点のみ。


さて藤田嗣治に戻して・・・

藤田嗣治は第二次世界大戦中に「作戦記録画」を描いていたことでも有名です。


戦意発揚のために政府からの委嘱で戦争画に手を染めた画家は藤田だけではなく、小磯良平、宮本三郎らも入りますが、そのうち藤田が最も多くの戦争画を描いたといわれています。


そのため戦後は大きな非難を浴び、逃げるようにフランスに帰って帰化したといわれている藤田。


戦争賛美のプロパガンダ芸術は日本に限定されることだけではなく世界中にありますが戦後、戦争責任を糾弾する風潮が大勢を占め、それに呼応するように作品自体の評価も下降するという傾向で現在に至っています。



本日ご紹介する作品は、戦時中戦争賛美の絵を描いて一躍有名になった画家の戦後の心の葛藤を描いたもの。


カズオ・イシグロ氏著&飛田茂雄氏訳『浮世の画家』 


「戦時中、日本精神を鼓舞する作風で名をなした画家の小野。
多くの弟子に囲まれ、大いに尊敬を集める地位にあったが、終戦を迎えたとたん周囲の目は冷たくなった。
弟子や義理の息子からはそしりを受け、末娘の縁談は進まない。
小野は引退し、屋敷に篭りがちに。
自分の画業のせいなのか…。
老画家は過去を回想しながら、みずからが貫いてきた信念と新しい価値観のはざまに揺れる―ウィットブレッド賞に輝く著者の出世作」



「壮大な感情の力を持った小説を通し、世界と結びついているという、我々の幻想的感覚に隠された深淵を暴いた」として昨年ノーベル賞を受賞されたイシグロ氏。

このブログでも何度かご紹介していますがもう一度・・・

1954年長崎生まれ
1960年家族と共に渡英、以降日本とイギリスのふたつの文化を背景にして育つ
1982年『遠い山なみの光』で王立文学協会賞 
1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞
1989年『日の名残り』でブッカー賞
1995年『充たされざる者』
2000年『わたしたちが孤児だったころ』
2005年『わたしを離さないで』 
 

『日の名残り』と『わたしを離さないで』の二作が私の中で忘れられない作品として定着して久しく、ノーベル賞受賞もとても嬉しいことでした。


本書は舞台となっている場所は違いますが、ブッカー賞受賞作『日の名残り」と同じく、老境にある主人公の回顧の物語という点において類似しています。


先の大戦画終結してから数年経った頃の日本。


時の政府の依頼で戦意を高揚するような作品を描いて、評判も高く弟子たち周囲に崇められていた著名な画家・小野益次の独白で終始された作品。


終戦を境に急激に変わる価値観に戸惑う主人公が次女の結婚不成立という事象を通して過去の自分の経歴に責任を感じるところからがんじがらめの苦悩が始まります。



主人公のみならず、私の尊敬する吉村昭を皮切りに多くの作家は軍国少年であることを余儀なくされていた戦時中から急転、時代の趨勢に翻弄されてきたと思います。



私が結婚したときは既に他界していた義父も戦時中の日記には過渡期の苦悩が記されていました。



「喪失感」を描いて妙という評価を受けている著者ですが、真摯に生きてきた過程において喪失したものが大きければ大きいほど、その空虚な器を少しずつでも満たす何かを見つけるという作業はとてつもなく難しくなるのではないでしょうか。


喪失した過去の栄光に対する未練と悔いが日々の生活に入り込み行きつ戻りつする主人公。


肥大した自意識といえばそれまでですが、時代に翻弄された主人公の哀れさが胸を打ちます。


「価値観が違う」という文言は日常でもよく使われますが、戦争という激動の一時期を挟んで一変する価値観の違いはそんじょそこらの違いでは片付けられないと思うとき、この現代に取り残されたような浮世の画家の孤独をしみじみと感じてしまうのでした。

  
毎年夏になるとあまりにも強いリビングの日差しよけのためにベランダにゴーヤを植え始めて今年で5年目。

もうすでにベランダはジャングル状態です。


種類のちがうゴーヤ3本のほかにキューリ、プチトマト、ラディッシュ、つるなしインゲン、モロヘイヤ、ベビーリーフ、ルッコラの日々の成長を毎朝眺めるのが楽しみです。


キューリは毎年病気に罹るので期待せずダメもとで病害に強い苗を1本だけ植えましたが、順調に大きくなりもう3本収穫しました。


ベビーリーフとルッコラ、ラディッシュは朝用サラダに毎日ベランダからキッチンに直行。 

ゴーヤの葉ジャングルをかきわけて小さな実を見つけるのも楽しみ。

現在小さな実を4個発見。


本格的な畑をしている人から見れば失笑ものでしょうが、野菜たちに元気をもらっています。ルッコラ                                                                

他の野菜の滞りがちな夏、これから毎日ゴーヤとモロヘイヤで抗酸化対策も万全、夏を乗り切らなければ!






さて本日は私の好きな作家の作品です。


カズオ・イシグロ氏著『夜想曲集:音楽と夕暮れを巡る五つの物語』

日本生まれの英国人作家、作品はすべて英語で書かれています。


1982年『遠い山なみの光』で王立文学協会賞受賞
1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞受賞
1989年『日の名残り』でブッカー賞受賞
2000年『わたしたちが孤児だったころ』
2005年『わたしを離さないで』でブッカー賞最終候補


村上春樹氏とともに次のノーベル文学賞の呼び声が高い氏の最新&初の短編集。



このブログでも自分的には★★★★★の『日の名残り』『わたしを離さないで』、ほかに『遠い山なみの光』の3作のレビューをアップしていますので読んでくだされば嬉しいです。



本書には5つの短篇が収録されていますが、副題が示すように音楽をテーマにさまざまな年代の登場人物の想いが綴られています。


「ベネチアのサンマルコ広場を舞台に、流しのギタリストとアメリカのベテラン大物シンガーの奇妙な邂逅を描いた『老歌手』。
芽の出ない天才中年サックス奏者が、図らずも一流ホテルの秘密階でセレブリティと共に過ごした数夜の顛末をユーモラスに回想する『夜想曲』を含む、書き下ろしの連作五篇を収録。
人生の黄昏を、愛の終わりを、若き日の野心を、才能の神秘を、叶えられなかった夢を描く、著者初の短篇集」


作家になる前はロックミュージシャンを目指した若い時期があったという著者ならではの音楽にまつわる登場人物たち ー1950年代の老歌手、ジャズを共有した友、若きシンガーソングライター、名もないサックス奏者、チェロ奏者 ― がそれぞれの物語を音楽に合わせて奏でています。


「夕暮れ」という刻を巧みに用いた芳醇なワインのような味わい深い短編。


過去に成功という栄光を浴びた人、成功を目指すも叶えられない現在を抱える人など、決して順風満帆とはいえない男女が醸し出す切なさや、悔悟、やりきれなさ、またあるときはコメディのような滑稽さが描かれていて、頭の中で想像するサンマルコ広場などの映像や奏でる音楽、そして頬をなでる風などの景色とともに立ち上がってきます。


「たそがれ」と「音楽」という道具の魅力を巧みに引き出して人間の持つ儚くも滑稽な姿を描いていて
イシグロの感性のすばらしさを感じさせる作品でした。

最近「品格」をタイトルに戴いた本が相次いで出版されています。

『国家の品格』、『女性の品格』、『総理の品格』、『ハケンの品格』、『男の品格』など。

ミリオンセラーになった藤原正彦氏『国家の品格』を皮切りに、内閣府初代男女共同参画局長や埼玉県副知事を歴任された坂東眞理子氏による『女性の品格』も好調な売れ行きを記録しているようです。


広辞苑によると、「品格」とは「人に自然にそなわっている人格的価値」となっていますが、あまりにも抽象的で首を傾げるばかりです。


「マナー」が外面の「正しいふるまいを行うこと」であるのに比べ、「品格」は内面的美しさを要求されるようですが、内面外見ともに2つを兼ね備えた人間の存在が稀有になりつつある現代ですね。



さて本日は、本当の「品格」を生涯真摯に求め続けた執事を主人公の小説カズオ・イシグロ氏著『日の名残り』をご紹介したいと思います。

著者イシグロ氏は海洋学者の父親とともに5歳で渡英、以後イギリスで学び今日に至っているという経歴、日本人でありながら英国人の概念がほとんどを占めています。


「VINのらんどくダイアリー」でも2度にわたり作品を取り上げています。

『わたしを離さないで』
   http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/107
『遠い山なみの光』
   http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/145

カズオ・イシグロ氏の経歴も上記2作で簡単に書いていますので読んでくださればうれしいです。

1993年にはアイヴォリー監督の下、アンソニー・ホプキンス主演、元女中頭にエマ・トンプソンを配し、古きよきイギリスを背景に、抑制された演技が見事な映画になっていて、多くの人々を魅了しましたね。

本書は『女たちの遠い夏』(のちに『遠い山なみの光』に改題)、『浮世の画家』に続く3作目、テレビドラマの脚本として手がけたものを改稿したもので、イギリス最高の文学賞といわれたブッカー賞を受賞しています。

また、『女たちの遠い夏』、『浮世の画家』はどちらも日本人が主人公で、それぞれ王立文学協会賞、ウィットブレッド賞を受賞しています。

イギリスのある貴族邸で品格ある執事の道を追求し続けてきた主人公スティーブンスの追憶の物語を、あるきっかけで出た旅の道すがら出合った美しいイギリスの田園風景を織り交ぜながら描いています。


カズオ・イシグロ氏が本書を上梓したのが弱冠35歳!

年齢と本書の内容とのギャップに驚いた読者は多いのではないでしょうか。


世界の歴史に影響を与えるような非公式な国際会議を自宅で開催するなど政治に深いつながりを持ち人格者でもあった雇主ダーリントン卿への終生変わらぬ忠誠心や敬慕、そして執事としての確固たる信念が女中頭ミス・ケントンへの淡い恋心も退け、屋敷を完璧に切り回すことのみに全霊を捧げた半生が浮き彫りにされて切なく胸に迫ります。

「執事はイギリスにしかおらず、ほかの国にいるのは単なる召使だ、とはよく言われることです。
大陸の人々が執事になれないのは人種的にイギリス民族ほど感情の抑制がきかないからです」

「品格の有無を決定するものは、みずからの職業的あり方を貫き、それに堪える能力だと言えるのではありますまいか」

「人生が思いどおりにいかなからと言って、後ろばかり向き、自分を責めてみても、それは詮無いことです。                               
私どものような卑小な人間にとりましても、最終的には運命をご主人様ーこの世界の中心におられる偉大な紳士淑女のー手に委ねる以外、あまり選択の余地があるとは思われません。            それが冷厳なる現実というものではありますまいか」


現在はほぼ失われつつあるであろう伝統的な英国の貴族の生活を描いて本当に圧巻の小説でした。


旅の締めくくりで出会った初老の男のセリフを借りて著者は語ります。

「あんたの態度は間違っとるよ。
いいかい、いつも後ろを振り向いていちゃいかんのだ。
後ろばかり向いているから、気が滅入るんだよ・・・
人生、楽しまなくっちゃ。
夕方が一日でいちばんいい時間なんだ」

タイトルの「日の名残り-The Remains of the Day」はすばらしいメッセージを含んだ題です。


最後に丸谷才一氏の解説を抜粋します。

「イシグロは大英帝国の栄光が失せた今日のイギリスを風刺している。
ただしじつに温和に、優しく、静かに」

低迷している日本男子ゴルフ界に新しいスターが誕生しましたね

高校1年生15歳の石川遼君がその人です。

「その人」というより「その少年」という表現が似合うような初々しい彼は早速マスコミから「はにかみ王子」というニックネームをもらいました。


岡山・東児が丘マリンヒルズで行われたマンシングウェアオープンKSBカップで日本男子ツアー史上最年少で優勝。

女子ツアーを含めて18歳で優勝した宮里藍選手の記録を大きく上回りました。

アマチュアのため優勝賞金2000万円は残念ながら2位の宮本選手が獲得


はにかみながらの優勝スピーチはたどたどしく好感度がぐ~んとアップ!

これからの抱負を聞かれて思わず「文武両断で」と答えたのは最高にほほえましかったです。


マスコミの皆さん、どうかこの初々しさを奪わないで!



今日はカズオ・イシグロ氏『遠い山なみの光』をアップしたいと思います。


著者カズオ・イシグロ氏は1954年に長崎に生まれ、海洋学者である父親の仕事の関係で5歳で渡英、以後イギリスに在住して活躍していらっしゃる作家です。

大学卒業後はロック・ミュージシャンを目指し、その後ソーシャルワーカーとして働きながらデビュー作である本書『遠い山なみの光』(『女たちの遠い夏』の改題)を発表されたという経緯です。


本書は王立文学協会賞を受賞、9ヶ国語に翻訳されています。


続いて『浮世の画家』でウイットブレッド賞を受賞
『日の名残り』でイギリス最高の文学賞であるブッカー賞を受賞されました。


最新作『わたしを離さないで』もブッカー賞の最終候補に残った作品ということで、実力のほどがわかりますね。

感動的な作品に仕上がっていた『わたしを離さないで』はこのブログでも取り上げましたので、よかったら読んでください。
         http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/107



イシグロ氏の作品には常に「過去の記憶」がキーワードとして出てきます。


本書も、現在イギリスに暮らす悦子が手繰り寄せる過去の記憶の中で、長崎での出来事が鮮明に息づいて描かれています。

「過去の記憶」から出発する回想はやがて現在存在する世界と危うい関係で絡み合うかに見えますが、やがて現在の自分の世界にしっかり根を下ろしていきます。

イシグロ作品で顕著に見られる2つの時間軸、場所軸の交差がここでも巧みに使われています。



日本への記憶は5歳で途切れているというイシグロ氏はインタビューに応じて語ります。

「なぜ私が小説を書いていたのか考えたとき、ある種の個人的な日本というものをフィクションの世界のなかにとどめようとしていたことに気づきました。
それは私の頭のなかに作り上げられた日本でした。
私の人生の最初の5年間で覚えていたことから、巨大な記憶が作り上げられました」

「この世界には、不安、恐れ、希望など、時を越えて人々がもつ普遍的な感情があり、私は過去のなかでそれをとらえようとする。
私が自分の時代を去って、異なる状況や設定にある人間を見れば、私が生きている世界との距離のなかで、私たちに関する事柄、いまでは重要とされていない事柄、私たちがいま心配している事柄などがより深く見えてくるのです」


長崎を去り、英国に住む主人公の悦子は長女を自死によって失って以来、現実を生きない状態が続いています。

ふとしたきっかけで長女を身ごもりながら懸命に生きた戦後の混乱期の長崎に思いを馳せるようになります。

回想の主人公となる長崎時代に知り合った佐知子とその娘万里子。

当時批判的な感情しか抱けなかった佐知子の奔放な生き方にようやく共感できるようになった悦子は、この回想によって初めて現在の自分を丸ごと受け入れるという作業をしているかに見えます。


異国の地で長女を自殺という究極の裏切りで失った悦子の喪失感は、この記憶の旅でしか癒すことができなかったのではないでしょうか。


訳者小野寺健氏があとがきで書かれていた「イシグロの全作品に共通するのは顕著な『薄明』のそれである」という一文がイシグロ作品の印象をしっかり言い当てています。


「薄明」の中、手探りで読み進むうち、主人公たちが起承転結を物語らないうちに物語の幕が閉じられていた、まるで夏のかげろうのような、そんな印象がぴったりの作品です。

Wikipediaによると、ギリシャ語で植物の小枝の集まりを意味するといわれているクローンは同一の起源を持ち、かつ均一な遺伝情報を持つ核酸、細胞、個体の集団を指します。

世界初のクローン哺乳類は1981年にWilladsenがヒツジの受精卵からクローンを作ったことが始まりだそうです。

その後研究が進み、Campbellらが1996年に体細胞からヒツジのドリーを作って、センセーショナルに新聞を賑わしたことを記憶されている方も多いでしょう。


現在では体細胞を直接核を除去した卵子に注入することにより、細胞融合を行わずクローン個体を作製する方法で多くの哺乳類のクローン化に成功しているそうですが、今まで作られたクローン体はすべて短命で、何らかの欠陥があることが報告されています。


日本では2000年に「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」が公布され、クローン人間の作製を禁止しています。


ヒトの「クローン化」は様々な分野で議論の的となっていますが、概ね踏み込むべきでないとされる領域を主題にした小説や映画がいくつかあります。


フィリップ・ディックのSF小説を映画化したアメリカ映画「クローン」はモーガン・フリーマン監督で話題になりました。

マイケル・ベイ監督「アイランド」、「スターウォーズ エピソード2」でもクローンを扱っていましたね。



上の文で本日ご紹介する本、カズオ・イシグロ著『わたしを離さないで』の種明かしをしてしまいましたが、ずばりクローニングされた人々の物語です。


1990年代のイギリスで「提供者」と呼ばれる人々への優秀な「介護人」であるキャシーが、生まれ育った全寮制施設へールシャムでの友人や先生との日々を回想することで物語が進んでいきます。


仲間のトミーやルース、ルーシー先生やエミリ先生との一般の十代前半の全寮制の学校と何ら変わらない青春の日々が、淡々とした筆致で細やかに綴られていきます。


子どもたち同士の些細な心理的な争い、生徒間の恋愛など、どこにでもある日常が語られる文章の中で、ところどころに何かの印のように浮き上がってくる真実のヒントを掴めないもどかしさを感じながらも、私はどんどん引き込まれていきました。


異常ともいえる外部からの遮断、図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる先生たち、これらのヒントからだんだん驚愕の事実が明らかになってきます。


「提供者」「介護人」「ポシブル」という語訳に疑問と反発を覚えながら読み進み、ついに「クローン」という残酷な言葉に出合うのです。


SF小説のような奇想天外な主題でありながら、怜悧でいて細やかな心理描写などの筆致は最後まで乱れることがなく、著者の並々ならぬ才能が感じられます。


タイトルの”Never Let Me Go”「わたしを離さないで」は、11歳のキャシーが多感な日々を共にした曲ジュディ・ブリッジウォーターの『夜に聞く歌』の中の「わたしを離さないで」から採ったものです。


キャシーはこの曲を繰り返し繰り返し聴きながら、子宝に恵まれなかった女性がやっと授かった赤ちゃんを胸に抱きしめながら歌う、という暗示的なイメージを抱きます。


この残酷すぎる運命に抗うことなく淡々と受け入れるクローンである人々の、溢れるほどの温かい愛情や思いやりを思うとせつなさで胸がいっぱいになりました。


人に臓器を与えるためにだけ生まれてきた短命な命と、与えられてなお生き続ける一般の人々の命の対比が、生命倫理などの理屈抜きで私に迫ってくるのです。


終わりの日に向けて短いけれど凝縮されたすばらしい人生を駆け抜けた主人公たちをあますことなく書いた感動の書です。


著者カズオ・イシグロは、父親の仕事の関係で5歳でイギリスに渡り、イギリスの大学に進みます。

デビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞、『浮世の画家』でウィットブレッド賞、『日の名残り』でブッカー賞を受賞されています。

『日の名残り』はアンソニー・ホプキンス主演で映画化されて評判になりましたね。

そして本書はアレックス賞受賞作となり、イシグロ作品の最高傑作と評されています。


みなさんも是非読んで、感じてほしい作品です。

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